半蔵門かきもの倶楽部コミュの第２９回　たかーき作「漢字の読みを調べる」

全く、なんで自宅でまで仕事をしなきゃならないんだ。

土曜の深夜１１時過ぎ。俺は自宅のパソコンから、とある仕事用のpdfファイルを読み込む作業をしていた。
もっとも、仕事は会社で終わらせるのが一番いいのだ。しかし、最近みたいに忙しい事が多いと、中々会社では終わらない。だから会社では重要な仕事だけ片付けて、重要ではない資料に目を通すなどは、土日に自宅でやってしまうのだ。

「えー、アンケートの結果、消費者が最も期待しているのは、企業としての社会的責任であり…あぁー疲れる」

椅子にもたれながら、腰痛と戦いつつ俺はパソコンで文章を読んでいる。これで殆どの章を読み終えた。あと少しだ。頑張って読もう。

「えーっと…情報セキュリティが求められる近年の社会情勢の中、お客様のため力を合わせ、コンプライアンスを遵守し……んっ？」

俺が変な声を上げたのは、『遵守』という漢字の読み方を、忘れてしまったからだった。
「……そ、そんしゅ？」
そう読んでみて、絶対ちげーな、と思った。
「そんしゅ」って何だ。そんな言葉聞いた事がない。
なんか、見た事ある漢字なんだ。多分正しい読みを聞いたら「あー！」ってなるパターンだと思うんだけど。何だったっけ、気になるな。
「よし、ググろう」
さっそく俺は、文章中の『遵守』の部分をマウスカーソルで選択し、右クリックで「コピー」を選んだ。そして、パソコンのスタートメニューからブラウザのGoogle Chromeを開く。
今のネットって便利だ。ググれば何でも出てくるし、漢字の読み方とか意味なんて、一瞬で分かって当たり前だもんな。

…あれ？
俺は、Chromeを開いて最初に立ち上がった画面を見て、やられた、と思った。たまにあるんだけど、なんかブラウザの検索エンジンが勝手にGoogleじゃない別のサイトになっているのだ。何かソフトをインストールした時とかに、そうなる事があるらしい。
「ったく、まあいいや」
仕方なく、その陳腐なデザインの、知らない検索サイトの入力欄に、さっきコピーした『遵守』という文字を貼り付けて入力し、右の検索ボタンを押した。

（…しかし、これで検索してしまったのが、間違いだったのかもしれない。）

すぐに、検索結果の一覧が表示された。えーっと、『遵守』の読み方が乗ってそうなページは…あれ？
「なんだこれ？」
俺は、その変な一覧の一番上になぜか、黄色い枠が出てきているのを見つけた。そこに、なにやらページのリンクが張ってある。

『＜広告＞遵守とは一体、どう読むのか！？』

なんだこりゃ。こんな事で広告？ったく、漢字の読み方くらい一発で出てほしいのに、これだから安っぽい検索サイトは…。
とは言ったものの、俺はつい好奇心から「ちょっと覗いてみよう」と、その胡散臭いリンクを開いてみた。

「　貴　方　は　、『　遵　守　』　を　ど　う　読　む　の　か　、　悩　ん　だ　こ　と　は　あ　り　ま　せ　ん　か　？　」

ページを開くといきなり、このような文句が目に飛び込んでくる。
やたらデカデカとしたフォントで書いてあるのだが、単に「『遵守』を読めずに悩むかどうか」聞いているに過ぎない。
なんだこれ？

「昨年度の統計によると、『遵守』という字が読めない人は、半数以上に上っています。そう…このままでは、地球上の誰一人『遵守』が読めない時代へと突入してしまうかもしれません！」
「今、このページでこれを書いている私も、かつて『遵守』が読めない人間の一人でした。『遵守』の読みが分からず、毎日を悶々と過ごしていました」
「このまま、『遵守』を読めぬまま、私は老いていくのだろうか……？毎日を悩みの中で過ごし、永遠に『遵守』を読めぬまま、人生を終えてしまうのだろうか……？」

なんなんだ！このページは！？
さっきから読み進めているが、イライラする。話の核心にいつまでも触れず、いつまで引き延ばしてるんだ？…時間がねえんだよ。早く何て読むか言えよ。

「そんな私の人生を変えたのは、ある人から教えて貰った、一冊の本でした…」

「　な　ん　と　、　わ　か　っ　た　ん　で　す　！　『　遵　守　』　を　ど　う　読　む　の　か　！　」

「私は、その本に書いてある事が信じられず、愕然としました。えっ！？こんな読み方をするの？と開いた口がふさがりませんでした。」
「しかし私は、その本を読むうちに気が付きました。『遵守』という言葉をそう読む事には、深い理由があったという事を…。目から鱗が落ちました。気づけば、私の目からは感動の涙が溢れていました」

あああああ！もう腹が立つ！
あれだ。こういうページってよくある。ネットで調べものしてるとこの手のページに辿り着くんだけど、情報商材とか売りつけるやつだ。大抵は無意味にでかいフォントで、暑苦しい言葉で煽っていて、例えば「簡単に金を儲ける方法」とかの、薄っぺらい本やらを高い値段で売るやつ。内容も大抵ひどくて、「この商材自体を、口コミで他の人に勧めて売れば滅茶苦茶儲かる」とか、ろくでもない事書いてあるらしい。
全く、なーにが「目から鱗が落ちました」だ。下らない。
…それにしても、一体なんという商売であろう。たかが漢字の読み一つでここまで引っ張るとは。誰がこんな事思いついたのか。

「（２０代女性　会社員）私も初めは、信じられない！という気持ちでした。まさか『遵守』という漢字をそう読むなんて…！しかしその一方で、この漢字を始めて読めた感動を、より多くの人に分かち合いたい、という気持ちでいっぱいになりました」
「（３０代男性　医師）私も、かつては『遵守』が読めず挫折を経験した人間の一人です。この字を読める日が来るとは思えず、失意の日々が続きました。そんな時、この本を勧められました。初めは、どうせ『遵守』をどう読むのかなんて、わかる訳がないよ、と思ったんです。それが、わかったんです！『遵守』をなんと読むのか…！今では、私が患者さんにこの本を勧めています。私の人生のバイブルとなるでしょう」

なんか、わけわかんない人たちのレビューみたいのがウダウダと述べられている。
これ、どうせ実在もしていない人の架空のインタビュー結果でも勝手にでっちあげてるんじゃないのか？
俺は、漢字の読みなんてどうでもよくなってきて、「こうなったらどこまでこれで引っ張る気なのか、読んでやろう」と、興味を持ってしまった。

「今、このページを見ている貴方だけに特別に、その情報をお教えします」
「　こ　こ　か　ら　先　は　、　覚　悟　の　あ　る　方　の　み　ご　覧　く　だ　さ　い　」

ページの一番下まで進むと、そこには、

　→すべてを覚悟して、先へ進む　

という、やはりデカいリンクが配置してあったので、俺はそれを押した。
そして切り替わったページを見て、思わず吹き出しそうになった。

「　貴　方　は　、　選　ば　れ　た　方　で　す　！　」

おいおい、なんだよ、選ばれた方って！
なに、自分だけ『遵守』が読めるから選ばれた人間、みたいな？

「なぜ、そう言えるのでしょうか？」
「今、このページを見ている貴方は、ある成功者と同じ素質を持っている、と言えるからです」

え？
急に何を言い出すんだろう。なんで、単に『遵守』を検索してこのページを見ているだけで、どこの誰と同じ素質を持ってるというんだろう？
唐突に話題が変わったので、俺は思わず引き込まれた。

「その成功者は、何も持たないところから、『遵守』の読み方を調べ上げました。
そして、ついに『遵守』の正しい読み方を突き止める事に成功したのです！」
「その成功者こそ、現在『株式会社　遵守の正しい読み方を広める』の設立者、野沢翼の事です。
彼は、驚くべきノウハウを駆使し、日本中の、そして世界中の『遵守』の読み方がわからない人々に、驚異的なスピードで教えています。
人は、彼をこう呼びます。『新時代の寵児』と…」

「野沢翼　プロフィール

・１９９０年、誕生。
・学生時代は暴走族特攻隊長。大学進学を決意後は猛勉強し、わずか４か月の勉強で東京大学に合格。
・大学生の時、起業。新しいビジネスモデルとして注目され、２２歳で年商１０００億円達成。
・『遵守』の読み方を知る感動を小説に執筆し、自費出版。多くの人々に感動を与え、史上初の芥川賞・直木賞を同時受賞。
・日本中に『遵守』の読み方を広めた功績をたたえられ、厚生労働大臣より緑綬褒章を受章。
・『遵守』の読み方がわからない人々を救うべくＮＰＯ法人を設立。世界に『遵守』の読み方を教える事に貢献し、ノーベル平和賞受賞。
・昨年度、アメリカで「最も尊敬する日本人」第一位にランクイン。
・現在、テレビ番組や講演会、ネット動画配信サイトにも多数出演。
・趣味はサーフィン、小型飛行機の操縦、たくさんの人をハッピーにする事」

「今回、彼は『遵守』の読み方をさらに多くの人々に広めるべく、新たな本を上梓しました。
この本は、究極の一冊、と呼ばれています。なぜなら…、この本に書いてあるのは、『遵守』の読み方だけではないからです！
成功者、野沢翼が１０年以上の歳月をかけ、『遵守』の読み方を人に施して得た、幸せになるためのノウハウが全て書かれているのです！！

…そして、今『遵守』の読み方がわからずに、ネットの海を彷徨い、このページに辿り着いた貴方もまた、この成功者と同じ要素を持っているといえるでしょう。
なぜ、そう言えるのか？
それは、この本に書かれた物語を読めば、わかります。
貴方は、今、本当にラッキーです。
なぜなら、これほどのノウハウが書かれた本が、今だけの特別価格で購入できるチャンスに恵まれているのですから！」

そして、ページを下にスクロールすると、そこには本が写された大きな画像があり、
その下に本のタイトルが、画像の上に大きな文字で書いてある。

「『　貴　方　の　人　生　を　変　え　る　、　遵　守　の　読　み　方』
今なら、通常価格５万円のところを、特別価格１万円でご提供！！！」

さらに、もう少し下にスクロールすると、そこには、この本の執筆者と思しき人物の写真が貼られていて、
その写真の下に文章がある。

「こんにちは。私がこの本の執筆者、野沢です。
私がこの本を書いたのは、『遵守』の読み方を貴方に教える為だけではありません。
それを通じたドラマについて、多くの人に知っていただきたかったからです。
私、かつてこの字を読めませんでした。しかし、いくつもの艱難辛苦を乗り越え、ついにその感じの読み方を見つけました。
その読み方を…そして、それを見つける事を通じて得た多くの体験、幸せになるためのノウハウを、全てこの本に詰め込みました。
私の物語を、全て、惜しみなく伝えます。
そして、今『遵守』の読みを求めこのページ辿り着いた貴方が、なぜ成功者の素質を持っていると言えるのか？なぜ私と同じと言えるのか？その事も、この物語を読めばわかります。

今、このページを見ている貴方だけに、特別価格でお売りします。
…ただし、購入はお急ぎ下さい。
このキャンペーンは、近日中に終了します。この機を逃せば、貴方は『遵守』の読みを二度と知る事はできないかもしれません。
全ては、貴方の決断次第です」

…なんじゃこれは。本当に胡散臭い。
しかし……。
何故だろう。うまく言えないが、ここまでつき合わされ、挙句「このページを見ている貴方は成功者の素質がある」などと言われて却って興味がわいてしまった。それに情報商材って色々あるが、漢字の読み一つでこんなに頑張るのも見上げたものだとも思ったし、本の中身がどんな内容なのか、気になってしまった。
１万円というのは、ちょっと高いが…。
「ええい、買っちゃえ」
俺は、そのページの「購入」ボタンを、ぽちっと押してしまった。
メールアドレスや、自分のアパートの住所などの個人情報、そして引き落としのクレジットカードの番号を画面のフォームから入力し、俺は「確定」ボタンを押した。

メールを開くと、早速購入が確定された旨書かれたメールが来た。

…その時ふと気づくと、もう時計の針は、深夜２時を回っていた。
ま、夜更かししたけど、いいか。明日日曜だしな。しかしもう眠い。
俺は、パソコンの電源も付けっぱなしのままベッドに潜ってしまった。

◆

翌日日曜は、朝から別の用事があるので外出し、家に戻ってきたのは夕方だった。
帰ってきて、アパートの郵便受けをチェックすると、その本は、届いていた。

小奇麗で分厚い、コテコテの金色の包装がされている。
中を開けると、そこには本に加え、別に小さな封筒が入っていて、
「　未　来　の　成　功　者　へ　」
とかなんとか、特大のフォントで書かれている。

封筒を開けると、そこにはこの本の概要が簡単に説明された紙があった。
なんでも、この本は複数の章がある、との事だ。
第一章では、著者自身が『遵守』という漢字を読めるようになった事を通じて成功者となるまでの物語が、小説形式で書かれており、まずこの小説を読めば、「貴方に成功者の素質がある」という言葉の意味がわかるのだという。
その後の、途中の章に何が書かれているかの説明は省略するが、
最終章では、「貴方自身が、『遵守』の読み方を通じて成功を掴み取る方法」が、具体的に書かれているという。
…そして最終章のあと、最後の最後にいよいよ『遵守』という漢字をどう読むのか、その読み方を、本の最後の１ページでついに明かすのだという。

その紙には、くれぐれもその『遵守』の読み方が書かれた最後の１ページを、先にめくらないで、最初から順に読んでほしい、と念押しがあった。

早速俺は、封筒の紙をしまって、本を順に読み進めていった。

「■第一章■ある成功者の物語

彼は、ある貧しい家庭に生まれた！
彼に、一つの転機が訪れた！
それが、『遵守』の読み方がわからない事だった！！

彼は長年、『遵守』の真の読み方を探し求めた！
…そして、ついにわかったのだ！『遵守』の読み方が！！
以来、彼が読みを突き止めたという噂は世界を駆け巡った！
今、彼は自ら調べた『遵守』の読み方を惜しみなく人々に施す活動をしている！
そして、世界の人々に彼の叡知を分け与えるために、編み出された唯一の方法…それが、彼の叡智をこの本『貴方の人生を変える、遵守の読み方』にまとめ、世界に発信する事だったのだ！！

そして今、この本を開いている貴方もまた、この物語の主人公と同じ素質を持っている！
なぜなら！
貴方は、自ら果敢に『遵守』の読みを求めネットの荒波に潜り、この本『貴方の人生を変える、遵守の読み方』という黄金を掴み取り、今まさに『遵守』の読み方を知る直前まで来る事に成功したのだから！！

　～～ある成功者の物語　Ｆｉｎ～～　」

「え………えっ？？」
思わず、変な声出してしまった。何これ？物語って、これで終わり！？
あんだけ「貴方は成功者と同じ素質を持っています」とか期待させてたけど、要するにそれって、この「成功者」って奴は『遵守』の読み方を自分で調べた、俺も自分で検索して調べた、だから同じです…ってだけ！？

拍子抜けもいいとこだが、俺は一章を終え、そのまま続きを読み進めた。
次のページには、こう書いてある。

「■最終章■『遵守』の読み方を世界へ」

…えっ？二章とか無くて、次が最終章？
俺は、呆れてしまった。しかし、とにかく読み進めた。

「こんにちは。この本を、ついに最終章までお読みいただき、ありがとうございます。
今、この本を書いている私が、一章の物語の主人公、野沢です。
ちょっと、想像して下さい。
今まで貴方を苦しめた、『遵守』の読み方が、この本を最後の１ページまで読み終えた時、ついにわかるんです！
しかし…ここまで読んだ貴方は、もうお分かりですね？
そう、この感動は、貴方が独り占めするべきものではありません。
貴方がこの本を最後まで読む事で、『遵守』の読みがわからない呪縛を解かれたなら、貴方自身がこの素晴らしい本を、世界の人々に広めるべきなのです！！」

…は？
何を言い出すんだ。これ情報商材によく有りがちな、「本を購入した人に、その本自体を口コミで別の人も広めさせる」って戦略？

「貴方自身、『遵守』を読めない事で苦しんできた過去を思い出して下さい。
…でも！この本を最後まで読めばそれが解決されると知って、どれほど喜んだでしょう？
これと同じ感動体験を、人に広めればいいのです！」

俺は、次のページをめくった。
そこには、多分「この本を人に広めるメリット」を訴えたいのだろうか。写真が二枚、上下に載せてある。

どちらも、同じ女性が写っている。
で、まず上側の一枚目は「遵守の読み方がわからない…」という説明が書かれている。
その会社員風の女性が、口を「へ」の字に曲げ、とても困っている表情で腕を組んで立ってる写真なのだが、その写真の女性の頭上には、漫画でよく「考えている事」の表現に使う、雲みたいなフワフワの吹き出しが配置され、その吹き出しに弱弱しい小さな書体で、（遵守……？）と書かれていた。

そして、下の二枚目の写真に目をやると、「『貴方の人生を変える、遵守の読み方』を読めば…」という説明が書かれている。
先ほどと同じ女性が、今度は満面の笑みで口を大きく開けていて、女性の頭上には先ほどとは対照的に、太くてハッキリとした真ん丸の吹き出しが配置され、その吹き出しには力強く大きな書体で、「遵守！！！」と書かれていた。

「それでは、この本を人に効率よく広める、その画期的なやり方を説明しましょう」
「まず初期投資として、貴方はこの『貴方の人生を変える、遵守の読み方』の本を、追加で２１６冊購入します」
「次に第一段階として、貴方の周りにも、『遵守』の読み方がわからない、毎日『遵守』が読めなくてイライラする、『遵守』が読めなくて死にたい、そんな悩みを抱える人が、きっといます！！
そんな人を６人探して、彼らに『貴方の人生を変える、遵守の読み方』を勧め、売って下さい。たった６人です！！簡単に見つかります！！
貴方の持っているのが２１６冊ですから、（２１６冊÷６人＝３６）で、貴方の本を一人につき３６冊ずつ、その６人に購入して貰います。その際、一冊当たり＜２割＞のマージンを上乗せして売って下さい」
「そして第二段階以降、貴方は何もする必要はありません！！その６人にも、同様に自分の周りにいる同じ悩みを抱えた人を６人ずつ探してもらい、「３６冊÷６人＝６」で６冊ずつを、マージンをつけて売って貰えばいいのです！そして、マージンの内の半分を貴方が受け取るようにすれば、貴方にさらに収入が…」

…いや、それ、ただのネズミ講じゃねーか。

「もちろん２１６冊で足りなければ、もっともっと多く、この本を人々に施す事も可能です。
これは、本当に素晴らしいやり方です。
なぜなら、この『貴方の人生を変える、遵守の読み方』という素晴らしいツールの助けがあれば、貴方は権利収入を得ながら、世界を変えられるのです！」

「この本を世界に広めるべき理由は、他にもこんなに沢山あります！
①同じ悩みを持つ人々を、助けられる！
貴方自身がかつて悩んでいた『遵守』の読み方を、他の人々にも分け当たる事ができます。
我々日本人は、他社への共感をとても大事にしますよね？
つまり、貴方自身を救った『貴方の人生を変える、遵守の読み方』を人々に販売する事こそが、日本人にとって最も幸福になれる方法なのです！

②需要がある！
殆どの人が『遵守』の読み方を知らないという事は、統計的に明らかです！
今年度の総務省の発表では、『遵守』という漢字について（この言葉を知らなかった時期や、この言葉の読み方を知らなかった時期が、貴方のこれまでの人生で、一度以上ありましたか？）との質問に＜ある＞または＜多分あると思う＞と回答した人の割合の合計はなんと、ほぼ１００％でした！

③漢字の知識を広められる！
今や中国という国家は、世界のＧＤＰでアメリカに次ぐ第２位の大国です！
そして、世界最大の漢字使用国こそ、驚くべき事に、中国なんです！最新の研究によると、なんと漢字は、わが国を除くと、圧倒的多数が中国で使われている事が明らかになっています！
つまり、『遵守』という漢字の読みを人々に広める活動こそが、世界第２位の大国の知識を学ぶ事につながるのです！」

「他にも、数えきれない程のメリットが！！
いかがですか？『貴方の人生を変える、遵守の読み方』を多くの人に広めれば広めるほど、貴方にとって素晴らしい事ばかりです！
さあ！この本で『遵守』の読み方を知った後は、貴方がこの本を世界中に広めましょう！」

…いや、もう、ツッコミどころ満載すぎっていうか、ツッコミどころしかない。
何なんだ、この本。なんでこんなん買っちゃったんだろう？こんな思い付きだけで書かれた程度の本を、嬉しそうに買っちまった馬鹿な人間って、俺だけじゃないのか？１万円も出して。
俺は、こんな本を買ってしまった事に自責の念を抱いてしまっていたが、しかし俺は、まだ完全に「負けた」と思ったわけではなかった。
そう。元はと言えば、俺は『遵守』という漢字の読み方がわからずに本を買ったのではなかったか。この本を最後の１ページまで読めば、『遵守』という漢字の読みは確かにわかるのだ。だからまだ、本を買った事が１００パーセント駄目だったわけじゃない。俺にも一応、正しい部分はある………１パーセント、いや０．０１パーセントくらいは。

そして最後のページの、一つ前に到達した。

「■The Final■『遵守』の読み方　そして…」

「今まで、お疲れさまでした。ついに『遵守』の読みを教える時です！
ですが、最後に一つだけ聞いて下さい。
この本を通じ、『遵守』を読めるようになった感動を、貴方だけが独り占めするのか？
それとも、貴方がこの感動を世界に広め、私たちと一緒に世界を変えていくのか？
全ては、貴方次第です！！

では、準備はいいですか？
『遵守』の読み方を、発表します！！

『遵守』の読み方…

それは……」

と、ここでそのページは終わっている。
残るはついに、最後の１ページをめくるのみとなった。

俺は、深呼吸をすると、おもむろに、最後の１ページをめくった。

そこには、ページ全体を埋め尽くすような特大のフォントで、こう書かれていた。

「　　　ち　　　ゅ　　　う　　　ち　　　ょ　　　」

すかさず俺は、その本を床に投げつけた。
そして、何度も何度も本を踏みつけた。
違うというのだけは、瞬時に分かった。１万円も出しておきながら裏切られた気分で、悔しくて、俺はとうとう、その本に火をつけて燃やしてしまった。
「……ばっかじゃねーの」
と一言、目に涙を浮かべながら一人吐き捨てた。

その後、ちゃんとGoogleで『遵守』の読み方を検索したら、１秒で出てきた。