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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第百二回 JONY作 あるケジメ (三題噺 『コストコ』『三角』『リッキョウ』)

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「誰にでも優しくしてると、いつか死を招くわよ」
 酔っぱらったX子(仮名)は、ぼそっと言った。ここは、俺の店で、時間は夜の11時を回っていた。俺とX子以外に客はいない。オーディオでジャズピアノが流れる店内で、俺たちはカウンター席に横並びに座っていた。俺の前にはノンアルコールのライムソーダのグラスが、X子の前には、ロックグラスとバランタインファイネストの角ばった平たいボトル、それに氷を入れたアイスペールが置かれていた。
 X子は、グラスのウイスキーを、また一口飲んで、俺との真ん中に置かれた皿から、『コストコ』で仕入れてきたカシューナッツを一粒つまむとピンクのルージュの色っぽい唇に運んだ。

 なぜ、俺はX子と二人で飲んでいるのか。
 ここに至る話を要約する。
 X子は、A子(仮名)と同じく、俺の読書会の会員で、二人は仲がいい。先日、彼女たちは池袋の『立教』近くのバーで女二人サシ飲みをした。それは、A子がX子に自分の恋愛相談をするためだった。
 というのは、A子はC(仮名)という男と付き合っていたが、Cがいつまでたっても妻と別れる気配がないので、独身の恋愛経験の少ないB男(仮名)に乗り換えて婚約した。しかし、Cとは、身体の相性が良く、B男と婚約後も内緒で会っていた。B男にはCとは別れたと嘘をついたのだった。ところが、先月、新宿にある某ラブホテルのラウンジにA子がCと二人でいたところをB男の友人に目撃されてしまった。B男は、友人からその話を聞き、A子に真偽を確かめることにした。そのB男がA子を問い正した現場は、たまたま、俺の店の中だった。A子が目撃されたのは「男」と一緒にいるところであり、その「男」が誰なのかはB男の友人は知らなかったのだ。B男に問い詰められて、A子はとっさに目の前にいた俺を勝手に使った。俺に目で合図し、そのラブホテルに一緒にいた相手はJさん(俺のこと)だと嘘をついた。俺が、否定しなかった為に、B男は、錯乱し、店を飛び出した。
 そして、俺が、今日、X子から伝え聞いた後日談では、A子はその後B男にひたすら釈明し、行ったことのない変わったラブホテルの見学をしたくて、B男には恥ずかしくて頼めなかったので、Jさんに頼んでその有名なホテルに行っただけでJさんとは何もしていないとの弁明で話は終わったとのことだった。B男はA子の相手がCではないかと疑いながらも、A子を失いたくなくて、モトサヤに収まったらしい。A子はX子に池袋のバーでその話をし、今もCとは、たまに会ってホテルに行くことを続けていることをX子に告白した。X子が二股?『三角』関係?と訊くと、A子は『二股ではなく、ちゃんと付き合っているのは婚約者のB男だけで、Cはセックスの相手ってだけ』と答えたそうだ。

 そこまでが、先月の話で、ここからが、1時間前に、X子が、俺の店にやってきて、俺との間で交わした内容である。
 X子は、先程、俺の店に来店すると、ほかに客がいなかったので、早速、俺に、A子とB男が先月俺の店でやらかした修羅場の話が本当の事なのかを訊いてきた。俺は忘れたと答えた。
 X子は、俺の答えを予想していたようで、それ以上は追求せず、自分の話を始めた。
 「私さ、Jさんにとっては知らない人だけど、Y男(仮名)というヤツとここ何年か、半分同棲みたいな関係でさ、A子と違って、ほかの男とは一切関係を持っていないのよ」
 「君って、結婚しているのかと思っていた」
 「なんでよ?」
 「そんな匂いがするからさ」
 「どんな匂いなのよ。それはともかく、Y男ってオタクでさ、女には無縁な感じのヤツなのよ。モテない男でも、私自身がいいと思える男なんだから良いかと思って付き合ってきたんだけどさ」
 「よくわかっているな。それが、幸福の秘訣だぞ」
 「ところがさ、この間、彼がコンビニに買物にでている間に、部屋に置き忘れていた彼の携帯が鳴ってさ、それが、何度もしつこいの。私、彼の親とかにも会っているし、もしかして、病気で入院している彼のお父さんだったら、と思ってタップしちゃったんだよね。そしたら『会いにきて、寂しい』って女の声が聞こえてきたんだよね。私、ビックリしてすぐに切っちゃったけどさ」
 「馬鹿だな。何があっても、付き合っている相手の携帯には触っちゃダメだよ。それは不幸の塊のようなものなんだから。まさか、そのY男って男を問い詰めたりしなかったよね?」
 「もちろん、問い詰めたわよ」
 「ダメだよ。全く意味が無い。そういうときは、間違い電話がかかってきたとするしかないのに」
 「そんなの出来ないわよ。Y男に訊くと、ちゃんと白状したもの。Y男の説明だと、電話してきた相手は飲み会で知り合ったメンヘラ女で、正体不明に酔っ払ったその女を彼女のマンションまで送って行って、ついやっちゃったんだって。私が『その女とセックスしたのはその一回だけ?』って、訊いたら、一回だけしかしてない、誓うって言うのよ」
 「よく、そのY男って人の携帯に君が勝手に出た事でケンカにならなかったな」
 「ならないわよ。それどころか、土下座されて、その場で携帯に登録してあったそのメンヘラ女の番号を着信拒否にしてくれたわ」
 「すごいな。じゃ、良かったじゃないか」
 「良くないわよ。Y男みたいなモテないオタク男は絶対に私だけしかいないと信じていたのに。浮気なんて絶対に許せない。Y男にそのメンヘラ女のこと好きなの?って訊いたら、好きじゃないって言うの。だから、言ってやったのよ。好きじゃない人とする気持ちを知りたいので私も一回してくるって。復讐みたいなものよ」
 「君はバカか。まるで意味無いだろ」
 「Y男も、そんな意味の無いことはやめてくれって頼んできたわ。だから、一回、やってやるの。そうじゃなきゃ収まらないの。彼がよそで浮気をしたら私もほかの男とする事になるってわからせるためよ」
 そう言ってX子は空になった自分のロックグラスにバランタインのボトルからウイスキーを注ぎ、アイスペールからトングで氷を摘んでいれた。X子は、俺の顔を改めて見ると、一気にグラスを干した。そして、覚悟を決めたように言った。
 「Jさん。私として」
 俺は、自分のライムソーダを一口飲み、即答する。
 「いいよ」

 X子は沈黙した。俺の答えが予想外だったのだろう。
 まるで、棒を飲み込んだような表情になった。
 そのまま、X子の動きは固まった。
 時が止まったようだった。
 静かな店内に、オスカー・ピーターソンのピアノソロだけが響いていた。
 その沈黙を破ったのは俺の動きだった。
 俺は、いきなり、彼女の手首をつかんだ。X子の表情が驚きで強張る。
 そのまま彼女を引き寄せて、立たせて、カウンターの椅子の後ろの壁に押しつけた。
 俺は左手を彼女の背中に回して、右手で彼女の後頭部の髪を掴む。ゆっくりと、X子の顔に俺の顔を近づける。彼女は観念したかのように目を瞑った。俺は自分の鼻先が彼女の鼻先に触れたところで動きを止めた。
 「したよ」
 そう言って、俺は彼女の身体を引っ張り、元の椅子に座らせた。俺は、言った。
 「Y男って人には、この近くのホテルで俺としたと言えば良い。彼にしてみれば、確かめる方法は無い。セックスを実際にしてもしなくても、君が、彼に言えば同じことだ。もし、彼から確認の連絡が来ても、俺は否定も肯定もしない」
  X子はしばらく無言だったが、やがて、訊いてきた。
 「Jさん、私じゃイヤなの?」
 「まさか。めっちゃ嬉しいよ」
 「じゃ、どうして?私だって、誰だって良いわけじゃないの。Jさんだからなのに」
 「目的が不純じゃないか。Y男の浮気事件が起ったからだろ?純粋に俺としたいからするわけじゃないだろ?」
 「・・・・・・」
 「君は、Y男に、『ほかの人としようとしたけど、出来なかった』なんて悔しくて言いたく無いんだろ。ケジメをつけたいんだろ。だったら、俺としたって言ってそのケジメをつけろよ。じっさいに鼻の先同士をくっつけたら、それはもう『した』のも同然だ」
 「なにそれ?」
 そして、続けて言った。
 「ありがとう。でも、Y男に、Jさんとしちゃつたと本当に言って良いの?」
 「もちろん」
 「そしたら、あいつ、アタマに来て、Jさんの奥さんに言うかも知れないわよ」
 「妻はそのくらい平気だよ。俺みたいなのと籍を入れてしまったせいで、くぐって来た修羅場の数が人とは違う」
 「Y男はこの店に来るかも知れないわよ。俺の女としたのか?って、そうしたらJさんどうするの?」
 「二つ言うね」
 「?」
 「一つは人間は誰かのモノでは無い。もう一つは人のプライバシーに関する質問には答えられない、と」
 「そうよね。Jさんは、他人のことに関しては何を尋ねても、忘れた、しか言わないよね」
 そう言ってX子は改めて俺の顔をまじまじと見つめた。そして、X子は、ぼそっと言った。
 「でも、そうやって、誰にでも優しくしてると、いつか死を招くわよ」
 その独り言みたいな言葉に、俺も、独り言で答えた。
 「別に優しくはない。女に恥をかかせることをしないだけだ」
 X子は、その言葉を聞くと、深いため息をなぜかついた。
 そして、酔いが回ったのか、カウンターに突っ伏してしまった。俺は、膝掛け毛布を取りに行き、彼女の肩に掛けてやった。
 俺はX子が漏らした「誰にでも優しくすると」と言う言葉を、昔も、誰かから言われたなと、ぼんやり考えていた。
 昔の記憶は鮮明さを欠き、相手が誰かも、場所がどこでだったのかも思い出せなかったが、その女(女であることは間違いない)の言葉だけは明確に記憶に残った。
 その女はこう言った。
 『誰にでも優しくするのは無責任よ』
 その時、俺はなんと答えたのだったか?
 『誰かに責任を持つことなんて、どうせ、誰にも出来やしない』
 みたいなことしか言えなかったに違いない。その昔のやりとりの記憶は、俺が脳梗塞で100日間入院して、自分の作った会社から去ってのことだろうか?いや、多分、その前の記憶だ。そうすると、俺はずっとこんなことばかりして人生を送ってきたのだ。
 自分がどういう人間かは今までの過去の出来事の累積で決まる。とすれば俺はすでに自分という作品をほぼ作りあげてしまった。その作品のもたらすものは、昔だれかが言ったように、無責任でしかなく、その作品のせいで、X子が言うように、いつか手ひどいシッペ返しを受けるだろう。
 しかし、俺に、ほかの生き方はできなかった。イヤな世間と無縁に生きるつもりが、女のせいで、嫌いな世間に漬かって世間の金を荒稼ぎする稼業を始めちまった。病気して命が無くなるかもしれないと気づいたとき、ようやく足を洗う決心をつけ、自分の会社を捨て、世間や金には無縁の生活を始めたが、俺は、昔も今も、まるで変っていない。今も世間は嫌いで、女のせいでたぶんいつか死を招く。
 そんなことをぼんやりと考えていたところで、X子が目をさまして、
「お水。お水ちょうだい」
 と言った。
 俺は氷と水の入ったグラスを彼女に渡し、
「君の家はどこだったっけ?車で送って行くよ」
 と言った。
 X子は、いつもの笑顔になり、
「やったあ!でも、送り狼になりそうで怖いから、やめておく」
 と言った。
 彼女は立ち上がり、会計をして、ガラスのドアを開け
「またね。続きをしようね」
 と軽口をたたいて店を出て行った。
 ドアが開いたときに入ってきた風はさすがに冷たく、もう、今年も残り少ないんだなと実感した。
 (終)

コメント(6)

前回の続きで、面白かったです。相変わらずJさんがいい味を出していて、ハードボイルドな優しさにグッときます。このシリーズは、毎回読むのが楽しみです。次なるJさんのストーリーにも期待です。
続編って初めてですよね 複雑ですが話も伝わるし
三題噺の重荷にまったく引きずられずにストーリー回す毎度の三題噺の処理に驚きます

しないんだ・・・・ Jさん不思議

なんのメリットもないのに「したこと」にしてたらほんとに誰かに殺されそう・・・
と思いました かっこいいのかもしれないですが・・・
>>[1]
お読みいただきありがとうございます。
単に怠惰で、同じ芸風でやらせていただいていますが、このようなコメントを頂けると、怠惰さを許されているように錯覚でき、自分的には救われる思いがします。
>>[2]
お題をちゃんと活かして、三題噺にしなくてはいけないのですが、それをやると、時間とエネルギーを消費してしまうので、毎回、つい楽な方へ行く癖をなんとかしなくてはいけませんね。
言われてみれば、「何のメリットもない」ことばかりこの10年くらい、し続けているような気もします。これもなんとかしなくていけないですね。
Jさん、相変わらずかっこいい大人の男だな!と思いました。ここに書いてあることは、大人の恋愛という感じがします。最後の一文で物語がぐっと引き締まって、文章表現として巧みだな、と思いました!
まさかの前回からの続編!!
マスターJシリーズ初ですかね?
とても楽しく面白く興味深く一気に読ませて頂きました。

いや〜、深いですね〜!
マスターJさんの格言名言がキラリと輝きますねぴかぴか(新しい)
そして、今回も物凄くリアリティのある内容に、実際のことなのでは?と想像を膨らませてしまいますウッシッシ

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