半蔵門かきもの倶楽部コミュの第18回　おたけさん作『僕の猟場の倫理学』つづき

『僕の猟場の倫理学』
　第一章つづき

＊一部、過激な描写等があるので、食事中の方などは読まないことをお勧めします。

「話を聞かせてもらう前に…本当に、儀法院なのか？」
僕の職場である湊市役所の一室に設けられた刑事との面談場。刑事の風貌を見て、どことなく見た覚えのある顔、聞いた事のある声だと思っていたが、僕は思い出せないでいた。しかし、儀法院という名字を呼び捨てにする感じが、遠い記憶を甦らせた。
「狗應？」
その言葉を聞いて、無愛想だった刑事は、にこやかで人間味のある表情を見せた。
「人間に興味無さそうだった儀法院が覚えてくれているとはな。俺も、世界史の教科書に載っている歴史上の人物並みってことか」
ああ、そうだ。狗應、狗應浅信だ。如何にも運動神経が良さそうな身体つきで、長身、顔立ちも整っているが、昔から皮肉屋だった。その個性は確かに警察向きなのかもしれない。
「高校のときも、世界史の登場人物だけでなく、クラスの半分くらいは名前を覚えてたよ」
僕が、冗談まじりでそう伝えると、狗應は、
「俺は今でも半分以上は覚えてるよ。お前と違って、博識である必要が無いんでね」
と、再び皮肉を述べたかと思うと、今度は懐かしそうにして高校の時に、バレーボールを教室でやって窓ガラスを割ったことなど、思い出を話し始めた。僕は「時間は大丈夫なのか」と念のために聞いてみたが、狗應はあっけらかんとして「聴取対象者の数はそんなにないから、OJTも兼ねて部下に任せることにしたんだ。それに殺気立ってる職場に戻りたく無いしな」と言って、思い出話を続けてしまう。
その間、僕は、なぜ狗應と連絡を取らなくなってしまったのかを思い出そうとしていた。
高校時代は、あんなにも仲の良かった狗應である。狗應はバレー部で、僕は文芸部だったものの、２人とも理数科で、高校一年のときから同じ塾に通い、帰りの電車ではあれほどよく話していたのだ。
やはり、自分はどこかで過去を切り離したかったのだろう。どこか。それは、どの人にも共通していることだろうが、人生で挫折した時点である。自分の場合、宇宙物理学者になれると思い、関西にある古都大学に進学したものの、指導教官との折り合いがつかず大学院に進むことすらも諦めてしまったのだ。正直なところ、宇宙物理学についての知識を本で読むのは面白かったが、研究自体は自分が思っていたのよりも面白く無かったのもある。だから、簡単に挫折してしまった。
そして、大学生活を研究とバイトに捧げていた分、大学院に進まない選択は、積み上げてきたもの全てを失うに等しかった。それだけでなく、僕はその後の就職活動でもつまづき、皮肉にも戻ってきたく無かった地元の市役所にしか合格できず、この町に戻ってきてしまったのだ。
最初は嫌だった４年ぶりの地元での生活だったが、多忙な都市計画課での仕事に追われ、市役所での生活に慣れ、さらに“ユディト”との刺激的な出逢いもあって、入社から８年経った今では、自分が昔、何を目指していたかなんてすっかり忘れてしまっていた。８年前、宇宙のことを理解する為に研究をしていたなんて、嘘みたいであった。社会人になってからは、重力波の存在が証明されたことについて役所の同僚から教えられ、320光年先に恒星が３つ存在する場所を周回している惑星があることを知ってもワクワクすることすら無い。それだけではない。星空を見上げることすらないし、天気予報すらロクに聞かない生活を送っていた。
しかし、冷静に考えれば、大学生活の部分だけ人生から切り取ってしまって、今と高校時代とを繋げることもできたのだ。現に、過去からの亡霊のように、昔と比べるとくたびれてしまった感じのする狗應が目の前に座っている。もしかすると、神様とやらが自分に与えてくれた最後のチャンスなのかもしれない。
そんなことを考えていると、このちっぽけで物置みたいな部屋に唯一存在する窓の方から、子どもたちがはしゃぐ声が聞こえてきた。どうやら、保育士の若い女性が追いかけっこをして遊んであげているようだ。
この役所の隣は保育園で、湊市役所の職員が主に利用していた。自分も、あそこに子どもを預けて、平凡な家庭を持つ人生もあったのかもしれない。だが、既に手遅れだろう。いや、手遅れだと考えなければならない。自分は既にそれくらいのことを何件もしてしまっている。
「儀法院は、一部上場企業で働いて、海外出張で二度と合えないと思ってたな」
もの思いに耽っていた自分を、腕組みをしている狗應の言葉が現実に戻した。僕は話を合わせようと思い、慌てて「狗應こそ、警官になるとは思ってなかった。海外でエンジニアとして働いているのかと思ってた」と、思ったことを正直に述べた。
狗應は頑固なところがあって、自分の条（すじ）を何が何でも通すところがあったので、技術者のイメージが高校の時からついていたのだ。考え方も実学思考であり、高校の時から哲学書を読んでいた僕をよく「努力して役に立たない人間になろうとするのは俺には真似できない」とからかっては、バカにしていたものである。
「俺がエンジニアか。それもありだったのかもな」
狗應がそう言ったとき、ちょうど事務のおばちゃんがコーヒーを運んできてくれて、狗應はそれに対して丁寧にお礼を言っていた。相変わらず律儀なものだなと、今度は僕が昔を懐しむ番だった。
「ところで、狗應。最近、妙な事件が多くて大変だな。寝れてるのか」
高校時代には溌剌としていた狗應のガッシリとした身体つきは当時と変わらないが、その表情には余裕の無さが見て取れた。電車を待っている一般的な社会人の顔。一言でいえば、そんな表情である。
「ああ、ありがとう。なんとか睡眠時間は確保できているが、寝付けないのがあるな。それに普段なら忙しくても昼休みに仮眠をとるんだが、庁内もピリピリしててね、ひとりだけ優雅に寝てる訳にもいかないんだ」
狗應の言葉に頷きながら、「寝付けないのは分かるな。明日また面倒な仕事をしないといけないと思うと気が重いよ」と心情を吐露すると、狗應は、
「仕事のことは考えたくは無いんだがな。考えてしまうよな。たまには解放された時間が欲しいよ」
と言って、ため息をつき、
「しかし、忙しい。地図記号事件のおかげで、マスコミもネタがありすぎて追いついてない感じだ」
皮肉な笑みを浮かべる狗應に、僕は「にしては、テレビは面白く無いって、みんな口を揃えて言うよな。まあ、僕も忙しいからテレビなんて見てないけど」と言って微笑み返す。
「忙しいのか。市役所は、もう少し余裕があるのかと思ってたんだが、これじゃ転職しても一緒だな。で、儀法院は、どんな仕事をしてるんだ」
狗應が嬉しそうに聞いてくるので、僕は多少気が進まないところはあったものの仕事の話を、それもせっかくなので愚痴を聞いてもらおうと思った。
「今は、生活保護関係かな。去年度は、都市計画に携わってたんだが、反対意見を言っていたら下ろされたよ。全く、会議をするくせにどうすべきかということについて答えが決まっているなんて、民主的じゃない」
そうやって愚痴をこぼすと、狗應が都市計画の内容について訊ねてきた。ホームページにも掲載している計画であり、喋っても問題も無いので、僕はストレス発散も兼ねて説明することにした。
計画というのは、この帝京都と隣接した湊市に学術都市を作るというものである。合併を繰り返して、帝京の東側を覆うような巨大な都市となった湊市は帝京と比較して広大な土地が確保できる。
だが、この建設予定地は空き地では無かった。そこには、主に高齢者や生活保護受給者、工場や建設現場で働いている外国人なんかが住まう、皇居よりも広いくらいの団地群が存在しているのだ。
「そんな夕暮れみたいな団地がある場所に、なんでまた大学や研究施設を作るんだ」
狗應の疑問は、そのまま僕の疑問でもあった。住民がいるのだ。それなのに、どうしようもなく場所を取る加速器まで用意した学術都市を作るなんてどうかしている。
「結局、市はその団地を失くしたいんだ」
僕は狗應に市の財政状況を説明した。社会保障関係の支出が突出しているのだ。それを、どの地方公共団体も何とかしたいと考えているし、一番頭を悩まさせているのは国であった。そのために、数年前の憲法改正に繋がったのである。
「今、地方自治体の財政は落ち込む一方なんだ。特に、国民健康保険と生活保護費が財政を圧迫している。国保なんて、医師に対して“その枚数の湿布を何の為に使うのか”と質問票を送付して、必要ないと判断した場合には以後の給付を取りやめるくらいなんだから。この前話した医師なんて、『こんな状況なら、そのうち生活保護で治療を受けている人たちは、“社会復帰しないんなら病院に行かないでください”とか言われそうだな』と悪い冗談を言っていたよ」
「どこも大変だな」
狗應はため息をつく。
しかし、団地の解体と学術都市の建設は、市の財政の問題解決だけには留まらない。解体工事や新規の躯体工事を行うことで、市議会議員は地元の建設会社にお金を落としたいし、政府も戦略上必要になっている国防軍の基地建設に協力してくれている大手ゼネコンへの恩返しとして、大規模な工事を請け負わせたいと考えているのだ。持ちつ持たれつ。このような非常に大きなレベルでの親戚付き合いのような現象が、この団地解体なのである。
「で、出て行った人は、どこに住むんだ？」
狗應が至極真っ当な質問をする。
「工場の中さ」
「工場？　工場には、人は住めないだろう」
狗應は眉をしかめる。僕が話をはぐらかせていると思っているらしい。
「本当だ。物語工場って聞いたこと無いか」
狗應は「ああ」と思い出したように返事をした。どうやら合点がいったようだった。
物語工場とは、アメリカで“Facebookの次に来た企業”として話題になっているリーヴィズ社の関連施設であり、そこでは仮想現実体験用のコンテンツの材料として人々の妄想が集められ、加工され、作品の一部として利用されているのだ。
リーヴィズ社とは、2016年に日本でも一般向けに発売された仮想現実を体験する為の機械、いわゆる“VR”に関連したコンテンツを制作している会社であり、オープンワールド系のゲームから、無意識に主人公の思考と行動に同調させられて物語が主観で進んでいく“映画系”のコンテンツまで、仮想現実に分類させるものであれば何でも制作している。
特に最近流行っているのが、“R”と呼ばれる種類の映画系コンテンツであり、言ってしまえば他人の人生をそっくりそのまま体験するというものである。元は、個人売買で売られていたVR用の実写アダルト作品であり、そこから派生して、飛行機からパラグライダーで飛び降りたり、カヌーで川下りをしたりするアウトドア系の作品や、立派な上司の鞄持ちの部下として営業や会合に同行し、ビジネスマナーなどを身につけるという“意識高い系”の作品が出てきたのだ。そして、みんなが斬新なものを求めた結果、ついには名も無き個人が、自分の何の変哲も無い一日を、頭に付けたウェアラブルHDカメラで撮影し、商品として売り始めた。
この“何の変哲も無い一日”を描いた作品の一群を広めたのが、ある有名な日本の文学者が名付けた『ユリシーズ系』という名前であった。それがなぜか、ネット上で妙に流行り、ユリシーズ系は人気のジャンルとなったのである。
また、自称・ボードリヤールの弟子でもあるマルティン・ハイネスキーなどは、「消費社会は、遂に個人の人生そのものまでも消費対象として扱えるようになった。これは人類という存在が直面する歴史上最大の脅威だ」と、字幕版のインタビュー番組で嬉しそうに語っていた。
そして、ユリシーズ系は超暴力〈アルトラ〉系の作品などを生み出した為に行き過ぎが非難され、制度改革によってそれらのコンテンツの売買を管理することになったため儲けているのが、今のリーヴィズ社なのである。
「でも、物語工場ってのは、製造業じゃないだろ？　確か、病院なんだよな」
狗應の指摘に、僕は頷く。そう、狗應が言う通り、物語工場はいわゆる病院であり、“物語工場”という呼び方自体が俗称で、正式名称は“適合困難者自立支援施設”である。つまり、そこに入居しているのは、主にPOINT制により社会不適合の烙印を押された人々なのであり、また、今まで精神科や高齢者介護施設にいた人々も全て住居区域、病棟は異なるものの、リーヴィズ社傘下の関連企業の施設として運用がなされているのである。
「入居者は一番最初に書類にサインさせられる。自分の妄想や実生活の情報についての“著作権”は放棄するとね」
狗應は、興味深そうに聞いていた。普段このような業界に係わることは無いのだろう。
「入居施設では何が行われてるんだ？」
「普通の社会生活さ。そこには箱庭のような町があって、極度の精神疾患などでない限り、彼らはそこで働いているんだ」
「働くって、仕事があるのか」
狗應は少し呆れた感じであった。おそらく、施設の中に町がある必要性に疑問を感じているのだろう。
「ああ、もちろん。軽作業なんかじゃなくて、プログラミングだったり、映像編集だったり、食品加工だったりね。普通な仕事が、そこにはあるんだ。全てリーヴィズ社傘下の企業だけどね。そして、そこで行われるデートや家族の団らん、不倫に、喧嘩などが、全て入居者の頭に付けられた超小型カメラによって主観で撮影され、物語の素材として用いられるそうだ」
「でも、それじゃあ、同じようなデータしか集まらなさそうだがな」
狗應が皮肉を言うので、僕は、
「そう僕も思うけど、そもそも仕事をしてもらっていて、そこで利益が上がっているから何の問題も無いんだろう。ただ、パワハラとかセクハラも撮影されるから、きちんと処罰が行われるので、その点安心して働けると思っている人たちが集まるみたいだけど。それに、仕事ができない人についても、たとえば統合失調症患者の妄想なんかは重宝されているらしい。この前話題になったデヴィッド・サッカーボウイの映画で、近未来都市の舞台芸術に全面的に用いられているとネットに書いてあった」
しかし、物語工場のキャパにも限界がある。だから、国や自治体はリーヴィズ社に協力して施設を拡充する為に、学術都市などを作る名目で新たに広大な土地を用意したいのだろうと穿った見方を僕はしてしまうのだった。
「でも、働くのに協力的な人間ばかりじゃ無いだろう。クレーマー体質の人間みたいな問題児はどうしてるんだろうな」
「ああ、それは仮想現実体験機であるLVSの中に閉じこめちゃうのさ。飯も仮想現実世界での食事に合わせて、施設の職員が運んで喰わせてるんだ」
「それじゃ、動いちゃうだろ」
「いいや、動かない。彼らは自分の意思で一生分の補償を得る代わりに、脊髄損傷になって四肢を動かないようにしてもらうんだ」
狗應は言葉を失っていたが、僕は説明を続け、
「顔や胴体、泌尿器系だけ動くようにして、四肢は麻痺させるんだ。そうすることで仮想現実世界で四肢を動かして、走り回ったり、飛び回ったりしている気分にはなっているが、現実には手足は動かない。幻肢の応用って訳さ。リーヴィズ社の知り合いに聞いたところ、論文もいっぱい出てるらしい。それに一応、安楽死についての同意書も書いてもらっているから、万が一、死亡しても賠償問題にはならない。全てが合法なんだ」
「よく団体が黙っているな」
「いや、政府は逆手に取ったのさ。左派の団体や弁護士にも色々いてね。安楽死を合法化するように求めている連中もいたんだ。そういう人たちに利権も与えて、反対派に対抗してもらったのさ。だから未だに左派は団結して、この問題に対抗する手段を見つけられないんだね」
狗應は少し考え込んでから、
「しかし、仮想現実世界に閉じこめていること自体が人権侵害にはならないのか。憲法にもそういった条文あるはずだが」
「自由意思で選択しているから問題は無いと考えているんだろう。それに、内閣府法制局や厚労省当局の見解では、仮想現実世界の中に住居を与えることは、充分に“健康で文化的な最低限度の生活”という水準を満たすらしい。むしろ、格段に幸福度が改善されるとして臨床データまで用意している」
ネットニュースで初めてこの見解を読んだとき、僕は笑うしか無かった。それでは、まるで牢獄ではないか。入っているだけで幸せになれる牢獄。
誰だったか、精神障害者や身体障害者は社会から隔離されているのに、税金に苦しむ市民より経済的には優遇されているために、差別を受けていると認識できなくなっていると対談で語っていた。この「幸せ牢獄」は、その典型例だろうと僕は思い、課内会議でそのようなことを口にしてしまったのだった。
しかし、そのような意見を会議で口にしてしまったが最後、この仕事をどうにかして成功させて出世ルートに返り咲き、この200万都市である湊市の助役になるんだと意気込んでいるギラギラした都市計画課長補佐に、「不謹慎だ」という難癖を付けられて、持っていた仕事を取り上げられてしまった。
そして、１ヶ月程を雑務だけこなして過ごした後、毎年恒例の人事面談がやって来た。都市計画課長補佐への苦情を言おうかと思ったが、そんなことを言っても何の特にもならないので、これからも都市計画課で働いて住民対応などをこなしていきたい旨を伝えると、仏のような人事担当者から、
「話は課長から聞いているよ。君のことを筋が通った奴だと褒めていた。そうだね。儀法院くん、そんなに正義感が強いなら…」
とニッコリとして言われ、“儀法院君のためを思って”用意されたのが、ケースワーカーの仕事だった。こうして僕は、１年で都市計画課から福祉課に転属させられてしまったのだった。
市役所の福祉課、中でもケースワーカーの仕事は僕が知っている職業の中でベストテンに入る精神的負荷と給与が割にあわない仕事だ。時にゴミ屋敷になってしまった住居に行って、生存確認とゴミ掃除をセットでしないといけないのだ。そして、死体を見つけてしまったときは最悪だ。でも、もっと最悪なのは、それを回収する消防署職員であることを考えると、彼らには頭の下がる思いであった。
しかし、市役所という世界はバカみたいだ。中には、バカみたいに新聞の切り抜きや書類の機械入力ばかりやって、ボーナスまで貰っている人間がいるのだが、そんな人間と同じ給料で、有象無象の人間の相手をしないといけないケースワーカーや税金関係の仕事もあるのだ。
それに内部の人間には分かりきっていることだが、市役所でのケースワーカーのポストは言うことをきかないので辞めさせたい奴を配置するための席であり、要は「追い出し部屋」なのだ。つまり、僕は入庁５年目にして、辞めさせたい奴リストの中に当確したということだ。そして、僕は今の部署に３年いる。誰が僕を退職に追い込みたいと考えたかは、もちろん分かっているが、きっと奴は僕がやめないから歯がゆい思いをしていることだろう。
だが、市役所の嫌がらせのような人事は、同じ部署に７年間配置することも可能であることから、まだ折返地点にもたどり着いていないということであり、そのことが僕の気持ちを暗澹たるものにしていた。
「どの役所でも出世しか考えてない奴がいるんだな」
狗應が実感を込めて、枯れきった言葉を吐く。
「でも、儀法院。団地に住んでいる人間がいるのに、勝手に住居を変えることは出来ないんじゃないか」
「甘いな。生活保護費とは別に、住居保証として格安で提供している物件だから、契約の中に取り壊しの場合は移住しなければならないとされているんだ。ひとりひとりに署名押印させているから市が裁判で負けることは無いだろうね。それに今回の件は国が絡んでいるんだ、既に国賠関係が好きな弁護士にも根回しは済んでいて、説得済みなんじゃないかな。最近、縦浜市にある国の施設の騒音問題で、国側が上告しなかったのも取引の一部なんじゃない。あれは国側が負ける案件じゃなかったからね」
狗應は黙って聞いている。
「そう、それで、さっきの自ら脊損を選ぶ人たちだけど、彼らにも一応給料は出てるんだ。まあ、契約によって施設費用として回収されるんだけどね」
それで、所得税や消費税として国が税金を徴収しているのだから、うまいシステムである。
「給料って、働いてないだろ。ゲームしてるのが仕事なのか」
「そう、昔ながらのバグチェックの仕事もあれば、ゲームをプレイすることによってプレイヤーが感じた違和感をLVSの機械がフィードバックして、それを人工知能が修正して、より違和感や不快感を感じない世界環境を整えるようにできるらしいんだ」
「たとえば、モノの位置が見えている場所と触れた感覚がズレてたり？」
「そういうことみたいだね。詳しくは僕も分からないけど。それで今回できる団地跡地の物語工場でも、企業側は、湊市の最低賃金額を大きく上回る時給1200円で、まず試しに50人くらいを仮想現実空間をブラッシュアップさせる修正者〈ファインダー〉として雇うらしい。もちろん、脊髄損傷にならなくても、施設内に居住するのに許諾すれば構わないし、施設外からの労働者も募集する予定だそうだ」
「それじゃ、24時間給与が発生しそうだが」
「働かせるのは、一日８時間程度みたいだね。残りは、現実世界に戻るなりして自由に使えるんだと。まあ、脊髄損傷していると現実世界には戻らないから、その辺をどうしているのかは知らないけれど。それに昔担当者に聞いたところ、修正者などを雇う時は、仕事が終わってからも仮想現実世界で遊んでいたいのなら、割安の利用料を支払って遊んでいられるようにするらしい。会社担当者曰く、使える人間は次に月給制の契約社員として雇って、５年続けば正社員雇用する予定だそうだ」
「うまくいくのか」
「うまくいかせるんだろう。５０人しか雇わないのは、あの企業の規模にしては少なすぎるから失敗はしたく無いんだろうな」
「そうだな。単純作業に賃金をそれくらい出すのも、いくら遊びみたいな仕事とはいえ、そういう内容だと外国人労働者には不向きだもんな」
狗應は、そう言うと何かを思い出すように、こめかみを指で擦ってから、
「外国人労働者で思い出したが、昔、俺は業過の担当をやってたが、建設現場にしろ、機械の修理工にしろ、工場にしろ、働いてるのは外国人ばっかりだよな。トラブルになるのを分かって雇うのはやめて欲しいよ」
「みんな、技能実習生だからな。賃金が最低賃金で済むんだ」
「よくもまあ、そんな安い金で建設現場で働くよな。俺だったら、もっと金をくれるところに行くよ」
「自分の国に帰れば大金だしな。それに、技能実習生への賃金は企業間で暗黙のルールがあって、最低賃金以上は払っちゃいけないのさ。不平等が生じるとかいう謎の理屈によってね」
狗應は、珈琲を啜りながら、「酷い話だな」と感想を述べる。
「そうだな、僕も酷い話だと思う。だけど、この制度が無いと、もはやこの国は成り立たないんだろう。周辺国の労働力で成り立ってるなんて、この国が帝国であることの証左だ。ドイツと同じでね。だが、移民が増えているドイツと違って、労働力は貰うけど外国人を定住させないで一定期間で国に返すなんて、良くできた制度だと思う」
これも皮肉だが、この国が大戦から学んだことなのだろう。それに、近隣諸国から他国の人間が来て住みついてしまい、今ではテロなどの問題が起きているヨーロッパの状況も考慮されているとすれば、この制度を作った官僚は非常に賢い人物だと思われる。
しかし、この制度の名前は皮肉である。技能実習。たとえば、流れ作業の工場で働いて何の技能が身に付くのか意味不明である。
「しかし、儀法院。外国人の犯罪件数は地域別に見ると急増しているところもあるんでね。制度が、そこまで成功しているとは俺らは思っていないんだがな」
「だが、彼らのおかげで成り立っている事業が無数にある訳だ。それがなければ、税収が減って、生活保護を受けている人間や身体や精神的な理由による障害年金を受けている人間の保護は成り立たない訳で。そうなると彼らが犯罪を犯すようになるから、要はどっちが良いかという問題にしかならない」
狗應はため息をつき、

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[1] mixiユーザー 07月09日 18:42

「まあ、それはそうだな。精神的、経済的に追いつめられた人間を相手するよりは、同期や落としどころがはっきりしている外国人を相手にする方がマシかもしれない。それに、保護が行き届くことで自殺は無くなって欲しいよ。最近、妙に自殺の件数も増えて、現場検証だけでも一苦労なんだ。それに引き換え、事件性が無いから捜査のモチベーションが上がらなくてね。ただつらいだけだ」
僕は、「そうなのか」と気の無い返事を返す。しかしそれは、嘘だった。だから、心臓は正直で、戦鼓のような激しい音を立てている。
「そう、それで、俺の仕事の話なんだが」
狗應は、余程仕事に戻りたく無いのか、本当に話を聞きに来たのを忘れた感じで、慌てて薄型のノートパソコンを取り出し、聴き取りを始めた。のんびりした狗應の振る舞いとは対照的に、僕の鼓動は高まるばかりであった。正直、狗應と話し込んだせいで、聴き取りをされるということを忘れていた。
果たして、何を聞かれてしまうのか。僕は呼吸を整え、平静を装おうと努める。
「この写真の男を知ってるか」
緊張の糸が切れかかっていた僕に狗應が見せた写真は、去年度まで同じ福祉課に勤務していた吉岡という男の写真だった。
吉岡は、自分よりも２歳年下の後輩の男で、役所以外で働くとしたら、田舎に行くしか無いだろうと思ってしまうような、非常に大人しい青年である。
「吉岡が、どうかしたのか」
少し落ち着きを取り戻した僕は、渡された写真を手にもって、気怠そうな狗應をしげしげと眺めながら訊ねると、
「丁度、ニュースで流れている頃だと思うが、彼は死んだんだ」
僕は、急に手に持っている写真を不気味に感じた。怨霊などを信じる訳ではないのだが、それは何かを訴えているように見えてしまう。
「死んだって、彼は入院していたんだぞ」
そう言いながら、僕は自分が疑われている可能性を考えてみた。
単純に考えると、黙秘権の告示が出なかったということは、自分は被疑者ではないのだろう。しかし、油断は出来ない。これは聴取ではなくて、ただの質問であり、確信をつけば逮捕して、連れて行かれた先の拘置所で被疑者聴取を行われるのかもしれない。
「入院したことは知ってるんだな」
僕は頷いた。すると、狗應は、
「退院したことは知ってるか」
僕は短く、「いや」とだけ答えると、本質的な質問ではないのか、狗應は“いや”の意味をそれ以上は確かめること無く、
「彼は２ヶ月ほど前に退院して、最近は自宅療養に励んでいたんだ」
と、まるで吉岡と親しい友人かのように答える。僕は思わず、「ああ」という声を漏らしてしまった。吉岡の見舞いには行っていなかった。入院したのは知っていたが、単に体調が悪いのではなくて精神病を煩ったことも入院の一因であることは課長から聞かされていたので、吉岡に仕事を思い出させて心の負担にならないようにと思い、行かなかったのだ。一度くらい見舞いにいってやれば良かったと、悔しい思いがした。
だが、その思いも、自分の頭の中で作った言い訳かもしれない。本当は、彼になんて興味は無くて、見舞いにいかなかったのを人に責められない為の理由を一生懸命、頭の中で作り出しているのにすぎないのかもしれない。人間、そういうものではないか。僕は自分で自分を責めてしまう。
「しかし、ニュースになるということは、自殺じゃ無いのか」
質疑が中断し、狗應がパソコンのディスプレイを眺めながら何かを確認しているので、僕の方から質問すると、狗應は黙って頷き、
「そうだな。自殺じゃない」
と言って、再び何かを思案してから唐突に、
「写真、見るか？」
どうやら狗應のパソコンの中には、吉岡の死に関する写真が入っているようだ。おそらくは、死体の写真が。
「いや、やめとく」
僕が、すぐに答えると、狗應は「そうだよな。すまない」と呟き、次の質問に移ろうとするので、僕はその前に、吉岡が死んだ状況だけ教えるように求めた。
「本当に聞きたいのか？　写真と衝撃の度合いは変わらないと思うが」
狗應が念押ししたが、せめて状況だけは聞かないと、自分の好奇心が抑えられそうに無かった。これは地図記号殺人事件に違いない。死体の写真が衝撃的であるというのが、それを物語っていた。
僕が教えてくれないとこれ以上協力できないことを伝えると、狗應は時間をロスするのが面倒なのかあっさりと引き下がり、「怒らないでくれよ」と説明を加えてから、口で説明するのは憚（はばか）られるのか、特別に、彼のパソコンに入っている作成途中の捜査報告書を読ませてくれた。
しかし、２、３行読んで、僕は後悔した。それは今までと比べ物にならないくらい、酷い殺し方であった。

[2] mixiユーザー 07月09日 18:43

要するに、吉岡の死体は、人間型のハンバーグとして発見されたのだ。吉岡の肉という肉は削ぎ落されて、ミンチされて、パン粉や卵と混ぜ合わされたものが肉があった部分に戻され、その状態でじっくりと焼かれていたのだ。そして、それは板で作られた巨大な“皿”の上に乗せられ、まるで若冲が描いた野菜の涅槃図さながら、周囲を無数の野菜の“付け合わせ”に囲われた状態で見つかったのだという。
さらに酷いのは、頭部であった。頭蓋骨は水平面で両断されており、そこから脳みそがくり抜かれ、ポテトサラダが詰め込まれていたとされていた。
そして、お決まりであるが、死体の上からケチャップで、“役所”の地図記号が書かれていたと記される。
読み終えた感想は、まるで料理のレシピのような捜査報告書だということだった。
「これが誰であるのかは死体近くに落ちていた財布の免許証から割り出して、その後、死体が被っていた髪の毛のDNAを分析したんだ」
狗應が言うには、犯人はわざわざ死体から毛を抜いて、それからカツラを作って被せていたのだという。
「死亡原因は、何なんだ」
死体の状況以降の解剖所見などを読む気にならず、僕は狗應にパソコンを返した。
「何とも言えないな」
吉岡が、生きたまま調理されたのか、それとも殺されてから肉を削ぎ落されたのかが不明であることが唯一の心の救いであるくらい、僕は暗い気持ちになった。
そして、死亡時刻についても狗應に聞いてみると、彼は髪の毛をかきあげてから、
「はっきりしたことは言えないが」
それが職制上の問題からか、それとも科学技術の限界なのか、それとも両方なのかは示されないまま、吉岡が死亡したのは３日前だと教えられた。
「吉岡は、療養中の自宅から離れた場所で昨日発見された。報道関係者には、昨夜遅くには情報は渡してあるんだが、さすがのテレビ局も事件の内容を報道するのは各局の協議でやめたみたいだ。食事中の人間から苦情が来るのを避けたかったみたいだな」
狗應は喋り過ぎなのではないかとも思ったが、この程度の情報はすぐにネットの掲示板やSNSに出回ってしまう。それよりも狗應としては、参考人の信頼を得て、少しでも情報を得たいのだろう。
僕は、やはりこの事件と“時計”との関連性はあると思ったので、それについて彼に教えたい衝動に駆られたが、それは自分を被疑者に格上げしてしまうだけであろう。そうしなくてとも、もしかすると自分は被疑者なのかもしれないのだから。
その後、幾つかの質問を受けて、狗應が聴取書をプリントアウトして、狗應が文章を読み上げる中、僕は黙読で内容を確認した後、署名や押印をして、聴取は終了した。僕が、帰庁する仕度を始めた狗應に続いて立ち上がると、彼は思い出したようにしてカバンを開き、スマホを取り出して連絡確認しはじめた。
「連絡は入ってないようだな…このまま無事に今日が終わって欲しいよ」
狗應が高校時代のような無邪気な笑みを見せながら、立ち上がり、スマホを今度はスーツの懐に入れ、代わりに玩具のようなものを取り出した。
「警察手帳ってのは飾りばかり大きくて邪魔なんだよな。スマホと一体化させて欲しいよ」
そんなことを言いながら、狗應は警察手帳から名刺を取り出し、片手で僕に渡す。僕も普段は客に渡すことの無い名刺を慌てて財布の中から取り出し、狗應に渡した。
「儀法院も紙の名刺を持ってるんだな」
「名刺交換のアプリを落とせるような通信機器を持っていない人間も、役所（ここ）には来るんでね。狗應こそ、なぜ仕事用のスマホで名刺交換しない？」
「俺らは禁止されてんだ。クラッキング対策でね。名刺交換だけのために通信機器を用意するような予算も無いしな」
そう言うと、狗應は彼のノートパソコンを指差し、
「こいつもWi-Fi機能が無く、USBポート以外は全て穴が塞がれている特注品なんだ」
「お互い、時代から取り残されてるな」
「組織はね。だが、俺自身はこう見えても、最新派だ」
そう言って狗應がカバンから取り出して嬉しそうに見せてきたのは、フォニック＆フォニックのネット対応型のサングラスだった。一公務員が買うようなレベルではない高級品であり、銀座の直売店で買うか、新宿の伊勢谷のような百貨店にしか置いていない。とはいえ、もう２世代も前のサングラスだったことに対して、僕は何のコメントもしなかった。
というより、コメントできなかった。
このとき、一瞬ではあったが、狗應のカバンの中にあるモノが入っているのが見えてしまったのだ。
アンティーク調の懐中時計。僕の時計と同じ形。
狗應、お前もなのか。
僕は動揺してふらついてしまい、自分がさっきまで座っていたパイプ椅子にぶつかってしまい、バランスを崩して倒れそうになってしまった。
「おいおい、大丈夫かよ。人の心配しといて自分が過労で倒れるのは無しだぜ」

[3] mixiユーザー 07月09日 18:43

「朝食べないからバテてるのかもしれない」
とっさに思いついた言い訳をすると、狗應は妙に納得した面持ちで、
「儀法院、体力無いのは昔から変わらないな。筋力付けないと腰に来るぞ」
「いやに年寄りみたいなことを言うな」
冗談まじりに言うと、狗應は嫌そうに、
「最悪だ。うちの担当検事の口癖が移っちまった」
と、まるで独り言のように吐き捨てた後、「また何かあれば連絡する」と言い残し、見送りも断って颯爽と帰ってしまった。

狗應は、わざと自分に時計を見せたのだろうか。
１人になって、狗應に出したお茶の湯呑みを片付けながら、僕は悩んだ。
だが、時計について僕が知っていると考える方がおかしい話だ。僕が時計を持っていると推測する理由など何も無いはずだ。
しかし、何かが引っかかっている。そう、狗應の時計を見たとき、何か違和感を感じたのだ。
何だ？
悩めば悩むほど、思い出せなくなって来る。
湯呑みを洗い終え、僕はいっそ狗應本人に聞いてしまおうかと思いながら、彼の名刺を取り出して、連絡先を確認した。その裏を見ると、彼の細やかさは相変わらずなのか、ちゃんと英語や中国語、韓国語、その他のよく分からない言語でも、彼の名前と所属、職位が書いてあった。そして、その下に小さく、赤いボールペンでSNSのIDが書かれていることに気付いた。
狗應は、昔に戻れるように扉を開いてくれている。だが、こちらはそれに応じることができない。
せっかく、昔を思い出しながら優しい気持ちになれたのに、僕は扉を閉ざすしか無かった。そう、自分は吉岡を殺していないにせよ、既に何人も人を殺しているのだ。僕は、とぼとぼと自席に戻りながら、どうしてこんなところにまで来てしまったのかと心の中で後悔し続けた。

「食堂で食事なんて珍しいな」
同期の男が、役所の食堂の列に並んでいる僕に、そう声をかける。
僕は、常に一人暮らしで、彼女もいない割には遅くまで残業をしているので、食べるのだけが楽しみであった。だから、昼は基本的に、近くの高級焼肉店がやっているランチを食べに行っているのだが、肉の匂いやオススメの“ハンバーグ定食”について考えたくも無かったので、行く気になれなかったのだった。
それに、知っている人から離れて行動することに恐怖を覚えていた。自分に身近な人間が殺されたのだ。犯人の意図が分からない限り、自分も殺害の対象ではないとは言い切れない。
僕は別に誰と一緒に食事をする訳でもなく、１人でテレビ近くの席に座って事件のおさらいをすることにした。
一件目の郵便局長の殺害から七件目の吉岡殺しまで、一貫して地図記号が表現されているが、殺された人々に共通点はなさそうであった。そう考えると、やはり怨恨ではないのだろう。
純粋な殺人。
妙な言葉が頭に浮かび、そのまま離れなかった。殺人に純粋も不純も無いだろう。全てが罪なのである。
「第二十四条の家族の相互扶助義務については…」
すぐ近くの壁に固定されたテレビから、憲法学者や社会学者が集って語っているニュース番組の一幕が流れて来る。
しかし、第８９条第２項の改正によって私学助成等が簡単になることは触れないのは、知識人たちの限界だろうなと皮肉なことを思う。
所詮、彼らもゲームのプレイヤーになりたいと願う人間の１人であり、大きな注目を集めるまで発言を続ける道化師のような存在なのである。現に、彼らは自分が問題だと語っていることについて、現場に参加して対処しようとはしない。反原発を唱えるのに、原発の解体作業には従事しない。不正受給が悪いというのに、取締に参加はしない。領土を守るべきだというのに、自分は警備には就かない。
「問題」という藁人形を掲げて人の注目を集めて、それで食べている存在であろう。別に藁人形は何でも良いのだ。護憲であれ、改憲であれ、弱者救済であれ、犯罪抑止であれ、専門家として人とは違った藁人形を掲げて、それが注目を集めれば御の字なのだ。
それと比較して自分や“ユディト”は、自分が問題だと思っていることを直接的に解決しているのだ。自分の手を汚して、自分の望む世界を創ろうとしているのである。そう、これは歴史の勉強と、自分の人生からの気付きだった。
自分の望む世界を手に入れようとする人間は行動するのだ。ヒットラーは権力掌握の為に行動し、スターリンも確固たる独裁の為に粛正をした。同じように、生活保護や雇用保険を不正受給したい人たちは、そうなるように行動する。手段の是非は問わず、ただ目的を達成するために行動する。望むものを得ようとするというのは、得てしてそういうものなのだろう。そして、それが出来ない人間は、誰かに“清き一票”を投じるしか無いのである。

[4] mixiユーザー 07月09日 18:44

なぜ、この国の人々は疑問に思わないのだろうか。結局、こうやって問題だ、問題だと騒いで討論している人間もシステムの一部に依存している人間なのだ。要するにグルである。保守党に対して、左派の党が騒いだところで、彼らの政治資金は制度によって補償されている各種団体からの献金なのだ。つまり、彼らも歴代の政治家たちが作り上げてきた制度に依存している存在であり、根幹から何かを変えるなんて事は出来ないのだ。
その存在意義は、騒いで人々を安心させることにあるのだろう。知識人の議論も、問題に反対する政党も、吸えば落ち着く一本の煙草と同じようなモノだ。
それに、知識人自身も議論することで気分を落ち着かせているのだろう。高尚な煙草。彼らの議論を、僕はそう名付けていた。
「今話題の吊るしベーコン。ここ、江南区の砂町金座にある“エドワーズ・江戸和有図”というお店では、なんと店内で様々な木のチップで燻したベーコンを作って、売ってくれるんです。こちらが店主の…」
考え事をしている間に、いつの間にか番組が切り替わっていた。流れるのどかな作業風景。しかし、肉の映像が出るたびに、僕は軽い吐き気を感じながら、吉岡の顔を思い出してしまっていた。
しかし、番組は急に終わりを告げた。
聞き覚えのある音がテレビから流れ、緊急速報のテロップが流れた後、画面が切り替わり、慌ただしい感じでニュースキャスターが現れ、新たな事件が生じたことを説明しはじめた。
僕は急いで、Twitterを開き、ニュースを漁った。
すると、すぐに目撃者と名乗る人物のアカウントが見つかり、現場の様子が幾つもの呟きに分散されて上げられていた。
現場に散乱していた財布の中身から、殺されたのは銀行の総合職の女性で、年齢は30前半であるとされていた。さらに、現場の状況としては、非常にグラマラスな身体つきの女性が、着衣が乱れた状態で、一万円札を全身に貼付けられた男性の人型に、のしかかられて犯されているというものだと説明されている。
また、展示場所は銀座の由緒ある百貨店の前とされていた。確かにあそこだと、歩道にそれなりのスペースがある。
そして、目撃者の話では、信号待ちの人だかりが出来ているところの近く、百貨店の入り口の有楽町寄りに、いつの間にか白い布が架けられた何かが置かれていたのだという。それで、その周囲に人だかりができ始めたところに、比較的ガッシリした身体つきの若い男性が数人、どこからともなく出てきて、白い布をふざけながら剥がしたところ、“作品”が出てきたらしい。
最後の書き込みでは、その若者たちは現場に駆けつけてきた警官に取り押さえられ、被疑者として聴取を受けているのではないかということが書かれていた。
この発生状況。やはり、時計が無いとできない仕事だろう。
僕は、似たようなことをしている人間がいることに寒気を覚え、その不安を紛らわせる為にさっさと仕事に戻ることにした。

[5] mixiユーザー 07月10日 19:44

ミステリー仕立てになってきて、面白いです。

[6] mixiユーザー 07月10日 21:55

ちょっと全部は読み切れなかったのですが、社会人数年目の人間が必ず考えるような心の揺れ動きが描かれており、ああ、わかる！と思う箇所がありました。

ただ、いつも思うのですが、途中から読むのが結構しんどくなってくるんです。私の理解力の問題で難しく感じるからかもしれませんが、私には、論文を読んでるような感じになっちゃうのが・・・。

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