半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十三回『三毛猫』

人形町には料亭やら、呉服屋が並んでいる。

何の縁もなかった人形町に私は越してきてた。

ある日、甘酒横丁を散策していた折に三味線の音が響いてきた。

三味線の教室を見つけ、なんとなく引き寄せられるように習い始めた。

師匠がしなやかに三味線をつま弾く。

人形町の棲家の隣には小料理屋がある。

深夜には、そこに食べ残しを求めて野良猫が数匹やってくる。

三毛猫とキジ虎の野良猫たちは、料理屋の軒先で競い合うように食事にありつく。

茶色の中に黒い水玉が二つ。三毛猫を見ることも珍しくなったが、特徴的な柄はさらに珍しい。

残業をして深夜に帰宅することがあると、野良猫たちを見かけた。

手を差し出して、猫たちと遊ぼうとしたことがあったが、「シャー！」という鳴き声で一蹴された。

とても懐くとは思えない猫たちだった。

この日は、深夜に帰宅した。

しかしいつもの猫たちの姿はない。

その時、自転車をこぐ男を見た。

自転車は前後に大きな籠をつけ、どこへ行くともなく、小料理屋の前を往来していた。

午前7時、朝日が差し込み、屋外の猛暑を伝える。

出勤の時間に玄関を出ると、雨が降り出した。朝立ち。

先ほどの日差しがうそのような降り方だ。

傘を差し、駅まで急ぐ。

ほんの３分で足元がずぶ濡れだ。

道すがら、前を横切る三毛猫を見かけた。

大雨の中に猫がいるとは、何か解せない。

駅のホームに着くと、電車を待ちながら傘から滴る水滴でのの字を書いた。

しかし、私の後にホームにやってくる人の手に傘はない。

もう雨が止んだにしても、自分だけの傘が濡れているのはなぜだろう。

会社に到着していつもの朝。

誰も傘を持っていない。

朝立ちは、人形町だけだったのか。

何かに化かされているような違和感。

週末に三味線の稽古に行った。

師匠の三味線に目をやると、皮が違うことに気が付いた。

師匠は語った。

「張り替えたのよ。三毛猫の皮に。」

茶色に黒い斑点が二つ浮かんでいた。

師匠の顔に三毛猫が重なった。

この三毛猫は、私についてくる。

またきっと、どこかで化かされる。

そんな気がしてならない。