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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第36回作品 匿名D 『願い』

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鳥居をくぐった瞬間、涙が出てきそうになった。
 半年前は、あの人と笑いながらこの神社を歩いていたのに。
 「今年はいい年になりますように」
 二人で並んで祈った後、あの人は私に向かって微笑んでくれた。このままずっと一緒にいられる事を信じていた。
 景色を眺めながら、参道をゆっくりと歩く。梅雨に入ったばかりのどんよりとした天気の中、歩く人もまばらだ。
 境内の近くで二十代半ばくらいのカップルとすれ違った。
 私は「リア充しね」と心の中でつぶやいた。今は、幸せそうに歩いている人間すべてが憎い。カップルはもちろん、小さな子供を連れた家族も視界に入れたくない。こいつらも別れてしまえばいいのに。家族はバラバラになってしまえばいい。
 私の心は真っ黒だ。でも、28歳になって初めて彼氏が出来たのに、半年もたたないうちに振られたら、心が荒んでしまうのも仕方がないよねって思う。
 子供の頃から容姿の事でからかわれてきたので、恋愛なんて諦めていた。その代わりに頑張って勉強して、高学歴と言われる大学に入り、それなりに大きな企業に就職をした。男なんていらない。私には仕事がある。
 そんな私の考え方が変わったのは、あの人に出会ってしまったからだ。
 仕事の帰りに行きつけのバーで一人でお酒を飲んでいた時、隣に座ってきたのがあの人だ。目鼻立ちがハッキリとしたイケメンだ。
 「お酒強いんだね」
 最初は自分が話しかけられた事に気がつかなかった。私が男の人に声をかけられるわけがないと思っていたのもある。
 「この店にはよく来るの?」
 「えっ? は、はい。来ます」
 自分でも緊張しているのがわかる。でも、あの人は、あたふたしている私に優しく微笑みかけてくれた。
 「そうだよね。僕もこの店によく来るから、君の事は知っていた」
 そう言われて恥ずかしかった。私は、他の客には興味がなく、あの人の事なんて気にとめた事もなかったのだ。
 それをきっかけに私達は、仕事の事や住んでいる場所、好きな音楽の事などを話をした。何度かお店で会っているうちに、今度は外で会おうという事になった。映画、ドライブや話題になっているスポットにも行った。
夢のような時間のはずだった。
それなのに私は、あの人に対して疑う事ばかりで、とても夢心地になってるとは言えない心境だった。
今までモテなかった私にいきなりこんな素敵な彼氏が出来るなんておかしい。もしかしたら私は騙されているのかもしれない。そのうち「お金を貸してほしい」と言われるのかもしれない。あるいは、ある日いきなりテレビカメラが回って「ドッキリでした」と言われるのかも。
浮気も疑った。「仕事で会えない」と言われた時、素直に信じる事が出来なかった。本当は他の女と会ってるんじゃないかと思う。交際ってこんなに苦しいものだっけ。会ってない時は相手を疑うばかりで全然楽しくないじゃないか。だからと言って、あの人と別れたいわけではない。あの人に見つめられるとドキドキするし、うっかり唐辛子を噛んでしまって顔をしかめた時は愛嬌があって好きだと思えた。
交際期間が進んでいくうちに自分の気持ちは落ち着いていくのだろうか。
そんな事を考えていた時に大学時代の知りあいと再会した。
あの人と二人でカフェに入ろうとした時だった。
「加奈じゃない? ひさしぶり」
甘ったるい声が聞こえてきて、振り返ると雅代が立っていた。
グループでつるんでいた仲間の1人というだけで、特別親しくはなかった。雅代は、特に美人ではないのに、甘ったるい声で男に甘えるのが上手かった。それに加えて、男に縁のない私を見下してきた。仲間の目もあるから表面上では仲良くしてたけど、私は彼女が嫌いだった。そんな女とこんなところで再会するなんて。
「素敵な人ね。加奈の彼氏? 私も一緒させてもらってもいいかな?」
なんて図々しいんだろう。私は断ろうとしたけど、あの人は雅代に笑顔を向けた。
「加奈ちゃんの同級生なんだ。それはぜひ話してみたいなあ」
カフェでは、あの人と雅代だけが、まるで私がいないような雰囲気で盛り上がった。あの人は隣に座る私に顔を向けないし、雅代もあの人にだけ話しかける。いたたまれなくて涙が出そうだったけど、必死で堪えた。
それ後の展開はお決まりのパターンだ。
あの人からの連絡が途絶え、ようやく電話がつながったと思ったら「雅代ちゃんと付き合う事になったからもう会えない」と言われた。迷惑そうな一言に私は打ちのめされた。何もする気がおきず、生きている意味もわからなくなった。
私がこんなに苦しんでるのに、あの二人は楽しそうにしているのだろうか。そんな事を考えていると憎しみが湧いた。
私達の間にいきなり割り込んできた雅代も、あっさりと彼女に気をうつすあの人の事も許せない。
気がつくと私は包丁を握っていた。
「体は子供、頭脳は大人」というフレーズの入っているアニメでは、くだらない理由で人を殺してしまう。私の殺意もきっと、他人からするとくだらないと思われるのだろう。でも、私にとっては真剣な問題なのだ。今回の事は私自身をバカにされ、否定された。私を打ち砕いた二人が笑っているのは許せない。
布に包丁をくるみ、バッグに入れる。とりあえずあの人の住むマンションに向かおう。
あの人の住む駅からマンションまでの間に神社がある。付き合い始めの頃、二人でお参りをしたのを思い出し、鳥居をくぐってみた、というわけだ。
二人を殺したらしばらくは神社には来れなくなる。今のうちに何かを願っておこうか。
でも何を願うの? 二人がちゃんと死にますようにって祈れる?
神社でこんな事を願うのは不謹慎のような気がして、私は慌てて頭を横に振る。
その時、一生懸命何かを願っている女の子の姿が目に入った。高校生くらいだろうか。少し外れたところに別の女の子が退屈そうにしながらその女の子の事を見ている。
「おまたせ」
「長いよ。こんなとこで祈るより告った方が願いは叶うっつーの」
「ほっといてよ」
二人は笑いながら元の道を戻っていく。
私にもあんな時代があったっけ。高校時代、好きな男の子に思いを伝える事が出来ずに友達に相談した事を思い出す。
そんな事を考えてたら、殺意は吹き飛んでしまっていた。
あの人の事は悲しいし、二人が憎いのは変わらないけど、とりあえず前向きに生きよう。
私は、階段をゆっくりと登り、賽銭箱に小銭を投げ入れた。
(終)

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