半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六回たかーき作「スズメガの観察日誌」

（はじめに）
申し訳ありませんが１００００字制限を１０００字ほど越えてしまいました。
書ききれない部分はコメント[1]に載せてあります。

私にとっては実験的な作品なので、どのように評価されるか未知数です。
「官能・ホラー」というテーマに沿っているか微妙かもしれないのですが、お読みいただければ幸いです。
自己評価は、
官能度(1/10)
ホラー度(9/10)
です。

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スズメガの観察日誌

■
公園で、緑色の芋虫を見つけた。

大きな葉っぱを食べている。
その芋虫は小さい。
一生懸命食べてて、齧られた所がまるで道のようになっている。
緑の芋虫は、緑の葉っぱのその道を、頑張って大きくしている。

僕は、その葉っぱごとそっとランドセルに入れて帰った。

家で、自分の机に葉っぱを出した。
お父さんに、見つからなきゃいいけど。
芋虫は葉っぱを食べ続けていた。

■
家に箱があって、よかった。
お父さんが昔、水槽として使ってたけど、今は押し入れに捨ててある。
僕はその、空っぽの透明な箱を開けて、底に葉っぱごと置いた。
箱は机の下に隠した。きっとお父さんにも見つからない。

芋虫は、ずっと葉っぱを食べ続けている。

■
同じ種類の葉っぱを、拾ってきた。
芋虫を入れた箱を取り出した。
拾ってきた葉っぱを、入れてあげた。
芋虫は、ずっと葉っぱを食べている。
他には何をしてるんだろう。
寝るのかな？
僕が見ると必ず、葉っぱをパクパク食べてる。

なんで、こんな虫がいるんだろう。
なんで、生きて、動いてるんだろう。
人間や、犬は生きている。これも生きているの？
ふにゃふにゃして、やわらかいものは、みんな生きているの？
消しゴムは生きてない。綿菓子は生きてない。ゴム風船も生きてない。
でも、これは生きてる。
わからないけど、きっとそういうものなんだ。

拾った時より大きくなった。
きっと、葉っぱを食べたら大きくなるんだと思う。
僕だって、食べたら大きくなるよ。

そういえば、隣のお父さんの部屋から、知らない人の声が聞こえる。
また、誰かが来てるんだろう。
いつも、なぜ人を連れてくるのかわからない。
多分、そういうものなんだと思う。

■
芋虫は、昨日と違っていた。
緑色だけど、お尻に角が生えて、かっこよくなったように見える。
生まれ変わったみたい。

小さな白い塊のようなものが落ちていた。
芋虫はその塊を食べていた。
誰かが入れたのかな？でも、そんなはずはない。

芋虫はずっとその白い塊を食べ続けている。

今日は、お父さんの部屋から人の声は聞こえてこない。

■
あの芋虫は、何という名前なんだろう。
図書室で、図鑑を調べることにした。

「スズメガのようちゅう」

「うまれたころは、ちいさいですが、
たくさんはっぱをたべ、とてもおおきくせいちょうします。
のうかのはたけをくいあらすため、がいちゅうとよばれています」
「いろいろないろの、ようちゅうがいます。
からだじゅうにもようがある、ようちゅうもいます」
「だっぴをして、じぶんのぬけがらをたべます。
おとなになると、はねがはえ、そらをとびます」

スズメガ、と言うのは、スズメの仲間なのだろうか。
でも芋虫は、鳥じゃない。
いや、ガと付いているから、あの蝶に似た「ガ」の仲間なんだ。
なんでそんな名前なのかは、わからない。そういうものなんだ。

家に帰って箱を開けた。
葉っぱを食べ続けてる。大きくなるって書いてあったけど、もっと大きくなるのかな。
いつ、羽が生えるんだろう。
あの白い塊はもう無くなっていた。
あれは、脱皮したあとのぬけがらだったんだと思う。
図鑑にも、ぬけがらの絵が乗っていた。

■
夜中に目が覚めた。
お父さんの部屋から、声が聞こえてきた。また誰か連れてきてる。
毎回、聞こえる声は違う人の声だ。

その女の人はずっと、お父さんとお喋りをしていた。
少しすると、急に静かになった。
そのあと女の人が、慌てた声で、僕の事を話した。
僕が起きているのではないか、と言って。
お父さんは「関係ねえよ」と言った。
その後、何も聞こえなくなった。
しばらくして、ため息が聞こえ、２人がまた喋りだした。
今の間に、何か嫌な事でもあったのか、さっきより疲れた声だった。

いつも、何をしてるのか、僕にはわからない。

僕は、葉っぱが減っていることに気付いていなかった。
朝起きると、芋虫は少し小さくなっていて、葉っぱがなくなっていた。

■
あの公園から、同じ葉っぱを拾ってきた。
走って帰ってくると、芋虫はもっと小さくなっていた。
昨日は、僕の中指くらいに成長していたのに、今日は、人差し指より短い。
僕は、葉っぱを入れてあげた。
でも食べようとしない。

葉っぱには、何か小さな粒のようなものがついている。

■
朝、芋虫はひっくり返って動かなくなっていた。
僕はその芋虫を拾った公園にいき、土に埋めてあげた。

家に帰って、また箱の中を見た。
何か小さな別のものがもぞもぞと動いている。
箱の葉っぱを、一生懸命齧っている、別の何かがいる。
別の芋虫だ。
その小さな粒から、生まれてきたのかな。

そいつは死んじゃった緑色の大きくなったのとは違って、茶色だった。

■
大きな緑色のあいつは、もういない。
かわりに生まれた、小さな茶色の芋虫がいるだけ。
緑色の方が、可愛かったのにな。
こいつも、沢山食べて大きくなるのかな。

お父さんの部屋では、知らない女の人が泣いていて、何を言っているか聞き取れない。
お父さんは、僕に怒る時と同じように怒っていた。
その人は、何か悪いことをしたのかな。

茶色の芋虫は、少しずつ葉っぱを食べ続けている。

■
緑のやつが死んで、しばらくたって、図書室に行った。

「スズメガは、えさとなるはっぱに、ちいさなたまごをうみつけます」
「ようちゅうは、４かいだっぴをします」
「さわっても、どくはありません」

なんで、緑のやつ死んじゃったんだろう。
図鑑に書いてないけど、やっぱり、食べ物がなくなったら死ぬのかな。
そういうものなんだと思う。

ページをめくると、大きくなったガの写真が、４枚のっていた。
なんとなくその写真を見ていることにした。

「１．このみどりのスズメガは、まるでまっちゃのように、きれいです。
さんかくのすがたをしています」
僕はそのガを見た事があった。
僕の住んでいる団地の、階段を上る時に、そこの電燈にそのガが何回かとまってた。
かっこいいしきれいだ。羽の模様は、濃い所と薄い所があって面白い。

「２．このちゃいろのスズメガには、うしろのはねに、めだまのもようがあります。
これで、てきを、いかくするといわれています」
これは薄い茶色で、さっきのは木に止まっているところだったけど、
こっちの写真は、大きく羽を広げている。
後ろの羽は、本当に目玉があった。
いったい、ここに目をつけて、何を見てるの？

「３．このくろいスズメガは、とてもおおきく、ぶきみです。
あたまに、どくろの、もようがあります」
次のやつは、黒い。
頭の印は、ドクロにもみえるけど、何なのかわからない。
なんで、こんな生き物がいるの？
なぜこんな模様なの？
でもきっと、そういうものなんだろう。

「４．このように、あかくてあざやかなスズメガもいます。まるで、おはなのようですね」
最後のは赤だ。
きっと、きれいな花が命をもって、ガに化けて飛ぶようになったんじゃないか。

■
お父さんに怒られた。
外に出て反省しろって言われた。
でもなんで怒られたのか、僕はわからない。
いつもそう。
でも、お父さんの言うとおりにしないとダメなんだ。
そういうものなんだ。

夜、団地の階段のところで過ごしていた。
図鑑で見たのと同じ緑色のガが、電燈に止まっている。
そいつは、じっと動かなくて、羽を広げて何もしなかった。
すごくきれいだ。
昔見た時は、同じその緑のガを見て怖いと思ってたけど、今日は思わなかった。

僕は、ガに、「ねえ、どうして死んだと思う？」と聞いた。
ガは、僕の声を聞いて、羽をわさわさと動かした。
僕は、「大きくなったら、君になったの？」と聞くと、
ガは、「そうだよ」と答えてくれた。

■
茶色のやつは、大きくなっていた。
脱皮して、茶色の抜けがらを食べてた。
体が茶色だと、茶色なのかな。
緑のやつは、白だったのに。

でも緑のやつより、成長が早いと思う。
あいつが一番大きかったころと、同じくらいだ。

■
隣の部屋で、お父さんが怒っている。
何を叫んでいるかはわからない。

茶色のやつは静かに葉っぱを食べている。

■
茶色は、もう僕の中指より大きい。
こいつもたくさん食べる。
なぜ、寝ないんだろう。僕が寝てる時は寝るのかな。

僕は、そいつを手の平に乗せた。
茶色は、急に葉っぱが無くて慌てて、頭を左右に振っている。
道を探しているのかな。
僕の手の上を進んで、中指の先まで来た。
茶色は、それ以上進めず手から落ちそうになると、また頭を振って、方向を変えようと頑張ってた。
僕は、「君を触らせて」と茶色に言って、右手の人差し指で、その芋虫を撫でてみた。
ちょっと、くすぐったそうに体を動かした。

お父さんが、また知らない女の人を連れてきている。
女の人は、お父さんと何かしてるようだ。
お父さんとその人は、仲がよさそうに聞こえる。
笑い声をあげたり、時々、甲高い声を出したりしている。
何か叩く音や、ブルブル震える音もする。

何をしているのか、全然わからない。
なぜ、夜ばっかり、そんなことをするのだろう。
でも、そういうものなんだ、と思う。
そういうもの。

■
茶色は、ずっと同じ葉っぱを食べ続けている。
たまには、違う葉っぱも食べないと栄養がかたらないのかな。

食べられた葉っぱには道ができていた。

その横には別の、２本の小さな道ができている。
僕はハッとした。
別の芋虫が、２匹増えていた。
小さいけど、黒い子と赤い子だ。

■
箱を開けると、昨日見た小さな２匹は一回り大きくなっている。

茶色は、脱皮をしたところだった。
見ると、体にいくつもいくつも、目玉の模様ができてるんだ。
小さな目玉が、何個も体の横にびっしりついてる。
２０個くらい。

そして脱皮の後は、やっぱりぬけがらを食べる。
でも、すぐ食べ終えた。緑よりさらに食欲があるみたい。
きっと成虫になったら、羽にも目玉があるやつになるんだ。

お父さんが、誰かと電話をして笑っていた。

■
ずっと外に出ていない茶色を、出してあげようと思った。
ベランダに出て、手すりの所に茶色を置いた。
僕は「さあ、茶色。夜の景色はきれいだろう」と言った。
すると、茶色はのそのそと、その手すりの上を歩き始めた。
体の横にたくさんついた目玉で、きっと夜の街がよく見えると思う。

「茶色。危ないから気をつけろよ。」と僕は言った。

その先には、あの緑色のガが止まっていた。
緑色のガは、空を眺めていた。
僕は「なぜそんなところに止まってるの？」と聞いた。
すると、「さみしいからだよ」と答えてくれた。

茶色は、そのガに向かって進んでいるように見えた。

お父さんの部屋から、「俺じゃねえっつってんだろ！」と大きな声と、物を投げつける音がした。

緑色のガは、飛び立ってしまった。
茶色は慌てて、前にそうしたように、頭を左右に大きく振った。
「おい、茶色」と僕は言ったけど、茶色は、そのままバランスを崩した。
そして手すりから落ちた。
下の方で、誰かの悲鳴が聞こえた。
男の人が、殺せ殺せ、と言っていた。

バタンと、お父さんがドアを閉める音がした。
そして、何の音もしなくなった。

■
団地の階段を上ろうとすると、そこに茶色を見つけた。
茶色は、頭としっぽだけ残って、その真ん中の部分がつぶれてぐちゃぐちゃだった。
家の扉を開けて、ただいま、と言ったけど、お父さんは慌てた様子で、誰かとずっと電話していた。
僕は、部屋に入るとすぐ寝てしまった。

箱の中では、黒と赤が、静かに葉っぱを食べていた。

■
学校を休んだ。
なんで休んだんだ、とお父さんに殴られた。

僕は嫌になった。
箱の底に、公園から拾ってきた土を敷き詰め、その箱の底に、茶色を埋めてあげた。
緑の時と同じように、お墓を作ってあげた。

土の上に、葉っぱを戻し、
その葉っぱを食べる、黒と赤をずっと眺めていた。
黒は、もう２回も脱皮をして大きくなったけど、茶色ほどじゃない。茶色が今のところ一番だった。
赤も２回脱皮をしたけど、あまり大きくない。

夜、また女の人の声がした。
毎回毎回、違う女の人の声だ。
女の人も、脱皮をして変わるんだろうか。

■
おしっこがしたくなって、夜中に目が覚めた。
トイレに行くと、もう夜中なのに、台所から誰かの泣き声が聞こえた。

台所に行くと、そこには大きなガがいた。
茶色のガだった。
たぶん、図鑑で見たよりずっと大きい。
ガは、冷蔵庫につかまっている。何か飲みたいのかな。

その、大人の女の人くらいの大きさのガは、
冷蔵庫を６つの足で、がっしりと掴んでいた。
ランドセルくらいの大きさの二つの目が頭にあって、雨傘と同じくらい、長い触角がある。
後ろの羽は出さずに隠しているようだ。
怯えてるのかな。

僕は、「大丈夫？」と言った。
ガは、「たすけて」と小さく言った。
「何を助ければいい？」と聞くと、
ガは、「わからない。私は逃げられないし、何にもできない。でも、そういうものなんだと思う」と言った。
「じゃあ、撫でてあげる。君を触らせて」と言うと、
６本の、冷蔵庫にしがみついていた足が、緩くなった。
ガは、「わかった。ありがとう」と言った。
僕は、大きな大きなガの、触覚を撫でてあげた。
ふわふわして気持ちいい。
ガは、机の広さくらい大きな羽を、わさわさ震わせた。
すると、体の後ろから、隠していた後ろの羽が出てきた。
その後ろの羽も茶色かったけど、そこには、大きな黒い目玉があるのが見えた。

撫でると、頭にある二つの目は、笑っているみたいに見えた。
でも、羽にある二つの目は、笑っているのかわからない。
「…ねえ、あいつも大きくなったら、君になったのかな？」

突然後ろから、
「おい！お前夜中に何やってんだ！」
と、お父さんが僕を怒鳴ってきた。

「お父さん。この女の人」
僕は、さっきからずっと冷蔵庫に２つの手と２つの足でしがみついてる、その眠っている裸の女の人を指さした。
「おいおい。ったく、俺が見てねえとすぐ変な事するんだもんな、君はさあ」と、お父さんはその人を抱きかかえて言った。

僕は、なぜ女の人が、あんな寒い恰好で、あんな事をしていたのかわからない。
大人って、そういうものなんだ。

■
急に、黒が、どんどん大きくなった。
３回目の脱皮をしてから、茶色よりもさらに食いしん坊になって、僕の両手でやっとのるくらいになった。
何があったんだろう。
赤も、どうやら脱皮をしたみたいだ。
２人とも、ずっと葉っぱを食べ続けていた。

２人は、ちゃんと大人になってね。

また、お父さんは誰かに怒っているようだったけど、
黒は、食べることをやめなかった。

■
今日も公園から、ありったけの葉っぱを摘んで帰ってきた。
帰ると、黒は相変わらず、むしゃむしゃと葉っぱを食べている。
きっと、絶対に大人になりたいんだ。

僕は、葉っぱを足してやる。
黒はもう、僕の腕より少し短いくらいだ。
こんなに大きくなるの？
葉っぱを足してもすぐに食べてしまい、毎日たくさん入れないと間に合わない。
本当に、この間の脱皮から、緑や茶色よりもずっと食いしん坊になった。

ちょっと、赤が見当たらなくて、箱にたくさん入れた葉っぱを一つずつ取り払ってみた。
すると、赤は箱の奥にいた。
赤は、脱皮をした抜け殻を食べていた。
脱皮をしても、まだ僕の片手にも乗る大きさみたい。
黒は本当に大きいので、葉っぱ無いと赤を食べちゃいそうだ。
赤は大人しい。目立たない。でもそれは、そういうものなんだ。

２人とも、大人になってほしい。

■
最近、お父さんが知らない女の人を連れてこなくなった。

黒が、うねうねと変な動きをしていた。また脱皮をするんだ。
黒は、古いぬけがらから這い出した。
黒は、本当にかっこよくなった。
体中の節目がはっきりわかって、力強そうだ。黒いけど、節ごとに、白い顔のような模様が入っている。

黒は、葉っぱがなくなって僕が入れようとすると、後ろの足で立ち上がってすぐ齧り付こうとする。
動きも素早い。
赤は、僕が葉っぱをあげると、静かに食べる。黒よりお行儀いいなあ。
黒は、これで４回脱皮をした。もう少しで大人だ。

お父さんは、隣の部屋でため息をついていた。
何があったのかはわからない。

■
箱が狭くなってきた。
黒はどこまで大きくなるんだろう。
僕は、黒に手を差し伸べると、黒は僕の腕をすいすいと登ってくる。
僕はそのままうつ伏せになると、黒は僕の背中にまで乗ってきてくれる。

今日、赤も４回目の脱皮をした。
緑や茶色が死んでしまった分まで、２人には頑張ってほしい。

その夜、２人を箱に戻した時、お父さんが話があると僕の部屋を開けた。
僕は箱を隠した。

■
引っ越すかもしれない、なんて、ショックだった。
いつになるかわからないけど、家を出られるように、覚悟しとけと言われた。
それに、忙しいからあんまり帰れなくなるって。ご飯はカップ麺と、冷蔵庫にも十分あるから、食っとけって。
全部、お父さんの仕事の都合らしい。

どうして、こうなるんだろう。
本当に引っ越すの？
それまでに、黒と赤は大人になれるのかな。

僕は、黒と赤を見た。
「ねえ、みんな、そんなものなのかな」
黒も赤も、返事をしなかった。

■
学校から帰ってみると、黒が、いなくなっていた。
箱の中には、赤しかいない。でも、葉っぱはちゃんと残ってて、赤は一人葉っぱを食べている。
僕は自分の部屋中を探したけど、あんなに大きかった黒は、どこにもいない。

僕は赤に、
「黒は、どこに行ったの？」と話しかけた。
でも赤は返事をしない。
僕は心配だった。
「君は寂しくないの？僕は、２人とも大人になってほしいんだ」

赤は、一人葉っぱを食べ続けていた。

■
その日、お父さんは帰ってこなかった。
黒も帰ってこない。
僕が嫌いになったのかな。
でも、家のどこかには、いると思った。
僕は、黒が何も食べていないんじゃないかと思い、廊下に葉っぱを置いておいた。

赤は箱の中で１人静かに食べ続けてる。

■
朝起きて、廊下の葉っぱを見ると、無くなって枝だけになっていた。
僕は、黒が食べたんだ、と思い安心した。

２日ぶりにお父さんが帰ってきた。
女の人は連れていなかったけど、何か、考え事をしていたようだった。
僕は、お父さんと話をせずに黙って眠った。

本当に、引っ越しをするつもりなのかな。
もし、黒がどこかへ行ったまま、急に引っ越したら、黒はお腹をすかせてしまう。
葉っぱを置いておけば大丈夫かな？
その前に、大人になってくれればいいけど。

でも、僕がお父さんに言うことは怖くてできない。
何もなく過ぎてくれればいい。もう、お父さんが何人女の人を連れてきても我慢するから。

■
お父さんが、顔を青くして話しかけてきた。
「お前、虫とか飼ってないよな」と言われた。
僕は、お父さんに何か言うのが怖いので、飼ってないと嘘をついた。
するとお父さんは、言った。
「入ってきたんだよ。俺の部屋の中に。まあ仕事をしてたんだけど、俺の脇腹辺りがもぞもぞと動くんだ。何かと思ったら、馬鹿でかい芋虫がいて、椅子をつたって俺の顔のところまで登ろうとしてたんだ。死ぬほど怖かったよ。まあ、殺虫剤かけといたけどな」
お父さんはそれだけ言って、急いで出かけてしまった。

夜、お父さんの部屋にこっそり入った。
ゴミ箱の中を見た。

そこには、動かない黒がいた。
僕は、泣いてしまった。

■
眠れなかった。
電気を消して布団に入ってるけど、全然眠くない。

僕は、死んだ黒のために、お墓を作ってあげた。
とっても大きくなったので、段ボールを用意して土を敷き、埋めてあげた。
もし引越ししても、持っていこうと思う。

僕は、目を閉じて、ずっと緑や、茶色や、黒のことを考えていた。
みんな、死んでしまった。
僕が育てても、みんな死んでしまうのかな。
きっとみんな、寂しくて天国で泣いているのだと思う。

キイ、キイという変な声がした。
僕は、目を開けた。
真っ暗なので、開けてもよく見えないけど、確かにその音は聞こえる。
今、部屋の中に、それはいるんだとわかった。
大きい声だった。

「寂しいの？」と聞くと、
とても低い声で「そういうものさ」と答えた。
「なんで泣いたの？」と僕は聞くと、
「ちゃんと、大人になれないのが嫌なのさ」とも答えた。
「僕も、ちゃんと大人になれるのかわかんない」と僕は言った。
暗闇で、だんだん目が慣れてきたから、うっすら姿が見えるようになった。
壁に確かに止まっている、太い胴体がある。
それは、他のどんなガより大きいと思う。
ガは、壁一面に、羽を広げていた。
ちょっと、この部屋は狭すぎるみたいだ。
僕は「きっと、僕の人生は、そういうものだと思うんだ」と言った。
ガは「そういうものだけど、そうであってはいけないものさ」と答える。
僕は「そうであってはいけないもの？」と聞く。
ガは「この世は、そういうものだ、では済まない事がたくさんある」と言った。
僕は「でもどうすることもできないよ」と言った。

僕の目は、暗闇にもう慣れて、そのガはよく見えた。
壁にしっかりしがみついて、黒いまだら模様の巨大な羽は、部屋の端から端まであった。
頭には、まるで絵のように、ドクロの印があった。

ガは、巨大な羽をブルブルと震わせた。
部屋中が震えるのを僕は感じた。
外でキイ、キイという音があちこちで響き、たくさんの何かがバサバサと飛び立っていく音がした。
「我々は、大人になれないのが普通さ。ちゃんと大人になれたら、立派な羽を持てることは決まってる。なのにそうなる前に死ぬものも多い」とガは言った。
「それは、そういうもの？そうであってはいけないもの？」と僕が聞くと、
「どちらなのかはわからない。それを決められるのは人間だけだ」と、ガは言った。
「僕は決められない」と僕は言った。
「そのうち決められるようになる」とガは答えた。

暗闇に浮かんだ大きなドクロは、寂しそうな顔だった。

「どうして死んじゃったの？」と僕は聞いた。
「何かを変えたかったから、だと思うよ」とガは答えた。
「大きくなったら、君になったの？」と聞くと、
「わからない」と静かに答えた。

■
目が覚めた。
黒は、箱の中にはもういない。
そして、箱の中には、赤もいなかった。
葉っぱをすべてどけても、赤の姿は見当たらない。
なぜ赤まで？

その日も、お父さんは帰ってこなかった。

コメント(17)

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[1] mixiユーザー 07月05日 16:10

■
やっぱり、家には誰もいない。
図書館で借りてきた図鑑を開いて、ノートに、ガの絵を描いていた。

箱を見た。
まだ土はそのままにしてあるけど、もうそこには、誰もいなかった。
緑も茶色も黒も、そして、赤も。
とても寂しかった。
僕は、そのままにしておくことにした。

家の中は、何の音もしなかった。

■
何日も過ぎた。
お父さんは、ずっと戻らない。
引っ越しする、って話はいったい、どうなったのかな。
僕は、家では何もやることがないので、ずっと１人で図鑑の絵を写して遊んでいた。

１匹も成虫に育てられなかったのは、悔しかった。
ちゃんとした、大人になってほしかった。
僕は、土だけになった箱を、ぼーっと眺めていた。

そういえば、芋虫はどうやって大人になるんだろう。
まだ、僕は知らなかった。
僕は、図鑑に幼虫から成虫になる時の説明がないか探してみた。

「ようちゅうは、４かいだっぴをしたあと、さなぎになります」
「さなぎはうごきませんが、さわるとしっぽがうごきます」
「きのうえやじめんで、さなぎになるものもいますが、なかには、つちにもぐって、さなぎになるものもいます」

そういえば、ちょうちょの幼虫も、蛹になってから大人になるらしい。
ガも、同じだったんだ。
土で蛹になるものもいる？
僕は、そこまで考えて、ふと思いついた。
もしかして、赤は、いなくなってなんかないんじゃないか。

そう思ったので、僕はもう一度箱を開けた。
そして、土を掘り返してみた。

…やっぱり。

■
夜中、久しぶりにお父さんの声が隣の部屋から聞こえた。
意味はわからないけど、一人でずっと、笑い声をあげていた。

■
太陽が射している。
今日は日曜日だ。外の天気がいい。
僕は、箱を見た。嬉しくて、ニコニコ笑ってしまった。
そいつは、まさに自分の殻を破って、外に出ようとしていた。

僕は、お父さんの部屋を開けた。
お父さんは一人で、ベッドに横たわっていた。
お父さん、と呼びかけたけど、返事はなかった。
お父さんの体は、冷たくて、どうやら動かないみたいだ。
口から、赤い水を吐いていた。
何をしてこんなになったのかはわからない。
でもきっと、そういうものなんだ。

あとでちゃんと、土に埋めてあげなきゃね。

僕は、お父さんの寝ているベッドの上に、箱を置いた。
その可愛らしい蛹は、もぞもぞと動きだして、殻にひびが入り始めていた。
中から、赤くてしわしわの生き物が出てきた。
でもそれは、まちがいなく、大人になった赤の姿だ。
しわしわの赤は、土の上でじっとしている。よく見ると、羽を少しずつ大きく膨らませているらしい。
羽を立て、時間をかけて伸ばしている。
そのままずっと僕は、赤の姿を見ていた。
何時間もかけて、膨らみきるのを待った。

羽が大きくなると、赤は立てていた羽を少しずつ広げて、それは、いつか図鑑で見たような三角形の姿になった。
羽は濃いピンク色でできている。
僕は、そんな鮮やかな、きれいなガを見たことはなかった。
幼虫の時と同じで、僕の片手に乗るくらいの大きさしかないけど、きっと、他のどんなガより美しいと思う。

その羽が、ブルブルブル、と動いて、赤はふわっと飛んだ。
羽がものすごい速さで動いて、それで宙に浮くようだ。
空を飛んでいる赤は、やがて、冷たくなったお父さんの顔にとまった。
顔を歩いて、お父さんの口元を、その口から伸びたストローのようなものでチロチロ舐めていた。
お父さんの口から出た赤い物を、舐めたいのかな。
僕は、「それは花の蜜じゃないよ」と言った。
僕はそこに、手を差し出した。
すると赤はお父さんの顔から、僕の手の上に乗ってきた。

「立派になったね」と僕は言った。
赤は、何も返事をしなかった。
でも、僕は赤が、僕の声をちゃんとわかってくれている気がした。
僕の手の上で、よちよちと歩く赤は、相変わらずかわいかった。
でも、赤はもう大人なんだ。
自分で空を飛んで、自分でえさを探さなきゃいけない。
素敵な花を見つけ、その蜜を吸い、やがて卵を産むんだ。
僕とは、もうお別れしなきゃいけない。

「ありがとう」と、僕は言った。
その時、大人になれなかった緑や、茶色や、黒のことを思い出した。
赤は、羽をブルブルと震わせた。
僕のことをずっと覚えていてくれるかな。

僕はお父さんの部屋の、窓を開けた。
そして赤を乗せた右手を、窓から出す。
「立派な大人になるんだぞ」と僕は言った。
赤は、そして、ふわっと空へ浮いた。
「元気でな」と僕は言った。

真っ赤な夕日が、輝いていた。

■終■

[2] mixiユーザー 07月05日 17:10

作品に出てくる芋虫たちの、色の設定は正確ではありません。
芋虫の色がそのまま成虫になるわけではないようで、その分野に詳しい方には怒られるかもしれません。すみません。
書き手としてそこも調べるべきなのですが、私自身、芋虫が苦手なので、その辺の調査が周到にできませんでした。

本来は官能小説目指したんですが、私がエロを書くとグロになってしまうようです。どうも生々しいだけで、全く興奮しない、むしろセックスは怖いものだという感触でかいてしまいます。私自身のコンプレックスがあるのかもしれません。

ならばいっそ、子供の視点にたって、セックスこそ恐怖の対象、ホラーととらえ、エロの対極にある気持ち悪い虫を、逆に素敵なもの、心踊らされるもの、エロスを感じるものとしてしまおうという、逆転の発想で書いてしまいました。
そういう意図ですが、テーマに沿っていないと思われたらごめんなさい。

[3] mixiユーザー 07月05日 20:53

日誌なら日付が付いていてもいいのではないでしょうか。曜日、天候などもあるとより、リアリティがあるかと思いました。

隣部屋での父と女の様子は子供の目線を通してほのめかされ、不安の象徴（ホラー的）に感じましたし、虫を愛でるという行為そのものが、個人的には気色悪いので、ホラーでした。

[4] mixiユーザー 07月05日 22:09

むしろ、とってもエロティックと思ったのは僕だけでしょうか？（虫フェチ？）
そこはかとない成長と死、自由と不自由さ、自己投影気味に交わされる会話、
淡々としているなかにも幻想的で引きこまれました。
「一匹の虫と少年」ではなく、色とりどりの虫たちが代わる代わる描かれる手法が面白かったです。
繰り返し読むほど、新しい発見ができそうです。

[6] mixiユーザー 07月06日 13:37

ふしぎな世界でした。
そして余韻の残る話です。

テーマの縛りでこの作品が生まれたわけですがあまり官能とかホラーとか意識しなくても成立していると思います。

[8] mixiユーザー 07月06日 18:11

少年の心の動きが非常に納得させられるものでした。こういう環境であれば、このような考え方・行動をとるだろうなというリアリティを感じました。また、父親の描写も現実味を濃くしていて良かったです。
そして、そこに、ガたちの色彩、大きなガが冷蔵庫にとまっている描写、ガとの会話などの詩的な世界観が組合わさり、映画『パンズ・オブ・ラビリンス』のような深い世界観を感じました。
会話文が少ないところも少年の孤独さが現れていて良かったですし、最後の赤いガが飛び立っていくところが希望を感じさせてくれて、救われた気持ちになりました。とても素敵な作品だと思います。

[9] mixiユーザー 07月06日 23:08

>>[3] ありがとうございます。
日記風にして「○月×日　晴れ　今日は芋虫が・・・」というような文体で、この小説を成立させることも面白かったのかもしれません。
ただ、日付をつけると、実際に芋虫が蛹になっている期間は早くて数週間、長ければ数か月とのことで、それと矛盾しないように、はぐらかしたかったです。
（今日の会と同じことを書いてますね(笑)）

あと、実施に芋虫が孵化する季節とかも調査して書かなければいけなくなるし、それらすべて調査することは難しかったです。
ただでさえ虫が苦手なのに書いたので・・・って言い訳ですけどね＾＾；

[10] mixiユーザー 07月06日 23:12

>>[4] ありがとうございます。
一匹だけで書くのではなく、最初から何匹か登場させるつもりでしたね。後で書きますが、ちゃんとモデルにしたスズメガがいて、それぞれにストーリーや人格のようなものをつけて書こうと思いました。
こういう、「淡々と話が進んでいく」形式で書く場合はどのようにして読者に盛り上がりを見せるかがポイントだと思うので、そこを色彩感覚で見せるのは一つの手段なのかなと自分では思っています。

[11] mixiユーザー 07月06日 23:18

>>[5] 評価をいただきありがとうございます。
そういう「雰囲気」の部分で、美しい感じとか、そういうのが醸し出せていたとしたら非常によかったと思います。
昔、別のmixiのコミュニティで、どなたかが、
「本当に素晴らしい小説は、いい匂いがする」とおっしゃっていたのですが、
私はいい匂いがする小説が書けたらいいかなって目指してます。

[12] mixiユーザー 07月06日 23:20

>>[6] ありがとうございます。
余韻が残るとしたらうれしいです。
正直言うと、ちょっと、というか全く「ホラー、官能」にはなってない気がしています。

[13] mixiユーザー 07月06日 23:25

>>[7]だよ？さんありがとうございます。
「だからこそ幼い時の、性や成長する自分の身体への怯えや嫌悪感を、
虫に対する思いに重ねて思い浮かべることができました。」
この部分は、私自身が気づかなかったので、なるほどと思わせていただきました。ありがとうございます。
いつも、性的なものの象徴として「芋虫」を思い浮かべてしまうのです。私が以前書いた「蟲」という小説も、自分では死について書いたつもりなのですが、なにか思春期の性みたいなものをどこか屈折した形で表れてる気がしています。

あと、「子供、虫」「大人、セックス」の二項対立みたいなものがこの作品にあったのかなと自分では思っていますが、
読者が、「セックスが気持ち悪く、逆に虫が可愛い」と思ってくださったら、ある意味狙い通りですね。非常に私の感覚は屈折していますが。

[14] mixiユーザー 07月06日 23:28

>>[8]さんありがとうございます。
少年の心の描写としては、特に「そういうものなんだ」というところに込めたつもりですね。実際虐待のようなことをされている子供というのは、のびのび育てられたこと違い、「どうせどうにもならない」と自分を納得させる心の働きがあるそうです。
そしてそういう子供だからこそ、夢想的な世界を持っているのかなとも思います。

[15] mixiユーザー 07月06日 23:39

この小説に出てくる４匹のスズメガの成虫は実際にモデルにしたものがいます。
なお、幼虫はそのスズメガの成虫と同じ色ということにしていますし、茶色のものについては幼虫も目玉模様がついている、ということにしていますが、この設定は私の恣意的なもので、実際は成虫と幼虫の色は同じとは限らないみたいです。
（目玉模様がびっしりついた幼虫自体は、存在します）

なお、虫が嫌いな方は、画像が出てきてしまうので決してググらないようにお願いします。

緑
「ウンモンスズメ」というスズメガです。戦闘機みたいな三角形の体をしてて美しい色をしています。
この作品と同様、実際に灯りによく集まる習性があるそうです。私自身昔団地の伝統に大きな緑の蛾が止まっているのを見て恐怖した覚えがありますが、もしかしたらこいつだったのかもしれません。

茶色
「ウチスズメ」というスズメガです。
後ろの羽に、黒い目玉と、血の色のような真っ赤なシミの模様があって、怖いです。
危険を感じると敵を威嚇するときに後ろの羽をひらいて、これをちらつかせるそうです。

黒
「クロメンガタスズメ」というスズメガです。
羊たちの沈黙という映画のポスターで、女性の口にくわえられているのがこれだそうです。
すごく不気味でドクロの模様が頭にあって、しかも気味の悪い声で鳴き、黒くて大きいので、不吉な虫、死をもたらすものとして西洋では忌み嫌われているそうです。

赤
「ベニスズメ」というスズメガです。
同じ名前の鳥（雀）もいますが別物です。
非常にきれいな色です。

[17] mixiユーザー 07月07日 19:48

>>[16] ありがとうございます。
私も虫はとても怖くて、この小説を書く間もかなり怖い思いを我慢して蛾の生態などについてググったり、虫の画像や動画を見たりしました(笑)
しかしそういったものも実際、見ていると不思議と怖くなくなって、可愛いと思えてくるんですよね。
少年の心を描くことは結構楽しかったです。
そうですね、最後は父親が虫のように見えてくれたら私としては狙い通りです。ありがとうございます。

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