半蔵門かきもの倶楽部コミュの第２３回　ハルト作　『ピエタ』

　アクリル板の仕切りが取り付けられたテーブルを前に座っていると、向こうのドアが開いて、待っていた人が入ってきた。　その人はいつもの様に姿勢を正し、制服を着て前を向いている。　普段と違うのは、顔に血の気がないのと、両手に架せられた手錠だった。
　シスター三谷慧子。　カトリックのある会派に所属する修道女で、私の養母でもある。
　警察官の制服と会派指定の修道服は、どう見ても不釣り合いだった。

　知らせを聞いた時の衝撃は忘れられない。　まさしく天地がひっくり返ったと思った。　時間の感覚すら無くしてしまい、昼も夜もなくただひたすら長い一日が続いている様だった。
　朝、教会へ通いでやってくる雑役の夫婦が聖堂の扉を開けるなり叫び声を上げた。　声を聞きつけた人が集まり、そして見付けた。
　血の海に浮いているかの様に横たわる三人の女性と、修道服とベールを血に染め、座り込んでいるシスターの姿を。
　私は別の教会で朝の祈りの時間を過ごしていたが、電話で呼び出され、取る物も取りあえず駆けつけた。　そこには既にパトカーと救急車が到着し、境界線を張られた教会の敷地内は混乱を極めていた。
　見知った顔を見付けられず、誰とも話が出来ないまま、事情聴取の為に警察車両に乗せられた。　着いた先は一番近い警察署で、その中の応接室の様な場所に通されると、二人の刑事から何が起こったのかを聞いた。
　三人の女性は運び込まれた病院で死亡が確認された。　原因は失血死。　シスターの養女たちであり、私と一緒に育った義理の姉たちだった。
　他殺なのは間違いなく、彼女たちを殺めた容疑者がシスターだという。
　刑事を前にして質問に出来るだけ慎重に答えたが、彼らにとって芳しい結果が得られたとは思えない。
　何故なら、私は何も分からなかったからだ。

「お母さん。　お変わりありませんか」
　私はなるべくいつもの調子で話し掛けた。　彼女はうっすらと笑ったが、私を見ることはなかった。
　刑事の話によると、今はまだ何を聞いても黙秘しているらしい。
「あなたは、変わりありませんか」
　数日ぶりに会った息子を気遣う母親らしい口調は、普段と変わらない丁寧で穏やかなものだった。

　私と姉たちが養子として引き取られたのは、シスターが二十八歳の時だった。　若くして入信し、一つの教会を任されることになったのを機に、養子を迎える決断をした。
　実の親から暴力や育児放棄を受け、施設で生活をしていた私たちは十歳だった。　皆同じ年であったので、誕生日の順に並べると私が一番下の弟だった。

「何か必要なものはありませんか。　次の面会の時に用意します」
　信者の中に弁護士がいて、その人に依頼してすぐに必要なものは届けてもらったはずだが、シスターは一瞬考え込む様に宙を見つめた後、小さな声で言った。
「ノートと、私の万年筆を持ってきてくれますか」
　私は彼女が愛用している藍色の万年筆を思い出した。　私と姉たちとで初めて彼女の誕生日に贈ったものだった。
　それ以上は何も聞けなかった。

　面会終了の時間が来て、シスターが部屋を出て行くのを見送った後、私も部屋の外へ出た。　そこで二人の刑事が待ち構えていた。　最初に事情聴取に当たった刑事たちだった。
「お時間宜しいですか」
　話せることは何もない。　だが、断る訳にも行かなかった。

「何か思い出されたことや、気付いたことはありませんか」
　また応接室の様な場所に通されるのかと思っていたが、今日は署から出た所にある喫茶店へと連れて行かれた。　警察官が出入りするせいか、他に客はいない。　マスターも心得ている様で、何も言わなくても珈琲が三つ用意された。
「いえ、思い当たることは何も」
　出てきた珈琲に手を付ける気にもなれず、私は下を向いて答えた。　ここに来る前にシスターの自室に入ってみたが、警察の家宅捜索が入り、証拠になりそうなものはすべて持ち出された後では、何も見付からなかった。
「凶器がまだ見つかっていません。　鋭利な刃物だということは分かっているのですが」
「はい」
　私は考えが及ばず、相槌を打つことしか出来ない。
　呆然と座り込んでいたシスターが、凶器をどこかに捨てに行ったとは考えにくいが、それが見つからないことには起訴できないという話だった。
　「何かありましたらすぐにご連絡を」と刑事に言い含められ、私はその場から解放された。　刑事たちは愛想笑いの一つもなく、座ったまま私を見送った。

　タクシーを呼び止め乗り込む。　行き先を告げると、運転手は物珍しそうにバックミラーの中の私を見ていた。　神父服が気になるのだろうか。
　教会まで戻ると、出入り口には多くのマスコミ関係者が集まりフラッシュが焚かれる。　私は無視して母屋まで行くと、雑役の香山夫妻と、世話役の数名がおろおろと何かを話し合っていた。
　私が戻ったのに気付くと、彼らは慌ててこちらに近付いてきた。
「神父様、何か詳しいことが分かったんでしょうか」
「何故こんなことに」
「何かの間違いではないですか」
　彼らは一度にそれぞれ思ったことを口にし、私に詰め寄った。　一旦彼らを落ち着かせ、食堂の椅子へ座るように促した。
「今はまだ何もわかっていません。　シスターは黙秘していらっしゃいます」
　そう告げると、彼らはまた籠に入れられた小鳥の様に騒ぎ出した。
「とにかく」
私はそれらの声を遮るように、大きな声で区切りをつける。
「とにかく、今はシスターの為に祈りましょう」
「でも、聖堂の中は…」
　現場となった聖堂の中は保存の為に立ち入り禁止となっている。　黄色いテープが張られ、物々しく警察関係者が出入りし、祈りの場を奪われた彼らは一層落ち着かない様子だ。
「宜しければ、ここから少し遠くなりますが、私の管理する教会へいらしてください。　いつでも人がいるようにしておきます。　どうぞご遠慮なさらず」
　ただ、聖堂の立ち入り禁止が解かれ、現場に残った血痕を綺麗に拭き清めたとしても、彼らにとって安心して神と対話が出来る場所に戻るのかは、今はまだ疑問だった。

　翌朝、起床してすぐに洗面台の前に立つ。　眠れなかったせいか顔色は優れない。　鏡の前に立っているのは本当に自分なのか分からなくなってくる。　いつの間にか鏡の向こうの世界と入れ替わってしまったのではないかと不安になった。
　だが、恨めしそうにこちらを見つめてくる向こうの自分も、まったく幸せそうではなかった。
　その日もシスターの面会へ出向こうと準備をしていた所へ、刑事からの呼び出しがあった。　私はシスターに頼まれたノートと万年筆を持って、前にも利用した喫茶店で彼らを待っていると、やって来た二人の刑事のうち一人は初めて見る顔だった。
　挨拶もそこそこに、二人は手帳を取り出し質問を始めた。
「お母様とお姉様たちの間で、遺産分与の問題が上がっていたのをご存じでしたか」
「…いいえ」
「色々調べさせて頂いたんですがね、長女の方は事業に失敗、次女は男性に入れあげ、三女の方は、まあお気の毒ですが、実の親に強請られていた様です」
　シスターの実家が資産家であったことは知っている。　持て余すほどの遺産の使い道として、不幸のどん底にいた私たちに救いの手を差し伸べた。
　シスターはまだ十分に若かったので、金銭のことは一から十まですべて彼女自身が管理していた。　たまに、聖堂の修繕やミサでの説教、教会に関する行事などについて相談を受ける程度で、私の手助けが必要なことは皆無だった。
　一度だけ、シスターが愚痴の様に零したことがある。
「立派な女性に育てようと、お金は惜しまなかったつもりだったけれど、彼女たちにとっては、返ってそれが悪かったのかも知れませんね」
　いつになく沈んだ面持ちで言ったので「何かあったのですか」と聞いた。　明確に誰とは言わず、ただ「彼女たち」と複数形であったのが気になり聞き返したのだが、シスターはそれには答えずに話を終わりにした。
　正直にそのことを刑事たちに話すと、見慣れた方の刑事がため息を吐いて言った。
「以前から何度も金の無心をしていた様です。　それは、雑役のご夫婦が証言しています」
　そう聞いて、シスターをもっと問い詰めるべきだったと後悔した。　
　聖堂の裏手にある広い母屋には、四人それぞれに個室と、温かい食事とベッド、そして良質の教育と教養が与えられた。　それだけでも十分な施しだというのに、三人が三人とも金の無心をしていたなどと想像もしなかった。
「私は、お金の話はまったく聞いておりませんでした」
「本当にそうですか？」
　鋭い刑事の視線が私に向けられる。　新顔の方だ。　私が何か隠していると疑われているのだろうか。
「私たちは普通の家族とは違います。　実の親子なら遺産の話し合いもするでしょうが、私たちはあくまでも養子です。　一緒に生活をしてたことは間違いありませんが、実情は、他人なのです」
　だから遺産を相続すること自体を、言われるまで思い付きもしなかった。　そう訴えたかったが、刑事たちの解釈は少し違った。
「特にあなたは聖職に就かれていますしね。　ただ、お嬢さんたちは少し違った様ですよ」
　敬虔なカトリック教徒の元で育てられた割には、姉たちの素行が悪かったと言いたいのだろうか。　確かに、高校を卒業後、姉たちは進学せずに上京し、仕事をしていると聞いたが、本当にそうであったかは確かめたことがない。
　私にとって信仰と金は別問題であったが、刑事らは然程それを重視していない様だった。

　私から聞き出すものがないと分かると、刑事は「今日のところはもう結構ですよ」と言って私を店から追い出した。　いつにも増して彼らは横柄だった。
　その足でシスターの面会を申し込み、ノートと万年筆を差し入れとして係りの人に託した。
　面会用の部屋に通されると間もなくシスターも入室してきた。　昨日よりも血の気が引き、一層青白い顔をしている。
「お義母様。　ノートと万年筆をお持ちしましたよ」
「そうですか。　それはありがとう」
　やはり私の顔を見ず、彼女は下を向いたまま少し笑っただけで、何も話そうとはしない。　必要なことは刑事たちから聞かされているのだろうが、今後の自分に何が起こるのか、気になりはしないのか。
　本当は近付いて手を取りたい。　励まして、これは何かの間違いだから、必ず解放されると慰めたい。
「何か出来ることはありませんか」
　何も言わない彼女に、私は必死で訴えかけた。　普通の女性の様に、取り乱して「ここから出して欲しい」と懇願して欲しかったが、冷静な彼女はこんな時でも自分を見失うことはなかった。
「あなたは何も心配せず、しっかりと神にお仕えしてください」
　憔悴していて声も小さいが、そこに弱さはなかった。　組み合わせた指にはロザリオすらないのに、彼女は祈りの言葉を口にした。
　部屋の片側に取り付けられている鏡は、向こうからも覗くことができる仕組みになっているのだろう。　白く反射して映るシスターの姿は、磔刑に処せられたイエスを抱いて嘆く、聖母によく似ていた。

　夕方、私の管理する教会に刑事たちが押し掛けてきた。
　何か新しい展開があったのかと思えば、勾留期間の延長を知らせにきただけだった。　顔馴染みになりつつある刑事は、聖堂や母屋の中を色々と調べ廻り、ついでとばかりに手帳を広げた。
「家宅捜索時にお義母様の日記が見付かっています。　あなた方が養子に迎えられる前から、それは丁寧に綴られていたんですが、ある時を境に事務的な予定だけが書き込まれる様になっています。　何か思い当たることはありませんか」
「それは、いつ頃のことですか」
「二年ほど前からです」
　丁度私がローマの神学校に留学し、司祭の叙階を受けて帰国した時と一致する。　留学期間は二年。　帰国する頃には私が管理する教会が決まっていたので、シスターの教会へは戻らなかった。　もちろん歓待は受けたのだが。
　ローマにいる間、こちらの様子は逐一シスターからの手紙で知らされていたが、特に大きな出来事があったとは記憶していない。
「日記にも吐露出来ない特別な感情を、シスターはお持ちだったのでは」
　刑事たちはそう言って、私の顔を意味ありげに見た。　
　彼らの背面に置いてある食堂の鏡に、黒い大きな翼を持った何かが横切った気がした。

「神父様、大変です。　こんな記事が」
　翌日、シスターの教会に出向くと世話役の一人が週刊誌を取り出し、私に見せた。　見出しに大きく「教会三女性刺殺事件の続報」と書かれ、表紙を開けたすぐの頁に、耐え難いほどの下品な文字が躍っていた。

――カトリック教会の乱れた内情
――名ばかりの養女　巧妙に仕立て上げられた娼婦たち
――妖艶なシスター　男を堕落させるテクニック

「朝から電話が鳴りっ放しで、対応し切れません」
「電話線を抜いてしまいなさい。　真実は天のお父様がよくご存じです」
　私は手にするだけでも悍ましい週刊誌を握り潰し、ゴミ箱へ叩き付けた。　勢いで倒れたゴミ箱が鏡にぶつかり、嫌な音を立てて罅が入った。
　世話役の人々が電話機を乗せた台を動かし、裏にあった電話線をジャックから抜いてしまうと、部屋の中は急に静まり返った。　ほっと息を吐いたのも束の間、今度は私の携帯電話が鳴り出した。
　画面を確認すると警察署の番号からだった。
「何度もすみませんが、またお話を伺いたいので、いつもの喫茶店まで来て頂けませんか」
「何か分かったんでしょうか」
「あの記事のことですよ。　ご覧になったでしょう」
　にやにやと笑う下卑た刑事の顔が目に浮かぶ。　背中を冷たい汗が流れ落ちた。　反論したい気持ちを奥歯を噛んで堪え、今から行きますとだけ答えてから、震える手で通話終了をタップした。
　罅の入った鏡の向こうから、あの不幸せな男が神父服を着てこちらを覗いていた。

　出された珈琲を一口飲むと、耳の奥で不思議な音が鳴った。　いつもの鏡を引っ掻く金属音ではなく、水面に波紋が広がる様な音だった。　目を閉じてその音の正体を掴もうとしたが、だんだん音は小さくなってしまう。　完全に音が消えてしまい、目を開けると見知らぬ男性が立っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
　初めて見る顔だった。　丁寧に名刺が差し出され、その男性が刑事だということが分かる。　いつもの見知った刑事より、階級が上だった。　いよいよ起訴が近いのかと、私は身構えた。
「他の者は手が空いておりませんで、私が参りました。　丁度、東京出張から戻ったところでして」
「東京へ？」
「はい、亡くなったお姉様たちには大変申し訳ないことですが、少し身辺を調べさせて頂きました」
「そうでしたか」
「お姉様たちがお金に困っていたというのは、ご存じでしたか」
「いいえ、今回のことで初めて聞きました」
「お姉様たちとは、どれ位の頻度で連絡を取ったり、直に会ったりしていましたか」
　最後に姉たちに会ったのはいつだったか、記憶が曖昧だった。　成人してから三人揃って教会へ帰ってくることは、多分数えられる程度だった様に思う。
「私が留学する直前に、姉弟四人が集まったのは覚えているのですが」
　刑事は頷くと、東京での調査結果について話し始めた。　ただ前置きとして、かなり衝撃の強い話なので、まずは心して聞いてほしいとのことだった。
「まず、長女の方ですが、お店を経営されていました。　表向きは普通の飲み屋なんですが」
「スナックの様な感じですか」
「いいえ、もっと箱が大きい、所謂ホステスと呼ばれる女性たちが接待をするクラブでした。　場所も一等地で、完全な会員制です。　教会風のレイアウトが珍しく人気だったと聞いています」
　刑事の言葉に気になるところがあった。
「表向きとおっしゃいましたが」
「それが裏では、一部の得意客にのみですが、売春の斡旋をしていたとの情報がありまして、警察の調査が入りました」
「売春って、まさか」
「店が入っていたビルの違う階に、部屋が幾つか設けてありまして、宛らホテルの様になっていました。　そこで女性を買うことが出来た様です。　勿論、すべてのホステスが体を売っていた訳ではなかったようですが、ホステスとしては働かず、体を売るだけの女性はいました」
　聞いているうちに、視界がだんだんと灰色に染まっていくような感覚に陥った。　目に映るすべてが白黒に変わっていく。
「長女の方は教会で育ったという経歴から、売春用の部屋も教会風というか、どこかの修道院を模したと言って、許されない場所で行為をするという、客の背徳感を煽っていたそうです。　マグダラのマリアが娼婦だったことはよくご存じだとは思いますが、それに肖ったとか」
　だんだんと気分が悪くなってくる。　シスターに引き取られてから日課となった朝の祈りの時間に、聞いた言葉は彼女には何も授けなかったのだろうか。
「警察の調査では上手く隠し通したのか、確固たる証拠は見つかりませんでした。　ホテルの部屋があったことは確かですが、酔い潰れた客を解放する場所だと言い逃れた様です」
「それで、姉の仕事が直接母に関係があるのでしょうか」
　殺害された姉たちの身辺を調べるのはもっともだが、遠い街にいたはずの母にどう関連付けるのか。
「二十代半ばで、一等地の大箱に店を出すとなると、相当の資金が必要になるのはご想像に難くないと思いますが」
　私ははっとして刑事の顔を見た。　資金源がシスターであることを暗に示しているのだ。　あの週刊誌の記事が正しかったと。
「お姉様は水商売だと言わずに、お母様に資金援助を求めた可能性も捨てきれません。　次女と三女の方も、同じ店のホステスでした。　しかも、売春の斡旋をしていると密告したのは三女の実父だったということです」
「では、その水商売ということが母に知れる所となって、トラブルが起きたと」
「いえ、それ程単純な話ではない様です。　実は客の中の数人が、店内でお母様を見掛けたと証言しているのです」
　頭の中で金属音がした。　いつもより一際大きな金属音は、最近も一度あったはずだ。
「ただ、発見時の状況から考えて、お母様の近くから凶器が見付からないというのは、少し異常だとは思いませんか」
「私には想像も付きません」
　お願いだ。　鏡を引っ掻かないでくれ。　よく聞こえないんだ。
「では、お母様が誰かを庇っているということは考えられませんか」

　私は頭に血が上り、発熱しているかのような怠い体を引き摺って、シスターの面会へと向かった。　足が地を着く旅に、金属音が鳴り響く。
　向こうのドアから憔悴しきったシスターが入ってくる。　すべてを諦めたような表情は、本物か、演技なのか。　私には分からなかった。
　ただ本物にしろ演技にしろ、あの記事が表に出てしまったことは、彼女の清麗な人生に傷を付け、これ以上ない程の屈辱を与えたのだろう。
　それ程までにして、何故誰かを庇うというのか。
「お母様、もう限界です。　ご自分でもお分かりでしょう。　これ以上はお体に障りますから、正直に話してください」
　シスターは下を向いて首を振った。　
「誰を庇っているのですか。　お願いです。　真実を話してください」
「あなたは、何も知らなくて良いのです」
　頑なに私の言葉を拒むシスターに、自分の声が聞こえなくなる程、私の中の金属音がまた大きくなった。　
「正直に言えばいい！」
　私は音に掻き消されない様、声を荒げた。　向こうにいる立会いの警察官が一瞬怯むのも無視して言い続けた。
「あなたはずっと見ていた。　私が黒い翼を持った三匹の悪魔を葬り去るところを」
　シスターは動揺し、やっと青白い顔を上げて私を見た。
「あれは、間違いなく金と淫欲に塗れ、あなたに群がる悪魔だった」
「いけません、それ以上は」
　唇を震わせ、机に手をついて立ち上がる。　一際大きな金属音が鳴ったのは、シスターが聖堂の中で三匹の悪魔と対峙しているのを見た時だったのだ。
　悪魔はシスターに絡み付き、不気味な舞を踊りながら彼女を責め立てていた。
「シスター、もう安心です。　纏わりつく悪しき存在は、私が始末しました。　聖堂の地下に納められた、銀の短剣を使って。　私がローマで悪魔祓いの方法を習得したのはご存じでしょう」
　アクリル板の仕切りの向こうで、警察官がどこかへ電話を掛け始める。　私はそれも気に留めず、シスターだけに訴えかける。
「シスター、悲しまないでください。　これからは二人だけで、神の道を歩めますよ」
　私の後ろのドアが開き、何人かの警察官がどっと流れ込んでくる。
　けれど、私もシスターも、そちらを見ることもなく、お互いを見詰めたままでいた。

　シスターの目から大粒の涙が零れ落ちる。　
　だが、涙が流れ落ちた先の口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

「やはり、あなただったのですね」

コメント(16)

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[1] mixiユーザー 12月11日 21:14

またギリギリで申し訳ありません。
難産でした...
推敲も甘いので、生暖かい目でお読み頂けたらと。

[3] mixiユーザー 12月11日 22:28

語り手が犯人の場合、その一言一言に神経を使いますよね。
読み返したときに、あ～そうだったのか、と納得させたり、矛盾しないようにしたり
でもうまくいけばかなり面白い読みものになると思います。
もっと時間をかけてじっくり書きたかったでしょうね。

[4] mixiユーザー 12月11日 23:11

短期間に、ここまで構想を組み立てられる発想力がすごいと感じました！登場人物の背景や心情など、しっかり濃いので、もう少しボリュームがあっても充分楽しめそうな内容ですよね。素晴らしいです。

[5] mixiユーザー 12月11日 23:14

>>[2] 感想ありがとうございます。
キリスト教の考え方は好きではないけれど、文化的なところは興味がある
という、完全に私の天邪鬼から生まれた作品です。
キリスト教は、突っ込み所が多い分、題材になりやすいと思います。

[6] mixiユーザー 12月11日 23:17

>>[3] 感想ありがとうございます。
そうですね、もう少し時間と文字数（8000字を超えたくらいなので、もう少し余裕があったのですが）が
あれば、書きこめたかもしれません。
が、大変難産でしたので、へとへとですｗ

[7] mixiユーザー 12月11日 23:40

>>[4] 感想ありがとうございます。
いや～、まだまだですよ・・・　やはり最後が駆け足になってしまい
書き漏れている事がたくさんあります。
今回はなかなか進まずに難航しました。

[8] mixiユーザー 12月12日 14:00

犯罪小説や警察物を読んでいる緊迫感がありました。
複雑そうな主人公の生い立ちも設定として活かされており、読みやすかったです。

[9] mixiユーザー 12月12日 23:41

>>[8] 感想ありがとうございます。
緊迫した様子を感じ取って頂けた様で
嬉しいです。
文字数制限がなかったら…？とも考えましたが
あまり長いと間延びしますよね。

[11] mixiユーザー 12月13日 09:24

>>[006]
お疲れ様でした
一つだけ気になったことがあります。犯人は正気ですか？少し狂ってますか？
わたしにはどっちとも取れる気がしたので
もし決めてらっしゃるようなら教えていただきたいと思いました。

[12] mixiユーザー 12月13日 12:13

>>[10] 感想ありがとうございます。
ボリュームの調整や辻褄合わせなど
とても難しい課題でしたが、お褒めの言葉を頂き
嬉しいかぎりです。
間延びしないような加筆が必要と思いますが
それもまた難しい課題ですね。

[13] mixiユーザー 12月13日 12:16

>>[11] ご質問ありがとうございます。
あとで詳しく解説を書きますので
そちらをお時間がある時にお読み頂けたらと
思います。
宜しくお願い致します。

[14] mixiユーザー 12月13日 12:59

>>[013]
了解しました

[15] mixiユーザー 12月13日 18:01

《解説》お時間のある時に

結末から物語を考えるという初の試みでした。

キリスト教を持ってきたのは、自分的に題材にしやすかったからです。
タイトルの「ピエタ」は、イタリア語で悲しみ、と言う意味ですが、一般的に、磔刑に処せられ亡くなったイエスを、マリアが抱いて嘆き悲しむ姿を模した作品を指します。
また、所々で「鏡」という言葉を登場させていますが、これはキリスト教における「真実」と「偽り」という両義のシンボルです。
鏡の向こうとこちら、どちらが真実で、どちらが偽りなのか、みたいな感じで使おうと思いました。
主人公は、正気であった、として書きました。
自分では悪者を退治しただけ、と思っているので罪の意識はありません。そう言う意味では、他人が見ると狂人なのかも知れません。
作中、事件のことを聞かれても「何もわからない」と答えているのは、妄信的であるがゆえに、信仰と、実際に起きているお金の問題や犯罪を、結び付けて考えられないのですね。
キリスト教には「七つの大罪」など、人を堕落させる原因となるものについての考え方がありますが、子供の頃苦労した分、シスターはそこから出来るだけ遠ざけて主人公を育てたのかも、と仮定しています。
結果、妄信的過ぎちゃう大人が出来上がりましたが。
最後は主人公が犯人だった、という結末にしましたが、涙を流すシスターの口元に歪んだ笑みが浮かんでいたのは、はてさて…？
もっと加筆が必要なのと、ぼんやりした後日談も浮かんではいますので(結末はまだ)、機会があれば…と言った感じですが、とても難産だったので、しばらくはやりたくない、というのが本音です(笑)

[16] mixiユーザー 12月13日 21:46

>>[15]
すっきりしました
教会と殺人、というと映画「真実の行方」を思いだします
奇しくもそれと同じような結末もあるかもしれない
ということですね

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