「えっ。ちょ、待ち」
ドングリ型の瞳にいっぱい溜まった涙が、自分から光を放ってるみたいにキラキラ輝いてる。せしる先輩のきょとんとした顔色が、日の出とともにじんわり白む空のように明るくなってく。
「それは……ウチとつきあってもええよ、いうこと？ ほんま？？」
しまった、とか思ってももう遅い。
せしるさんが好きです、なんてどうしてうっかり口にしちゃったんだろう。いくら本当に好きでも言うべきじゃない。理由は自分が一番わかってるはずだ。
ぼくはせしるさんとはつきあえない。つきあえるわけがない。
仮につきあい初めはうまくごまかせても、どうしたっていずれはバレるときが来る。そうなったら、もう台無しだ。場が白けるどころの騒ぎじゃない。
先輩は見せたこともない表情でドン引きするだろう。ぼくにひどく幻滅するだろう。それで悟るのだ。ぼくがアレどころか、イチャイチャもキスもためらってた理由を。手をつなぐときにさえいちいちビクビクしてた理由を。
もしかしたら、せしるさんは優しく「気にすんなや」なんて慰めてくれるのだろうか……。
いや。いやいやいや。どんだけ自分に都合がいいんだ、ぼくは。きっと先輩はごまかし続けてたことを責めるに違いない。洋式トイレの水を飲む犬を見るような目でぼくをにらんで、こう言うんだ。
なんで、EDって隠してたの、って。
今から二か月前に話はさかのぼる。
大学も二年生への進級が無事決まり、新年度を前に長い春休みを満喫してたころ。
きっかけは、当時つきあってた元カノとのアレ、だった。
その子とは、大学の友達が企画した飲み会で知り合った。ぼくの友達の、さらにその友達が連れてきた女子大の一年生で、長身でひょろっとした体型に、やけに肌が青白かったのを覚えてる。いいお家の品行方正なお嬢さんって感じで、真面目でおとなしく、下ネタなんて口に出しただけで恥ずかしがりそうな子だった。
だから、実はその子がドMの露出狂って知ったときは、かなりビックリした。
あとで聞いたら、公園とか電車とかあえて人目につくような場所じゃないとコーフンできない性癖で、人前で裸にされたうえに罵られて蔑まれて××されるのが、それはもうたまんない、らしい。
誰かに迷惑さえかけなきゃ、コーフンするシチュエーションや対象が人それぞれなのは全然いい。
問題なのは、元カノがそういう趣味を隠したまま、ぼくとつきあったことだった。
それまで誰かとつきあった経験がなかったぼくは、当然、セックスもしたことなかった。
自分で言うのもなんだけど、手をつないだりキスをしたりするだけでドギマギするほどウブなのだ。SMっ気もなければ、そもそも実際のセックスがどんなものかさえわかっていないぼくに、いきなり野外で、それも人の見てる前でSMプレイをしようなんて無理に決まってる。
けど、何も知らないぼくは、彼女から告白されてつい浮かれてしまった。
正直、そんなに彼女をいいなとは思っていなかったけど、モテない男は恐ろしいほど単純な生き物で、自分を好きだと知っただけで相手が魅力的に見えちゃうものなのだ。深く考えず、その場でOKし、ぼくらはつきあうことになった。
もう少し彼女のことを知る時間があったら。彼女がそういう趣味があるのを事前に言ってくれてたら。
まだ結末は違っていたのかもしれない。
ともかくあるデートの帰り、彼女は突然本性を現した。
夜の公園にぼくを連れ出した彼女は、いきなり全裸になったかと思うと、有無を言わさずぼくを押し倒して羽交い絞めにした。
やめて、なんて言うヒマすらない。まるでオリンピック柔道選手の決め技みたいに無駄がなくて素早い動きだった。前にもやったことあるんじゃないかって疑っちゃうぐらいに。
「な。なな、なにしてんの？！」
驚きか恐怖か、情けなく震え声のぼくを、彼女はとろんとした目で見つめながら、誘拐犯のようにしい、と静かにするよう制して微笑む。
まるで人格が入れ替わったみたいな豹変ぶりだった。青白かった肌は、耳の先まで赤くなるほど上気してて、まともに合わせることもなかった目はしっかりぼくをとらえて離さない。
表情は温泉に浸かってるようにうっとりしてるのに、長い手足はがっちりぼくの体を地面に押さえつけてるから、なんかもうちょっとしたホラーだ。その細い腕のどこにそんな力があったの……？？
見下ろす彼女の頭越しに、桜が満開の花をつけた枝を天高く伸ばしていた。このときはちょうどお花見シーズン真っ只中。しかもこの公園は桜の名所として知られていて、大勢の花見客が来ることで有名だった。平日で終電近い時間だったおかげか、幸い周りに人影は見当たらないにしても、桜の木の根元でもつれ合ってたら、遅かれ早かれ誰かに見つかる。しかも彼女は素っ裸で、今にもぼくをも裸に剥いてエッチしようとしている。良くて警察沙汰、悪くて動画に撮られた挙句、世界中にぼくと彼女のあられもない姿が拡散されちゃうだろう。どっちにしたって、黒歴史は確定だ。今すぐこの場で首をくくりたいぐらい恥ずかしい。
汗をぐっしょりかきながら、周囲にキョロキョロと注意を配るぼくと対照的に、覆いかぶさる元カノは、生温かい吐息をぼくの頬に吹きかけて、
「ねえ。もっとあたしを見てぇ。汚いあたしをもっと見てぇ〜」
と体を起こすと、器用にぼくの両足をホールドしたまま、股をカパッと開いた。
見ちゃいけない、と思っても操られるように視線は股の間に釘付けになる。
最初はそこに何があるのかよくわからなかった。
桜のライトアップ用の照明だけでは、それは半分暗闇に溶けていて輪郭しかつかめない。
楕円形の体から無数の足が生えてるかのように、真ん中を黒々した毛が囲んでいる。その中心からはヨダレみたいに粘っこい液体が糸を引いて垂れて、ぼくのボトムスにポタポタと斑点をつくっている。ダンゴムシを裏返しにした光景を思い浮かべ、途端に毛がぞわぞわ動いてるような錯覚がして、ぼくはぞーっと鳥肌が立った。まるで、深海に潜む得体の知れない生き物みたいだ。
ドングリ型の瞳にいっぱい溜まった涙が、自分から光を放ってるみたいにキラキラ輝いてる。せしる先輩のきょとんとした顔色が、日の出とともにじんわり白む空のように明るくなってく。
「それは……ウチとつきあってもええよ、いうこと？ ほんま？？」
しまった、とか思ってももう遅い。
せしるさんが好きです、なんてどうしてうっかり口にしちゃったんだろう。いくら本当に好きでも言うべきじゃない。理由は自分が一番わかってるはずだ。
ぼくはせしるさんとはつきあえない。つきあえるわけがない。
仮につきあい初めはうまくごまかせても、どうしたっていずれはバレるときが来る。そうなったら、もう台無しだ。場が白けるどころの騒ぎじゃない。
先輩は見せたこともない表情でドン引きするだろう。ぼくにひどく幻滅するだろう。それで悟るのだ。ぼくがアレどころか、イチャイチャもキスもためらってた理由を。手をつなぐときにさえいちいちビクビクしてた理由を。
もしかしたら、せしるさんは優しく「気にすんなや」なんて慰めてくれるのだろうか……。
いや。いやいやいや。どんだけ自分に都合がいいんだ、ぼくは。きっと先輩はごまかし続けてたことを責めるに違いない。洋式トイレの水を飲む犬を見るような目でぼくをにらんで、こう言うんだ。
なんで、EDって隠してたの、って。
今から二か月前に話はさかのぼる。
大学も二年生への進級が無事決まり、新年度を前に長い春休みを満喫してたころ。
きっかけは、当時つきあってた元カノとのアレ、だった。
その子とは、大学の友達が企画した飲み会で知り合った。ぼくの友達の、さらにその友達が連れてきた女子大の一年生で、長身でひょろっとした体型に、やけに肌が青白かったのを覚えてる。いいお家の品行方正なお嬢さんって感じで、真面目でおとなしく、下ネタなんて口に出しただけで恥ずかしがりそうな子だった。
だから、実はその子がドMの露出狂って知ったときは、かなりビックリした。
あとで聞いたら、公園とか電車とかあえて人目につくような場所じゃないとコーフンできない性癖で、人前で裸にされたうえに罵られて蔑まれて××されるのが、それはもうたまんない、らしい。
誰かに迷惑さえかけなきゃ、コーフンするシチュエーションや対象が人それぞれなのは全然いい。
問題なのは、元カノがそういう趣味を隠したまま、ぼくとつきあったことだった。
それまで誰かとつきあった経験がなかったぼくは、当然、セックスもしたことなかった。
自分で言うのもなんだけど、手をつないだりキスをしたりするだけでドギマギするほどウブなのだ。SMっ気もなければ、そもそも実際のセックスがどんなものかさえわかっていないぼくに、いきなり野外で、それも人の見てる前でSMプレイをしようなんて無理に決まってる。
けど、何も知らないぼくは、彼女から告白されてつい浮かれてしまった。
正直、そんなに彼女をいいなとは思っていなかったけど、モテない男は恐ろしいほど単純な生き物で、自分を好きだと知っただけで相手が魅力的に見えちゃうものなのだ。深く考えず、その場でOKし、ぼくらはつきあうことになった。
もう少し彼女のことを知る時間があったら。彼女がそういう趣味があるのを事前に言ってくれてたら。
まだ結末は違っていたのかもしれない。
ともかくあるデートの帰り、彼女は突然本性を現した。
夜の公園にぼくを連れ出した彼女は、いきなり全裸になったかと思うと、有無を言わさずぼくを押し倒して羽交い絞めにした。
やめて、なんて言うヒマすらない。まるでオリンピック柔道選手の決め技みたいに無駄がなくて素早い動きだった。前にもやったことあるんじゃないかって疑っちゃうぐらいに。
「な。なな、なにしてんの？！」
驚きか恐怖か、情けなく震え声のぼくを、彼女はとろんとした目で見つめながら、誘拐犯のようにしい、と静かにするよう制して微笑む。
まるで人格が入れ替わったみたいな豹変ぶりだった。青白かった肌は、耳の先まで赤くなるほど上気してて、まともに合わせることもなかった目はしっかりぼくをとらえて離さない。
表情は温泉に浸かってるようにうっとりしてるのに、長い手足はがっちりぼくの体を地面に押さえつけてるから、なんかもうちょっとしたホラーだ。その細い腕のどこにそんな力があったの……？？
見下ろす彼女の頭越しに、桜が満開の花をつけた枝を天高く伸ばしていた。このときはちょうどお花見シーズン真っ只中。しかもこの公園は桜の名所として知られていて、大勢の花見客が来ることで有名だった。平日で終電近い時間だったおかげか、幸い周りに人影は見当たらないにしても、桜の木の根元でもつれ合ってたら、遅かれ早かれ誰かに見つかる。しかも彼女は素っ裸で、今にもぼくをも裸に剥いてエッチしようとしている。良くて警察沙汰、悪くて動画に撮られた挙句、世界中にぼくと彼女のあられもない姿が拡散されちゃうだろう。どっちにしたって、黒歴史は確定だ。今すぐこの場で首をくくりたいぐらい恥ずかしい。
汗をぐっしょりかきながら、周囲にキョロキョロと注意を配るぼくと対照的に、覆いかぶさる元カノは、生温かい吐息をぼくの頬に吹きかけて、
「ねえ。もっとあたしを見てぇ。汚いあたしをもっと見てぇ〜」
と体を起こすと、器用にぼくの両足をホールドしたまま、股をカパッと開いた。
見ちゃいけない、と思っても操られるように視線は股の間に釘付けになる。
最初はそこに何があるのかよくわからなかった。
桜のライトアップ用の照明だけでは、それは半分暗闇に溶けていて輪郭しかつかめない。
楕円形の体から無数の足が生えてるかのように、真ん中を黒々した毛が囲んでいる。その中心からはヨダレみたいに粘っこい液体が糸を引いて垂れて、ぼくのボトムスにポタポタと斑点をつくっている。ダンゴムシを裏返しにした光景を思い浮かべ、途端に毛がぞわぞわ動いてるような錯覚がして、ぼくはぞーっと鳥肌が立った。まるで、深海に潜む得体の知れない生き物みたいだ。
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コメント(9)
元カノは、ぼくが自分の性器に目を奪われてるのを悪い意味で勘違いしたのか、ぼくのボトムスのチャックを下ろして中に手を突っ込もうとする。
「ちょ、ちょっと……！」
手を遮ろうとも抵抗の言葉も、欲望の赴くまま暴走する彼女には何一つ通じない。長年探し求めたお宝をついに眼前にした海賊のように目を輝かせて、ボトムスの中に手をさし入れ、トランクスをまさぐり、そして、ぼくの大事なアソコを――
「うわっ」
性器に氷のような冷たいものが触れた、と思った瞬間、ぼくは飛び跳ねるように驚いて、いや現にビクッと腰が飛び跳ねた。その衝撃で、ぼくのアソコに全神経を集中していた彼女は、あっけなくバランスを崩し、地面に尻もちをついた。
今だ、とばかりにぼくは渾身の力を込めて彼女を突き飛ばし、その勢いのまま立ち上がると、どんな短距離選手よりも速いスタートダッシュで駆け出した。きれいに舗装された公園を右へ左へまっすぐへ走り走り、茂みを見つけて突っ込み、息が切れるまで走り続けた。
チャックからにょっきり顔を出した大事なアソコを両手で隠しながら。
それから、元カノとは一度も顔を合わせてない。
LINEで謝ってきたりやり直したいみたいなことは言われたけれど、彼女のそういう趣味は治せるものじゃないし、我慢できるものでもない。一緒にいる以上、またいつかは必ず犯罪じみたド変態プレイに付き合うことになるわけで、ぼくにはさすがに荷が重すぎると、彼女とは別れることにした。
一方的に振ることに心苦しさはあったけど、他の大学の子だし友達でもなかったから、もう会うこともない。これで一件落着したものとばかり思ってた。
それからしばらくして、自分のアソコがたたないことに気がつくまでは。
それまで、ぼくの性器はいたって正常だった。
思春期ぐらいにヘテロなのを自覚して以来、エロ画像なんかを見れば、当然のようにたちあがり、朝起きればなぜかたちあがり、そうでなくてもビンビンになってどうにも収まらないときさえあり、ムラムラすればちゃんと最後までフィニッシュできていた。
けれど、今は触ろうといじくろうと床や机に押し付けようと、どんなに刺激してもうんともすんとも言わない。眠り呆ける酔っ払いみたいに、ふにゃあ、と覇気なく股の間でだらけているのだ。
さらに衝撃だったのは、エロ画像を見てもコーフンするどころか、体が拒否反応を起こすようになったことだ。もちろん健康な二十歳の男子として、少なからず性欲はあって週に何度か発散することはあった。ところが、裸の女の人を想像するだけで、まぶたの裏には元カノがぼくにまたがる姿ばかり浮かんでくる。かぱっと開いた股から、あのダンゴムシみたいな性器が無数の足をうじゃうじゃ動かして、口からどろっとした粘液を垂らして、今にもぼくのアソコを食べようとしているのだ。パックン！
「ひえっ」
完璧にトラウマになってしまった。
EDがどういう状態かは知ってはいても、なってみないと本当に知ったことにはならない。
自分がなってみて、それはまざまざと感じた。
ただただ恐怖だった。
固くたちあがれば、どんな鉄塔よりも微動だにしなかったアレは、今は何をどうしようにもたたず、象の赤ちゃんように股の間にちょこんと収まってしまっている。
何度もトライ＆エラーし続けて、そのうちにたたないこと自体がだんだん怖く思えてきて、性器に触ることすら避けるようになった。エロ画像や動画はおろか、下ネタの話すら聞くこともイヤになり、日常からエロがすっぱり消えてなくなった。
男としてのプライドが、がらがらと耳障りな音を立てて崩れ落ちていくような気がした。
今までそんなの感じたこともなかったくせに。男子である自覚すらほとんどないのに（せいぜい、温泉かトイレに行くときぐらいだ）。それなのに、たたない、それだけのことに深く傷ついた。大げさじゃなく、男としての自分を、人間として否定されたような気さえした。
自分の体の一部が突然消えてしまったみたいな気分だった。気持ちがずぶずぶ黒く濁った沼に沈んでいって、大学へ行くこともしんどくなってきた。
だけども、周りは本当の理由なんて知る由もない。
ぼくが落ち込んでるのは失恋が原因だと思ってるのだから、なおさら現実はつらい。
別れた直後ならともかく、半月もひと月もうじうじめそめそしてたら、どんなに面倒見のいい人だってそろそろ我慢の限界だ。案の定、しびれを切らした後輩思いの先輩が実力行使に出た。
それが、あろうことか、ぼくに告白してきちゃった先輩――せしるさんだったのだ。
（つづく）
「ちょ、ちょっと……！」
手を遮ろうとも抵抗の言葉も、欲望の赴くまま暴走する彼女には何一つ通じない。長年探し求めたお宝をついに眼前にした海賊のように目を輝かせて、ボトムスの中に手をさし入れ、トランクスをまさぐり、そして、ぼくの大事なアソコを――
「うわっ」
性器に氷のような冷たいものが触れた、と思った瞬間、ぼくは飛び跳ねるように驚いて、いや現にビクッと腰が飛び跳ねた。その衝撃で、ぼくのアソコに全神経を集中していた彼女は、あっけなくバランスを崩し、地面に尻もちをついた。
今だ、とばかりにぼくは渾身の力を込めて彼女を突き飛ばし、その勢いのまま立ち上がると、どんな短距離選手よりも速いスタートダッシュで駆け出した。きれいに舗装された公園を右へ左へまっすぐへ走り走り、茂みを見つけて突っ込み、息が切れるまで走り続けた。
チャックからにょっきり顔を出した大事なアソコを両手で隠しながら。
それから、元カノとは一度も顔を合わせてない。
LINEで謝ってきたりやり直したいみたいなことは言われたけれど、彼女のそういう趣味は治せるものじゃないし、我慢できるものでもない。一緒にいる以上、またいつかは必ず犯罪じみたド変態プレイに付き合うことになるわけで、ぼくにはさすがに荷が重すぎると、彼女とは別れることにした。
一方的に振ることに心苦しさはあったけど、他の大学の子だし友達でもなかったから、もう会うこともない。これで一件落着したものとばかり思ってた。
それからしばらくして、自分のアソコがたたないことに気がつくまでは。
それまで、ぼくの性器はいたって正常だった。
思春期ぐらいにヘテロなのを自覚して以来、エロ画像なんかを見れば、当然のようにたちあがり、朝起きればなぜかたちあがり、そうでなくてもビンビンになってどうにも収まらないときさえあり、ムラムラすればちゃんと最後までフィニッシュできていた。
けれど、今は触ろうといじくろうと床や机に押し付けようと、どんなに刺激してもうんともすんとも言わない。眠り呆ける酔っ払いみたいに、ふにゃあ、と覇気なく股の間でだらけているのだ。
さらに衝撃だったのは、エロ画像を見てもコーフンするどころか、体が拒否反応を起こすようになったことだ。もちろん健康な二十歳の男子として、少なからず性欲はあって週に何度か発散することはあった。ところが、裸の女の人を想像するだけで、まぶたの裏には元カノがぼくにまたがる姿ばかり浮かんでくる。かぱっと開いた股から、あのダンゴムシみたいな性器が無数の足をうじゃうじゃ動かして、口からどろっとした粘液を垂らして、今にもぼくのアソコを食べようとしているのだ。パックン！
「ひえっ」
完璧にトラウマになってしまった。
EDがどういう状態かは知ってはいても、なってみないと本当に知ったことにはならない。
自分がなってみて、それはまざまざと感じた。
ただただ恐怖だった。
固くたちあがれば、どんな鉄塔よりも微動だにしなかったアレは、今は何をどうしようにもたたず、象の赤ちゃんように股の間にちょこんと収まってしまっている。
何度もトライ＆エラーし続けて、そのうちにたたないこと自体がだんだん怖く思えてきて、性器に触ることすら避けるようになった。エロ画像や動画はおろか、下ネタの話すら聞くこともイヤになり、日常からエロがすっぱり消えてなくなった。
男としてのプライドが、がらがらと耳障りな音を立てて崩れ落ちていくような気がした。
今までそんなの感じたこともなかったくせに。男子である自覚すらほとんどないのに（せいぜい、温泉かトイレに行くときぐらいだ）。それなのに、たたない、それだけのことに深く傷ついた。大げさじゃなく、男としての自分を、人間として否定されたような気さえした。
自分の体の一部が突然消えてしまったみたいな気分だった。気持ちがずぶずぶ黒く濁った沼に沈んでいって、大学へ行くこともしんどくなってきた。
だけども、周りは本当の理由なんて知る由もない。
ぼくが落ち込んでるのは失恋が原因だと思ってるのだから、なおさら現実はつらい。
別れた直後ならともかく、半月もひと月もうじうじめそめそしてたら、どんなに面倒見のいい人だってそろそろ我慢の限界だ。案の定、しびれを切らした後輩思いの先輩が実力行使に出た。
それが、あろうことか、ぼくに告白してきちゃった先輩――せしるさんだったのだ。
（つづく）
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