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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第96回 文芸部A 自由課題「風の歌を聴けーThe Lost Big Love Of Him」

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<あらすじ>
とあるバー兼カフェに親友が来た。が、かなりやつれている。どうした?とは言え、バータイムには他の客も来るからなぁ…困った。
そして蓋を開けたら、、、やっぱりね。


<登場人物>
・嘉藤脩平(かとう・しゅうへい 39)
脱サラして現在はJazzBar&Cafe「GET WILD」オーナー。村上の親友。既婚、子はいない。(1984/3/1生)
・村上春樹(むらかみ・はるき 当日から40)(1983/5/29生)
嘉藤の親友でGET WILDの常連の一人。某録音スタジオのコアスタッフ(正社員)。音楽業界の下支え的存在。独身。
・二人目の客 常連の一人。ジャズを好む一般人
・鈴木さん 常連の一人。服飾デザイナー
・何人目かの客 常連の一人。古本屋を営んでいる
・何人目かの客に合いの手入れた人 常連の一人。作家のほうの村上のデビュー当時からの読者


<本文>
それは新緑に風吹きつける、5月終わり頃のある日の午後。
軽快なナンバーのかかっていた開店1年以内のJAZZバーカフェにひとりの男が来た。
ドアのカランコロンと同時に飛び込んだ、明らかに精気の減った笑顔。
彼の首にいつもの社員証がないので、今日は休みだったのだろう。
マスターの僕はいつも通り声をかける。
「こんばんは、村チャン♪」
彼は、少しはにかみながら
「あぁ」
数か月前より心なしか頬が痩せているのが気になった。
「最近調子は?」
「まぁそれなりです…」
「レイカちゃんとはどうなった?」
「ジ・エンド、大破」
「「婚約間近」って言ってたよね?ずいぶんと入れ込んでたのにな。まぁこればっかはしゃあない」
麗以華…彼女はVTuber本業のタレント。確か村ちゃんの勤める収録スタジオの太客。プライベートは互いにフリーだったようだが、やっぱ職権乱用のツケは来たな……
表向き強がりの微笑みは浮かべていたが、彼の全身から悔しさが噴き出していた。
「そうか。それじゃ、僕からサービスで」
彼がいつも飲むデミタスを出す。
彼は少しビックリし、目を丸くしつつも
「ぁあ、…スイマセン。では」
小ぶりの熱いカップを口に運ぶ姿が痛い。

彼の名はあの、いつもノーベル賞を逃してしまう日本の作家そのまま。
ただ、字面があまりに平凡すぎて普段は誰の口からも話題に上らない。が、今日5月29日は彼の40回目の誕生日。そもそもこの店を開くことになったきっかけを口にした主でもある。ましてこの状態の彼を見たら、後で来る客たちにイジられるのは目に見えていた。
試しに尋ねてみる。
「あの……村チャン。後でいつもの皆何人か来ると思うけどいいの?」
まぁ、本人も
「皆からスルーされるよりはマシよ」と、
まんざらでもないようだが、しかし。

―――――

19時頃を過ぎ、やっと二人目の客が来た。
この客は本を読まない。代わりにと言っては何だが音楽が好きで、たとえば
「そうそう!マイルスお得意のこのスイング。これが聴きたいんだよexclamation ×2」みたいにほとんど本やウェブからの受け売り。よく居るライトなファンか。
彼は、自分の中でもて余している思い入れを傍にいる誰かに聞かせたいだけなので、居合わせたらズルズルと捕まってしまう。だが、今はほとんどがらんと、かつ、ゆったりした店の雰囲気もあって、さらっと聞き流せた。

このあと続々と常連たちの姿が。
何やら数人の見慣れない手荷物、特に小さな紙袋がチラホラ目に入る。
僕の読みが当たり、村ちゃんの記念日を祝う声があちこちから聞こえた。
「ハルチャンやっぱ来たか♪おめでとう」
「また会えて嬉しい!!!」
「来年も、いや、この日にはずっと来いぴかぴか(新しい)
これらの声に当人は
「あの、、、お祝い言ってもらえるのはとても嬉しいんですが、今日偶然非番なったので……毎年誕生日にここ来れるか分かんないです。かといって有給取り続ける自信無いですしあせあせ(飛び散る汗)
祝った誰かのうちの一人、大常連の女装キメて華やかな姿の鈴木さんからいつものダミ声で
「もう!そんなこと気にしないしない表情(嬉しい)矢印(右)わーい(嬉しい顔)矢印(右)顔(笑)矢印(右)顔プレゼントバースデーぴかぴか(新しい)近い日にでも祝うからウインクあたしはこの店開いてれば来るよ手(チョキ)ホラ!嘉藤チャンも何とか言ったげてexclamation
嘉藤とは、マスターである僕のこと。このセリフの主にはとっても頭が上がらない。ともすれば、(ここはあえて)彼女から励まされこの店の経営を続けてきたふしさえあるくらい顔(嬉し涙)……
会話が途絶えた直後に、何人目かの客の口からとうとう
「ああ、オレはいくつか読んだ中で『風の歌を聴け』がよかった。あれはここに来るメンツ皆に勧める」
回りの反応はまちまち。
話を継いだ何人かは
「ホームに帰ったときの“心地よさ”クセになる!」
「居心地がなんともいえないっつーか、そんな感じなんだよな」
などと、話の主に同調する者がいれば、一方で全く反応せず持ち込んだノートパソコンの液晶画面と向き合う者もいた。

ちなみに話に出た物語の大まかな流れを少し。
53年前の8月8日、東京の大学に通っていた「僕」は故郷の海辺の街に帰省していて、同性の親友からの意外な告白、偶然に出会った不思議な女の子との束の間の交流、「行き付けのバーの美味しいビールに変わらないフライドポテト」。8月26日までの短い期間に、僕の中には「忘れ難い夏の思い出の数々が刻まれていく」ここまで。
おそらく推してきた彼は「そこら」にハマっているのだろう。尋ねるのは面倒だからしてないが…

さて、今日のゲリラ的に持ち上げられた主役はどうコメントするか。
「『風の歌を聴け』ですか。なかなか読む機会がなくて……他のでよければ、あ!『ノルウェイの森』、あれだけは読みました。話はさっぱり忘れてますが……」
ほかの客がそこに乗っかり
「あれは大分昔に映画やったからな。そん時か?」
「だったと思います。表紙いつもの緑と赤じゃなかったんで」
手駒を少ししか持っていない村上本の話題が尽きた彼は、話を変えた。
彼は、改まって皆に向かい
「え〜ここで私事ですが、……本当は言わないでおくつもりでしたが、……私ムラカミは先日、半年ほど交際していたレイカさんと別れました。正直…傷心、南の島にでも飛んで行きたいところを、何とか踏み留まってこの場に居ます。泣き言は……言う資格すらないほど私が身勝手に彼女を扱い続けたことが理由でした。ですので、慰めや同情はしないでください。むしろ、こんな状況の私を避けずに暖かい声で祝ってもらえて感無量です!本当にありがとうございます」
勢いをともなう熱さの中にも憔悴がモロに漏れだし、感情を吐き出し終えた彼の身体は微かに震えていた。
店内は一旦しんとして、フワッと歓声が沸き上がった。
「いいぞ!ムラカミ。男気あるな!!」
「よう勇気振り絞った。次は確実に幸せ見つけろよ!」
「今夜のコイツの飲み代オレが持つわ」
そして僕からも
「いつもこの店に来てくれて、そして、あのとき……僕の背中押してもらえて、今がある。感謝してもし尽くせない」
彼の肩に手を置いて、互いに見つめあった。
彼は静かに涙ぐんでいた。

―――――

あれはかれこれ数年前、僕が長年勤めた某中堅IT会社を自ら去り、完全フリーでその日暮らしを満喫と言えば聞こえはいいが稼ぎが不安定だった頃、同じレンタルオフィスで村ちゃんに出会った。彼もスランプを抱え、途方にくれていた。
僕らはそこで会う以外にも、他の場所で遊ぶ間柄になって、互いに気心許し合えていた。振り返ると僕からだけだったかもしれないが……
ある晴れた日、コンクリート打ちっぱなしだった自宅一階フロアの壁のペンキを塗り直してるときに、僕が弱音を吐いた。
「今どきジャズカフェ兼バーなんて需要なくてすぐKOかなぁ?」
そしたら彼がすぐに
「それはないって。ここ数年レコードまた流行って渋谷あたりでその手の店復活してんじゃん。脩平だってやれば何とかなるよ。俺も出来るだけ手伝うから!」
これに何度も励まされ続けてきた。

20時を過ぎた頃か
突然、店じゅうの照明が消えた。
ざわめき出す客たち。
僕はすぐにブレーカーを上げに行ったが、ウンともスンともなく。
やむなく非常灯片手にスマホの待受の警報を気にかけつつ、話を続けることにした。
「ええと、皆さん。これから僕の話すことをよく聞いてください。…」

流れているジャズ・ナンバー達と
風の歌は、しばらく止みそうになかった。



―― Materials ――
村上春樹『風の歌を聴け』
マイルス・デイヴィスの曲
グレン・ミラーの「ムーン・リバー」
「SLOW TIME The Piano Songs」
副題:The Vintage Collection of Classics and Jazz A UNIVERSAL MUSIC COMPANY
ORIGINAL LOVE「変身」
https://ara-suji.com/novel/1317/
取り上げた作品のレビュー群
画像元は↓(無料ダウンロード可能です)
https://www.pexels.com/ja-jp/photo/331107/

コメント(1)

村上春樹の「風の歌を聴け」のジェイの店とはまた雰囲気の違ったバーの設定ですね。これからどう展開していくのか 楽しみです。それぞれの登場人物のキャラ設定がしっかりしていて登場人物が自然に会話している感じがします。

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