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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第24回 肉作『年末の帰省』

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 帰省に義務感が伴い始めたのはいつからだろうか。俺は新幹線の背もたれをさらに深く倒しながら考えた。車内は咳き込む音やくしゃみが連発される音で一杯だ。俺は風邪を貰わぬようにマスクを忘れず、顔を菌から隠すように座席に縮こまっていた。
 大学時代はお盆や年末年始関係なくよく帰省していた。帰れば祖母からお小遣いがもらえ、正月なんかはお年玉が楽しみだった。それに加えて帰省に際する交通費なんかも祖母がくれていた。俺にとって帰省とは稼ぐ行為に他ならず、収支はプラスだった。もちろん、もらった金はあぶく銭であるので、パーッと飲み代に消えることが多かったろうか。もらった金でもって地元の仲間とつるんで飲み歩くのが楽しかった。地方に住む旧友はみんな車を手に入れ、俺を夜な夜なドライブに連れて行ってくれたりもした。金と時間が無限に増えたように感じられ、俺は夜通し遊んでいた。
 しかし、社会人になるとそんな生活はなし崩しにだが一変していった。ちなみに俺は社会人になってもまだ祖母がボケたのか愛情だかわからないがお年玉をくれるので貰っていた。どうしようもない孫だ。
 友の多くは働き出し、早々と結婚し、子供まで設けている。新しい家族の方が優先度は高く、他人との関わりは薄くせざるを得ないのだろう。こうして俺と地元の友人達は疎遠になっていった。
 最近では、俺が帰省し声を掛けても、誰も遊びの誘いに乗らなくなった。みんな大人になったということだ。そうなって久しいが、三十歳を越えた俺のお盆や年末年始の過ごし方には何の変哲もなかった。帰省して家族の相手をする。もはや固定化していて何の面白みもない。年老いた両親と祖母と過ごすことはそれなりにストレスが貯まる。同じ会話が延々と繰り返され、俺は生き地獄を味わう。まだ結婚しない俺に対する小言も年々きつくなっていく。ただ、祖母だけは優しい。依怙贔屓も甚だしく、今だにこっそり、三十を越えた俺にお年玉をくれる。父母にばれると祖母も俺も怒られるのを知っているから、そのやりとりはマフィアが「例のぶつ」を交換するかのように秘密裏になされる。俺も働いているので家族に施しを受ける筋合いはないのだが、祖母の好意を無駄にするのは悪いと思い、俺は「渋々ではあるが」その金の入ったぽち袋を受け取ることにしている。大体、一万円が入っているが、それはその日のうちに無くなることが多い。俺は帰省し、家族サービスを一通り終え、その義務から解放されると、いつも家から逃れるようにバー兼スナックである「モリゾン」に逃げ込む。そこで朝まで、マスターといっしょに飲み明かすのだ。
 
 新幹線内にアナウンスが鳴り、次が俺の目的地である駅であることを告げていた。下車の用意をしつつ、俺はマスターに連絡を入れた。
「マスター、店空いてるか?」
「もちろん。帰ってきたのか?」
「ああ。恒例の帰省でな」
「何時くらいに来る?」
「そうだな、一旦実家に荷物を置いてくるから、七時くらいかな」
「待ってるぜ」

 駅のロータリーに見覚えのある赤い車が止まっていた。父親の車だ。助手席には祖母、後ろには母がいた。一家勢揃いで俺のお出迎えだ。
「お帰り」
「ただいま」
 三人とも俺と話したいことがたくさんあるのか、三人が一度に話しかけてくる。俺は聖人君子的な耳の持ち主ではないから当然、交通整理が必要になった。
「一人づつ話しかけてくれ。じゃあ、年功序列でまずはおばあちゃんから」
「たかし、あんた、ブリは塩焼きと照り焼きどっちがいいね?」
「塩焼きで」
「たかし、あんた、じゃあ黒豆煮たから、もって帰るけ?」
「おばあちゃん、食べ物の話は家で聞くから、おばあちゃんのターンは終わり。はい、次おやじ」
「今年こそ彼女を連れて帰ってくるんじゃなかったんか?」
「見ての通り一人です。はい、次はおふくろ」
「今日も飲みに行くの?」
「おう。家に荷物置いて、仏壇に挨拶して休憩したら、またいつものところで飲んでくる」
「森安くんのお店だっけ?」
「そうそう森安のバー兼スナック。モリゾンね」
「あんた、黒豆持っていくか?」
「おばあちゃん、黒豆はおうちで頂くよ」
「たかし腹減ってないか? お前を待ってる間、駅ナカにできたドーナツ屋で買ったんだ」
 親父は運転中にも関わらずしきりに俺にドーナツを勧めてきた。運転が危なっかしいので俺はそれを文句も言わず一つかじる。甘い味が一瞬にして口を支配した。特に真新しいとも思えない味。俺にとってはすでに経験済みで新鮮さはなかった。このドーナツは数年前に俺の暮らす東京で一世を風靡したものだ。本場アメリカではすでに閑古鳥が鳴いているそうで、東京の各店舗も閉店になるところが多い。地方都市の性かもしれないが、東京から流れ着いたトレンドがこうして遅咲きでやってくる。それを地元の大人はこうも喜ぶのだ。こうしたやりとりが俺の帰省から楽しみと平穏を奪い、いつしか義務へと追いやったのかもしれない。俺は郷愁を求めて帰ってくるというのに、都会は俺を追いかけてくる。流行遅れのドーナツが俺の喉に詰まる。

 車は駅の西口を離れ、県道を北西に進んだ。年末だけあって道は混んでいた。父親はその間をすいすいと抜けていき、ものの十分かそこらで俺は実家に着いた。街の風景はゆっくりだが着実に変わっている。俺も街も全てが年を取っている。生まれ変わってリニューアルなんてのは幻想で、朽ち果てることに例外はない。その証拠に八回目のリニューアルをしたパチンコ屋が廃屋になって、交差点の向こうに見えた。

「何時に出るんだ?」
「七時前にまた駅前に送って」
「はよ帰ってこいよ」
 大体俺はいつも飲み始めると深夜を越えて朝日が顔を出す一歩手前までモリゾンにいる。家にいるよりも楽だし、唯一俺と飲んでくれる同級生のマスターといるときの方が俺は羽を伸ばせた。彼は有り難い存在だ。俺が帰省するのはひょっとするとマスターのためなのかもしれない。

 家の応接間で俺は荷物を整理した。かばんからモリゾンにもっていく土産と家族用とをわけて取り出した。とらやで奮発して買ったようかんを仏壇に供える。祖父は俺が幼稚園の時に亡くなった。ほとんど記憶には残っていないが、周囲の家族の証言からそれはそれは痛く可愛がられていたという。
 俺は手を合わせ、形だけでも仏壇に拝む。
「たかし、あんたはまず、おじいちゃんに挨拶するなんて偉いねえ」
 祖母が後ろにいた。祖母は俺のセットした髪の毛をもろともせず、手の平で撫でてくる。せっかくのヘアスタイルが台無しだ。もちろんそんなことで俺は文句を言わない。
「たかし、はいこれ。帰りのタクシー代にでもしんさい」
 これがあるからである。俺はヘアスタイルが崩れるのをぐっと我慢し、祖母におもねるのだ。実家から市内まで深夜料金がかかってもタクシー代は千五百円もかからない。にもかかわらず祖母は俺に五千円札を握らせた。俺はこれを有難く頂戴する。三十を過ぎた俺は何事にも寛容で、来るものを拒まない。ちなみに、あと数日すれば新年であり、正月だ。その時はお年玉がもらえる。今もらった小遣いとは別なのが、何とも嬉しい限りだった。

「おばあちゃん、とらやの羊羹だから、お供えが済んだら食べてね。おいしいよ」
 俺は猛然と孫アピールをした。もらってばかりでは悪い。愛情もギブアンドテイクだ。祖母は早速羊羹を仏壇から引き上げて台所へ行ってしまった。短期間の供え物は果たしてあの世に届いたのか俺にはわからなかったが、祖母が幸せそうに羊羹を食べる様を想像することは容易かった。
 居間に行き、いちおう父母にも土産があったので俺はそれを手渡した。駅と家との送迎代を考えれば安すぎる親孝行かもしれない。しかし俺の家計はこの師走、火の車だった。祖母にはとらやの羊羹を買ったが、それは例外なのだ。そもそも今月頼みの綱だった冬のボーナスが全社員一律九割カットだったことに加え、マンションの更新料が重なった結果俺は糊口をしのいで暮らしていた。だから父母への土産なぞに金銭をはたく余裕は全くもってないのだった。
「はい土産」
「ありがと。どこで買ったの?」
「品川駅で買ったよ」
「また行き掛けに適当に買ったな」
 ばれているか。さすが父親だと俺は思った。母親は口が悪くないので何も言わなかったが、明らかに落胆している。
「今度は東京で流行っているもの買ってくるからさ」
「期待して待っとく」
 俺は二階に上がって、夜になるまで仮眠をとることにした。下の階にいてもつまらない。
 昔だったらいとこが来てよく俺と遊んでいた。上は俺より五歳年上で俺は姉のように慕っていた。下は俺より五歳年下で俺は弟のようにこきつかっていた。兄弟のいない一人っ子の俺にとって、二人のいとこは兄弟のような存在だった。そんな二人だが、姉の方は去年結婚し、あまりこちらに帰ってくることはなくなった。今年も年始の夜に挨拶にくる程度だという。弟の方は社会人になってから始めたギターが面白いらしく、アマチュアバンドが多数集った年越しライブを開催して楽しんでいるようだった。
 仮眠を取るために潜り込んだ布団の中で思い出を反芻しているといつしか眠くなってきた。昔見慣れた家の天井を眺めていても、何一つ思い出せないのに、目を瞑ればそこには昔の光景がすぐに広がった。

 スマホのバイブの音で目が覚めた。時刻は六時半。俺はこれからモリゾンに向かわなくてはならない。粘着く口をすすいで俺は冷蔵庫の中から飲み物を探した。この家は尋常ではないくらいに乾燥している。年老いた両親や祖母は乾燥になれてしまったのか、この環境でも生きていけるらしい。
「なんだよ、ヤクルトしかねえ」
 何故か冷蔵庫には大量のヤクルトがある。それ以外の飲み物も探せばありそうだったが、迷宮のような冷蔵庫を探すほど俺には時間がなかった。俺は仕方なくヤクルトを選び、父親にそろそろ行こうと促した。
 ちょうどその時祖母も寝室から出てきて、俺を一目見るなり、呼びかけてきた。
「たかし、喉かわいとるんか。ヤクルトで足りるんけ?」
「いや、なんかもっと違うのがあれば」
「おう、あるある。たかしのためにようけ、買っとる」
 祖母は俺にそう言ってから冷蔵庫の奥の方から飲み物を取り出した。それはヤクルトの姉妹品であるジョアだった。
「ああ、ジョアか」
 俺は余りヨーグルト風味のものが好きではない。
「マスカット味でええか?」
「まあマスカット味なら」
 祖母は笑顔で俺にそれを手渡すと、自分、それから父と母の分も取り出してジョアを飲み始めた。彼らは何食わぬ顔でそれを飲み干していく。ジョアに魂を売った怪人三人に見えて仕方がない。
「たかし、東京で美味いもんばっかり食べとったらメタボになるで。この前、テレビで言うとった。乳製品がええで」
 この話は三年前くらいから祖母が言っている。俺は適当に相槌を打ち、父親を急かした。
 マスターに話す家族ネタが増えたと思いながら、俺はコートを着て早く家を出ていきたいと思った。父親はやっと起き上がり車庫に行ってくれた。車を表に出す準備のためだ。
 外は寒かった。祖母も母も寒い中わざわざ外まで出て見送ってくれた。
「はよ帰ってきいよ」
 耳にタコができるほど聞かされたそのセリフがまだ耳に残るうちに車は走り出した。
「すいとるかのう、この道は。実は、近道があるんじゃ」
「近道とかいいから、普通に行ってくれよ今年は」
 たしか去年の年末、父親は近道とか言って農道を通りだし、そこが軽い坂道かつ凍結していて進めず、えらい目に遭ったのを俺は思い出した。
「今年は大丈夫じゃ。ここを曲がってみよう。事前に調べたからの」
 前方には赤色のテールランプの列が見え、渋滞しているようだった。この判断が吉と出るか凶と出るか、俺は軽い興奮を覚えた。こういうイレギュラーがあれば、帰省して家族と過ごすのも悪くないかもしれない。去年も立ち往生はしたものの、今でも記憶に残るくらいスリリングな体験だった。
「やっぱ、すいとる、すいとる。この道にして正解だったな」
 父親がそう言った矢先、車は何かに当たり、俺は車の下に鈍い音を感じた。一瞬、人を轢いたのかと思ったが、後方を見てもそれらしい影は見えない。安堵の空気が車内に広がる。流石の父親も人を轢いたとなると、慌てずにはいられないだろう。念のため、俺達は車から降りて周囲の様子を伺うことにした。
「たかし、わしは人を轢いたかと思ったぞ」
「俺もそう思った。どうやら勘違いみたいだ」
 車に戻ろうとした時、呼び止められてまた後ろを振り返った。電信柱の横に人がいた。厳密には地面に這いつくばった得体の知れない男だった。

 父の車に当たったのはリュックサックであり、その男ではなかった。正確に言うと男が道端に置いたリュックサックが倒れて、車に当たったようだ。呼び止められたので俺は近づいて声を掛けた。
「そんなところでどうしました?」
 男はリュックサックを元の位置に戻そうともせず、地面に四つん這いになったままだ。俺は男が体調でも悪いのかと思ってさらに近寄って声をかけてみた。
「大丈夫ですか?」
 男の顔は見えない。地面に注がれた視線を俺の方へは向けてくれない。
「いっしょに探してくれ」
「何を探してるんです?」
「コンタクトレンズだ」
 日はすでに沈み、街灯もまばらなこの寒空の下、そんな小さな探し物がみつかるとは思えなかった。俺は関わるのをやめて車に戻ろうとしたが、話を聞いていた父親は義憤に駆られたのか、四つん這いになっていっしょに探し出し始めた。こうなると俺も探さざるを得ない。探すふりをしながら適当に時間が経つのを待っていたら、調子に乗って男が俺に指示を飛ばしてくる。
「もうそっちは探したんで、こっちを頼む」
 父親はそいつの軍門に下ったのか、すっかり言いなりになっている。我ながら情けない。
 めんどくさい奴に出会ったことを後悔しながらも、父親の息子である俺自身、人がいいところも何気に受け継いでいるので、文句を垂れつつも捜索を続行した。あまりの寒さに途中から鼻水も垂れてくる。車に戻りたい。いや、早くモリゾンに行って酒を一杯あおりたい。マスターの顔が脳裏を掠める。

 そう言えば男のことを名前すら聞いていなかった。素性が一切知れないのだ。最近は物騒な世の中だ。このまま相手をして大丈夫だろうか。俺は不安になってきた。俺はどういった人物か知るために男の顔を正面から覗くことにした。顔を見れば少しは安心できると思ったのだが、それが大きな間違いだった。俺は驚愕することになる。
「ちょっと、眼鏡してるじゃないですか。コンタクトレンズを探す意味ありますか? 馬鹿にしやがって」
 その男は眼鏡をしていた。もっと始めに気づくべきだった。きっと気の触れた変な奴に違いない。俺は気にせず男に罵声を浴びせた。すると、男の方も負けてはいない。逆ギレである。
「誰も最初から自分のコンタクトレンズとは言っていないだろ。そっちから首を突っ込んできたくせに。邪魔だ邪魔だ。帰った帰った」
 俺は男の言い方にムッとした。親父も流石に探す作業を止めて男の顔をまじまじと見ている。いいぞ、親父、言い返してやれ。
「おい、あんた、ひょっとして、ヒデキくんじゃないかい?」
「親父、知り合いなのか?」
 まさかの展開に俺は二の句が継げなかった。

おわり








コメント(10)

あけましておめでとうございます。
帰省中は意外にやる気がせずまた時間も無いので、うまく書き切ることができませんでした。
主人公、これは肉さんが自身をモデルにしてるのかな。
と思ったり、漱石の「それから」を読んだばかりなので、代助とイメージがだぶったりしました。
洒脱な文章が今回、いつにも増して完成度が高く脱帽です。
「30歳を迎えた男」のリアルが描かれていて、面白かったです!
おばあちゃんとのやりとりがなんともほっこりしました♪

唯一、結末が若干物足りないかなと思いました。
軽妙な語り口で読みやすく、面白かったです。帰省あるあるが上手に表現されてるなぁと感じました。
なんだかうまく言えないんですが、主人公のキャラがリアリティがあるんだかないんだかふわふわしていて(悪い意味ではなく)、そのふわふわしたノリで、「ちょっと眼鏡してるじゃないですか」そして、「ヒデキくんじゃないか」というラスト。
なんだか、すごくシュールな感じがして、そこがツボにはまりました。
起伏が少ないので、男の子が自分の日記を
小説風に書いた、みたいな感じがしました。
肉さんの作品のファンです。

いつも通り、すらすらっと読めるけど、物語の行き先をわくわくさせる書き方ですね!
最後にちょっと拍子抜けしましたが‥‥


実寸大の男性と、ちょっとツンデレな一家のモデルは肉さんのご家族かな?と微笑みながら読ませていただきました。

クリスピー・クリーム・ドーナツが大好きなので、クリスピー・クリーム・ドーナツをモデルにしてもらってとても嬉しかったです。
ラストが好きです。某浦沢直樹漫画を思い出しました!

ヤクルトからのジョアも良いっすね。
いかにも年寄が選びそうなチョイスで面白いです!

岡山ではクリスピードーナツが流行ってるんすね。
そういえば、最近見ない気が。
>>[9]さん
一番有名な新宿店は閉店してしまいましたが、まだ都内に数店舗ありますよ!←通ってる

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