「こころ」という単語が入る歌は沢山あるみたいだ。
でも「ろここ」が入る歌はほとんどない。
あるとしても「ロコモーション」の一部だったりする。
僕が今こんなにも歌の事を考えているのは、高校の合唱祭が近いからだ。
先生は今年クラスを受け持っていないけれど、果たして僕たちのクラスを応援してくれるのだろうか……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
・文芸部で発表中の夏目漱石の「こころ」へのオマージュ作品です
・本作は3作目で、前2作を未読の方も読めるつもりで……という思いはあるものの、
ご興味のある方がお読みになれるように、前2作のURLを貼っておきます。
→http://
→http://
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「で、本田くんのクラスは何を歌うことにするんだい？」
「まだ何も決まっていません」
場所は図書館の前の廊下。
廊下といっても、そもそも図書室は一年生の教室側にあるから、クラスメイトや元クラスメイトに出くわす可能性は低い。
それは、二年生に上がっても相変わらずぼっちの僕にとっては好都合だった。
「先生の時代には『ニューヒットコーラス』ってありましたか？」
「なんだい、藪から棒に」
「いや〜、中学のときにその歌集を使ってたんですが、最近CMでそのなかの曲がかかってるんですよ」
先生は国語科教員にして、僕たち文芸部の顧問だから、音楽に関心があるのかは未知数だけど、歌詞には何らかの興味を持っているかもしれない。
「ああ、『Believe』だな。『ニューヒットコーラス』に載ってたどうかはわからないが、中学の合唱祭で他のクラスが歌っていたような気がするな」
「へぇ〜。先生が中学生のときからあるんだ！」
「本田くん……君は私のことをそんなに年寄り扱いしたいのかい？ 最も、私が使っていた『ニューヒットコーラス』はパール版だけどな」
「パール版ってなんですか？」
野口先生は三十七歳独身。
無地無色のワイシャツが様になり、眼鏡の奥の瞳をギラギラさせている立派な大人だ。
そんな先生にも今の僕みたいな青春時代（？）があったなんてまるで想像つかない。
「私が中学生のときにはそういう種類があったんだよ。今はどうだか知らないが」
「でも、僕も『Believe』歌いましたよ。なんだか、先生と僕が中学生のときに同じ歌に触れていたって、すごく不思議な感じがします」
「まあ、日本の教育っていうのはあまり変化がないからな。現役の教師がこんなことを言ったら怒られるのかもしれないが……」
「夏目漱石の『こころ』が何十年も高校の現代文で教えられているように？」
「うん、そうだな」
野口先生とは僕が唯一の文芸部の一年生だったときからの付き合いだけど、授業で顔を合わせるようになったのは今年からだ。
高二の前期をかけて、僕は先生から『こころ』を教わることになっている。
「おや、そろそろ次の授業の準備をしないと。本田も図書室に行くのはいいが、遅れないようにな」
あらら、図書室に入ろうとした僕を呼び止めたのは、先生の方じゃないか。
全くマイペースだ。
でも僕は、そんな先生のペースに付いていくのも悪くないな〜と思っている。
先生からはギラギラしたオーラが漂っていて、思わず言うことを聞いてしまうのだ。
そんなことを思いながら図書室に入ると、彼女とすれ違った。
サラサラロングの黒髪。
「図書室ですれ違う人なんかただの背景よ」と言うようにまっすぐ前を見つめる大きな黒目。
指定の制服があってないような我が高校においても、文芸部のミサ先輩がルーズソックスで珍しいなら、こちらは黒のタイツ（おそらく80デニール）で珍しい。
彼女とすれ違っても振り返ることはしない。
ひょっとすると、振り返れば彼女が自分のクラスの教室に入るところを目撃できるのかもしれない。
しかし僕も「そこまですると、もしかしたらそのうち『ストーカー』と呼ばれるものになってしまうのではないか」という自制を持ち合わせている。
でも僕にはわかっている。
彼女はたぶん今年入学した一年生で、少なからずとも文学に興味を持っている。
＊ ＊ ＊
「本田くん、それで部誌の七夕号には現役の部員は自分ひとりだって書くの？」
「どうにかしようよ。中間テストも終わったし、合唱祭が済めば、兼部して文芸部に書いてくれる人が出てくるかもしれないよ！」
「私たちも兼部してるゲフけどね」
場所は美術室。
時間は水曜の放課後。
僕たち文芸部には部室がなく、美術室の片隅の机を毎週この時間に貸してもらっている。
「本当、ガッキーとミサには頭が上がらないわ。ガッキーなんて何個部活入ってるの？ 文芸部しかやってないのに、本田くんしか二年生を入れられなかったのは、部長の私の責任……」
「美奈子、自分を責めちゃだめ！ 引退したのに部誌に投稿しようとしてるあたしたちは偉いわ！！ こうやって受験生になっても部室に来ているわけだし……」
「ゲフ」
「でも、本田くんの他にも二年生がいれば、もっとスムーズに新入生歓迎ができたかもしれないじゃない？本田くんは、なんていうか、人見知りだから……」
「そうね、それは否めない」
「ゲフ、私も人見知りゲフよ。だから、一概には言えないと思うゲフ」
あのう……一応、本人目の前にいるんですけど？
五人いる文芸部の三年生の先輩のなかで、特によく活動されているのが今日いる三人。
くるくるの髪形で、制服を自由に着こなす、部長の中山美奈子先輩。
目鼻立ちがスーッとしていて、ルーズソックス着用の副部長、夏目ミサ先輩は、茶道部と兼部している。
髪の毛は長く、前髪も長いのでよく顔が見えないガッキー先輩の本名は、新垣久子。
このお三方は、唯一の文芸部現役部員となった僕と、部活から同好会に降格してしまうかもしれない文芸部の将来を案じて、こうして、受験勉強の息抜きがてら美術室に寄ってくれるのだ……。
いや、メインは息抜きか？
「新入部員になりそうな子たち、やっぱり図書委員に取られちゃったのかしら？」
「美奈子、あの憎き敵のことは今日は考えたくない」
「本田くん、何か策はあるでゲフか？」
「え、えっと〜」
僕は一瞬、図書室の入り口ですれ違った彼女のことを思い出す。
「とにかく七夕号を頑張ります！先輩方もご投稿いただけるようでありがとうございます！ いい作品を書いていれば、必ず誰かに響くはずだと思います。もう一回新入生歓迎号を出すつもりで作ります！」
なんだか、思っていた以上に大きな声になってしまった。
油絵を描いていた美術部員に、振り返って見られた。
「偉そうなことは言えないんだけど……これから七月まで何もしないってこと？ その自信はどこから来るの？」
十人中九人は見惚れてしまうであろう顔を歪ませて、美奈子先輩に訊かれる。
「ちょっと、美奈子……。って、美奈子は知らないんだったわね」
ミサ先輩がなぜか焦った顔をしている。
僕が思い出した人のことは、ミサ先輩も知らないはずなのだが。
「滅びの美学でゲフ。もし新入部員が一人も入らなかったら、文芸部は本田くんと共に滅びるんゲフ」
僕を緑一点としてからかうときも、真面目な話をしているときも、ガッキー先輩の表情を見ることはできない。
ガッキー先輩は本当に僕の代（っていうか僕）で文芸部が終わってもいいと思っているのだろうか……。
文芸部の明暗は僕・本田圭太郎に託されているのだった。
（未完）
でも「ろここ」が入る歌はほとんどない。
あるとしても「ロコモーション」の一部だったりする。
僕が今こんなにも歌の事を考えているのは、高校の合唱祭が近いからだ。
先生は今年クラスを受け持っていないけれど、果たして僕たちのクラスを応援してくれるのだろうか……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
・文芸部で発表中の夏目漱石の「こころ」へのオマージュ作品です
・本作は3作目で、前2作を未読の方も読めるつもりで……という思いはあるものの、
ご興味のある方がお読みになれるように、前2作のURLを貼っておきます。
→http://
→http://
＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「で、本田くんのクラスは何を歌うことにするんだい？」
「まだ何も決まっていません」
場所は図書館の前の廊下。
廊下といっても、そもそも図書室は一年生の教室側にあるから、クラスメイトや元クラスメイトに出くわす可能性は低い。
それは、二年生に上がっても相変わらずぼっちの僕にとっては好都合だった。
「先生の時代には『ニューヒットコーラス』ってありましたか？」
「なんだい、藪から棒に」
「いや〜、中学のときにその歌集を使ってたんですが、最近CMでそのなかの曲がかかってるんですよ」
先生は国語科教員にして、僕たち文芸部の顧問だから、音楽に関心があるのかは未知数だけど、歌詞には何らかの興味を持っているかもしれない。
「ああ、『Believe』だな。『ニューヒットコーラス』に載ってたどうかはわからないが、中学の合唱祭で他のクラスが歌っていたような気がするな」
「へぇ〜。先生が中学生のときからあるんだ！」
「本田くん……君は私のことをそんなに年寄り扱いしたいのかい？ 最も、私が使っていた『ニューヒットコーラス』はパール版だけどな」
「パール版ってなんですか？」
野口先生は三十七歳独身。
無地無色のワイシャツが様になり、眼鏡の奥の瞳をギラギラさせている立派な大人だ。
そんな先生にも今の僕みたいな青春時代（？）があったなんてまるで想像つかない。
「私が中学生のときにはそういう種類があったんだよ。今はどうだか知らないが」
「でも、僕も『Believe』歌いましたよ。なんだか、先生と僕が中学生のときに同じ歌に触れていたって、すごく不思議な感じがします」
「まあ、日本の教育っていうのはあまり変化がないからな。現役の教師がこんなことを言ったら怒られるのかもしれないが……」
「夏目漱石の『こころ』が何十年も高校の現代文で教えられているように？」
「うん、そうだな」
野口先生とは僕が唯一の文芸部の一年生だったときからの付き合いだけど、授業で顔を合わせるようになったのは今年からだ。
高二の前期をかけて、僕は先生から『こころ』を教わることになっている。
「おや、そろそろ次の授業の準備をしないと。本田も図書室に行くのはいいが、遅れないようにな」
あらら、図書室に入ろうとした僕を呼び止めたのは、先生の方じゃないか。
全くマイペースだ。
でも僕は、そんな先生のペースに付いていくのも悪くないな〜と思っている。
先生からはギラギラしたオーラが漂っていて、思わず言うことを聞いてしまうのだ。
そんなことを思いながら図書室に入ると、彼女とすれ違った。
サラサラロングの黒髪。
「図書室ですれ違う人なんかただの背景よ」と言うようにまっすぐ前を見つめる大きな黒目。
指定の制服があってないような我が高校においても、文芸部のミサ先輩がルーズソックスで珍しいなら、こちらは黒のタイツ（おそらく80デニール）で珍しい。
彼女とすれ違っても振り返ることはしない。
ひょっとすると、振り返れば彼女が自分のクラスの教室に入るところを目撃できるのかもしれない。
しかし僕も「そこまですると、もしかしたらそのうち『ストーカー』と呼ばれるものになってしまうのではないか」という自制を持ち合わせている。
でも僕にはわかっている。
彼女はたぶん今年入学した一年生で、少なからずとも文学に興味を持っている。
＊ ＊ ＊
「本田くん、それで部誌の七夕号には現役の部員は自分ひとりだって書くの？」
「どうにかしようよ。中間テストも終わったし、合唱祭が済めば、兼部して文芸部に書いてくれる人が出てくるかもしれないよ！」
「私たちも兼部してるゲフけどね」
場所は美術室。
時間は水曜の放課後。
僕たち文芸部には部室がなく、美術室の片隅の机を毎週この時間に貸してもらっている。
「本当、ガッキーとミサには頭が上がらないわ。ガッキーなんて何個部活入ってるの？ 文芸部しかやってないのに、本田くんしか二年生を入れられなかったのは、部長の私の責任……」
「美奈子、自分を責めちゃだめ！ 引退したのに部誌に投稿しようとしてるあたしたちは偉いわ！！ こうやって受験生になっても部室に来ているわけだし……」
「ゲフ」
「でも、本田くんの他にも二年生がいれば、もっとスムーズに新入生歓迎ができたかもしれないじゃない？本田くんは、なんていうか、人見知りだから……」
「そうね、それは否めない」
「ゲフ、私も人見知りゲフよ。だから、一概には言えないと思うゲフ」
あのう……一応、本人目の前にいるんですけど？
五人いる文芸部の三年生の先輩のなかで、特によく活動されているのが今日いる三人。
くるくるの髪形で、制服を自由に着こなす、部長の中山美奈子先輩。
目鼻立ちがスーッとしていて、ルーズソックス着用の副部長、夏目ミサ先輩は、茶道部と兼部している。
髪の毛は長く、前髪も長いのでよく顔が見えないガッキー先輩の本名は、新垣久子。
このお三方は、唯一の文芸部現役部員となった僕と、部活から同好会に降格してしまうかもしれない文芸部の将来を案じて、こうして、受験勉強の息抜きがてら美術室に寄ってくれるのだ……。
いや、メインは息抜きか？
「新入部員になりそうな子たち、やっぱり図書委員に取られちゃったのかしら？」
「美奈子、あの憎き敵のことは今日は考えたくない」
「本田くん、何か策はあるでゲフか？」
「え、えっと〜」
僕は一瞬、図書室の入り口ですれ違った彼女のことを思い出す。
「とにかく七夕号を頑張ります！先輩方もご投稿いただけるようでありがとうございます！ いい作品を書いていれば、必ず誰かに響くはずだと思います。もう一回新入生歓迎号を出すつもりで作ります！」
なんだか、思っていた以上に大きな声になってしまった。
油絵を描いていた美術部員に、振り返って見られた。
「偉そうなことは言えないんだけど……これから七月まで何もしないってこと？ その自信はどこから来るの？」
十人中九人は見惚れてしまうであろう顔を歪ませて、美奈子先輩に訊かれる。
「ちょっと、美奈子……。って、美奈子は知らないんだったわね」
ミサ先輩がなぜか焦った顔をしている。
僕が思い出した人のことは、ミサ先輩も知らないはずなのだが。
「滅びの美学でゲフ。もし新入部員が一人も入らなかったら、文芸部は本田くんと共に滅びるんゲフ」
僕を緑一点としてからかうときも、真面目な話をしているときも、ガッキー先輩の表情を見ることはできない。
ガッキー先輩は本当に僕の代（っていうか僕）で文芸部が終わってもいいと思っているのだろうか……。
文芸部の明暗は僕・本田圭太郎に託されているのだった。
（未完）
|
|
|
|
|
|
|
|
半蔵門かきもの倶楽部 更新情報
-
最新のアンケート
-
まだ何もありません
-
半蔵門かきもの倶楽部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています
人気コミュニティランキング
- 1位
- 楽天イーグルス
- 31948人
- 2位
- 千葉 ロッテマリーンズ
- 37152人
- 3位
- 一行で笑わせろ！
- 82528人