半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十回アスカ作金銅のレプリカ

　　　　　一　戦国時代・相模国

　浅い眠りを妨げる、かすかな気配に気がついた。
　相模国の忍者集団の首領・風魔小太郎（ふうま　こたろう）が上半身を起こし、天井を睨んだ。
「何者じゃ？」
　夜気を貫く誰何の声に、天井板が音もなく動いた後で黒い影が素早く降りてきた。
「楓（かえで）にございます」
　風魔一党でも腕利きの組頭が控えたことに、小太郎は驚いた。
「こんな夜更けに、いかがいたした」
「じつは豊臣方の動向を窺っておりましたところ、思いもかけないことがございまして」
「報告に参ったわけか」
「御意にございます」
　楓は包みを持参していた。
　報告内容にかかわる何かがその中にあるのだろう。
「実は」楓が包みをほどいた。「高尾山に墳墓がありまして、そこから出てきた上方の忍びが、このような物を持っておりました」
　陶器の破片のような物を楓が手渡してきた。
「これは、土器か？」
「御意にございます。昔の皿か鍋か、そのような物と思われます」
「これがいかがいたした」
「実はもう一つありまして」
　勿体ぶったように楓が言った。
　腕はたつのだが、持って回った話し方をする楓に、小太郎は時々苛立ちを覚えていた。
「手短に申せ」
「はっ、この印章もいっしょに奪いましてございます」
　得意げに差し出された印章に、小太郎は息をのんだ。
　夜目が利くため、黄金のようなかがやきを見て取ったからだ。
「これは、金印か？」
「たしかに金も使われておりますが」楓がにやりと笑った。「正確には金銅の印章にございます」
「仏像に使われる金銅か」
「御意にございます」
「派手好きの豊臣秀吉の印章なのか？」
「いえ、違います。一面には親魏倭王と彫られております」
「古代の王の印章か」
「おそらくそうでございましょう。墳墓から豊臣方の忍びが掘り出した物と思われます」
「うーむ」
　小太郎はずしりと重い金銅の印章をじっと見つめた。
「あの墳墓は特別の物。それをないがしろにする豊臣方には、必ずや神罰が下りましょう」
　楓が声を上げて笑った。

　　　　　二　現代・沼津市

「国土交通省の方が間もなく来られます」
　部下である矢島雄一（やじま　ゆういち）の報告を聞き、沼津市役所に勤める風間次郎（かざま　じろう）がおもむろに口を開いた。
「高尾山古墳は東日本で最古・最大級の前方後円墳で、この沼津市の重要な文化財だ。道路整備も大切かもしれないが、卑弥呼（ひみこ）と対峙していた卑弥弓呼（ひみここ）の墓とも言われるこの古墳を必ずや守らねばならん」
「その通りですが、せめて卑弥弓呼の墓と分かる出土品でもあればいいんですがね」
　矢島の指摘に、苦々しそうに風間が言った。
「卑弥呼と同等の勢力であれば、記録には残っていないが、魏国と交易があったかもしれない。それを示す出土品でもいいんだがな」
「だからって、金印なんかは無理ですよね」
「金印は個人ではなく王に対して下賜される物だから、残ってはいないと思うが、それを模した複製品ならある可能性はあるかもな」
　風間が大きなため息をついた。

了