半蔵門かきもの倶楽部コミュの第20回　かとう作「不在、あるいは神の不在」

　僕は海からやってきた。それも、夕暮れの海から。今水平線に沈もうとしている夕陽を海岸に座って見つめながら、僕は考えた。初夏の淡い水色の空が橙に侵食され、その中で太陽は長い光線を出して僕の目を刺す。涙が出た。
「だけど、そういうのって厨二病っぽいよ」
　隣で寝そべってスマートフォンをいじりながら僕に付き合う、同級生の中村は、吐き捨てるように言った。ネットスラングについて僕は中村よりは疎いが、多分僕の思い込みがセンチメンタルに響くのが嫌で、だからクラスの中でも中村にしか言わないのだった。「僕は夕陽に染まる海からやってきたのだ」17歳を迎えてさらにムクムクと膨らんできた僕の信仰を、父さんにさえも。いや、父さんにだけは言わないつもりだ。
「大体信仰ってなんだよ。そういうのは信仰っていうのか？　それともお前はそういう宗教にでも入ってるのか？」
　中村は手厳しい、毒舌だ。僕は一瞬どう答えていいかわからなくなるから、少し考える。そして言う。
「宗教ではないよ。でも信仰っていうのは、僕が強く信じていきたいことであって、そして人生の中心にあるべきもののことを言うんじゃないかな」
「海はお前の人生の中心にあるべきものなのか？　お前そんなに海好きだったっけ？」
「海はそんなに好きじゃないよ、泳げないし。海風がベタベタするから、むしろ嫌いだな」
「じゃあなんで”海から生まれた”なんだよ」
「違う、”生まれた”んじゃなくて”やってきた”なんだよ」
「ますますわかんねぇよ」
　中村は呆れ顔で、スマートフォンを脇に置いた。僕がカッコつけて言っているだけだと思っているみたいだ。事実僕はただ、カッコつけているだけなのかもしれない。だけど、切実な高校二年生の僕は、何か心の支えが欲しくて信仰について意識し始めたのだった。その決心を誰かに伝えたかった。だから、中村にだけ告げたのだった。
「中村には、信仰はないの？」
「ないね、俺は無神論者だ」
「そうだろうと思った」
　中村は立ち上がりズボンの砂を払いながら、「もう暗くなるから帰ろうぜ」と言った。
「俺は宗教の話題が嫌いなんだ。おばさんがSに入ってるから、俺たち家族も勧誘されて迷惑してるんだよ。それ以来無宗教さ。荒井もあんまり宗教にのめり込むなよ」
　宗教の話じゃなかったんだけどな、と思いながらも僕は頷いた。海岸を歩く間、僕は中村の頭や背中の砂を払ってやった。

「だけどさ、そうやって何かを強く信じる必要なんて、ないんじゃないの？」
　宗教の話題が嫌いと言いながら、中村はそう切り出した。だんだんと夜に飲まれていく夕闇の街の中走る、バスの窓に流れる風景を眺めながら。中村はまつ毛が長い。男の僕が言うのも気持ちが悪いが、性格の割に繊細でいい横顔をしている。と僕は思っている。
「この世は不確かなことだらけだぜ。お前その歳で変に考え固めるの、なんか不自然だと思うよ」
　中村からの質問は、僕を少し困惑させた。ただ中村に、僕が（夕暮れの海への）信仰を持ち始めたということを宣言したいだけであって、それ以上突っ込まれたらどう答えるべきか、想定していなかったのだ。
　僕はまた考える。そして変にごまかすのはやめて、正直に答えることにする。
「僕は信じないと心が折れそうだな、と思ったんだよ」
「お前危ないんじゃねぇの？　悩みでもあるの？　叔母さんも心が弱いから教祖様にすがりついてるんだよ。宗教は人の心の隙間をつくからな」
「別にカルトに入信したわけじゃないから、心配しないでくれよ」
　中村は「そうか」とだけ言って目を閉じた。口は悪いが、彼はいいやつなのだ。

　だけど僕は、中村がすべて知っているんじゃないか、と思うときもある。でもわからない。僕さえ最近まで知らなかったことがある。それを僕が知ってしまったということを父さんは知らない。ややこしい話だ。
　バス停から海沿いを歩いて五分のところに、僕たちの家はある。中村と僕は向かいの家に住んでいで、幼なじみなのだ。小学校も中学校も一緒に通って、高校まで一緒だから腐れ縁だ。
「お前んち今日父さん遅いの？」
「うん、最近忙しいから。会社も遠いしね」
　父さんはこの海沿いの街から、往復四時間をかけて都内の会社まで通っている。
「じゃあうちで飯食えば？　俺そっちに泊まってやろうか」
　随分な上から目線だけれど、中村なりの優しさだった。父子家庭の僕の家を、中村や中村のお母さんは随分と気にかけてくれる。だけど、僕ももう子供じゃない。
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
　夕陽が沈むと、街はあっという間に夜に飲まれていってしまう。あたりは暗く、水平線の向こうにほんの少し夕暮れの余韻を残すだけだった。僕は本当は一人で家に帰りたくない。一日の中で一番苦手な時間帯だ。それをわかって中村も夕食に誘ってくれたのだ。
　だけど、僕ももう大人だ。新しい信仰を胸に、強く生きていかないといけないのだ。

　家に着いたらまず、電気ポットの湯を沸かす。そして庭に出て、洗濯物をできるだけ抱えてソファに投げる。父さんが「シャツがしわになるだろ」というからそれだけは選り分けてクローゼットに入れる。僕は高校二年生の男にしては、こういう家事はできる方なんじゃないか？　と思う。ワイシャツにアイロンだって自分でかけられる。きっと自立しても、うまくやっていけるはずだ、大丈夫。
　ポットの湯が沸いたら大きなパスタ鍋に注いで火にかける。今日は面倒臭いからペペロンチーノでいいや。父さんも適当に食べてくるだろう。中村のお母さんがたまに差し入れてくれる野菜から、今日はキャベツを選ぶ。キャベツの中には青虫がいて、葉を食べた後があった。まだ元気そうな青虫をティッシュにそっと包んで、窓を開けて庭に放してやる。面倒臭いけれど、僕は小さな生き物にはなるべく優しくするようにしていた。父さんの教えでもあったし、それも最近僕が改めて信念に付け加えたことだ。そうだ、中村のお母さんにもたまにはお返しをしないと。男しかいない家庭だから、そういう細やかなことは気をつけたい。
　だけど、もし僕に妹か弟がいたら？　と考える。ニンニクを刻む手が止まる。やめよう、そういう考え事をするのは、もう。

　父さんの帰りは二十二時を過ぎた。これでも早い方だと言うんだから、僕はなんだかくたびれた顔をしている父さんを見ていたたまれない気分になる。だから僕は、玄関で靴を脱ぐ父さんの背中を眺めながら提案した。
「ねえ、都内に引っ越したら？」
「うーん、でもお前の高校があるからなぁ」
「何言ってんだよ、僕東京の大学受けるんだよ」
「でも、受かるとも限らないだろ」
　父さんは悪戯な笑みを浮かべて言う。
「嫌なこと言うなよ、来年受験生なのに」
「そうだ、お前はお前のことだけ心配してろ」
　父さんは僕の頭をポンポンと叩いて、階段を上っていった。引越しについて何回か提案しているが、父さんは適当にはぐらかす。
　半年前、16歳の僕にとっては、何もかもが疑わしかった。なぜ父さんは僕に何も言わないのか？　頑なに引っ越しをしようとしないのか？　なぜこの地を選んで住んでいるのか？　中村も中村のお母さんも、本当は知っていて僕に優しいんじゃないか？
　そしてその疑問符すべてに怒りを込めた。父さんとも一時期口もきかない時期があった。僕を全く責めずにしょんぼりした父さんの顔を思い出すと、今でも胸が痛む。
　だけど僕はもう17歳だ。思春期を引きずったただの子供じゃないのだ。大人になる準備をしないといけないのだ。だから僕は、もう疑問を捨てた。僕が何も言わなければ、すべてはそのまま続いていくのだから。そのためなのだ。僕は夕暮れの海からやってきた。その信仰を刻みつけて、僕は大人になる。なれるはずだ。

「お前最近顔色が悪いな」
　ある日の朝、父さんが、向かいの席でトーストを齧りながら言った。
「受験勉強、無理しすぎなんじゃないか？」
　僕は意外だった。17歳になったあの日から、僕の身体には気力がみなぎっている感じがする。僕は何でもない風に答える。
「今無理しないでいつするんだよ」
　父さんは新聞越しに疑わしい顔つきになる。そしていつも同じことを言う。
「別に無理して東京の大学目指さなくていいんだぞ」
　何を言ってるんだろう、と思う。都内まで二時間かかるとは言え、ここだって一応関東なのだ。県内でそれなりの大学を探す方が難しい。それで僕はつい、訊いてしまう。
「なぜ父さんはそんなに、僕を東京に行かせたくないの？　何か理由があるの？」
　その途端に父さんの顔が曇る。そしていつものように、新聞に目を落として「そんなことないよ」とつぶやく。父さんは嘘が下手だ。そして僕は自分の失敗を後悔する。そんなことを訊くべきじゃなかった。
　僕はこれから自分をもっと、コントロールできるようにならないといけない。そんなことを考えていると、父さんが不意に訊いた。
「お前、何か悩み事でもあるのか？」
「ないよ、悩み事なんて」
　そうだ、僕には悩み事なんてない。僕は夕暮れの海からやってきたのだから。

　玄関のドアを開けると、ちょうど中村が向かいで門を開いたところだった。朝の中村は大抵顔がむくんでいる。極端に朝に弱くて午前中はずっと頭がぼうっとしているらしい。母親譲りの低血圧だからだ、と言っていた。
「おう」
　寝癖の頭も直さずに、眩しそうに僕を見て言った。僕らはいつものようにバス停まで連れ立って歩く。
「お前、顔色悪いけど、大丈夫？」
　中村まで父さんと同じことを言う。
「大丈夫だよ」
「体調悪いんじゃねぇの？　昨日ちゃんと寝たか？」
「大丈夫だって。過保護だなぁ」
　中村はたまに母さんみたいな口をきく。だけど、僕に実際母親がいたことはないから、本当のところはよくわからない。
「お前最近変だぞ」
「そうかな」
「ほら、その無理して”健気に明るく頑張ってます”感がワザとらしいんだ。そういうの不自然だからやめろよ」
　彼が口が悪いのはいつも通りだが、なぜだかその朝はカチンときてしまった。僕は押し黙る。僕が本当に気を悪くしたのを察知して、中村も何も言わなくなった。そのままバスに乗るまで二人とも黙っていたが、
「お前どうしちゃったんだよ」
　朝の混んだバスの中で、中村がつり革につかまりながら空いた手で僕の肩に手を置いてそう言った時、僕はまた失敗を繰り返した。
「うるせぇな、放っておいてくれよ」
　中村の手を振りほどく。普段怒りをぶちまけることに慣れていない僕は、声の音量が調節できなくて、思いの外大きな声が出てしまった。中村のぎょっとした顔越しに、車内の乗客が僕を見るのがわかった。耳まで顔が熱くなってきて、うつむく。失敗だ、二回目の失敗だ。失敗だ、失敗だ、失敗だ。僕はどうして自分をコントロールできないんだろう。もうそろそろ18歳になるというのに。
　中村の顔をまともに見れなかったが、中村がどうしたものか考えているのがわかる。僕に同情を寄せているのかもしれない。気遣う雰囲気が伝わってくる。僕はやっとのことで口を開いた。
「ごめん、ちょっと疲れてるだけだ。気にしないでくれ」
　と、僕は言ったつもりだった。それなのに、中村は少し困惑した顔で言った。
「え？　なにが？」
　なにが？　と聞きたいのは僕の方だった。あれ、だけどおかしいな、そう思った途端に僕の目に入るのは中村の顔、その奥でつり革につかまる人たち、優先席に座る老婆、運転席の後ろの少し高い席にいる、同じクラスの女子、そして窓の外に広がる海……。いろいろなものが目に入ってきて、ああ、そうだ、僕はまた間違ったのだ、確かに僕は今、
「中村、もしかして知ってるんじゃないのか？　あのこと」
　と言ったのだった。逆回転して混乱する時間に、僕は頭がクラクラしてくる。中村はただならぬ僕の様子に、追及を緩めなかった。
「あのことって、なんのことだよ？　俺が何を知ってるって？」
　あのこと、父さんが僕に隠していた。きっと父さんだけじゃなく、中村も、中村のお母さんも、中村のお父さんも。たまに来てくれる僕の叔母さんも、担任の先生も、みんな知っているんだ。だからみんな、僕に変に優しいんだ。僕には所在がない。その優しさにどう応えたらいいのかわからない。不完全な存在だからだ。だから、自分で補っていかないと、大人になれないんだ。僕は夕暮れの海からやってきた。それで、大丈夫だったはずじゃないか、大人になれるはずなんだ。それなのに、それなのに。
　中村の僕を見つめる目だけで、心がぐらぐら揺れる。僕は自分をコントロールできていない。
「おいお前、何泣いてんだよ、どうしちゃったんだよ一体」
　中村が今まで見たことないくらいに困っている顔を、僕はぼんやりと、「ちょっと面白いな」と考えながら見ていた。それだけが、僕の意識を辛うじてつないでいた。

　僕はその日、初めて無断欠席をした。今まで体調を崩して学校を休んだことはあったけれど、父さんに言うか、ちゃんと自分で学校に電話した。だから何も言わずにふらりとバスを降りてしまったのは初めてだ。隣では中村が、ふてくされたように見える顔で、スマートフォンの画面を注視していた。また、あの日の海岸で。海沿いを走るバスだから、大体どこで降りても行き着くのは海だ。
　僕はスマートフォンを持っていない。父さんが持たせてくれないからだ。やっぱり父さんは僕にどうしても知られたくないことがあるのだろう。だけど僕は知ってしまった。そして中村も今、その秘密を知りつつある。
「これ、ほんとにお前のことなのか？」
　スマートフォンから顔を上げて、疑わしげな顔で中村は僕を見た。その画面には、十数年前に起きたある事件の記述について書かれているはずだ。だけど、この様子だときっと知らなかったのだ。それで僕は、中村の質問には答えず逆に問い返した。
「中村のお母さんは、僕のこと何も言ってなかったか？」
「お前のことって……何が？」
「なんか、不憫な子だから優しくしてあげなさいよ、とか」
「言ってねぇよ。自意識過剰だよな、お前って」
　中村は何を知ってもいつもの中村だった。少しほっとして、僕は中村にスマートフォンを見せてくれるように頼んだ。
「僕の父さん、スマホも持たせてくれないし、ネットも見せてくれないんだよね」
「やっぱ知られたくなかったんだろうな」
　僕はスマートフォンの画面の、僕についての記述を読んでみる。
「お前、それいつ知ったんだ？」
「高一の時」
「なんでわかったんだよ、今更」
「知らないおばあちゃんがね、僕の家を訪ねてきたんだ」
　土曜日だったが、その日父さんは休日出勤で、家には僕しかいなかった。その見知らぬ老婆は、父さんの不在まで知っていて訪ねてきたのだろうか？　あの日差しの強い夏の日、レースの日傘をさしてやってきた彼女を思い出して、僕は少し鳥肌が立った。
「そのおばあちゃんがね、僕の幸せを懸命に祈ってくれたんだ。”あんなことがあっても、どうか元気で幸多い人生を送ってください。自分を責めないでください”って」
「なんだそれ、気持ち悪」
　老婆が何者なのか、今となってもわからない。父さんに聞いてみたら知っていたのだろうか？　だけど、あの人は確実に僕の親戚や父さんの知り合いなんかではなかったと思う。それならなぜ僕の自宅を知っていたのかが謎だが、それでもあの人は僕や父さんと関わりのある人なんかじゃない。根拠はないが、それだけはわかった。
　僕の出自について唐突に知ることになったあの日、老婆はほんの十分で立ち去った。だけど僕は、その日一日まともに動くことができなかった。
「お前んちの父ちゃんは、お前が知ってるって知ってるの？」
「知らないよ」
　中村は少し驚いた顔をした。
「だって、父さんが必死で隠してるのに、言えないよ。というか父さんにどう接したらいいのかわからなくて、とりあえず自分の中で消化するしかないって思ったのさ」
「だからお前、一時期”自分は海から生まれたんだ”なんて騒いでたの？」
　僕が騒いだ覚えはない。中村は本当に失礼な奴だな、と思うと自然と笑えてくる。僕は曖昧に頷く。そのまましばらく、中村は海を見て何か考え込んでいた。
　穏やかな秋の海で、海岸には僕たちと犬を散歩するおばさん、そして小さな女の子を連れた母親くらいしかいなかった。サーファー達が来ない波を待ちわびて、時折悪あがきのようにテイクオフしていた。
「ごめん、俺お前になんて言ったらいいかわかんねぇよ」
　中村は僕の肩を抱きながら言った。僕も特別、言いたいこともなかった。
「事件のことも知らなかったしさ。でも……」
　中村が珍しく言葉を選ぶのがわかる。それが、慰めの言葉だったらなんだか嫌だな、と思いながら僕は言葉を待つ。
「いいんじゃないか、お前は海から来たんだよ。だってお前は覚えてないことなんだろ？」
「うん、記憶はないな」
「じゃあいいじゃん。ていうか、知るかって話だよな」
　中村のその言い草に、僕は吹き出さずにはいられなかった。

　中村の問いに「覚えていない」とは言ったが、それは嘘だ。老婆がうちを訪ねてきたあれ以来、たまに夢に見ることがあるからだ。胎児の頃の記憶は成長とともに消えていくと言われている。それでも僕は、あの時のことが記憶に残っているのだと、認識している。それでもその記憶も、僕の頭の中で勝手に作られたものだったのだろうか？
　いや、僕は確かに、あの日の夕陽を見た気がしたのだった。それは、その後に調べた当時のニュースとも矛盾していなかった。

　十七年前、僕は生まれた瞬間に、夕陽を見た。病室ではなく、当時父と母が暮らす社宅で誕生したからだ。西に傾く太陽を背景に、男の顔が逆光で黒く染まっていた。そう感じるのは、きっと僕が後から記憶を補ったのだろう。生まれたての赤ん坊が人の顔を認識していたとは思えない。ただ記憶の中に、母は一切登場しなかった。
　僕が生まれたその瞬間、すでに母は命を絶っていた。僕の母は、僕の誕生を待っていただろう臨月のその日、自宅に訪ねてきた何者かに殺害された。そして犯人は何を思ったか、僕の母を殺した後にお腹を割いて、僕を取り出しへその緒を切って、タオルに包んだのちそのまま立ち去った。
　犯人が僕の母の腹にナイフを刺した瞬間、羊水が床にこぼれだし、それを夕暮れが染めた。僕はいきなり母の海の中から、親の仇によって無理矢理に誕生したのだ。
　僕は今でも考える。なぜ犯人は僕を生かしたのだろう？　母を殺しておきながら、その胎児の僕を、なぜ殺さなかったのだろう。ナイフをあと数センチ腹にめり込ませれば、僕は簡単に死んだはずだ。だけどきっと犯人は、皮膚から数ミリの深さで、慎重に、僕を殺さないように、ナイフで裂いたのだった。そして犯人は未だに捕まっていない。
　なぜ僕は生きているんだろう。なぜ僕は生かされているんだろう。母は死んでしまったというのに。なぜなんだろう。僕はどこから来て、どこへ行くんだろう。
　考え込んで辛くなることはあるけれど、僕は父さんとの静かな生活を守りたい。僕は過去と決別することにした。
　僕は、夕陽に染まる海からやってきた。

コメント(11)

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[1] mixiユーザー 08月25日 13:59

タイトルをつけてみました。でもまた変わるかもしれません。たぶん続きます。

[2] mixiユーザー 09月08日 20:26

すっと引き込まれてしまいました。

とても恐ろしい「事件」でありながら、どこか落ち着いた世界観に、なんとも不思議な気持ちになりました。

続くとのことなので、この「事件」が解き明かされるのか、それとも「事件」は放置されて、「日常」が淡々と進むのか、大変気になります。

「夕日・海・胎児」という三題噺が、このような物語になるとは、本当に面白いですね！

かとうさんの幅広い企画力と筆力に脱帽です。

[3] mixiユーザー 09月08日 23:27

>>[2]
ご感想ありがとうございます！静かな雰囲気をイメージしながら書いたので、伝わってよかったです。

この作品の中で事件の解明はしない予定です。とは言ってもまだ展開を考えていないのですが。何かしら完結できればいいなと思っております。

[5] mixiユーザー 09月11日 20:44

読みました。
高校生の苦悩が表れていたように感じました。
最後の事件の描写はあまり残酷に深く書かれてないので、このくらいで読みやすかったです。

[6] mixiユーザー 09月11日 23:03

読んでいて、ゾクゾクしました。
面白かったです。
猟奇的犯罪の陰に隠れた、被害者の心情がよく描かれていると思いました。
夕方の海のものがなしさも、伝わってきました。

[7] mixiユーザー 09月12日 12:40

>>[4]
ご感想ありがとうございます！表情や心情など、ちゃんと伝わったようで安心いたしました。また、海辺の風景も映像ととして浮かび上がったとのこと、嬉しく思います。
具体的に挙げていただいた箇所、細かいところまで気づいていただけて、執筆した甲斐があります！劇的に？なりがちなものだからこそ、小さな描写を入れてみよう、と工夫してみました。

自分の過去のことに関しては……やはりものすごく悩んでしまうものだと思うんですよね。特に何らかの事件に巻き込まれた方なら。みなさんの認知度がどれくらいなのかわかりませんが、これは実際の事件をモチーフにした作品です。
まだ被害者が存命なのに、小説のネタにするのは不謹慎なのでは？という気持ちもありました。それでも被害者の方の心情を思わずにはいられず……こんな作品になりました。

[8] mixiユーザー 09月12日 12:43

>>[5]
読んでいただき、ありがとうございます。まさしく、高校生の苦悩が伝わったならば、とても嬉しく思います。若い人ってどんな風に悩むんだろう？と思いつつ書いたので……
最後の事件の描写は、あくまでも主人公の想像の範疇？なので、こんな書き方になりました。

[9] mixiユーザー 09月12日 12:45

>>[6]
ありがとうございます！面白かったとの言葉、大変嬉しく思います。励みになります。
海の物悲しさが伝わってよかったです。上記にも書きましたが、この作品は実際の事件をモチーフにして書いたものです。事件をネタにするのは少し憚られるものですが、でもやはり、「被害者ってどんなこと感じてるんだろう」と思わずにはいられないですね。まさしく、それをテーマにした作品だったので、伝わってとても安心しました。

[10] mixiユーザー 09月12日 19:15

面白かったです！
最初、宗教の話かと思ったのですが、早い段階で違うと分かり、何らかの形で母親がいないんだなと気付いたのですが、まさかのラストでした。
実際に、これに近い事件があったような気がするのですが、どうしても接すると辛い気持ちになってしまう事件や災害は、僕は情報を得るのを避けがちなのですが、こういう形で提示されると忘れてはいけないなという気持ちが呼び起こされます。
最近みた映画で同じ気持ちになったので不思議な気持ちです。

[11] mixiユーザー 09月15日 01:12

読ませていただきました。
とても残酷な話に仕立てたのだろう、と、最初の方でなんとなく伝わってくるので、それを実際に提示された時は気持ちの悪い気分になりました。
あまり小説を読まないですが、サスペンスっていうんですかね。私は、後々考えさせられる話というのが好きなのですが、この小説の場合は謎解き要素、何があったんだろう？という好奇心で読み進めていく人には向いている作品なのかもしれないと思いました。
いい意味で「イヤな話」だなと思いました。
この手の作品は現実に起きた事件をモチーフにされてたのか、純粋にフィクションでどれだけ残酷な事が書けるかの試みに過ぎないのかによって、後味が変りますね。純粋に創作なら、忘れたい内容なので余韻にも残さない事になると思うのですが、誰かの実話だとしたら、どうしても考えさせられずにいられない、となると思いますので。

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