半蔵門かきもの倶楽部コミュの第七十二回　あつし作「襷」（初詣・餅・駅伝）

境内の木陰に入ると、夏の暑さが少しだけ和らいだ。

新米医師の美樹は、賽銭を投げ入れ手を合わせる。
（確かな技術を持った医師になれますように）

年始からコロナの対応に追われ、この神社に来るのは今年初だ。
（まだ初詣と言えるのかな）
そんなことを考えながら、お気に入りの古い木製ベンチに座る。

本堂に向かう参道は活気づいていた。
今晩の夏祭り－－昨年は中止だったから二年ぶりの待ちに待った－－に向け、
幾つかの屋台から美味しそうな匂いがしている。

この神社は美樹のお気に入りだ。
何かある度にやって来ては、ただ坐って時間を過ごす。
自分の患者さんが全快となって退院した時、手術が上手くいった時。
当直明けの気怠い頭と体を抱えた時も、
境内の緑に囲まれると不思議と元気になった。

もちろん哀しい時も。
自分の未熟さで患者を救えなかった時、
それにも関わらず患者の家族にお礼を言われた時も、
美樹はここに来て時を過ごした。

（一喜一憂しちゃいけない）

「美樹、そんな真剣な表情してどうしたの？」
「五月先輩！」

5年上の医師・五月が歩いてくる。

「何でもないです、コロナもやっと終わったなあと思って・・・」

五月は美樹の横に腰かけ、
食べる？と発泡スチロールのパックを差し出す。

ありがたく受け取ろうとした瞬間、付け加える。
「美樹だけには先に言っておくね。来月アメリカに行くことになった。
　本場で学んで、たくさんの人を救える知識を得ようと思ってる」
「おめでとうございます！」

そう言いながら不安がよぎる。
「でも、そうするとうちの外科は誰が見るんですか」
「美樹を推薦しよう思ってる。美樹なら大丈夫」

じゃあねえと軽やかに立ち上がり、五月の後ろ姿が遠ざかる。

美樹は両手の中に残されたパックに、駅伝走者の襷のような重みを感じながら、
柔らかなわらび餅をひとつ取ると口に入れた。