夢を見た。
ぼくは列車に乗っていた。
隣には見慣れた彼女がいた。ぼくの肩を枕にして、子どものような寝息を立てていた。
列車には、もう何時間も乗っているらしかった。
彼女はずっと眠ったままだった。呼んでも揺すっても、ぼくを無視しているみたいに寝返りを打つだけだった。
もたれかかる彼女の体温で、ぼくは夕立の降ったあとのように汗ばんでいた。ヒマワリの乗った彼女の麦わら帽子が、ぼくの頬を執拗に撫でた。
静かだった列車は、がたがたと小刻みにゆれていた。
列車は途中、駅に立ち寄った。
ぼくたちだけだった車両に、誰か乗ってきた。
女の子だった。
女の子は、ちょうどぼくの向かいに座った。
たぶん彼女と同じぐらいの若い子だった。でもずっと大人びて見えた。
ほっそりした肩、長い髪の毛から覗く肌は白いサザンカのようだった。ぼくは思わず目を奪われた。
向こうもぼくを見た。何かに気づいて視線を上げると、小さな笑みをこぼした。
なんだろう、とぼくは首を傾げた。
向こうは自分の頭を指差して何か言った。声は電車の音に紛れて、はっきり聞こえなかった。
頭の上に手をやると、何かが指先に触れて膝に落ちた。青々とした若葉だった。ぼくはずっと若葉を頭に乗せていたらしかった。ぼくははにかんで顔を伏せた。
上目遣いに見ると、女の子と目が合った。
女の子の瞳は、お月見のころの満月のように涼やかに輝いていた。
一目見ただけで吸い込まれそうだった。女の子は微笑んでいた。
列車はまるで静止しているかのように走っていた。
ぼくは女の子に話しかけた。
女の子は、身を乗り出すようにして耳を傾けた。向こうもぼくと話したがっていたように見えた。
大人っぽく見えた女の子は、意外に子どものように表情豊かだった。
ぼくがしようもない冗談を言うとこぼれるように笑い、褒めると顔を赤くした。
ぼくは、女の子の新しい表情を見つけるたびに嬉しくなった。
まるで宝を掘り返す探検家のような心地だった。
こんな気持ちはしばらく味わっていなかった。
どこか懐かしいようであり、新鮮なようでもあった。
ずっとこの時間が続けばいいのに、とさえ思った。
女の子は、ときどきぼくの隣にいる彼女を横目で見た。でも、何も聞いてはこなかった。
そのたびに列車は小さくゆれた。
ぼくはつい、この娘は友達なんだと口走っていた。
彼女は眠っていて、ぼくの言葉が聞こえた様子はなかった。
女の子は、そうなんだと言って、それ以上何も言わなかった。
列車のゆれは、なかなかおさまらなかった。
やがて、列車は緩やかに速度を落とした。
それを合図にしたように、女の子はゆっくり立ち上がった。
ぼくもつられて立ち上がった。
ここで乗り換えるの、と女の子はぼくを見ずにつぶやいた。うつむいた顔はなんだか寂しそうに見えた。
乗り換えた列車はどこへ行くんだっけ、とぼくは尋ねた。
わからない、と女の子は独り言のように言って、迫るホームを見た。
乗ってみなきゃ、わかんないよ
列車がきしんで、ききーっと鋭い金属音がした。まるで誰かの泣き声みたいだった。
列車が、がたんと左右に大きくゆれた。
ぼくはよろけて、彼女の隣に尻もちをついた。
そのあいだに列車はホームに停まって、扉が開いた。
女の子は向かいで待っていた列車へゆっくり歩いていった。そして振り向くと、痛みに耐えて無理をしているように微笑んだ。
発車のベルが鳴った。
ぼくは考えるより先に駆け出していた。
閉まりかけた扉には、なんとか挟まれずに済んだ。
肩で息をするぼくを、女の子は満月のような目で見つめていた。瞳からは光から零れ落ちそうだった。
列車は走り出した。
さっきまで乗ってきた列車も同時に走り出した。
並んで走る車窓から、彼女の姿が見えた。
彼女は、ぼくがまだ隣にいるかのように何も知らずに眠っていた。子どもみたいに無邪気な寝顔だった。
線路の分かれ目に差し掛かった。
彼女の乗った列車はあっという間に遠く離れていった。彼女の姿もどんどん小さくなって、すぐに見えなくなった。
悲鳴みたいな金属音が響いた。
列車は、またがたんごとんと大きく大きくゆれた。
ぼくはよろけて、女の子の隣に尻もちをつくようにして座った。
そして、夢から覚めた。
ベッドの隣の彼女は、白いサザンカみたいな華奢な肩を見せて寝息をたてていた。
そっぽを向いて、ぼくが起きたのにも気づいてないみたいだ。
彼女を見つめているうちに、さっきまでの夢の記憶はどんどん薄れていった。
どんな夢を見ていたのか、もう思い出せなくなっていた。
でも、列車に乗っていたことは覚えている。
向かいに彼女がいたこと。
隣に、彼女以外の誰かがいたこと。
そして、誰かの泣き声のようにきしんだ列車の音も。
列車は、まだゆれている。
〈終〉
ぼくは列車に乗っていた。
隣には見慣れた彼女がいた。ぼくの肩を枕にして、子どものような寝息を立てていた。
列車には、もう何時間も乗っているらしかった。
彼女はずっと眠ったままだった。呼んでも揺すっても、ぼくを無視しているみたいに寝返りを打つだけだった。
もたれかかる彼女の体温で、ぼくは夕立の降ったあとのように汗ばんでいた。ヒマワリの乗った彼女の麦わら帽子が、ぼくの頬を執拗に撫でた。
静かだった列車は、がたがたと小刻みにゆれていた。
列車は途中、駅に立ち寄った。
ぼくたちだけだった車両に、誰か乗ってきた。
女の子だった。
女の子は、ちょうどぼくの向かいに座った。
たぶん彼女と同じぐらいの若い子だった。でもずっと大人びて見えた。
ほっそりした肩、長い髪の毛から覗く肌は白いサザンカのようだった。ぼくは思わず目を奪われた。
向こうもぼくを見た。何かに気づいて視線を上げると、小さな笑みをこぼした。
なんだろう、とぼくは首を傾げた。
向こうは自分の頭を指差して何か言った。声は電車の音に紛れて、はっきり聞こえなかった。
頭の上に手をやると、何かが指先に触れて膝に落ちた。青々とした若葉だった。ぼくはずっと若葉を頭に乗せていたらしかった。ぼくははにかんで顔を伏せた。
上目遣いに見ると、女の子と目が合った。
女の子の瞳は、お月見のころの満月のように涼やかに輝いていた。
一目見ただけで吸い込まれそうだった。女の子は微笑んでいた。
列車はまるで静止しているかのように走っていた。
ぼくは女の子に話しかけた。
女の子は、身を乗り出すようにして耳を傾けた。向こうもぼくと話したがっていたように見えた。
大人っぽく見えた女の子は、意外に子どものように表情豊かだった。
ぼくがしようもない冗談を言うとこぼれるように笑い、褒めると顔を赤くした。
ぼくは、女の子の新しい表情を見つけるたびに嬉しくなった。
まるで宝を掘り返す探検家のような心地だった。
こんな気持ちはしばらく味わっていなかった。
どこか懐かしいようであり、新鮮なようでもあった。
ずっとこの時間が続けばいいのに、とさえ思った。
女の子は、ときどきぼくの隣にいる彼女を横目で見た。でも、何も聞いてはこなかった。
そのたびに列車は小さくゆれた。
ぼくはつい、この娘は友達なんだと口走っていた。
彼女は眠っていて、ぼくの言葉が聞こえた様子はなかった。
女の子は、そうなんだと言って、それ以上何も言わなかった。
列車のゆれは、なかなかおさまらなかった。
やがて、列車は緩やかに速度を落とした。
それを合図にしたように、女の子はゆっくり立ち上がった。
ぼくもつられて立ち上がった。
ここで乗り換えるの、と女の子はぼくを見ずにつぶやいた。うつむいた顔はなんだか寂しそうに見えた。
乗り換えた列車はどこへ行くんだっけ、とぼくは尋ねた。
わからない、と女の子は独り言のように言って、迫るホームを見た。
乗ってみなきゃ、わかんないよ
列車がきしんで、ききーっと鋭い金属音がした。まるで誰かの泣き声みたいだった。
列車が、がたんと左右に大きくゆれた。
ぼくはよろけて、彼女の隣に尻もちをついた。
そのあいだに列車はホームに停まって、扉が開いた。
女の子は向かいで待っていた列車へゆっくり歩いていった。そして振り向くと、痛みに耐えて無理をしているように微笑んだ。
発車のベルが鳴った。
ぼくは考えるより先に駆け出していた。
閉まりかけた扉には、なんとか挟まれずに済んだ。
肩で息をするぼくを、女の子は満月のような目で見つめていた。瞳からは光から零れ落ちそうだった。
列車は走り出した。
さっきまで乗ってきた列車も同時に走り出した。
並んで走る車窓から、彼女の姿が見えた。
彼女は、ぼくがまだ隣にいるかのように何も知らずに眠っていた。子どもみたいに無邪気な寝顔だった。
線路の分かれ目に差し掛かった。
彼女の乗った列車はあっという間に遠く離れていった。彼女の姿もどんどん小さくなって、すぐに見えなくなった。
悲鳴みたいな金属音が響いた。
列車は、またがたんごとんと大きく大きくゆれた。
ぼくはよろけて、女の子の隣に尻もちをつくようにして座った。
そして、夢から覚めた。
ベッドの隣の彼女は、白いサザンカみたいな華奢な肩を見せて寝息をたてていた。
そっぽを向いて、ぼくが起きたのにも気づいてないみたいだ。
彼女を見つめているうちに、さっきまでの夢の記憶はどんどん薄れていった。
どんな夢を見ていたのか、もう思い出せなくなっていた。
でも、列車に乗っていたことは覚えている。
向かいに彼女がいたこと。
隣に、彼女以外の誰かがいたこと。
そして、誰かの泣き声のようにきしんだ列車の音も。
列車は、まだゆれている。
〈終〉
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