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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六十二回 みけねこ作『チェリーブロッサム』

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桜のつぼみが膨らみ始めた頃だった。
実家に帰省していた俺は、家の近くの商店街で神田に出会った。彼は、小中学生のときの同級生で、勉強はよく出来たが、色白でぽっちゃりとしていて大人しく、クラスでも目立たないやつだったが、あか抜けていて、昔の面影はすっかりなくなっていた。俺は、驚いて神田の姿をまじまじと見て言った。
「神田か? 久しぶり。中学校を卒業して以来だから、十五年ぶりになる?」
彼は、目を細めて俺を見た。
「お互い三十歳だもんな。山根も変わらないな」
俺は、神田の肩を叩いた。
「いや、おまえは、ずいぶんイメージが変わったな。なんかかっこよくなったな」
神田は、恥ずかしそうに笑った。こういうところは、中学生の頃から変わっていないようだ。彼は、目の前にある古びた喫茶店を指差した。
「なあ、時間あれば、ちょっとそこでお茶でもしていく?」
ショーケースに飾られたサンプルのサンドウィッチが埃をかぶってすっかり色褪せている。
「そうだな、少し話そうか。この店も懐かしいな」

茶色のペンキが剥げかかった木製の扉を開けると 、カランカランという音がした。薄暗い店内には、新聞を広げている老人が二人いるだけだった。古びたソファに腰かけると、若い女性が水を運んできた。俺たちは、ブレンドコーヒーを注文した。厨房では、白髪のマスターが真剣な顔でコーヒー豆をミルにかけていた。
「昔から変わらないな、この店」
「当時から、コーヒーが美味しいと評判だったよね」
俺は、グラスの水を一口飲んで神田に話しかけた。
「今、どんな仕事してるの?」
「ああ、僕は製薬会社の研究室にいるんだ」
「すごいな。神田は昔から頭がよかったからな」
「山根は何してる?」
「俺は、飲料水の販売会社にいるよ」
「そっか。お互い、いい歳になったよな」
神田の左手の薬指のリングが光った。
「神田、結婚してるの?」
「ああ。去年」
俺は驚いた。彼は小学生の頃から大人しく口下手で、女性にモテるタイプではなかった。俺もそんなにモテるほうではないが、彼よりは女性受けが良いだろうと思っていた。
「どうやって知り合ったんだ?」
「ああ、商店街の和菓子屋の尚美ちゃん、覚えてる?」
「え? あの尚美ちゃんがおまえと?」
俺は、絶句した。尚美ちゃんは、学年でもアイドル的な存在で、当時、バスケ部の部長と付き合っていたはずだ。
神田はにやりと笑った。
「尚美んちのお店のどら焼きなら、いつでも調達してやるぜ」
尚美の実家の和菓子屋のどら焼きは有名で、いつも人が並んでいた。俺は勝ち誇ったような神田の態度に気持ちがざわついた。
「あいにく、甘いものは食べないのでね」
「そうか。残念だな。ところで、おまえは結婚してないのか?」
俺は、コーヒーにミルクを入れ、スプーンで混ぜながらぶっきらぼうに答えた。
「残念ながら、結婚しようとしていた人と別れたばかりでさ」
「そうか。好きな人はいる?」
「まあ、職場に気になる子はいるけど、なかなか人気もあるし、難しいよな」
「そうか。良い方法があるんだ」
「良い方法?」
神田は俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「誰にも言わないと約束してほしい」
「いいけど、なんのこと?」
彼は、ポーチを開けて中から透明な袋に入っている錠剤を取り出した。
「この薬さ。実は、僕が秘密で作った物で、誰にも話してないんだ。でも、効き目は絶大だ」
「何の薬?」
「惚れ薬」
俺は、手にしたコーヒーカップを落としそうになった。
「そんなもの、世の中にあるわけないだろ」
彼は、少し恥ずかしそうに俺を見た。
「じゃなかったら、僕が、尚美ちゃんと結婚なんてできるわけないだろ」
確かにそう思った。でも、彼はエリートだし、俺よりずっと稼ぎもいいはずだ。
「それは、お前が立派だからだろ」
「違うんだ。尚美ちゃんは僕のことなんて眼中になかったんだ。別の人と付き合っていたのに僕のところに来たんだ。これは確かだ。この惚れ薬は、別の薬を調合していたときに、たまたまできてしまったんだ」
「そんなことってあるのか?」
「あるんだよ。薬は試験的に作ったから、そもそも二錠しかない。この一錠を処分してしまいたいけど、役に立たせたい気持ちもあるんだ」
「それを俺に?」
「うん、良かったら使ってくれないか。こんなものを作ったことが会社にばれたら、クビになってしまう」
俺は、彼女と別れたばかりだったし、急に薬を試したくなってきた。
「じゃあ、買わせてくれよ。俺も職場の子にアタックしてみる」
「秘密にしてくれるなら、無料であげる。この一錠で終わりだし。使い方は簡単。好きになって欲しい子の飲み物にこの錠剤を混ぜて溶かす。そして、相手が飲んだら一分以内に話しかけて、相手の子が応答すれば、その子はお前のことが好きになる」
「それだけ?」
「そう。それだけ。何を話したっていいんだ。簡単だろ?」
「ありがとう。感謝するよ」
神田から惚れ薬を一錠受け取った。半信半疑だが、ひょっとしたら俺の人生が変わるかもしれない。期待に胸が躍った。

数日後、俺は職場で気になっている麻美を食事に誘うことに成功した。夜桜を見たあとに、有名なイタリアンの店に行こうと声をかけると誘いに乗ってくれたのだ。少し割高な店だが、麻美が自分のことを好きになってくれるのなら惜しくない。

俺は、テーブルに運ばれてきた赤ワインに薬をそっと溶かした。そして、自分のワイングラスを手に取り、麻美に言った。
「あれ? 君のグラス少し汚れてるようだから交換するよ」
麻美とワイングラスを交換して乾杯した。これで俺のことを好きになってくれるはずだ。彼女が必ず返事をするように、何を話すか決めていた。
髪の毛に何かついてるよと言うと、あれ? と必ず答えてくれるはずだ。
俺は、ゆっくりとグラスを置き、麻美に向かって口を開いた。
「髪の毛に……」
そのときだった。若い男性の店員が、何かにつまづき、運んでいた水が、麻美の髪にかかった。
「お客様、申し訳ありません。大丈夫ですか?」
麻美は、濡れた髪の毛をゆっくりと撫でると、満面の笑みで店員に答えた。
「大丈夫ですよ」

薬の効果は、本当だった。

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