半蔵門かきもの倶楽部コミュの第三十四回自由課題コヤンイ作『虚幻』その四

頼子はよく笑うので、平助は時々不安になった。

「これはなに？」向かいに座った頼子は、卓の上にある金属でできた小さな置物のようなものを片手で玩びながら平助に聞いたが、平助はそれが何に使うものか知らなかったから「それは、きっと・・・」
と言ったきりその先に続く適当な言葉がなにかないか頭の中で探していると、頼子は手の中の置物のようなものを色んな角度に動かしてみながらクスクスと声を立てずに笑っているので、平助はなにか言おうと思えば思う程頭の中には何も浮かんでこず時間ばかりが経っていき、しまいに頼子が顔を上げてじっと平助を見つめながら「それは、きっと？」と言うので、平助は少し頼子が憎らしくなった。

「それは箸置きみたいなものなんだ」平助が答えると、目の前に座った女は「箸置き？」と怪訝な顔をするので平助は説明した。
「ここは洋食屋だろ、ナイフやフォークが汚れて次の料理が来るまで、食べ終わった皿が持って行かれたらそれらを置くところがないだろ、それを卓に直接置かない為の箸置きならぬフォーク置きなんだよ」
「そうなんですね、成程」女はしきりに頷いていた。その様子が大袈裟な気がして平助はつい笑ってしまった。
笑われて恥ずかしかったのか、不服に思ったのか、女は仕返しのように平助にこう言った。
「生方さんは結婚しないんですか？」
平助はなんでそういうことを今聞くのか、という風な心外な顔をして
「しているよ、知らなかったの」
と言った。
「そうなんですね。知りませんでした」
知っていてとぼけたのか本当に知らなかったのか、よくわからないが、平助は女の言葉に意味のない悪意のようなものを感じて不快だった。
「そういう天内さんは結婚しないの？」
と、平助は不快な気持ちを相手に伝染してやろうとでもいうように、殊更女性に対してそれこそ悪意に近い気持ちを自覚しながら同じ問いを返した。
「しなかったら、どうなんですか」
「するつもりないの？」
「そんなこと言ってませんよ」
さすがに大人げない気がして、この不毛な言い合いを終わりにしようと平助は思ったが、
そのとき「奥さんはどんな人なんですか」と天内薫は言った。
平助はこの問いに対して、ザワザワと苛立ちを感じて冷たく突き放そうかと思ったが、小さく息をついて思い直し、自分に対してサディスティックなまでに自制を働かせて、そうすることが立派な男らしい態度であることだと自分に言い聞かせてみる。
「そうだな、ちょっと君に似てるかな」
薫は興味深そうに目を丸くして
「へぇそうなんですか、どんなところが？」
「そうだな、髪型とか、」（頼子もこのくらいの長さだ）
「話し方とか」（おれをおちょくるような話し方）
「目とか」（頼子もこんな目を）
「手の形」（色の白さもこんな感じだ）
「背格好も」（あれ・・・）
薫が自分の腕時計を見た。
「もうそろそろ社に戻りましょうか。あんまり道草してると怒られますよ」
薫は立ち上がり出口に向かった。
「君は」
薫が振り返った。
「はい？」
平助は言った。
「頼子か？」