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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六十九回 みけねこ作 『離れていても』

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平成二十六年四月十四日、熊本で地震があった。被害を伝えるテレビのニュースで、避難所が映し出されたとき、積み上げられたダンボール箱に熊本のキャラクター「くまモン」が印刷されているのを見た。被害の悲惨さが報道される中、「くまモン」のイラストは場違いな愛嬌を振りまいている。そして私は「くまモン」によってある人のことを思い出した。

熊本の震災が起こる三年前の四月のことである。私は、実家のある大阪に帰省するために新幹線に乗っていた。自由席に座っていたのだが名古屋で乗客が増え、座席は満席となり、通路に立つ人が増えた。ふと横を見ると大きな荷物を抱えた七十代くらいの男性が立っていた。荷物が重いのか、疲れた表情をしている。私は少し照れくさい気持ちもあったが、勇気を出して男性に声をかけた。
「良かったら、座ってください。私は、新大阪で降りますので」
「あ、いいんですか。はあ、ありがとうございます。では、ありがたく座らせてもらいます」
男性は、日焼けした顔をほころばせて私の座っていた座席にどっかりと腰かけた。荷物は棚に置かず、膝の上に乗せていた。
「私は、熊本に住んでいるので、新幹線で福岡まで行くんですがね、もう荷物が重くて、はあ、どうしようかと思うとりました」
その声はとても快活で元気だった。はあ、というのが口癖なのか方言なのか、ゆっくりと話す中でうまくリズムを取っているようだ。通路に立っている時には、具合が悪そうに見えたのは、荷物のせいだったのだろう。席を譲って良かったと思った。彼は、ハンカチで額の汗をぬぐいながら言った。
「名古屋の友達のところに行ってましてね、はあ、自由席に乗ったらこんなに人が多いとは。仕事で新幹線によく乗りますが、こんなのは初めてですわ」
どんな仕事をしている人なのだろう。初対面の私にも礼儀正しく親しみをこめて話す様子から、人と接するお仕事だろうかと想像していた。彼は、急に姿勢を正して言った。
「ところで、たまねぎって好きですか?」
私は、唐突な質問に驚いた。
「あ、好きです。よく使います」
「私の住んでいるところでは、サラダたまねぎが美味しいんです。今日のお礼に送りますから住所を教えてくれませんか?」
私は、申し訳ないと丁重に断ったが、彼は聞かなかった。手帳の一ページを破ってそこに住所と電話番号を書いて欲しいと何度も言われ、お互いの住所と電話番号を交換した。彼は「高橋 聡」という名だった。
「もう少しすると、サラダたまねぎの季節になるので、サラダパーティーをしてくださいね。こうして席を譲ってもらったのも何かのご縁です。ぜひ送らせて下さいね」
 話しているうちに新大阪に着き、私は高橋さんと別れた。だが、正直なところ、席を譲ったくらいでお礼を送ってもらうというのも大げさな気がしたし、見知らぬ人と住所の交換をしたのも、ちょっと軽率だったと後悔もしていた。そして日々の生活の中で、高橋さんの記憶も薄れていった。

宅配便でサラダ玉ねぎが届いたのは、帰省先の大阪から関東の自宅に戻ってしばらくたってからだった。送り状には、筆圧の強い字で「高橋 聡」という名があった。箱を開けると、大玉のつやのある玉ねぎが十数個入っていた。胸が熱くなり、くまモンのイラスト入りのダンボール箱に、なぜか涙がこみ上げて来た。私は、高橋さんにお礼の電話をかけた。
「サラダ玉ねぎを受け取りました。こんなにたくさんありがとうございます」
「いやいや、これもなにかのご縁です。生でも、辛くない玉ねぎです。まあ、お友達を呼んでサラダパーティーをしてくださいね」
「箱にくまモンのイラストがあって、とても可愛いですね」
「くまモン、好きなんですね、はあ、それは良かったです」
彼は、自宅で整骨院を経営しているということだった。人と接していて、よくお話をされるのだろう。電話でも会話がスムーズに進んだ。

 そんなやりとりがあったことを思い出させてくれたのが、熊本県の震災で、テレビに映った避難所のくまモンのイラストだったのだ。

高橋さんは無事だろうか。私に何かできることはないだろうか。私は、はがきを書いた。高橋さんの安否確認と何か困っているものがあれば送りたい。という内容を記した。数日後、高橋さんから元気な声で電話がかかってきた。
「今回は、ご丁寧にはがきをありがとうございます。はあ、地震は揺れましたけど、大丈夫で、普通に暮らしているので心配ないです。それより、はがきをいただいて嬉しかったです」
 独特のイントネーションでゆっくりと話す高橋さんの声は、元気そうだった。ときどき混じる、はあ、という癖も健在だった。
「ご無事で良かったです。何か必要なものなど、ないですか?」
「こちらは、なんでもあるので大丈夫です。あ、そうそう、そろそろサラダ玉ねぎの時期なので、玉ねぎを送りますね」
 私は、恐縮してしまった。これでは、まるで玉ねぎを催促してしまったようではないか。
「いえいえ。それは、悪いので……」
 高橋さんは、それには答えず、急に申し訳なさそうな声で言った。
「はあ、でも今回は、こんな状況なもんで『くまモン』のダンボールがないんですよ。『くまモン』の箱で送ってあげられなくて、すいません」
 ただでさえ、地震で怖い思いをしているというのに、こんな気遣いをしてくれる人がいるものなのか。私は、高橋さんの優しさに言葉を失った。

 数日後、高橋さんからサラダ玉ねぎが送られてきた。大玉で、つやつやとした白いサラダ玉ねぎだった。それからというもの、高橋さんとは、季節の野菜や果物を送り合うようになった。
近いうちに、高橋さんが経営する熊本県の整骨院を訪ねたいと思った。高橋さんが元気なうちに。

コメント(3)

興味深く、また、ワクワクしながら読ませていただきましたぴかぴか(新しい)

こんなやりとり、現実にできたらなんてステキなことなんでしょう!とほんわかしたあたたかい気持ちになりました顔(笑)

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