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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第21回 肉作『ジンギスカン』

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 メロスは激怒した。目の前にいる女が余りにも想像とかけ離れているからだ。腹は三段腹が、打ち寄せるさざ波の如くうねり、二の腕はお中元のハムと見紛うばかりに太かった。顔も写真とは全く違っていた。入り口で見た写真にはつぶらで愁いをたたえた瞳があり、麗しさを演出していたのに実物は全くの期待外れだった。今、メロスの目の前にはおかめのような醜女がいる。こんなはずではなかった。メロスはコンビニのATMで金をおろした時の意気揚々とした気分をもう一度思い出す。これから欲望をぶちまけ、男の頂きに登るという高揚感。しかし、メロスの胸中には虚しさと切なさが去来するばかりで、一旦失った希望を取り戻すことはなかなかできそうにはなかった。
 女を目の前にして、あらゆる期待が雲散霧消していくのがメロスにはわかった。パネル写真とは似ても似つかぬ女のその容姿には、怒りを通り越し、もはや憤りすら感じる。
 ただ、メロスはそんなことも言ってられなかった。大枚をはたいてこの場に来ているのだ。是が非でも元をとらねばならない。実際的な感情がメロスの中に芽生えていた。メロスとはそういう男だった。常に自分の中の羅針盤が損得勘定で揺れ動いている。彼の思考はすぐに切り替わり、いかに女を組み敷くか、それだけに集中しようとしていた。
「ヒトミです。今日はよろしくお願いたします」
「うん、よろしく」
「お客さん、いい体してますね」
「そうだね。でも俺は君と雑談するために来たんじゃないんだ。できれば、そろそろ」
「失礼しました。それではお洋服を脱がしていきますね」
「いいよ、自分でやる」
 時は刻一刻と過ぎ去っていく。メロスが選んだのは五十分コースだった。価格は一万五千円もする。メロスが訪れたすすきののソープランドが東京に比べて安いと言っても、単なる月給取りに過ぎない彼にとっては大金に違いなかった。メロスは少しでも楽しむため無駄な時間を排しようとした。嬢との会話はその最たるものだ。そして嬢のアシストに従って脱いでいては相手のペースにはまると考えそれを拒否したのだ。大体安いソープ、不細工な嬢ほど、行為に及ぶまでの時間を稼ぐ傾向がある。メロスはそう結論づけていた。だから、メロスはどんどん急かしてプレイへと移ろうとしていた。だが、苦界に住まう風俗嬢もまた人間である。愛情の欠片すらない、体目当ての色狂いの男に尽くそうとはしなかった。メロスの態度が露見するやサービスの質を密かに落とそうとするのは必定だった。それは致し方ないことだろう。全ては配慮に欠くメロスが悪い。
「では湯船につかってください」
 メロスは素っ気なく嬢に促されて先に湯船に入った。嬢はシャワーで体を洗っている。彼はその姿を見ながら湯に浸かった自分の化身が反応するのを静かに待った。適度に刺激を与えても一向に起き上がる気配はない。このままでは一万五千円をふいにしてしまう。メロスは焦っていた。
「これで歯を磨いてください」
 続いて嬢はメロスに歯磨きを勧めてきた。嬢も体を洗い終えて歯磨きをしていた。同じ行動をメロスにも求めているのだ。メロスは素直にそれに従った。そう言えばまだキスもしていない。メロスは入念に歯を磨いた。キスならば相手が至近距離の上、顔も体も見なくていい。相手が醜女でデブでも関係ない。だったらキスだけでも楽しんでやろうという魂胆だった。いや、むしろこの時点でのメロスはそれくらいしか希望が持てないでいたのだ。目の前の巨大な女はどう考えてもメロス好みではなかった。メロスは歯痒い気持ちで歯ブラシを噛んだ。そして嬢に勧められるがままにイソジンでうがいをする。それからメロスは嬢に渡されたコップで、消毒液の味のする口をすすいだ。
 いよいよ湯船での対面だった。依然として下半身に変化はなかったが、メロスは少し緊張していた。醜女で寸胴と言っても女は女だ。裸の女を目の前にして平然ではいられない。
「失礼します」
 広めの湯船に女が入ってくる。家の風呂とは異なり長大なそれは、二人を入れてもなお余裕があった。しかし、女の体重がいくらかはわからないが、女が入ってきただけで相当量の湯が流れていった。メロスは流れ出て行くお湯を見て、勿体無いと感じた。それを見た嬢が蛇口をひねると、湯が二人の体を再度満たし始めた。絶え間なく湯を注いでいる蛇口は金色のメッキが剥がれ、この特殊な浴場自体の古さを感じさせた。

 五十分という時間はあっと言う間に過ぎ去るものだ。湯船から出た後、嬢からはマットプレイとベッドプレイの二つの選択を迫られた。迷った挙句、メロスはベッドに直行した。当初は勃たなくて一戦もできないと覚悟していたが、彼女の口に全ての考えや不満をひっくり返された。キスは言うまでもなく、下半身から足先に至るまで、彼女はアリクイのようにメロスを舌で絡め取っていったのだ。そうしているうちにメロスもその気になり、三十分を過ぎた当たりで二人は交わった。 結局メロスは彼女の淫乱な口と肉厚なボディに包まれると自然と下半身にも力が漲り、当初の心配は一蹴されていた。行為を終えたメロスは二発目をせがんだ。しかし、その時点で五十分の大半を使っていたらしく、時間がないため嬢に断られてしまった。
 マットかベッドの二択を迫られた時点で気づくべきだったが、旅先に出ている高揚感からメロスは残り時間がなくなることを全く気にしていなかった。こうして二発目への淡い期待は見事に裏切られ、メロスは渋々ながら帰り支度を始めるしかなかった。メロスがもっと優しく接していればひょっすると二回戦はあったかもしれないが、もはや後の祭りであった。

 嬢が名刺の裏にメッセージを書いていた。メロスは自分で畳んで置いた衣服を手に取り着ているところだった。誰がどう見てもその姿はせわしない。靴下をはき終えてベッドに腰掛けて嬢の反応を待つ。壁にはドリンクフリーと書かれたチラシが貼ってあるが嬢は一度もメロスに飲み物を勧めてはくれなかった。
 その時インターホンが鳴った。受付だろう。メロスの頭の中で戦いの終わりを知らせるゴングが鳴った。時間がきたのだ。メロスはウーロン茶が飲みたかったがそれは言わずに出口へ向かった。一発はできたのだから良しとしたかったがまだ欲望の雲が晴れる様子はなく、心残りがあった。
「はい。わかりました。お客様お帰りです」
 嬢は軽快に電話の応答を済ませた。嬢に連れられ、部屋からソープランドの出口に向かう。カーテンを開けるとメロスの靴がきれいに並べられていた。嬢はそこでメロスにメッセージカードを渡してきた。次回指名料千円オフと書かれている。そして裏には今夜のお礼が書かれていた。メロスはそれを確かに受け取った。二度と来るものかと心の中では思っているがそのカードに書かれたメッセージを読むと心が綻んでいくのを感じた。社交辞令とはいえ気分はいい。嬢の体型や顔には全く満足いってはいないが、そのプレイの内容はまあ良かった。好き者であるメロスを喜ばせるに至ったのだ。
 メロスは靴を履き、嬢がくれたカードをポケットに突っ込んだ。嬢が三つ指をついて見送ってくれるのをメロスは背中に感じながらソープランドを後にした。事を終えた者特有の清々しさと志半ばの者が持つ悔しさを滲ませながら、メロスはすすきのの賑わいに溶けていった。

 友人との待ち合わせは交差点手前のコンビニだった。ソープに入る前にメロスが金をおろした場所だ。また振り出しに戻ってきた。まだ遊び足りないという、充足感とは反対の気持ちがどうしてもせり上がってくる。
 メロスはそんな心地のまま、友人が来るのを待った。
 友人の名前は本谷と言った。彼は北海道に住む、メロスの昔からの知り合いだった。すすきのという夢の大舞台を前にメロスには水先案内人が必要だった。仕事の転勤で札幌に住むことになった本谷はメロスにとって打ってつけの人物だった。かねてからすすきのを堪能したいと思っていたメロスは古い友人が北海道に転勤になったことを聞きつけ、この日が来るのを待ちわびていた。ただ、懸念もあった。それは旅費である。風俗に行ったり、観光したりするのに加え、遠方への旅行となるとどうしても旅費が嵩む。いくら美味いものが食べられ、旅行が味わえると言っても、何万円もかけていてはメロスには嬉しいことは何一つない。だが、そんなメロスに朗報が入った。LCCという格安で北海道に行ける手段があるというのだ。LCC各社が用意するキャンペーンを利用すれば、さらに移動費用を抑えることができる。結果的に彼はそのキャンペーンを見事活用し、家と北海道の往復を一万円程度にしたのだった。かくして本谷という水先案内人、格安航空運賃という二つの武器を手にしたメロスは欲望に欲望を上塗りした、まさに虎に翼の状態だったのだ。
 ところがメロスは結果として目当ての風俗に行き着いたものの、そこには満足のいく相手がいなかった。北の大地に大金を落としただけにすぎないこの結果に当然納得しているはずがなかった。一発いけたから良いというものではない。それは単なる生理現象に過ぎない。メロスは心の奥底から満足を得たいのだった。

「メロス、お待たせ」
「おお、本谷。どうだった?」
「まあ一発は」
「俺も」
「ソープなのにもったいないな」
「俺もヘルスにしておけばよかった」
「話はとりあえず、店で聞こうか」
 空いてそうなのでメロス達はとりあえずコンビニ横のバーに入った。カウンターに座り、店員がおしぼりをすかさず差し入れる。メロスはハイボールをたのんだ。本谷はビールだった。すぐに運ばれてきたグラスを二人は鳴らす。
「乾杯」
 二人はそれぞれが行った風俗店の話を自慢と自虐を交えながら話した。メロスは本谷の話を聞いて少し安心していた。本谷は七千円の店舗型ヘルスに行ったのだが実はメロス以上に地雷嬢に当たっていたのだ。
「二人で地雷を踏むなんて、すすきのの神は俺達を見放したのか」
「こうなったらジンギスカンでも食うか」
「寿司でもいいぞ」
「スープカレーも味噌ラーメンもある」
「こうなったら食い倒れるか」
「まず一軒目だ」
 正確に言うと二人は風俗に行く前に景気付けの一杯として居酒屋に入っていたので二軒目というカウントになるのだろうが、本格的な食事としては一軒目にあたるのでメロスはそう言った。
「肉欲を発散したから肉を摂ろう。よって目的地はジンギスカン」
「了解」
 一杯だけ飲んだバーで会計を済ませて外に出る。メロスは慣れない街のため方向感覚を失いかけたが頭上のネオンの看板を見て、どちらが健全な繁華街かを見極めた。
「あっちだ、メロス」
「ああ、もう向こうに未練はない」
 本谷がメロスを先導してすすきのの街を闊歩していく。歩道には大勢が溢れていた。メロスは行き交う人々を見て思った。この中には自分と同じように本懐を遂げられなかった無念の者達がいるということ。そして、これから戦いに臨もうとしている者もまたいることを。すれ違う何人かから下衆な会話が聞こえた。メロスはそんな会話を聞いて今一度自分もあの場所に戻りたいと思った。あの場所でもう一度戦いたい。
「着いたぞ」
 本谷が示したのは二階にあるジンギスカン屋だった。ビルの外にまでその匂いが漏れている。独特の獣臭が鼻につくが普段口にする焼肉とは違う魅力がその匂いには詰まっていた。
 すぐに入れるかと思っていたが中で何人か待っていた。店内は煙が充満し、店員が忙しそうに行き来していた。メロスは空腹を感じていた。漂う煙りは嗅ぐたびにメロスに肉への思いを募らせた。先客が食べているのを見るとメロスは新たな肉欲に目覚めそうだった。
「お待ちの二名様どうぞ」
 七輪の置かれたテーブルには水二つと割り箸、それから油で汚れたメニューが置かれていた。メロスは本谷が注文してくれるのを待つ。あまりポピュラーではない食べ物であるため先達の言うことを聞くのが肝心だとメロスは考えていた。
「メニューは三つしかないんだけど、一つは売り切れだってさ。だから残りを両方たのんだよ」
「何?」
「上ラム、ラム、マトンの三種類なんだけど、今日はもう上ラムが終わったんだってさ。ちなみに玉ねぎは食べ放題」
「食えりゃ何でもいいや」
 五分ほどして羊の肉で山盛りの皿が運ばれてきた。二人はこの後他の飲食店に行くことを考えて炭水化物は摂らないことにし、本谷が注文したのは肉とビールだけだった。肉だけを喰らい、酒を飲む。タレ漬けされた肉を見て、メロスは口によだれが溜まるのを感じた。早速ジンギスカン独特の鉄鍋に肉を乗せていった。すでに充分に熱せられているのか、肉は鉄鍋の上で踊り、すぐに火が通った。メロスはそれを口に運んだ。白い飯が欲しくなったが、代わりにビールを飲む。ラムは柔らかく女の体を思わせた。マトンの方は臭みがあったがラムよりも濃厚で芳醇な味わいだった。こちらもやはり女を思い出させた。特に後者はメロスが好きな女の味に似ていた。
 すぐに二皿がなくなり、追加の注文を出した。その間に肉の脂で味のついた玉ねぎをメロスは食べた。
「お前、修学旅行はどっち?」
 少し酔いの回った本谷が昔話をメロスに振ってきた。
「俺は東京。本谷は北海道だっけ?」
「そうそう。俺はあの時、札幌に来て、将来ここに住みたいと思ったんだ」
「夢が叶ったわけか。その頃から風俗に行きたかったの?」
「風俗は別に夢じゃない。今日いっしょに風俗に行ったのはメロスが一人だと可哀想だからだぞ」
「でも、お前、いっしょにって言っても俺はソープでお前はヘルスに行ったじゃないか」
「ソープはよく地雷に当たるし、彼女もいるから罪悪感が」
 肉のお代わりがやってきた。メロスは一人三皿ぐらいでもいい気がしていた。
「そう言えばさ、あの頃からじゃないか? お前が皆にメロスって呼ばれるようになったのは」
 本谷はこれ以上風俗の話をするのが嫌だと言わんばかりに昔話をさらに振ってきた。酔っていると人間はすぐに昔話をしたがる。これはメロス達が年を取った証左なのかもしれない。肉がうまく、酒が進む。メロスだって本谷と共有している学生時代の話だけで何時間も話せるだろう。そして、ちょうどメロスというあだ名が話題になっていた。
「修学旅行から帰ってきてからだ。俺が皆にメロスと呼ばれるようになったのは」

 メロスの高校は修学旅行での行き先を二つ選ぶことができた。一つは北海道、もう一つが東京だった。メロスは東京に憧れがあったので東京行きを選んだ。
 地元を出発するのは朝七時で普段の通学時間よりもかなり早い時間だった。当時のメロスは学年でも有名な遅刻魔だった。当然彼はその修学旅行の出発の朝、寝坊した。数分の遅刻ならば軽く怒られるだけで、新幹線そのものは待ってくれるとたかをくくっていた。しかし、そんな期待は見事に裏切られる。一分一秒の正確さを誇る日本の新幹線は定時運行が基本である。一人の高校生を待つわけがなかった。
 駅の集合場所にはすでに高校の一団はいなかった。彼は新幹線の乗り場を目指した。エレベーターを駆けて目に入ってきたのは教師や級友を乗せたであろう新幹線だった。まだ、その速度は緩やかで、動き出したばかりに見えた。彼はホームを全速力で駆け出した。当時のメロスは全国高体連西日本ブロックで入賞を誇る短距離ランナーだった。その加速力は新幹線にも負けない。あっという間にメロスは皆を乗せた車両に追いついた。だがそれも束の間、新幹線は徐々に加速し駅を離れていった。彼はホームに膝をつきながら、喘ぎ、自分の遅刻を悔いた。修学旅行を楽しみにしていたのである。彼は駅員に事情を話した。友人達の後を追いたいという熱意が奇跡的に聞き届けられ、メロスは次の新幹線に乗ることができた。携帯電話が一般に普及している時代だった。彼はすぐに級友を通して担任教師に連絡を入れた。東京駅で待っていると言われ、彼は一安心した。
 その頃、車内ではメロスの話題でもちきりだった。彼の走りっぷりを同じクラスの人間が録画していた。すぐさまその様子はムービーとして友人達の間で共有されていく。東京までは二時間程度かかる。みんなの暇つぶしにはもってこいだった。誰かがふと彼のことをメロスのようだと評価した。こうして二年G組の園田勝はその日からメロスと呼ばれるようになった。修学旅行終了後からそのあだ名は本格的に定着し、彼がインターハイで全国大会に出ることでほぼ不動のものとなった。足の早い彼には打ってつけのあだ名だった。

「もう十三年も前の話か」
「そのくらいになるな、高校時代だし」
 ジンギスカンは六皿目に突入していた。後で寿司屋かラーメン屋という話は消えている。明日もまだ札幌に滞在するのだから、グルメは明日に回してもよかった。二人はライスも注文し、ここで本日の食事を終える気でいた。
「メロスが北海道を選択してたらメロスにはなってなかったのかな」
「飛行機に乗るのにも遅刻はしただろうけど、流石に走ったりできないもんな、保安検査場を通過できないし」
「人生って一度の選択で色々変わってしまうってことなのかな」
「たいした結果じゃないけどな。俺なんて。あだ名がメロスになっただけだし」
「俺はあの時北海道の大地を見てなきゃ、この転勤も承諾してないだろうな。そもそも札幌勤務があるかどうかを入社時に確認して入ったようなもんだし」
「なんでそんなに北海道が良かったんだ? 修学旅行生なのに風俗にでも行ったか?」
「そんなわけないだろ。高校生だぞ」
 そう言った本谷はトイレに行くと言って席を立った。残されたメロスは鉄鍋にこびりついている玉ねぎの残骸をこすり取っては食べていた。店は二階にあったので窓の外からはすすきのの街が見える。夜が深まるにつれ先ほどよりも人が集まっている気がする。メロスはポケットにしまってあったメッセージカードを取り出してもう一度読んでみる。
「来てくれて、ありがとね。ヒトミもすっごく気持ち良かったからまたすすきのに来てね。またたくさん色々舐めてあげる」
 少し酔いの回ったメロスはこれを読んで風俗嬢のことを思い出していた。ブスとは思いつつ、彼女がしてくれたことを下半身は覚えていて、またにわかに充血していくのを感じる。これは食べた肉のせいなのか、はたまた酔ったせいなのかはわからない。本谷は戻ってくる気配がない。メロスは視線をまた外の繁華街に向けた。横断歩道をみやると女が先頭で携帯を触っているのが見えた。信号が青に変わり女がビルに近づいている。メロスは目を凝らした。見覚えがある。あの女は先程までメロスの相手をしていたヒトミという風俗嬢に違いない。
 そこにちょうど本谷が戻ってきた。
「本谷、面白いぞ。あそこ見てみろ」
「どれ」
「あのデカい女だ。ブスだろ」
「目悪いから、遠くてわからん。あ、あの女か。このビルに入ったぞ」
「実はな、あの女さっき話した地雷女だ」
「まじかよ。勤務終わりなのかな。このビルに入ったってことは、ジンギスカンに来る可能性があるぞ。この店、すすきのの水商売人達が夜はよく使うって評判だ」
「気まずいな。タイミングもいいし出るか」
 本谷が伝票をもって席を立った。レジは混んでいてすぐに二人の順番は来そうになかった。そこに新規の来店客が来た。事もあろうにそれは風俗嬢のヒトミだった。彼女は一人でジンギスカンを食べにやってきていた。服装はワンピース姿で大きめの革のバッグを肩にかけていた。メロスは彼女を見たが彼女の方はメロスに気づいていなかった。メロスは本谷の影に隠れようと一歩引いた。その時、本谷が前に出て突如彼女に声を掛けた。
「あの、覚えていませんか? 十三年前、札幌で」
 突然の問いかけにメロスも風俗嬢も驚いている。会計の順番が回ってきた。本谷はメロスに伝票を渡し、嬢と何か話している。しょうがなくメロスは押し付けられた伝票を店員に渡し会計をする。割り勘にするために頭の中で額を割って二人分を計算してみるが、うまく割り切れない。
「おい、メロス」
「な、なんだよ」
「この人ともう一軒行こう」
「え、帰らないの」
「頼む、付き合ってくれ」
 本谷の目は真剣だった。女の方も承諾しているようですでに店の外に出てしまった。
「いいのか、俺、さっき彼女に色々やってもらった間柄なんだけど」
「とりあえずその話はなかったことにしとこう。マナーだ」
 ビルの外に出て三人で大通りの方に歩いて行く。誰も話し出さない。メロスは気まずくなって声を発した。
「どの店に入りますか? ジンギスカン食べたかったんじゃ?」
 意図せずして女への問いかけのようになってしまった。
「大丈夫です。あそこの割引券使い切りたくて入っただけだったんで。この辺に海鮮のおいしい居酒屋があるんでそこに行きましょうか」
 メロスは二人の関係やこうなってしまった経緯を聞いてしまいたかったが、そこで話は終わってしまった。嬢がスマホを触りだし店をナビで探し出したからだ。そうなってしまってはメロスも手持ち無沙汰になるのでニュースサイトでも見ようとスマホを出す。
「あれ、おかしいな」
 本谷が何か言っている。しきりにポケットの中を探っているようだった。
「どうした?」
「携帯がない。あー多分あれだ、ジンギスカン屋のトイレに置きっ放しだ」
「馬鹿かよお前は」
「どうしますか? 店、ここなんですけど」
 嬢が店の入り口を指差している。メロス達は次の店の前まですでに来ていた。嬢を一人残して本谷と取りに戻るのは、彼女に悪い。かと言って本谷が一人で取りに戻り、メロスが残されるのも嫌だ。彼女と二人きりなどご免だった。そうなるとメロスが取り得る選択肢は一つしかない。
「俺が取ってくるから、先に飲んでてくれ。まっすぐ走ればいいんだよな?」
 メロスはすでに走り出していた。心地良い夜の大気の中をこのスピードで走っていれば、腹ごなしにもなるだろう。メロスはそんなことを考えながら、友の携帯電話を取りに戻るために、すすきのの街を全速力で駆けていった。

終わり

コメント(15)

メロスというあだ名の男が主人公です。
メロスは冒頭、風俗店でパネルマジックに激昂しています。
本谷とヒトミさんの関係が気になります
なんでタイトルが「ジンギスカン」なんですか?
>>[2]
昨日のランチでジンギスカンを食べたもので、思いつきで付けました。
サラサラっと読めちゃいました。
肉さん、まさかの風俗モノとは!!!(◎_◎;)(笑)

なかなか面白かったです♪
友と風俗嬢の関係と今後の展開が気になるところですが、
「メロス」はある意味「エロス」だなぁとも思いました☆彡(笑)
二行目くらいで、これは!?と思ってしまいましたが、まさかの風俗ものでしたね!
溢れるお湯がもったいないとか、でも二戦目をせがむとか、色々ツボにハマって電車で読んだことを後悔してます(笑)

メロスが走った理由が、風俗の予約時間とかでなくて良かったです。

次は、飛田新地編とかですかね。
メロスさんが、プレイ中、元を取ることに意識を巡らせすぎていたり、人のこと指差してブスだろとか言っちゃう辺りが、
ソープ嬢を売り物くらいにしか見ていないんだなと言う感じが伝わり、メロスさんの小物感を上手く表現できていると思いました。
容姿は正直思うことはありますけど、多分本人が一番気にしてる事だし、させていただいてる男の側は、最低限の敬意を払うべきですよね。
※メロスさんに対する感想です。
気まずい雰囲気の中、自分でもそう言う選択(本谷の携帯を自分が取りに行く)をするだろうな、と共感しました。

「もっと優しく接していれば…二回戦も!」と思う所は、悲しい男性の性ですね(笑)
肉さんの作品は、いつもリアリティがあって、世界にぐいぐい引き込まれます!今回も、風俗ものということで、興味深く読めました。私もみなさんと同じで、本谷と風俗嬢の関係が気になるところです。また、やはりメロスは友のために走るというラストが秀逸だと感じました。

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