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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第17回 肉作『聞かれたくないこと』

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 妻はとにかく式を挙げることを喜んでいるようだった。昨年入籍してから僕達二人はどこで挙式し披露宴を行うかやその日取りのことでずっと話し合ってきた。そして、そのほとんどを妻の都合と要望で決めていった。何となく女性にとっては大切な行事なのだろうというのは予想がついたし、そもそも僕は妻がやりたいようにやればいいと思っていた。彼女のすることなら僕はいつも賛成に違いないのだ。
 招待状はほとんど発送し終えていた。妻側の出席者が九割を占め、僕の方は数えるくらいしかゲストがいない。自分でも変わっているなと思うのは、三十歳を前にして、両親がすでに他界し、その他親族の誰もゲストに呼んでいないことだった。友人も会社の人間もほとんど声を掛けていない。そのせいでバランスが圧倒的に悪く、妻と妻の出席者側全員に対して、ものすごく悪い気もするが、身寄りがいないのだから詮ないことだった。ちなみに妻の母も昨年鬼籍に入っているため、妻側の親族は参加すると言っても母親は出席できない。一方で妻は友人を多数呼ぶつもりだった。
「絶対に出席して欲しい人がいるんだけどね、今週末会いに行かない?」
「電話とかメールでは言ってないの?」
「結婚するからってのは伝えてあって、旦那を自慢するって言っといた」
「何か恥ずかしいな」
「対面だと断りにくいでしょ、結婚式への出席を」
「どういう関係の人なの?」
「地元の中高といっしょだった友達」
 妻は生まれも育ちも関東で、昔の友人とも気軽に連絡がとれるようだった。そんな妻が羨ましくもあった。しかし僕の場合は地元を捨てたに等しく呼べる人間などいやしないのだ。
 こうして僕と妻はその週の土曜日に妻の実家の近所にやってきた。ここに来るのは一年ぶりだった。
 この日、二人の妻の友人に会うことになっていた。最寄り駅から見える場所に建つ、タワーマンションに一人目は住んでいる。一階でインターホンを鳴らすと、元気な女性の声がした。背後では子供の走る音がする。すぐにオートロックを解除してくれ、僕達夫婦はその女性の家に招かれた。
「この度はおめでとうございます」
「ありがとね。そんなかしこまらなくても」
「急だったから何にもお祝い用意できてないんだけど、今朝焼いたケーキでもどうぞ」
 妻の友人はシフォンケーキを作ったとかでそれを振る舞ってくれた。そして上等なカップに上品な紅茶も淹れてくれ、もてなしてくれた。
「もうわかってるかもしれないけど、結婚式するから来て欲しいの」
「紗代子の結婚式なら当然行くに決まってるでしょ。私のにも来てくれたんだし」
「良かった。断られるかもしれないと思って冷や冷やしてたんだから」
「ねえ、折角来てくれたんだから、二人の馴れ初めのこと聞かせてよ」
 先ほどまで機嫌よく話していた妻の顔に戦慄が走ったかのように、隣の僕には見て取れた。ここは僕達にとって、あまり触れて欲しくないところだった。
「それは、結婚式でも話すから、その時のお楽しみってことで。じゃ、そろそろお暇しようかな。もう一件行くことになってるから」
「あら、そう。じゃあ、楽しみに待ってる。招待状お願いね」
 妻は友人から住所を聞いて、僕達はその豪奢なマンションの一室を後にした。
 エントランスを抜けると妻は僕を置いてすたすたと駅の方を目指して歩き出した。少しイライラしているようにも見えた。次の待ち合わせは、駅前のカフェで行われるらしく、僕達はカフェに入り、妻の次の友人が来るのを待った。
「わかってると思うけど、私とあなたがどこでどういう出会いをしたかっていうのは黙っておいてよね」
「うん、わかってる。もし僕の方に聞かれても煙に巻くよ」
「幼なじみとか職場で出会ったとか、普通の出会い方に憧れがあるの」
 妻はそう言うと、吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて火を消した。灰皿の上ではシケモクが散乱している。僕は煙草の匂いが苦手だったが、彼女が吸わずにはいられない質のため、いつも渋々喫煙ルームにいっしょに入っていた。
「来た来た」
 彼女が手を振ると、その女性は僕達のところへやってきた。中にたまった煙に一瞬、眉根を寄せたので、ひょっとすると煙草が苦手なのかもしれない。
「紹介したい人がいるって出てきたけど、こんな場所とはね」
 露骨に嫌そうにする妻の友人は、番号札を持って席についた。二番と書かれた緑の札をテーブルの端に置いて僕達のことをしばらく値踏みするように見つめている。カフェの店内は混んでいたが、喫煙ルームは例外でそれなりにまだ余裕があった。ガラス扉の向こうで、店員がカップを乗せたトレイを持って右往左往していた。喫煙ルームの中に二番の番号札を認めると、その店員はまっすぐにこちらに向かい、お待たせしましたと言って、コーヒーを妻の友人の前に置いた。彼女はそれを一口だけ口に含むとすぐにカップをソーサーに戻した。
「あたし、煙草やめたんだ」
「昔はいっしょに吸ってたのにね」
「何年前の話よ。私も結婚して子供ができたら変わったわ。だから、紗代子もいずれは変わるんじゃないの」
「だといいけど。でも今は妊娠してないし」
「ふーん。で、籍はいつ入れたの?」
「半年くらい前かな」
「紗代子もとうとう結婚かあ」
「でね、今日はお願いがあって来たの」
 妻がようやく要件を切り出そうとしている。僕はそれを隣で見守るしかない。
「旦那を自慢しにきたわけじゃないのね」
 妻の友人は薄ら笑いを浮かべていた。その視線は僕に向かい、僕はそれに対して愛想笑いで返すしかなかった。そう言えば、こうして相対してから一度も祝福の言葉をもらっていなかった。普通、おめでとうの一言でもありそうなものだが、彼女はそんな素振りすら見せない。
「式を挙げるから、来て欲しいの」
「もちろんよ。でも、そんな用件なら電話でも良かったのに」
「旦那も自慢したかったしね」
 妻の旧友はコーヒーをまた一口啜り、冷ややかな目で妻を見ている。あまり感じのいい人には思えなかった。
「ちょっと待ってね。少し考えさせてくれる。家に帰ってうちの人にも相談しないと駄目だから」
「日程は秋を予定してるの。九月七日の土曜日」
「まだ先ね」
「お子さんは何歳なの?」
「五歳よ」
「今はどうしてるの?」
「義母が見てくれてるの。私、午後から仕事だから、そろそろ行くわ。あ、まだ言ってなかったけど、結婚おめでとう」
 当初はとんでもない友達だと思っていたが、単純に云い忘れていたのだろう。僕は急に彼女がとてもいい友人のように思えてきた。
「ねえ、最後に聞きたいんだけど、二人はどこで知り合ったの?」
 妻が黙ってしまった。先ほどと同じ展開だった。今度は僕が話すしかないのだろう。
「友達のつてでいっしょに食事をして仲良くなりました。いわゆる合コンってやつですよ」
 僕は適当に誤魔化すことにした。妻とは合コンで知り合ったわけではなかった。でもこのご時世よくある話だから、ばれるわけがなかった。僕は大抵この嘘を押し通す。いつも通り過ぎて、自分でも演技をしているのか嘘をついているのかわからなくなるほどだった。ありふれた理由が本当の自分を作っていくかのとうな錯覚に陥る。しかし、本当の出会いに関しては他人に言いたくない。それは妻も僕も同じだった。
「そうなんですね。うちもそうだから。それじゃ、また今度ゆっくり聞かせてくださいね」
 彼女は飲みかけのコーヒーをその場に置いて、喫煙ルームから出て行った。煙草の染み付いてしまった服を帰ったら着替えるのかもしれない。そのせいで仕事に遅れることにならなければいいのだがと僕は心配になった。

「良かったね、あの人何だかんだ言って来てくれそうじゃない」
「うん。多分大丈夫じゃないかな、ああいうさばさばした感じの人だから」
「招待状の準備とかしないとね」
 妻の二人の親友に会ってからの帰り道、僕と妻は今後の予定について話し合った。挙式や二次会のことまで話し二人の未来はとても明るいように僕には思えた。
 妻は結婚式は何としてもやりたいのだということを改めて強く語ってくれた。小さい頃からの夢で、どうしてもウエディングドレスが着たいという。妻の言うことならば何だって叶えてやりたい僕は、特に反対することもなく、その段取りを始め出したことに何の違和感も感じていない。妻が言ったことには忠実に従う。それが僕と妻の間にある関係をよく表した言葉だと思う。

 僕と妻が出会うきっかけとなったのは出会い系サイトだ。今では老若男女皆がやっている。色々問題も多いようだが、僕と妻は何の弊害もなく出会うことができた。お互い共通の目的があった。
 だが、妻は保守的でそのような出会い方を人には言いたくないと言った。あくまで自然に出会い、恋に落ちて、結婚に至る。そういうのに心惹かれるというのだ。確かにあまりに如何わしいあのサイトを媒介にして出会うというのは他人には理解できないことかもしれない。でも、いっしょにいるといつか誰かは必ず、馴れ初めを聞いてくるはずだ。それにもし、二人の間に子供ができたときはどのように説明するのだろう。僕は一度そういう疑問を彼女にぶつけてみたことがある。
「流行ってる出会い系アプリで会いましたって言えばいいんじゃないの? その方が何の詮索もされないから安心だよ」
「嫌よ。私は偏見を持ってるの。そういう安っぽい出会いに」
「そんなことないって。ほら見てみろよ、これは結婚相談所のページだけど、婚約数は延べ数万件だよ?」
「わからないの? そういうサービスを使って、私達が出会ったってことが知れるだけで綻びとなるの。ヒントを与えてるだけよ」
 彼女が言っていることには一理あった。決して他人には明かせない僕達の秘密が明るみに出ることは避けなければならないからだ。
 よくよく考えてみれば二人でこの秘密を共有しているからこそ僕達は親密になれたのかもしれない。他人に知られると窮地に陥ってしまうであろうこの秘密を守り通していくという決意が二人の愛情を育んでいったのだろう。僕はそう思っている。僕達は本当に愛し合っているがそれは一瞬の出来事や些細なことで泡沫と化す。そうならないために隠匿していく義務が僕達にはあった。秘密を隠し通すのに必要なことは普通の生活をすることだった。それが最大の隠れ蓑になる。だから妻は強く、結婚式を希望するのかもしれない。ただ、そんなことはどうでもいいことだ。僕にとって妻が全てであり、彼女が挙げたいと言えば結婚式でも何でも付き合ってやる。彼女が何かをしたいと言えば僕は常に喜んでそれに従ってきたのだ。

「ねえ、これ見て」
 先日、訪れた妻の友人からのメッセージが携帯の画面に映し出されていた。
「紗代子、美帆って結婚式呼んでる? 最近連絡取れなくて」
 妻は僕が見ている前で、やりとりの続きをしていく。
「呼びたいけど、私も連絡とれなくて。昔から男できたら、ぞっこんで、どうせその男の家に入り浸ってんじゃないの?」
「うん、多分ね。私も家が近所だから美帆のお母さんに聞いたら、そんなこと言ってて心配はしてないんだって」
「ふーん、ま、便りがないのはいい知らせとか言うし、ほっとこうよ」
「わかったー、じゃあまたね」
 僕には美帆というのが誰のことか、直感的にわかった。妻が笑っている。だから、このやりとりを僕に見せてきたのだ。美帆というのは、妻が殺し、僕がその遺体の遺棄を手伝った人物に違いない。
「美帆は呼んでも来れないんだけどね」
 妻のその一言が独り言なのか、それとも僕に向けられた言葉なのかはわからなかった。
 僕達が出会ったのはただの出会い系サイトなどではなかった。自殺や殺人を幇助する人間を探すアンダーグラウンドな海外のサイトだった。そこで僕は自殺を助けてくれる日本人を探していた。妻の紗代子は死体の処理を手伝ってくれる人間を探していた。僕は一度半信半疑で彼女に連絡をとったのだ。会ってみて、話を聞いて、僕はどうせ自殺するのだからと、彼女のいうがままに、遺体を切断し、遺棄するのを手伝った。僕はそれが終わった後、彼女に自殺の幇助を願い出た。彼女はそれを断ってきた。そして、一人にしないで欲しいと僕にすがってきたのだ。僕は少しだけ、生きる希望を見出した気がした。彼女に頼られることが嬉しかった。いつ死んでもいいという思いはその時、はっきりと消えてしまった。

コメント(7)

タブーをテーマにしました。
夫婦には秘密があり、それを探られるのはタブーだという設定で書きました。
肉さんの作品、首を長くしてお待ちしてました!( ´ ▽ ` )ノ

まさかのオチに、椅子から転げ落ちそうになるほどの衝撃を受けました。

「出会い系サイト・アプリ」かと思いきや、そっち系だったとは・・・。

秘密の共有は時に恐ろしいものですね。
ラストにゾクッとしましたね。
基本怖がりなのでホラーは個人的に勘弁なのですが……(笑)
この作品を読みながら、同じようなラストを私も考えてしまいました。特にどこが、ということもないですが、やはり何らかの作者の意図が読み取れたんですかね?

ちょっと気になった部分を書き出すと
冒頭の『賛成に違いないのだ』というのは主人公の一人称の意見としては少し変かな、と。自分の気持ちなので、『違いないのだ』というのは他人に対する言葉のように感じます。

あとはラストのメッセージのやり取りが「」だと会話文で電話のように感じられてしまうので、『』などの方が文章だとわかっていいと思います。


私はこのラストの『生きる意味を見失った男が、悪事の片棒を担いで生きる意味を見出す話』は好きです。
今回は出さない予定でしたが、ここに来て書きたくなってしまいました。
肉さん、お久しぶりです。

ラストは…やっぱりそうきたか、と感じました。割りと始めから「二人の出会いにオチあり」「それは犯罪系」「読者をびっくりさせますよ」という空気が漂っていました。
予想が当たって、にんまりです。
だけど予想を裏切ってほしかった気もします。

最後が短すぎて、ネタバレするならじっくり明かして欲しかったです。駆け足で終わらせるなら、もっとぼかしても良かったかも。
自殺しようとしてたけど頼られて死にたくなくなったという主人公の心の動きはリアリティーがあって好きです。
オチ重視の短編だと思ったので、比較的淡々とした展開が作品の方向性にあってると思いました。
可能なら、どんでん返しにさらにいくつかどんでん返しが来てほしいです。笑えるような二段目のオチとか!

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