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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第17回スター作『故郷(ふるさとはセピア色)』

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 火星の赤道地帯を長さ四千キロメートル、深さ七キロメートルに渡って引き裂くマリネリス峡谷は、リュウの生まれ故郷である。レンガで作られた家の窓から、ひょろ長くて、まるで巨大なもやしのような木が生い茂る緑の森が広がっていた。
 火星に移住した人類が植樹したものである。子供の頃、リュウは地球のそれに比べてひょろ長い草の生えた丘を駆けまわり、透明な天蓋の彼方に見える火星の空に、青い夕焼けが訪れるまで遊んだものだ。
春には散っても、地球の三分の一しかない重力のためになかなか地面まで花びらが落ちない桜景色を楽しみ、夏には大人の拳大まで成長した巨大なセミやカブトムシを獲って、秋には野球のボールなみに大きく育った栗を食べた。
 そして冬には地球上のそれよりもゆっくり地面に落ちてゆく雪を集めて雪だるまを造ったり、雪合戦に興じたのである。子供の頃、家族は祖父母と両親と、リュウの五人暮らしであった。
 人類の故郷の青い惑星に浮かぶ日本列島で生まれ育ち、大人になってから火星に移民としてやってきた祖父母は、リュウがヴァーチャルテレビでしか感じた事のない、かれらのふるさとならではの話を、折りに触れてしてくれた。
地平線まで、大量の水を満たした青い海。その海を泳ぐ、今は絶滅した巨大なクジラ。祖父が沖縄の海に潜った時、その目を楽しませてくれた色とりどりの熱帯魚。太古の人類が今に残した住居や墓や仏像や古墳等の遺跡達。
火星のそれよりも、太く短く育つ草木。晴れた日には、どこまでも広がる青い空。マリネリスから観るよりも、激しく光り輝く太陽……。だがその地球は、増えすぎた人類が大量の森林を伐採したため砂漠化が進んでいた。
人類の作りだした有害な廃棄物による大気や土壌の汚染も深刻な物になっていたのだ。それとは逆にリュウの故郷のマリネリスは、パラ・テラフォーミング計画が進んで不毛だった砂ばかりの峡谷に、森林が生い茂り、草原や田畑が広がっていた。
一方の地球は温暖化で海面が上昇して海抜の低い島は水没し、石油やウランやメタンハイドレート等の有用な資源は、すでに掘りつくされている。人類の一部は新たなチャンスを求め、月やスペースコロニーや、隣の赤い惑星に移住を開始したのである。
リュウの祖父母もそうしてここにやってきた移民の中に含まれていた。最初の移民は、パラ・テラフォーミングされたマリネリス峡谷に住居を定める。渓谷の上部を全て、透明な天蓋で覆い、巨大な温室にしたのである。
この温室に地球人が呼吸できる大気を満たし、植物を植え、鳥や昆虫や人類に無害な獣を放ち、田畑を作り、家を建て、川や湖を作ったのである。湖沼の水は晴れた日には蒸発し、透明な天蓋の下に雲を作り、やがてそれは重たくなって雨を降らせた。
降る雨は再び川や湖となったのだ。祖父の口癖は『一度は地球に帰りたい』だったが、リュウには理解できなかった。火星こそが、彼の故郷なのだから……。人類の故郷である青い惑星は、ヴァーチャル・リアリティ越しに知る、おとぎ話の世界でしかない。
やがて歳月を重ねるにつれ、太陽系における地球と火星の地位が徐々に変質していった。移住者が急激に増えた第四惑星の人口は百から千、千から万、万から十万、十万から百万、百万から一千万と次第に上昇したのに対し、地球はピークの八十億から七十億、六十億、五十億へと減少する。
 人口が減った理由は全地球規模の少子高齢化もあるが、戦争や飢餓や圧制から逃れ、あるいは職を求めて、宇宙へ移住する人が後を立たなかったからでもあった。人類にとって恥ずかしくも情けない話だが、二十三世紀になっても地球上から戦火の絶える時はなく、アジアやアフリカで核兵器が使用され、放射能汚染された地域も出たのだ。
核攻撃で、大勢の人が瞬時にして亡くなった。ヒロシマやナガサキの教訓は生かされなかったのである。
                   *
火星の夜空に輝く地球は美しい。太陽からも火星からも近いので、金星(ヴィーナス)と同じ位、ひときわ光り輝いて見える。火星にもしも地球と同じように生命が生まれて進化を遂げ、人類同様高度な知性を持ったとしたら、夜空にきらめく地球にこそ、かれらにとっての 『美(ヴ)と(ィ)愛(ー)の(ナ)女神(ス)』の名をつけたかもしれないと、リュウは思った。
 ヴァーチャルテレビのニュースが伝える地球の過酷な現実を、感じさせない美しさだ。その、人類の母星から移民が飛躍的に増え、マリネリスの人口は二十三世紀初頭、一億人を突破した。
 そうなると、いよいよマリネリスだけでは手狭になり、火星全体をテラフォーミングしようというプランが地球と火星、二つの惑星の星会議員の間で持ちあがってくる。これに現実味を加えたのが、ナノマシンの急速な技術的進歩だった。
 すでにナノマシンは医療分野で、華々しい成果を収めていた。メスで人体を切り開かずにガンに侵された患部まで血流に乗って到達し、レーザーでガン細胞を駆逐したり、注射をせずに薬品を患部に届けたりしていたのである。
  ナノテクノロジーのそんな進化によって、微細な機械を埋めこんだ一万個の突入体を火星の地表にばらまくというプランがリアリティを持ちはじめたのだ。ナノマシンが地中から吸いあげた物質で火星全土をすっぽり覆う透明な天蓋を作るという、人類史上最大規模の、極めて壮大な計画だった。
天蓋で覆われるため、その下の火星全土が巨大な温室になり、表土の下の永久凍土は急速に溶けて解き放たれ、気圧と気温は上昇する。そこに地球と似た大気を作るというプロジェクトだった。
正確に表現するなら、放射能や排ガスで汚染されていない、昔の地球の清浄な空気を再現するのである。当然というべきか、それに対する反対運動も起こった。マリネリスの各地で反対デモが起こったが、火星政府の方針は揺るがなかった。
 ラグランジュ・ポイントに、火星と同じ重力を再現したスペース・コロニーを建設し、多額の金をマリネリスの住民に払うのと引き換えに、そこへの移住を奨励したのだ。
                   *
「懐かしいな……」
リュウは眼前に横たわる、ひょろ長い木々で構成された森林を見ながらつぶやいた。空には地球上で育つよりも大きく、ふっくらと成長した鳥達が飛んでいる。地球なら、この体型では絶対飛べないに違いない。
 このマリネリスを訪れたのは、本当に久しぶりだった。すでにリュウを含めた一億人の全住民はここを離れ、地球と月の間のラグランジュ・ポイントL五に浮かぶスペースコロニーに移住している。
 火星で生まれ育ち、地球の重力には適応できないリュウ達のため、コロニーの重力は第四惑星とほぼ同じに設定されている。未だにリュウは太陽も見えなければ砂嵐もないコロニーの生活に違和感を覚えるのだが、コロニーで生まれた孫達は当然ながら、その生活を当たり前として受けとめていた。
 火星全土のテラフォーミングが完成したら、第四惑星に移住できるのだが、中にはコロニーに残る者もいるだろう。
「そろそろ行きましょう」
 妻が手を引いた。結婚した時二人共まだ二十代の若さだったが、今ではどちらも八十代の老人である。昔の八十歳と違い、まだまだ元気な年齢だが、それでも顔には皺ができ、髪は白く薄くなり、体のあっちこっちが絶えざる不調を訴えている。リュウは肺を、妻は心臓を過去に病み、今は手術で人工臓器と交換していた。
 火星全土がテラフォーミングされた後、マリネリス峡谷のような低地は、水を満たした大河になってしまうのだ。かつて地球でダムを建設した時に村が水没したように、レンガでできた家々は、大河の底に沈んでしまう。
 同じように、バイキング二号が着陸したユートピア平原やイシディス平原、アキダリア平原、クリュセ平原は大海となる。ヘラス平原は、巨大な湖となるだろう。火星の大地に点在する大小無数のクレーターは、湖や池へと変化を遂げる。
新しくできた海や川には、低重力のためにフグよりもふくらんだ魚達が泳ぐようになるだろう。火星は宇宙から見たら、地球のような青い惑星となり、何もかも今とは変わってしまうに違いない。
やがて見渡すマリネリスの景色が霞んだ。自分の流した涙のせいだと気づくのに、少しばかりリュウは時間を必要とした。ぼやけた景色はまるで記憶の彼方にある、セピア色の光景だ。

コメント(24)

忌憚のない感想をいただければ幸いです^_^
設定がよく練られていて、奥深くて、すごい!と思いました。よく考えられるなぁ…と尊敬します。現実にありえそうな未来で面白いです。
地球への郷愁を匂わせて終わるのがいい感じだと思いました。
「スターさんは日本の四季がお好きなのかしら、それともSFというジャンル自体に四季に言及する作品が多いのかしら……?」
というのが率直な一つ目の感想でした(以前も四季に関するお話をアップされていたので)。

そして、「映画でもやってる『テラフォーマー』と近いのかな?」と「テラフォーミング」という単語もWikiってみました。
SFでは有名な概念なのですね。勉強になりました。

最後に、これは普段SFを読まない一読者の好みとしてお読みください。
私が読書をする上では、知らない単語が当たり前のように出てくると、結構そこで「あ、わからない……」とシャットダウンしてしまうことがあります。
今回、「ラグランジュ・ポイント」という単語が、いきなり既出の単語のように出てきた点についても、少しためらってしまいました。
「テラフォーミング」ぐらいだったら、「テラ」に(副詞?)「フォーム」するんだろうなあ……と考えつくのですが(実際にはテラの英語表記のつづりが想定したのと違ったので、想定した意味とはだいぶ違いましたが)。
でもたぶん、SFがお好きな方は「ラグランジュ・ポイント」ぐらいご存じなんですよね?

今回は部会はご欠席とのことで、もし次にお会いできたら、スターさんが想定される読者さんについてお聞きしてみたいです!
>>[5] すいませんあせあせ(飛び散る汗) ラグランジュ・ポイントには解説が必要でしたね(>_<) ちなみに地球と月の間の重力のつりあう場所にあり、スペースコロニーを浮かべるのに、適切なポイントです。
四季は、好きです。だから、俳句も好きなんだと思う。
SFというジャンル自体に、四季がたくさん登場するわけではありません。
私が想定する読者ですが、ここに載せてきたショートショートは、SFマガジンに投稿したものばかりなので、SFファンを想定してましたね。
そういう意味では、ここに載せるべきではないのかもしれないです。
ちなみに次回は、300字小説を載せる予定。
初めて参加させていただく者です。素晴らしいですね! 最近、偶々、未来の火星の建築コンペに入賞したという人と出会って、そういう小説もあればいいなと思っていたところでした。それだけに、驚きも格別です。火星では、愛の営みはどうなるのでしょうか?
>>[008]
あんまり載せない方がいいとか考える必要はないと思いますよ!
私はいま自分自身の作品の想定読者像と、実際に読者になって下さる方々との乖離(それが面白い点でもありますが)に悩み気味なので、「他のみなさんはどうなんだろう……?」と気になっているだけです。
部会で直接お話できれば1番なんですけどね、またの機会をお待ちしてますo(^-^)o
>>[9] ありがとうございます^^; 愛の営みは、どうなるんでしょう?
わかりませんが、多分地球と同じようにあるのでは? 地球と比較して重力が小さいのがどう影響するかわかりませんが。
火星の建築コンペは初めて知りました。どんな建築か、興味深いです。
>>[10] 私は、乖離は気にしてないです。ここに載せているのは、以前落選した作品ばかりで、ある意味終わった作品なので。
>>[9] 火星を舞台にした作品は、それこそたくさん書かれてますから、それほど珍しくないと思います。
>>[10] むしろ乖離があることによって、ヴァンサンさんの貴重な意見も知ることができて良かったです。
SFは、一握りのマニアのものだとは思ってないですし。
今回は中編製作中なので、偉そうに感想だけ書かせていただきます。

まずスターさんの作品は設定が面白いですね。SFがお好きなのがよくわかります。
火星やナノマシンなどの様々な設定が男の子をワクワクさせてくれます。
個人的にはこの短さであれば説明はいらないし、文字数を消費するのであまり入れないでいいと思いますよ。ガンダムでもミノフスキー粒子がうんたらとか、左舷の弾幕がうんたらと言っていますが、その状況を説明しなくても緊迫感や意図は伝わりますからね。
わからない人には難しくなりますが、SFという特殊な世界観と、短編の難しさですね。

気になったのは行の頭を空けているいるところと、空けていないところ、2マス空けているところがあることですね。何か意図はあるのでしょうか?
>>[15] 感想ありがとうございます^_^ ミクシィにコピペする時に、行やマスがずれるので、いつも編集してからアップするのですが、それを忘れてました(>_<)
ナノマシンで火星をテラフォーミングするという設定は、私のオリジナルではなく、科学者が考えたのをパクってきました^^;
>>[16] 感想ありがとうございます^_^ 元々最大2000字のショートショートコーナーに投稿したものですが、もっと長い字数で表現すべき素材だったかなと反省していますあせあせ(飛び散る汗)
火星の情景を読んでいるだけで、楽しめました。重力環境が違うことによる発達具合の差は、想像しながら読むと気持ち悪いようで、宇宙ロマンがあるなと感じました。
内容に触れない書き込みで申し訳なのですが汗

題名が素敵です!特に「ふるさとはセピア色」の部分。まるで歌詞の一部分みたいです。
「あっ、読んでみたいな」とぐぐっと興味をひかれる題名でした。

この題名を見ると思い出す曲があります。90年代の名曲。(内容と全くリンクしていないのですが)必ず頭のなかで再生される曲があります…今もそう、リピート中。参ったな!
>>[19] 感想ありがとうございます。テーマは、そうですね。
>>[20] 感想ありがとうございます^_^ 確かに気持ち悪いかも^^;
>>[21] 感想ありがとうございます^_^ タイトルを評価されるのは、とても嬉しいです。
タイトルがイマイチで読まれなかったりすることもあるだろうしね。

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