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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第十回 みけねこ作 『公園の記憶』

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実家に戻ったのは、半年ぶりだ。なぜか、家の中の家具が小さく見える。僕が特別大きくなったわけでもないのに。

僕は、ここから大学まで通うのに二時間かかるため、都心のアパートに住んでいる。
都会での独り暮らしは、気楽で快適だが、こうして、玄関の灯りに迎えられるとほっとする。
温かいという言葉の一言では表現できない心の落ち着きを感じる。離れて初めて分かるありがたさというものだろう。

今回、僕が帰省をしたのは、父が入院したからだった。もともと、持病を患っていた父が体調を崩し、検査入院することになった。母は、別に大したことはないから帰ってこなくても大丈夫と言っていたが、姉も社会人で家を出てしまっているので、大学生の僕が帰ったほうがいいだろうと判断したのだ。

「修二、無理して帰ってこなくても良かったのに。お父さんは大丈夫よ」
「でも、まあ、おやじも話し相手がいなくて暇だろうから、病院で雑談してくるよ」

キッチンで、母と向かい合って夕食をとりながら話した。
よく考えてみると、母とじっくり向かい合って話すことも久しぶりだ。
高校生の頃は、部活ばかりして、夕食の間も、友達からのラインが気になり、母とまともに話すことがなかった。
大学生になって、家を出てからは、サークルの仲間と飲むこと、どうやったら女の子にもてるか、そればかり考えていた気がする。

母は、いささか浮かれた様子で、僕の好きなマッシュルームのポタージュスープを作ってくれていた。しかし、そのそわそわした様子から、父はもうあまり長くないのではないかと直感した。

こうやって冷静に母の姿や、家の中を見ていると、僕の中の記憶が小学生の頃からすっぽりと抜けているような感じがする。いつの頃からか、自分のことしか考えていなかった。

夕食を済ませ、半ば荷物置き場になっている二階の自分の部屋に上がった。電灯からは紐が垂れていて、お菓子についていたキャラクターが結びつけられている。僕は、床に布団を敷き、寝そべってキャラクターを指で弾きながら、ぼんやりと本棚を眺めていた。

僕のいなくなった部屋の本棚は、小物置き場となっていて、一番上の段にはビデオテープが並んでいた。「修二・小学1年運動会」、「幼稚園・七夕祭り」などと背表紙に見出しがついている。その中に「公園」と書いてあるビデオテープを見つけた。

公園?なんだろう?

僕は好奇心から部屋にある古いテレビをつけた。これは、テレビデオといって、テレビとビデオデッキが一体化したものだ。DVDやBlu-rayが普及した今ではVHSを見ることもなくなり、物置部屋となった僕の部屋にテレビデオは置かれていた。

ビデオテープを巻き戻し、回し始める。
緑の芝生が画面いっぱいに広がった。
僕が小学1年の夏休みに、家から5分ほどのところにある公園で友達と水風船に水を入れて飛ばして遊んでいる姿が写った。父が撮ったのだろうか、時々手元が揺れている。
僕達が公園の水道のところで裸足で走り回っている姿のはるか後方のベンチにおじいさんが座っているのが見えた。
僕達の姿を見ているのか、昼寝をしているのか、よくわからない。
右手に袋を持っているのが写っている。
僕は、ビデオから目が離せなくなった。見入ったのは幼い自分の姿ではなく、このおじいさんの行動であった。
彼は袋を握って、ゆっくりと立ち上がり、袋の中に手を入れ、木の幹に何かを撒いている。

僕の記憶は、ビデオテープのように巻き戻されていった。

小学1年のある夏休み、僕の家に同級生5人が遊びにきていた。日曜日だったのか、父が休みで水風船のセットをくれたので、みんなで公園に走っていき、水風船に水を入れ、水鉄砲のようにして遊んだ。父が犬の散歩ついでに公園に来て、遊んでいるところをビデオに写していた。僕は、恥ずかしくて父に水をかけてビデオカメラを濡らしてしまった。父がビデオカメラを守るために公園を去ったので、映像はそこまでだった。
さんざん水風船を撒き散らして遊んだ僕たちは、昼ごはんを食べに帰ることにして、散らばった水風船を拾って片付け始めた。

そのとき、
「君たち、偉いね」
どこからともなくおじいさんがやってきて、僕たちに言った。
「さっき、あそこにお金が落ちてたんだよ、ちょっとおいで」
おじいさんの後をついていくと、木の幹に一円玉が数枚落ちていた。

「わ、一円玉だ」
僕たちが歓声をあげると、おじいさんは、
「あ、ここにもある」
と、違う幹を指差した。
「拾って行けばいいよ」
おじいさんの指差したところには、一円玉だけではなく十円玉もあった。
「ほら、ここにもあったよ」
おじいさんに誘導されながら僕たちは一心にお金を拾った。

「修二、何してるの? 」

現実に引き戻されるような声がした。僕の母の声だった。
「すごいよ、公園にお金が落ちてたんだよ」
「ほら、こんなにあるよ」
僕たちが目を輝かせていうと、母は冷たい声で

「落とし物は、警察に届けましょう」
と言った。

「えー」
「だって一円玉ばっかりだよ」

頭の中で膨らんでいた風船がぱちんと割れた。

「僕たち、偉いから小遣いにすればいいんだよ」
おじいさんは言った。
母は、おじいさんに目もくれず、
「さ、片付けて。お金がいくらあるか数えなさい。みんなで警察に届けましょう」
と言い放った。

お金を合わせると141円だった。

蝉の大合唱がアスファルトの暑さを膨らませる夏の昼間に、僕たちは警察に向かい、遺失物届けを出した。一定の期間が過ぎたら僕たちのものになるという。公園で落とした一円玉や十円玉を警察に届ける人はいないだろう。

警察からの帰り道、小さな正義感に姿勢を正して歩く母の姿を、なぜか僕は恥ずかしく思った。

その後、僕も友人たちも、警察にお金をもらいにいくことをすっかり忘れていた。
きっと、今、覚えているやつはいないだろう。
そんなことを考えながら、いつの間にか眠りについていた。

次の朝、僕は父の病院に向かった。

父は、思ったより元気そうだった。
「来なくていいって言ったのに。ただの検査だから、すぐに退院できるよ」
「まあ、僕は今、暇だし、社会人になったら、なかなか帰省もできないから。今のうちに会いに来ようと思ってさ」
父にこんなことを言うのも照れ臭い。
点滴の文字を見ながら、目を合わさずに一気に話した。

「あのさ、とうさんが撮った公園ってビデオを見たらさ、、」
「あ、あれだろ、三丁目の小山さんのおじいちゃんが修二達に小遣いをあげようと思ったんだよな」
「知ってたの? 」
「普通、わかるだろ。あんなにお金落ちてるか?」
「小山さんのおじいちゃんってあの人なんだ、今は、どうしてるの?」
「去年、亡くなったよ。毎日、あの公園にいたみたい」

僕は、胸が苦しくなった。目頭が熱を帯び、熱い涙が製造されているのが分かる。
父にばれないよう壁を見て気持ちを落ち着けた。

「そうか、小山さんのおじいちゃんに悪いことをしたな。あのとき、もらっておけば良かった」
「ま、でも、かあさんも、修二たちに良かれと思ってしたことだから。どちらが正しいということもないよ」

それから、父と僕は、他愛のない話をした。

こうして、父と話す時間も、あとどれだけ残されているのか分からない。
僕にとって、今、大切にしなければならないこと、それは、すっぽりと抜けた僕と家族の記憶を少しずつ埋めていくことなのかも知れない。

父と夜まで過ごし、病院を出て、実家に戻る途中に公園のそばを通った。小山さんのおじいちゃんが座っていたベンチは、優しい月の光で包まれていた。

僕は、ベンチに小さく会釈をして、家に走った。

コメント(4)

いつもより少し長めで読みごたえがありました。
家族との昔の記憶を辿って行くと、とても涙が出そうになります。
死にまつわるテーマの中で、とても効果があると思いました。
家族との何気ない会話・やりとりのあたり、グッとくるものがありました。

家族との隙間を埋めていくことはとても大切だと感じさせられました。

かつてベンチにいた「おじいさん」は、「家族との絆」という落し物を見つけさせてくれたのかな とも思いました。
近所のおじいちゃんとのエピソードが、自分の経験と重なって悲しかったです。自分にとっては他愛ない日常の一場面なのに、相手にとっては非常に重要であったというのは、すごく悲しい設定だと思いました。
おじいちゃんが毎日ベンチにいたというのも、思い浮かべると悲しくなります。
好きな描写は、電灯の紐に結ばれている、お菓子についていたキャラクターのところです! この描写だけで、世代や昔の家庭環境、成長などの様々な要素が伝わってきて、上手いと思いました!

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