半蔵門かきもの倶楽部コミュの第26回　おたけさん作『収穫』

　僕は、王に仕える書記官だった。
　いや、書記官というより、官吏というのが適切なのかもしれない。何しろ、職務は多岐に渡り、単に粘土板に文字を彫り込んで文書を作るだけでなく、城塞の補修工事の計画や土地の管理台帳の監査も行っているからである。
　中でも、特に重要なのは、運河の補修工事の計画であった。僕は、まだ経験が浅いので、計画については僕よりも年上の書記官たちを補佐するに過ぎなかったが、実地調査に於いては、中堅どころの書記官と共に、兵士たちの護衛の下、現地に赴き、どの運河の補修、改修を優先すべきかを議論し、年配の書記官を介して調査報告を、王に奏上をしていた。
　運河は重要だ。これが無いと、この雨が殆ど降らない、不毛な大地には作物は育たない。しかし、この国では、運河さえ整備すれば、都市全体を埋め尽くすくらい大麦を収穫できるのだ。それが、この国の強みであったし、そのように豊かな国であり、運河の整備により船による交通が行き届いたことで、今では、他国からの交易品が集まる大都市へと発展することができたのであった。
　それゆえ、新たな運河を建設し、新たな穀倉地帯を作ることができる偉大な王を人々は求めていたのである。ただ、先代とは異なり、今の王は事の重大さに気付かないフリをしているのか、自分は運河の工事やその他事業について、細部の議論を行うこと無く、書記官たちだけで決定を下している状況が続いており、書記官たちは王の無気力さが、いつ民衆に露呈し、いつ他国の王に知られてしまうのかを内心恐れ、ぐっすりとは眠れない日々が続いていた。
　このように書記官の仕事と責任は増える一方なのだが、そんな僕たちにも、やらない仕事はある。たとえば、得体の知れない怪物たちから王都を守るために部隊を指揮するのは、守備隊などの兵士の仕事だ。彼らは、僕のような書記官たちに嫉妬していた。それゆえに嫌がらせを受けることもあったが、それは仕方のないことだと、僕は思っている。そもそも命がけで都市を守ることと、粘土板に彼らは読めない文字を彫り込んでいく仕事の労働対価が等しいのは、彼らにしてみれば納得いかないのは至極当然のことである。仮に、僕が守備隊であっても、書記官には嫉妬するだろう。兵士であることは死ぬ可能性と隣合わせであり、もし死んでしまったら、悪意を持った誰かに土地を奪われ、家族は路頭に迷う恐れがあるのに、同じ数だけの女性を囲うことができる書記官は死なないために家が栄えていくというのは理不尽だと思われても仕方がなかった。
　だが、僕たちも戦いたくない訳ではなかった。戦いに向かない、非力な人間であることは、自分たちの生涯を顧みればよく分かっていたし、守備隊からも「戦いには不要」という役割を与えられているので、彼らも書記官たちの非力さと特色は理解しているはずであった。それに、気まぐれに都市の壁を破壊し、住民たちを食べようとする有象無象の怪物たちを仕留めることこそが、人々からの尊敬と寵愛を受ける簡単な方法なのであり、いくら運河を造っても、それは王の功績であったし、土地台帳を滞り無く管理したところで、そのことに惹かれる女性など存在はしないのである。そこに僕たちも不満があるのであり、それゆえ、兵士たちとは互いに嫉妬している状況なのである。
　ただ、その状況は、考えによっては、それくらいしか不満がない状況なのであることを、今にしてみれば思うのだった。
　そう、それは突然やって来た。
　最初は、５年前に起きた風土病と同じだと思っていた。現に、症状は同じであったし、特定の仕事に就いている者では無く、子どもや弱っている老人から感染していく様子は、まさに、プロカレアと呼ばれている、この地方特有の流行病そのものであった。身体が乾いていき、子どもも小さい老人のようになって、最後は呼吸困難に陥り、死んでいく。その光景は、一瞥しただけでも痛ましく、凝視するのは、運河建設のため、各地に測定などを担当する調査補佐として出向き、道中の戦場跡や略奪された村を通る際に、腐敗した死体を見慣れている私であっても難しかった。
　しかし、病はそのうち去って行く。その後には、城塞の外にある墓地にできた新しい墓標と、王宮に隣接する記録庫に流行期間と死亡者数などが刻まれた新しい石板が用意される以外には、何も残らない。それは城壁を越えようとする怪物たちとの戦闘の後に残るものと全く同じであり、王都の日常と言えるかもしれなかった。
　なので、私だけでなく、王や他の家臣たちも悲しみはしていたものの、何か巨大な危機が訪れているという感覚はなかった。幸い、各見張り台に配置された兵士たちの報告からは、怪物たちの接近は確認されなかった。
　しかし、普段なら取るに足らない、この風土病がきっかけとなり、まるで昼夜が変わるその瞬間のように、事態は急変した。
　それは、一人の少年の証言であった。
　この日、僕は調子のいい後輩に押し付けられて、陳情受付の窓口業務を行うことになってしまった。陳情受付のために用意されている建物は、王宮の南端に立地しているのだが、そこは昔、兵舎として使っていたために、ひたすら広く、一人でその場に杉で作った机と椅子を並べて、陳情が来ない限り、ぼんやりと過ごすことになるため、僕は、机の上に小石を並べて、周辺国の兵員配置や都市の位置、そして、斥候が確認したとされる新種の怪物たちの位置を再現し、そこから運河の建設可能地域を考えるという一人遊びをやろうと計画し、麻袋に小石を詰め込んで出勤していた。
　そこまで準備していたのだが、この日は残念ながら早朝に、兵士たちから土地管理を任されている近所の男に、羊を３頭も奪われ、１頭は既に殺されてしまったと言って憤慨している老人がやって来てしまい、運河のことを考える時間は減ってしまった。しかし、その後は誰も来ず、その結果、新しい運河は、瀝青が産出されるので有名な都市レドゥムの近傍から伸ばして、他国との国境近くに竣工するのが一番であることが（少なくとも僕の見解では）確定した。
　だが、これには、付近の谷間に巣食っていると言われている翼を持った、見張り台くらいの巨大な蛇のような怪物たちを討伐することが必要であり、討伐の最中に隣国からの軍隊も来てしまうと、運河の分け前を要求されることは必至であり、新たな戦火の火種になりかねないことも判明した。
　そうして、結局は、新しい運河を造ることよりも、略奪を繰り返している隣国を征伐したり、最近、レドゥム近傍に現れている一つ目の怪物を討伐することが必要であることが痛いほど分かり、自分たちの無力さを感じ、何もする気がなくなってしまった。そうして、ぼんやりと過ごしていたのだが、陽が一番高いところから少し落ち始めたとき、一人の小さな来客が現れた。
「黒い、大きな鳥さんが、お父さんとお母さんを消しちゃったの」
　何が起こったのか分からないという感じで、別に泣きじゃくる訳でもなく、少年は淡々と僕に答えた。その感情のなさが、僕には堪えた。きっと、この少年は感情が溢れてしまうほどに衝撃の大きい体験をしたために、感情が一時的に消えてしまったのだ。僕は、椅子から立ち上がり、少年の横に立って、頭を撫でてやろうとした。
　すると、少年は、僕が触れる前に、僕の顔を見つめ、目を見開き、歌うように叫んだ。
“Nevermore, Nevermore！”
　それは、聞き慣れない音の連なりであったが、なぜか記憶の片隅にあるように思えた。言葉？　それとも歌だろうか。
　そんなことを考えている間に、少年はいなくなっており、そこには水たまりがあるだけであった。
　僕は、震えた。ある古参兵の話を思い出したのだ。瀝青を塗った船に乗せられて、港町の奪還作戦のために海を漂っていたとき、彼は海を歩く、薄暗く光る女性たちの一団を見たと言う。彼女たちは、ランプを手にし、歌を歌いながら海を彷徨っていたらしく、その古参兵は、そのうちの一人に微笑みかけられた。そうして、連れて行かれると悟った彼は、港町に着くと、誰よりも遅く陸に上がることにして、敵の待ち伏せの餌食にならずに済んだのだと語っていた。
　僕も、犠牲になるかもしれないのだろうか？　
　どうせこれ以上、陳情には来ないと考え、建物の外に出ると、そこは不気味な静けさに包まれていた。街の外れならあり得るが、仮にも王宮の一部で、このような静けさが可能だろうか？
　僕は、駆け出した。人通りが多い商人街に行くため、王宮の東側へと走ったが、誰ともすれ違うこと無く、いつも商人たちのバザールで賑わっている通りへと出た。
　だが、そこには出店が出て、商品が並べられていたが、誰もおらず、荷車に大麦やビールを乗せて運んでいる奴隷たちの姿すらなかった。
　何が起きたのだろうか。僕は、通りに向かい、呆然と立ち尽くした。新種の怪物だろうか。しかし、そのような報告は、今朝は受け取っていないし、あの羊を失った老人も、羊を失った悲しさと隣人への怒り以外は何も語らなかった。それに、大勢が一度に避難したとして、王宮にいた自分が気付かないだろうか。それほど、石遊びに夢中になっていたか？
　腕組みをして考え込んでいた僕が、宮中に戻ろうと、踵を返したとき、後ろには、黒い壁のような大男が立っていた。それは、大柄の兵士くらいの身長がある僕が見上げるほどの大きさであり、ひらひらした黒い布を羽織り、手も何か黄色いもので覆われており、頭には黒い皿のようなものを乗せていた。一番不気味なのが、顔全体を覆う黒いマスクであり、本来鼻があると思われる部分からは、青みがかった黒く、堅そうな嘴が伸びており、その姿は鴉（カラス）そのものであった。
　僕は走り去ろうとしたが、足がすくんで動けず、バランスを崩し、後ろに倒れ込んでしまった。そうして、黒い大男は、黄色い手を僕のように伸ばし、僕の顔面を掴むと、先程の少年がそうしたように歌うように何かを喋り始め、それを聞いていると掴まれている痛みは忘れられたけれど、段々と意識は遠のいていったのだった。
　　　　　　　　　　　　　
＊＊＊

　そして、僕は目覚めた。目を完全に開ける前から陽射しを強く感じ、痛いほどであったが、僕は例のカラスがいるかどうかを確認するために辺りを見渡した。白、白、白。辺りに、先程の黒装束は確認できないばかりか、周囲は白いものばかりに囲まれていた。何より、僕はそれらが白いモノであることを認識はできたものの、それ以上を説明する言葉を持ち合わせていなかった。
　僕が説明できるのは、上半身だけ起きた状態で横たわっている自分にかけられた白く暖かな布のようなものと太陽の光くらいであった。その陽光は私の右手にある四角い壁の穴から差し込んでおり、薄暗い部屋の中を鮮やかに照らしてくれていた。
　物音一つしない状況に気味が悪くなった私は、陽の光の方へと向かえばいいのだと思いついた。光が差し込んでいるということは、そこは外なのである。外に出れば、あの無慈悲な光景が広がっているかもしれない。しかし、誰かはいるはずだし、妙に身体の力がみなぎっている今であれば、カラスの不意をつけば一体くらいは倒せるかもしれないと思い、先走る気持ちを抑えられない僕は、横たわっていた台から飛び降りようと足に力を入れた。
　すると、足が全く動かせないことに気付いた。足に感覚はあるのだが、何も動かない。盗賊を捕らえた時に、衛兵がよくやるように、足首だけが縛り付けられている訳ではなく、つま先から太ももにかけて、全てが動かなかった。
　僕は、自分にかけられていた白い布のようなものをめくり、自分の足を眺めた。驚いたことに、僕の両足は、光の靄のようなものに包まれ、身動きが取れなくなっていた。これは、怪物の一種なのだろうか？　僕は大声で助けを呼んだ。この奇妙な空間で、光の靄に身体を侵蝕されて、苦しみながら死んでいくのは耐えられない。ありったけの力を振り絞り、叫び続けると、暫くして、コツコツというリズミカルな音が聞こえ、それが段々と近づいてくることが分かった。しかし、安堵して叫ぶのを止めると、音も止まってしまった。それにより僕は、この音が何か知性のある存在が出している音であり、何より、何かがいるのを察知して捕食のために動いているのでは無いことを確認できたので、ますます安心したのだが、今度は自分から遠ざかるコツコツという音が聞こえて来たので、僕は慌てて叫び直したのであった。
「こんにちは。知らない場所で困惑しているでしょ」
　この不思議な女性（？）がやって来たのは、僕の喉が枯れるかと思い始めたときであった。彼女がコツコツという音と共にここに現れた時は、少し呆れた表情をしていたが、今は悪戯っぽい笑みを浮かべて僕の方を見ていた。
　彼女の姿は、あの真っ黒なカラスたちからは程遠く、この空間と非常に調和が取れた真っ白な姿をしていた。顔は端正で王妃よりも美しいと思われたし、彼女が来ている服は、彼女の身体の形と同じなのか、ピッタリと身体に貼り付いたようになっており、胸の大きさや脇腹のくびれた感じが露わになっていて、王が喜びそうな衣装だと思った（ただ、この服は〈ドレス〉のように華美な衣装では無く、作業用の〈白衣〉と呼ばれる服であることを、後で彼女から教わった）。
　王や王妃のことを考え、僕は、自分がいた王都のことを思い出した。どうなってしまったのだろう。
　不思議な女性に尋ねたところ、彼女は少し考えてから、
「あなたのいた世界は、そうね、病気に罹ったの。あなたたちの感覚に合わせていうなら、世界がプロカレアに罹って、死にそうになっていたの」
　そう言って彼女は笑顔を見せてくれたのだが、それは商人が誰かに何かを買わせたい時にする作り笑いから一歩踏み出した、人付き合いの時にしか見られないような自然な笑顔だった。少なくとも僕にはそう見えたため、彼女への警戒心は次第に和らいでいった。
　　　　　　　　　　　　　
＊＊＊

　不思議な女性は、僕が小石遊びをしていた時間なんかより、もっと短い時間で様々なことを説明してくれた。
　まず、彼女が〈博士〉と呼ばれる存在であること、〈博士〉とは〈世界〉を管理していることを教えてくれた。
「〈世界〉というものには種類があるの。今、あなたと私がいる世界は〈現実世界〉と呼ばれるもので、特別な場所なんだけど、あなたが生きていた世界は〈仮想現実世界〉と呼ばれるもので、人間が作り出した〈人工的な世界〉なの。〈仮想現実世界〉は無数に存在しているわ。それで、その一つ一つに、あなたのように〈現実世界〉に身体を持っている人が生きているの」
「この世界に身体が無い人もいるんですか」
　僕の質問に、博士は喜んでいた。どうやら、僕は飲み込みが良いらしく、博士にとって教え甲斐があるとのことであった。
「ええ、無い人もいるわ。けど、〈アンドロイド〉と呼ばれている身体を用意してあげることで、現実世界で生きることも可能よ。だから、この世界に生れ落ちた〈生物〉としての人間と、仮想現実世界用に造られた〈人工知能〉と呼ばれる存在に、今では違いなんてほとんど無いわ」
　この博士の〈レクチャー〉の後、僕は博士に質問をいくつかしたのだが、博士は僕に、自分で調べるように、と言ってきた。博士が言うには、自分で物事を調べるのは簡単であり、それはこの〈機械〉を使えばできる、とのことで、拘束を解いてもらった僕が案内されたのは、隣にある、妙な板が用意された部屋であり、僕は、この部屋でこの〈板〉の使い方を教え込まれたのであった。

＊＊＊

　外部との接触を禁じられた僕は、博士に教えられた方法で、この世界について学ぶことにした。
　目覚めた翌日、僕は、〈トースト〉やら〈スクランブルエッグ〉と呼ばれる朝食をさっさと済ますと、透明な壁（博士が〈ガラス〉と言っていたもの）がはめ込まれた窓の方に歩いて行った。そして、そこに置かれていた白い大きな椅子（博士が〈ソファー〉と呼んでいたもの）に座り、少し陽に当たって寛いだ。今頃、僕が生きていた〈世界〉はどうなっているのだろう？　僕は、そのことを何度も博士に聞いたのだが、「元通りになるから、安心なさい」と言われるだけで、王の様子とか、仲間の書記官たちの安否など、具体的なことは何一つ教えてくれなかった。
　僕は、〈ソファー〉から立ち上がった。博士は、興味本位で起こしてしまったお詫びとして可能な範囲で、僕に知識を残した状態で、元の世界に返してくれると言う。どうやら、“元通りにする作業”の中には、僕の記憶を消す作業というのも含まれるらしいが、そこを少しだけ大目に見てくれるのだと言う。
　僕は、真っ先に、あのカラスのような怪物たちだけでなく、色んな怪物たちを倒す武器の作り方が欲しいと言ったが、博士は、「勉強すれば見つかるかもね」とだけ言って、はぐらかすのだった。
　しかし、僕は期待していた。この世界について学べば、武器以外にもっと必要なものが見えて来るかもしれない。たとえば、日頃から嫉妬し合っている守備隊と書記官などの文官との間の関係性を改善する知恵や、プロカレアみたいな病気を失くす方法などである。
　僕は、壁と一体化している扉のところまで歩き、博士から教えられた通り、その扉の部分に手を当てた。すると、壁が割れて、人が一人通れるスペースの穴が壁に空き、その先に、全知である〈板〉が、昨日と同じ場所に置かれていたのだった。
　僕は、〈板〉を手にした。真っ黒だった〈ガラス〉の表面が一瞬で明るくなり、そこには、この世界で使われているという〈ペルソナ語〉と呼ばれる言語が表示されており、絵と僕が自分の世界で使っていた文字が対照表として用意されており、その他にも言語や〈概念〉というものを学ぶための〈学習プログラム〉なるものが用意されていた。
　僕は、このプログラムを７日間（この世界では、何か古い物語の影響から〈１週間〉という時間単位になるようだが）でこなしてしまった。僕は言語を扱う業務に就いていたせいか、この世界で使われている〈ペルソナ語〉なるものの習得は、博士も驚くほどの早さだったようで、この〈一週間〉で、多くの文章を読むことが可能になり、博士との会話も日常会話程度であれば、可能なレベルに達した。
「復旧までは、あと３週間は要するわ。別に、その間、飲み食いしながらゆっくりしていてもいいのよ。無理に何かを学んでも、どうせ記憶は消えるんだし」
　博士の言葉からは、僕にこの世界のことを学んで欲しくなさそうな感じが伝わって来た。この言葉は、当然、僕にとっては感じのいいものでは無かったし、不満を表しても構わないようにも思えたが、機会を取り上げられても困るので、「考えることが好きなんです。僕の世界でも、小石でよく考え事をしていましたから」と、手にすることができなくなった小石のことを思い出しながら冗談っぽく伝えて、〈板〉が待つ、勉強の場へと戻ったのであった。

＊＊＊

　僕の勉強は、〈板〉を使った〈歴史〉の勉強へと突入した。
　僕が最初に驚いたのは、自分が生きていた世界とあまりに類似した時代があったことである。
　正直に告白すると、本当に一番最初の衝撃は、よく分からずに開いてしまった〈宇宙〉の始まりの映像であったのだが、この爆発と創造の〈芸術〉に30分ほど見惚れてしまってから、これは自分たちには関係ないことだと思い直して、僕は本来の勉強を開始し、そして、初っ端から、類似〈文明〉に出逢ってしまったのである。
　それは、今（博士から教えてもらった西暦二一〇八年という暦）から遡ること四千年以上昔。メソポタミアという地にあった諸〈文明〉のことである。たとえば、ウル王朝では、遊牧民族であるアムル人の移住を阻止するため〈長城〉を築き、バビロン王国では、ハンムラビ王という偉大な王が、少なくとも「ハンムラビは豊饒である」と「ハンムラビは人々の豊かさであり、アヌム神とエンリル神の愛する者である」という名前の２つの運河を造り、大麦の収穫が増えたことで、地に豊饒をもたらした。
　その状況は、僕が仕えている王が、怪物から都市を守るために城塞を造り、大麦の収穫を増やすために運河を造り続けている状況と酷似していた。ただ、これらの歴史の記録には怪物たちは登場しなかった。調べたところによると、この世界では、怪物というのはどちらかというと〈伝承〉という明らかに嘘しか書いていないと一般的にも認識されている記録の中に収められているものであった。
　僕が、この〈歴史〉の勉強で次に驚いたのは、その繰り返しの多さであった。
　たとえば、先程のウル王朝が作った、外的阻止のための〈長城〉は、〈中国〉という場所で〈万里の長城〉と呼ばれるものが同じように外部の遊牧民の侵入を防ぐために造られていたし、〈アメリカ〉と呼ばれる場所でも〈メキシコ〉と呼ばれる場所からの移民を防ぐために同じようなモノが築かれたようであった。
　また、内蔵占いや亀の甲を使った占いなどの延長線上として、〈経済学〉というものを使って、政治的判断に裏付けが与えられていたし、責任を転嫁するための知恵として〈株式会社〉などの〈法人〉なるものが発明され、個人が責任を負わないで済むようなる、理解不能なルールが作られたようであった。