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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十七回 作品 匿名A 『メルティーめろんのひとりごと』

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外は雪催いだが店の中はガラスに着いた結露が流れて、一旦曇った窓からまた、枯葉もない街路樹と曇天が、雨に打たれたように濡れて見える。強い風に枝が揺れている。
 昼のピークが終わり、厨房からは何も聞こえてこない。店番の、三角巾をかけた女が、壁上部に設置された小さいテレビを首をあげてみている。
 男はひとり、テーブルにはお銚子が、すでに3本。もううんざりだ、というのは男が発した言葉ではない。男が思ったことでもない。しかし職安からの帰り道、気力も身体も擦り切れ待つ人もなく、ひび割れた唇と掌と冷えた胃をようやく温められる場所で、人心地ついた途端に彼を包むのはいつもの空虚、当たり前の寂寥。
 かつては家族を養うために力強く働いただろう武骨で大きい彼の手にある、ちいさいお猪口の中のかけがえのない液体だけが、その空虚も鬱屈も何もかもを甘美に分からなくさせてくれる。今では酒は男の全てである。あとは陸地が見えなくなるまで沖に流されて行くしかない。碇になるはずの妻も子たちももう姿が見えなくなって久しい。男は酔えば拳をふるった。

 今日は、かろうじて生酔いである。四人掛けテーブルが三組ほどの狭いそば屋で、客は男だけになり、テレビから流れる音声が大きく響いた。
 頬杖をついて、観るともなしに目だけをやる。店番の中年女が好きそうな、くだらないワイドショーだ。場面が変わって、ミニスカートを穿いた、十把一絡げ的な娘たちが司会者と何やら会話している。新曲だ、と言っている。
 イントロがかかり、テロップが映る。「揺れる恋心〜メルティーめろんのひとりごと・
FRUITS TYPHOON」どっちが曲名でどっちが歌手の名前なんだか、しかもどっちにしろ名称が長すぎる。「若いムスメ」で括られて、十五とも三十過ぎとも取れる同じような顔のアイドルが、昼間の番組にしてはやけに扇情的なダンス、衣装、歌詞で歌い踊る。
 新人ではなく、下積み時代が永く続いた後のブレイクということで、お茶の間にお披露目、という意味なのか、カメラは念入りにひとりひとりの顔のアップを始めた。
 「!」
 男の目が見開かれた。桃子!テレビに今映し出されている、このチャンスの女神の前髪を掴んで離すもんか、今が旬ですノリに乗ってますと全身で気合いをたっぷりに発散しているのは俺の娘の桃子じゃないか!もう七年も前に出て行った・・・。

 男は思い出す、あの日芸能プロダクションのスカウトマンを名乗る者が男を訪ねて来て、娘の芸能界入りを熱心に説得したのを。反対する男に、桃子は軽く冷たく、アル中の言うことなんか聞くもんかと言い捨て、それが父子の別れになったのだ。 
 
 あの時は、樹に生るくだもののようにお前なんかいいように食い尽くされて、万にひとつの当たりもない、大体芸能と名のつくような、何かしらの才能なんかお前にあるわけないじゃないか、と思っていたし、そう桃子にも言って聞かせた。桃子は悔しそうな顔もしなかったが、七年のうちの踊りとうたの鍛錬は・・・、いや、俺には上手下手はわからない。だが相当な努力をしたのだろうな。
 
 「姐さん、お銚子もう一本!」
 呂律が怪しくなりだした。桃子の、まだ小学校に入る前の可愛いばかりだった頃を思い出す。あの子の母親と、桃子の下の弟と、一家で遊園地に行った。そうだ、妻も笑っていた。
 男はだらしなく涙を流す。もう昼営業も仕舞の時刻で、長ッ尻の客を迷惑がっていた店番の女はぎょっとする。
 「三時で閉店なんですよ、すみません。」
 「いいじゃないか、もう一本だけ。」
 奥から店主であろう、四十くらいの大男が出てきて、お定まりのひと悶着があり、男は寒風吹きすさぶ中、店を追い出される。
 けれども、木枯しがどんなに吹いても、懐が、通帳の中が寒かろうと、今や彼は多幸感で満ち溢れている。
 金の桃に、成ったという訳か。
 男は家路へと千鳥足で向かう。いつもどおり、酒を飲んで泥のように寝て、起きたらあのプロダクションだかの名刺を探し出そう。確か引き出しにあるはずだ・・・。

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