半蔵門かきもの倶楽部コミュの第９４回　文芸部Ａ　「A Girl of Wonder」　(三題噺「新年度」「ネコ」「坂道」)

＊執事“風”喫茶シリーズの第１話。２話以降は別サイトと作者のmixi日記で発表予定

［１話あらすじ］
清掃日に猫と女の子を相手した
その女の子は本物のお嬢

［１話登場人物(動物もいます)］
◯平岡(公威ｷﾐﾀｹ 41)：三島の著書をあえて避けてきた4月8日生まれ。
◯半井(陽平ﾖｳﾍｲ推定24)：好奇心旺盛。機転が利き、その割に他人を疑わない質な8月27日生まれ。
◯弥生(大久保優ﾏｻﾙ 26)：ツンデレ侠気。地方の名家由来の家柄の高さを憂う3月22日生まれ。影は薄いが強運の持ち主。
◯吉澤文香(ﾖｼｻﾞﾜｱﾔｶ 7)：小学2年。気丈でおませなお嬢。7月1日生まれ。
◯ひかる(3歳)：文香の愛猫。かなり活発な雌猫。
[話に出る]マサゴ(笠原真砂ｶｻﾊﾗﾏｻｺﾞ 7)：文香のクラスメート兼友人の一人。

＝＝ Story ＝＝

プロローグ

朝露は束の間にきらめき、小鳥がさえずる。
近隣の街路樹は木陰で涼めるほど繁り、通りは夏日の際に避暑できる役目も果たす。
そんな場所の、「坂道」に面している小さな建物。
元は引き渡し当時に前オーナーだった老夫婦が残した少々重厚な佇まいの内装を居抜きで使った。その名残で、来る客層は大体渋いか地味。たとえば、地元のシニアの方々はもとより、今のトレンド？からか女子中高生や大学生たち、毎日なにかに追われていそうな年代職種様々な会社員らしい人々…。
もちろん稀に例外もあるのだが……

とはいっても今日は休み。
但し店じゅう掃除する日なので、俺・平岡(ひらおか)と半井(なからい)と弥生(やよい)が来ている。本当はもう一人東雲(しののめ)が来るはずが、風邪でダウン。ったく使いモンなんねぇアイツ…
俺はガラッと換気したくなって、店じゅうのドアと窓を開け放った。
半井から速攻
「店長、こんなに開いちゃっていいンすか？」
俺、ウィンクしながら
「ああ。部外者は誰も来ねぇさ

」
そばで聞いてた弥生からは
「勿論、来たときには何とかしますよね」
これに俺は
「まぁ……そうだな」
そのときの対応が出来る自負はあった。

――――――――――――――――

執事“風”喫茶「Land」

元々ココは堅苦しくなく、いわゆるコンセプトカフェみたいな執事風の言葉遣いでお客さんをもてなすつもりで始めた。まぁ、基本することはちゃんと押さえてから始めようということで、俺は伝統と実績のある執事の館へ弟子入りした。そこで知り合った弥生と仲良くなって、結果彼をあそこから引き抜いちまったのだが……それはそれで良かったことにする。
半井とは、たしかwebで募集したか何かの機会に俺から誘って、そこからの関わりだった。アイツが公私ともにしている、ちょっとした気の利かせ方が俺とは違って、結果的に補い合えてる感じ。とてもありがたい。

俺はA3の紙にプリントアウトした「新年度」のざっくりした予定表を狭いバックヤードの壁の目につくところに貼って皆に知らせた。皆の反応はそこそこだったが、まあいい。

ただ、作業が一段落つき、日々の疲れが極限に来ると、俺は“あのこと”をわめきたくなる。周りに人がいなくなってるのを確かめて…
「あー！この名前のせいでっ！」
公威。あの超有名作家の本名と全く同じ。このせいで何度からかわれたか。一生忘れねぇ、、、
かつて、中学時代のクラスメートから
「きみたけ？まつたけ！？ヘンなのー。おい、お前死んだんだろ？なんでこの教室にいるんだよ！出てけ！」
そんで俺、深く大きなため息をついて
「……情けねぇ」
奴らはタジタジしはじめ、どっかへ消えた。それでも俺は暗く沈んだ。その頃からか、落ち込むと鬱屈したものをやたら欲しがり今に至っている。意識も感情もかき回されたあの頃と変わらず。
このクセ何とかしたいが……つくづく自分が情けない。まぁ、成人して独立してからは名刺ですぐ覚えてもらえるメリットが圧倒的に勝ったしトントンか。

腐った自分語りはさて置いて、作業作業！
……と思いきや、床をせっせと磨いていた半井から笑顔で
「ちょい思ったんですが、まつたけ旨いですよね

ゲットしたらお吸い物にしてます」
「たはは

、聞かれてたか……」
俺はほどよく力が抜け、顔に手を当てて苦笑いした。

――――――――――――――――

小さなお客？さん

掃除の8割くらい済ませたところで、皆、休みはじめた。
使った道具をあらかた片付け、やっとこさ飲食物に手がのびる。
そのさなかの店の入り口に、女の子一人の姿が見えた。低学年の小学生なのか、彼女は肩で息をしていた。
外見は、これまで見かけることのなかった、きれいに整えられた天パの黒髪を2つに分けてくくり、色白で大きな瞳の丸顔、眉毛に芯のつよさと品のよさ、いかにも“お嬢様”とわかる毅然さをかもし出していた。身体は細身ながら服にも気合が入り、春物の黄色い薄手のカーディガンに白地に黒格子柄のプリーツスカート、靴はカーキ色のローファーだった。
しばらく女の子の様子を窺いつつ休んでいた半井と弥生は、何も話さなかった。

「いかがなさりましたか？お嬢様」
平岡からおもむろに声をかけた。
「「ねこ」、が……」
彼女の息づかいから呼吸が整ってきていたことがわかり、彼はすこしだけほっとした。
彼から
「お嬢様、失礼かもしれませんがあなたのお名前は？」
彼女はよしざわ・あやかと答えた。
話しながら折り目正しい所作で財布から出したカードの保険証で氏名の漢字(吉澤文香)・読み、生年月日と住所がわかった。皆でこれを目視。
さらに聞くと飼い猫を追ってきたという。
半井の耳にかすかに「チリン♪」と鳴ったような気がしたのでその場にいる全員に伝え、総出で店内をくまなく見渡すと、赤い首輪の似合う猫はすこし暗がりになる隅っこにいた。種類はよくいる三毛猫で、お尻の黒い毛並みがひろがり、とてもふくよか。さらに幸せそうな豊かなしっぽが愛らしい。
「ひかるぅ。。。」
その子に触れ、抱き寄せた文香がホッとしたさなかに履いている紙パンツにおしっこを漏らしてしまい、表情に毅然さがみるみるうちになくなり、ほのかに赤面した。
これにいち早く気づいた平岡から文香へ手振りも交え、案内する。
「パウダールームはあちら。すぐに行ってらっしゃい」
彼女は真っ赤な頬のまますぐにトイレへかけ込み、残りの分を出し終え、中で紙パッドを替えて出る。その間、ひかるは弥生の腕の中で安らいでいた。

彼女が席に着くと、平岡からサインで指示を出された半井が温かいセイロンティーストレートを出す。
「お嬢様。このセイロンストレートをどうぞ」
「あ、りがとう……ございます」
彼女はまだ小さな口で一所懸命フーフーと息を吹きかけ、一気に冷まそうとしていた。

そのあとバックヤードで半井が平岡に
「何で？」
平岡は迷うことなく
「まあ、そう言わずに。小さなレディだからね」
半井は思った
“未来のお嬢様、か……”
彼は休憩がてらに手にしていたクラフトコーヒーを飲み干しテラス清掃の仕上げ作業へ戻った。

紅茶が飲める温かさになった頃、平岡が
「ひかるさんがこちらに来ることになってしまった事情について、可能な範囲でお聞かせ願えますか？」
この質問に対し、文香は迷いなくスラスラと
「私の住まいの正門近くでひかるにハーネスをつけそびれて、逃げられてしまったのです。このようなことは初めてで、一目散に大きな坂道の方へ向かうひかるを追うだけで精一杯でした……この節はたいへん失礼致しました」
彼女は彼と、その近くにいてひかるの面倒を見てもらっていた弥生に対し深々と礼をして、残りの紅茶を飲み終えた。
彼女が現金を出そうとすると平岡から
「今の君からお金はいただけない。これは君が自分で稼いだお金で来たときに払っていただきたい」
と、ニコッと微笑みながら伝えた。
文香は、はにかみながら財布にしまった。

――――――――――――――――

かえす、ふれる

彼女がなんとか空にしたカップアンドソーサーを弥生が洗い終えた。
タイミング良く平岡から彼へ一言
「弥生、悪いんだけどこの子、送ってくれよ」
子供が苦手な彼は内心舌打ちするも、頼まれた“お使い”は立場上断れなかった。
平岡はその後、両替のために取引先の銀行へ行った。
ちなみにそのときの半井は排便の量と格闘中(笑) それほどお通じがよかった。
弥生は内心苦々しく吐き捨てる
“あのウ◯コ野郎

”

彼は渋々引き受け、着けていた制服のエプロンを外し、文香を宅まで送ることに。
本来ならタクシーを配車し、降車時に吉澤邸側に払ってもらうことで済む話だったのだが、こういうときの平岡に逆らうとひどく機嫌を損ねられ、直してもらうのにかなり手こずる。だから前述の状況になるという悪循環が続く。

昼間に店を後にした二人と一匹は、坂道をひたすら下って文香の実家を目指し、歩いた。平岡から見せられた彼女の保険証で氏名の表記を確かめ、そこに記された住所は、電車で1駅くらいの場所にあるので、近道を知っている弥生は歩く方がむしろ早く着けると踏み、こうなった。いつの間にか、彼女の愛猫・ひかるの首輪にハーネスがつながれている。

ここはまだ坂の途中。しばらく二人のやり取りがゆるく続く。たとえば
「あの」
「何でしょう？」
「そぞろ歩くのにちょうど良い陽射しですね」
「言われてみれば、そうですね。今気づきました(ﾆｺｯ)」
やっぱりここでも互いに敬語で話してしまう。
ほんとうは、もっとくだけた会話でいいのに……
と、文香は思った。

―――

平らな道に出たところで、ひかるが弥生の足許にピタッとくっついた。文香がハッとして、目を丸くする。
「あなた……この人すきなの？」
ひかるは安らいだ声で文香に鳴いた。

しばらく、文香から自分とその周りのこと、弥生からは当たり障りの無い世間話でやり取りが続く。
「…でね、私そのとき、友達のマサゴちゃんから一緒に帰ってアヤカの家に遊び行きたい！って言われてあせっちゃった。部屋とっても散らかってたから

」
弥生は思わず想像し、吹き出した。なぜなら
「それなら僕も変わらないよ。一人暮らしであんま片づけてないから、それはもう足の踏み場が……」
これは紛れもない事実。彼の住む賃貸アパートの六畳一室はゴミ屋敷一歩手前。さすがにヤバく感じて焦り始め、自分の店を持つための計画や準備するもののリストアップをしようと目論んでいるので、まとめて片づけ始めたところ。
彼女は
「え？ほんとに！？見たいっ！」
彼はマジで焦りながら
「あんな部屋見なくていいから……」
彼にやんわりと断られ、仕方なく下がる彼女。

―――

今度は、話題になった盗みに関するニュースの話から。
「あの、こんなこと聞くのはどうかと思うけど」
「ん？」
役所のお金こっそり盗んでバレるまで知らない振りするのって、お兄さん的にどう思う？」
弥生はふと息を吐くように
「僕は「納得のできる決まり」なら、全て従えるんですよ。ただあの件は、僕がその場にいたとしても納得できずに反論はしたと思う」
文香の目が驚きの色を帯び、輝きに変わった。
さらに言葉を継いで
「枠がしっかりしている方が安らげるんです、僕は。だからかな、名古屋の本宅で奉仕していた頃が懐かしかったり…東京でも色んなことがありますが、何だかんだで楽しい……です」
文香は彼の発する言葉のひとつひとつに納得しながら、自身の境遇と重ねた。
“う、羨ましい！”
彼女はワクワクを抑えられなかった。
そして、思わずこんな質問を投げかけてしまった。
「お兄さんはどんなところで暮らしていたんですか？」
彼は、初対面の彼女に個人的なことを話すのはいかがなものかと思うも、本心に沿う形を選んだ(あえて話した)。
「僕の実家の環境ですか？それはかなり悪かったですよ。少なくとも幼児から思春期までの人間には地獄だった……たとえば、駄菓子は一切食べるな、ゲームは一切禁止、から、異性交際している間はデートの内容を両親に報告するように、まで。さらにウチは子供が大学を出るまで21時の門限がありました。ちなみに、宅の場所は東京でしたが……」
文香はそれを聞いて
「私も！！！色々話せそうですね」
しばらくその話題で話し、二人は意気投合。ちなみに彼女のほうは
「生まれて間もない頃から、行事があると必ず着飾らされて写真を何枚も撮られていました。その頃の私は小さすぎて“こういうものなんだな”って思ってたけど、気づいたときには毎日お人形みたいな姿で、私はまだ子供なのに大人としてずっとしっかりしていることを求められていて……とにかく辛くて仕方ないです

」
彼は、ものすごく納得した表情で彼女を見ながら
「まだ話足りないよね、どこかでお茶しよう」

いつの間にか昼下がりになっていた。
二人は帰り途中で見つけた茶店の店長に断りを入れ、ハーネスをつけたひかるを外の安全なところに繋ぐと、店内でさらに話し込んだ。お互いの生まれ育った家風はとにかく“縛る”“黙れ”“繕え”。実家ではこれを常に強いられ、ずっと暮らしているはずなのにまるで監獄。物には恵まれて豊かで閉じてて堅苦しい……
「そんなの「生きてて死んでる」のと同じじゃない？」
文香の疑問は日に日に増すばかりで、今日、思わず弥生にぶつけてしまった。

弥生はそんな彼女を正面から見据え、言葉を選びながら一語一語ゆっくりと話した。
「より詳しく話してみて、君がかつての僕とかなり重なった……僕も“小さな大人”だったから」
このとき、文香にとって弥生がずっと自分の味方で居てくれるだろうという確信をつかんだ。
同じ頃、外に繋がれたひかるが飼い主のいる向きの窓をぼんやりと見ていた。

――――――――――――――――

long hag.

弥生が店を出たタイミングで、彼の胴体から腰回りの動きが止められた。
“え！？”
抱きつく文香は一時的にだったが、彼の歩みを止めてしまった……
彼はしばらく前に進めなくなる。そして彼女に
「ちょっ！待ってくれ

」
と言うが先か、彼女の腕を外そうとするのが先か、とりあえずは離せた。が……

彼女はすすり泣いていた。
そして、ひかるの切なげな鳴き声も……

“ええっ……！？”
戸惑う弥生。それでもすぐに、彼女とひかるの体を大まかに包むような体勢をとって
「ごめんな……」

気づけば彼は腕のなかに彼女を抱いていた。
それから20秒以上の熱い抱擁、そして
少しばかり強めに、きつく抱いた。

彼はそのとき、危うい決断に踏み切った。
“法も世論も、内実なんか一瞥もせず無視する。
そんなことは既にわかりきっている。
今は、目の前にいるこの娘を救う。それだけだ”

二人と一匹は近くの公園の目立たないところに移り、置かれているベンチに落ち着く。ひかるのハーネスは、ベンチの柱に巻きつけた。大きな声で鳴かなかったのは幸運だった、かも。と文香は思った。
二人は再び抱き合い、しばらくそこを離れなかった。
いつしか、身も心もとてもあたたかくしっとりと感じられた。

ひかるを繋いでいた柱から外して、自分の腕に抱き直した文香からふいに
「ねぇ、このこと私たちだけの秘密だよ。」
勿論、誰にも言わない。言えるはずがない。
文香と弥生にとって自分らしくいられた、つかの間の休息だった。

――――――――――――――――

到着、その後帰還

空は徐々に薄紫色に近づいていた。
文香の居所に着いて親御さんに会うはずが、どうしたことか邸には使用人たちのみ。親御さんはどうしているのか尋ねても、はぐらかされてしまう。守秘義務徹底してる、と弥生は認識した。
本当の執事長とおぼしき方に文香とひかるを預け、丁寧に礼をして邸を後にした。別れる前に当然LINEアドレスは交換していた。
ただ一つ。気がかりなことがあるとすればそれは……
帰りがあまりに遅くて、行った先について問いただされるかもしれない、と。

17時頃、店に戻った弥生はタイムカードに目を通すと、すぐに打刻した。
バックヤードのデスクで帳簿をにらんでいた平岡に
「僕が出たとき、終業扱いでも良かったんですが。いいんですか？本当に」
「ああ、それ。給与分としてつけとくから☆」
“つくづく店長、お人好し過ぎるわ……でも、ありがたい”
弥生は自営系のユルさに救われたとともに、少し心配になった。

―― Materials 4月――
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『基礎から学ぶ紅茶のすべて：美味しくするテクニックから歴史や産地の話まで』磯淵猛誠文堂新光社
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