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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第55回 チャーリー作『Aへの手紙』

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 自由課題ですが、小説ではなくエッセイです。
 先月、京都で起こった放火事件について、自分の思いを書きました。
 今回の趣旨に反するものだとは思いますが、自分の中でどうしても今これを書きたい、書かなければどうしようもないと思い、書きました。
 読んで不快に思われる方がいたらごめんなさい。すぐに削除します。
 よろしくお願いします。



   ×    ×    ×



『Aへの手紙』


 もし君がこの手紙を読んでいるのなら、おそらく君は意識を取り戻し、周りの問いかけにも受け答えできるほど回復してきているのだろう。
 突然、赤の他人から手紙をもらって、さぞ驚いていることだろうと思う。
 僕もまさか、君へ手紙を書くことになるだなんて思ってもみなかった。
 考えてみればほんの2週間前まで、僕は君のことを何も知らなかった。もちろん君も僕が誰かなんてわからないのだろうし、お互いに会ったこともない。
 でも、僕はこのあいだテレビで初めて君の顔と名前を知った。
 君が起こした事件を伝えるニュースの映像でだ。


 君は先月、あるアニメーション制作会社のスタジオに放火して、何十人という人を殺し、傷つけた。犠牲になったのはその会社の社員さんである、監督やアニメーター、スタッフの人たちだったと報道で知った。


 今さら説明するまでもないけれど、この会社が作る作品はどれも人気があって、世界中にファンが大勢いる。
 僕も――最近はあまり見ていなかったから、自分をファンだと言うのはおこがましいけれど――、10年ぐらい前にライトノベルが原作のある作品を見たことがきっかけで、この会社のことを知った。
 当時、僕は映画を専攻する芸術大学の学生だった。
 映画が大好きで、将来は漠然と映像に関わる仕事に就きたいと思っていた。
 実写の映画ばかり見ていた僕にとって、この会社が作るアニメーションはとても新鮮に映った。
 特に一番初めに見た作品は、とても思い入れがあって今でもよく見返している。
 もともと原作のストーリーが面白いこともあって、およそ6時間ぐらいあるテレビアニメ1クールを、僕はほとんど一気に見た。他のドラマじゃ飽きてしまうような長時間の尺が、ちっとも退屈に感じないぐらい面白かった。原作にはまだアニメ化されていないエピソードがあると聞いて、早く続編が見たいと思った。こんなにも作品に夢中になったのは、映画を見始めた中学生以来のことだった。
 それから僕は、この会社が作った作品を片っ端から借りてきて浴びるように見た。
 この会社以外のアニメ会社の作品も面白いのかと思って、他社の作品も興味のあるモノはなんでも見た。
 面白いモノもあったけれど、他社の作品を見れば見るほど、僕はこの会社の魅力にのめり込んでいった。
 キャラクターの心情を反映した芝居の細やかさ、物語や感情を効果的に伝える巧みな画作り、そしてほとんどの作品に通底する、人間の存在を前向きに肯定するような優しい眼差し――。
 それが、僕を魅了してやまなかった。
 今思い返せば、僕はアニメーションの表現の面白さ、美しさ、豊かさをこの会社から学ばせてもらったように思う。

 進路選択のタイミングになって、僕は考える間もなくこの会社の採用試験を受けた。結果は不採用だった。入社できなかったことは、今でも残念だったなと思う。
 でもその後、僕は自分の“やりたいこと”について突き詰めた結果、映画をやめて小説家を目指そうと考え直したのだから、今思えばあのとき採用されなくて良かったのかもしれない、とも思う。
 それから僕はプロを目指して小説を書いて、会社は変わらずヒット作品を何本も作っている。
 小説を書くことに時間を費やして、僕はだんだんとこの会社の新作を見ることは少なくなっていった。
 でもたまに過去の作品を見返したり、会社の公式サイトを開いて今どんな作品を作っているのかチェックすることはあった。
 それは、まるで離れて暮らすかつての同級生たちが今も元気でやっているか、ふと脳裏に思い浮かべるような――ずいぶん一方的なたとえだとは思うけれど――、そんな感覚に似ていた。
 ときどき、どこかで会社の作る新作の情報を耳にする。今度は、今まで手掛けたことのないジャンルの作品に挑戦しているらしい。予告編を見て、へえ〜面白そうだな! しかしこの会社もがんばってるんだな、僕も小説がんばらなきゃ――。
 そんなふうに言うと偉そうに聞こえるだろうけど、でも僕にとって、この会社とその社員さんたちは、アニメの面白さを教えてくれた恩人であり、尊敬と憧れの対象であり、そして旧友のような、そんな存在だった。

 そんなある日、君はあの事件を起こした。


 あの日から今日まで報道で見聞きしたことは、僕の想像なんて及びもつかないような、悪夢のような内容だった。
 被害に遭った人たちやその周りの人たちのことを思うと…………何を言おう? なんと言えばいいのだろう? かける言葉が見当たらない。見つからない。
 どんなに心を尽くした慰めやいたわりの言葉も、悲惨な現実を前にするとすべて無力に思えてしまう。無念だとか、お悔やみ申し上げますとか、負けないで頑張ってくださいとか、その言葉にかける気持ちに偽りはないはずなのに、全部が薄っぺらく、心がこもっていないようにさえ感じてしまう。
 ただただ、やるせない。あまりの惨たらしさにため息しか出てこない。こうして事件について思い出して書いていることが苦痛で仕方がない。事件の報道を目にしては、無念さに胸が張り裂けそうになって涙がこみ上げる。でもいくら気を紛らわせても、脳裏にはテレビ越しに見たおぞましい光景が焼き付いて離れない。できるものなら、すべてなかったことにしてほしい………。


 さっき僕とこの会社とのことを書いたからわかる通り、僕は事件の当事者じゃない。
 社員さんの知り合いだとか、一緒に作品を作ったことがあるというような関係者の人でもない。
 かと言って自分をファンの代表だなんて思ってもいないし、一部のユーチューバーやブロガーみたいに、ジャーナリストを気取ったり事件を取り上げて注目を浴びようなんて気は毛頭ない。
 だからこの手紙も正直に言って、はっきりした目的があって書いているわけじゃない。自分でもどうしてこれを書くのか、よくわからない。
 ただ僕は、自分のやるせない、やり場のない気持ちを君に聞かせてやりたいだけなのだと思う。
 そして、君に少しでも抗いたいからなのだと思う。
 

 君のしたことは、人の道にあるまじき行為であるのと同時に、アニメを描いたり小説を書いたり、表現をする活動への冒涜だと、僕は思う。
 人はみんな、自由に絵を描いていいし、物語を書いていいし、歌っていいし、奏でていいし、演じていいし、自分の思ったことを好きなように表現していい。
 それは住みたい場所に住んだり、好きな人と交際したりする自由と等しくて、この国じゃ憲法でその自由を保障されているぐらいだ。
 ましてや君が暴力を振るったこの会社は、アニメーション制作会社という表現をなりわいにする人たちが集まる場所だ。
 ただ自分の好きなように表現するだけじゃなく、人が見て喜び楽しめるようなモノを作品として作っていた人たちの空間だ。
 きっとそこは人を喜ばせたいという善意に溢れた、こんな表現をしたいという気概と熱気に満ちた、平和で自由な創造の空間だったはずだと思う。
 君はそれをぶち壊した。
 報道によれば、君は小説を書いていて、それを会社に盗作されたから放火したのだという。
 だったら、なぜ、と僕は思う。
 本当に君が小説という表現をする立場の人間であったのだとしたら、形は違えどアニメという同じ表現をする人たちとその空間を暴力で踏みにじろうだなんて、なぜそんな身勝手な蛮行を思いつく? そしてなぜそれを実行に移す?
 仮に、君から小説を書くためのペンや原稿用紙などを一方的に取り上げて、「金輪際、小説など書くな」と言ったら、君はどう思う?
 なぜだ、と憤るだろう?
 表現をする人間なら、表現の自由を妨げられることがどんなに苦痛で不愉快なことか、理解できたはずだろう?
 それなのに、なぜ君はあんな恐ろしい暴挙に出た?
 なぜ、あんなことをしなきゃいけなかったのだ?
 他に何か理由があったのか?
 君が40年ほど送ってきた人生について、僕は微塵も知らない。同情を引くような惨めな境遇にいたのかもしれない。その鬱憤を晴らしたいというのが、本当の動機だったのかもしれない。
 でもどんな動機だったにせよ、僕には君のしたことが全く理解できない。
 君の抱いた恐ろしい考えと、君のした惨たらしい暴力に、僕は屈したくない。
 ほんの少しでも抗いたい。
 そう思って僕はこの手紙を書いている。
 君はまだ警察の取り調べに応じられないぐらい、危篤な状態だと報道で聞いた。
 君がこのまま命を取り留めるのか死ぬのかは、たぶん誰にもわからないだろう。
 君がもし生き延びて、文字を読むことができるぐらい回復したのだとしたら、ぜひこの手紙を読んでほしい。

 僕は絶対に君に負けたくはない。

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