半蔵門かきもの倶楽部コミュの第１０４回　文芸部　いしの　Dales Myves作　「みお」（三題噺「月」「湖」「鬼」）

ガタガタっという振動で目が覚めた。窓の外に目をやると雲間から日本海が覗いている。そうか、もう着陸態勢に入ったのか、と思い腕にはめたポラールに目をやると、離陸してからまだ１時間ちょっとしか経っていなかった。

羽田空港から米子『鬼』太郎空港までは１時間半程度しかない短いフライトだ。だから１時間にも満たない睡眠時間なのに、気分はすっきりしている。束の間ではあったけど熟睡できたようだ。まだ朝８時２０過ぎ。長い一日は始まったばかりだ。

空港から外に出て、駐車場に向かい、えーっと、先週はどこで別れたんだっけ、と記憶を辿りながら美緒を探す。待ち合わせは最後にサヨナラをした場所、それが美緒と私のルールだ。美緒はいつも赤い服を着ていて、その色は目立つのだけど、いかんせん小柄なので、いつも見つけるのに苦労するんだ。

確かこの辺だったよなぁ、と徘徊しているうちに、白いトヨタのハイエースの隣に佇んでいる美緒を認めた。こんなところにいたら見えないよ、という言葉を飲み込んで、お待たせ、と声をかけて近づき、肩にそっと手をかける。無表情で何も言葉を発しない。でも、待たせすぎよ、と拗ねている風でありながら、嬉しそうなのは私にはわかる。なんたって３０年も付き合っているんだから。

「今日は泊まれるし、少し時間もあるから久しぶりに宍道『湖』にも行ってみようか。」
そう話しかけると、心なしか無表情な顔がほころんだように感じられた。
長年付き合っていても可愛くてたまらない。

さっそく乗り込み、キーを回すと１週間ぶりとは思えないような軽快さでエンジンが動き出す。アイドリングにはうるさい昨今だけど、彼女が生まれたのは１９９２年。いきなりシフトをドライブに入れるようなことはせず、少しエンジンが温まるのを待つ間に窓を開ける。パワーウィンドウなんてものはないからハンドルをくるくる回さないいといけない。これが結構重い。

不安定だった回転数が落ち着いてくるのを確認し、エンジンブレーキを切ってシフトをドライブに入れ、フットブレーキを緩めると彼女はゆっくりと進み始めた。駐車場の出口に向かってハンドルを右に切る。パワステではないから低速の時にハンドルを切るのはちょっと力を入れないといけない。美緒はそういう子だ。

ローバーミニ　メイフェア１．３ｉ。

それが彼女の正式名称だ。でも，私は西美緒と呼んでいる。ナンバーが２４３０だからだ。
見かけは小さくて、駐車場の軽自動車用のスペースにも余裕で収まるのだけど、走りはなかなかパワフルだ。ＦＦらしい安定感を保ちつつ、きびきびとよく曲がるのも一緒に走っていて気持ちがいい。ローバーという会社自体が買収され、今はその名を冠した車は製造されていないが、根強いファンがいるのもよくわかる。

美緒と出会ったのは３０年前だが、ローバーミニのことはもっと前から知って、そして憧れていた。きっかけは、映画「ミニミニ大作戦」。
https://eiga.com/movie/56663/

内容的には原題の「The Italian Job」の方がしっくりくる、モンキーパンチはこれをヒントにルパン三世を作ったんじゃないかと思うような、とても痛快な映画だ。実際はルパン三世の連載開始の方がこの映画の公開より先だからそんなことはないんだけど。

この映画ではローバーミニがイタリアの街を疾走してその小さな体で大活躍をする、その姿が本当にかわいらしいし、「ミニミニ大作戦」という日本語タイトルも悪くない。「カリオストロの城」のルパン三世が小さなフィアットに乗ってるのもきっとミニを意識してるんだと思う。

車を買うならローバーミニ、そう決めてコツコツとお金を貯め、それでも新車を買うには足りないなあ、というころに、横浜で認定中古車を売っているという情報を見つけた。１年で走行距離は５０００キロくらい。認定中古車だし、かなりお買い得だと思って見に行ったところ、佇んでいた美緒の姿に一目ぼれしてしまった。明るすぎず、暗すぎず、いい塩梅の赤い色が素敵だった。ナイトファイヤーレッドという名前はちょっと気恥ずかしかったけど。
それからしばらくして、美緒との生活が始まった。それが３０年前のことだ。

米子空港を離れて松江市の島根大学に向かう。しばらく進むと窓から入ってくる空気にネギの香りがし始める。この辺りはネギの名産地で、ネギ畑が広がっているのだ。カーステレオにカセットテープを入れる。スマホの音楽はもちろんのこと、ＣＤプレーヤーもなく、聞けるのはラジオとカセットテープだけだ。今どきカセットテープなんて売ってないから、昔ラジカセやウォークマンで聴いていた奴を引っ張り出してきて使っている。まさかこいつらも今頃になって流されるとは思っていなかっただろう。

バービーボーイズの「暗闇でダンス」
シュガーベイブの「ダウンタウン」
大瀧詠一の「恋するカレン」

まさに昭和の音楽。昭和の時代にエアチェック（って、この言葉自体も死語だ）して作ったんだから当たり前だけど。ちなみに、こんな邦楽と共にシンディ・ローパーやドナ・サマーといった洋楽が混ざっているのもエアチェックしたカセットならではだ。

一生懸命エアチェックして、ＦＭ雑誌の付録の紙に楽曲リストを書き込んでたティーンエイジャーだったころの自分を思い出しながら交差点を左折し、鳥取県と島根県の県境の江島大橋、通称ベタ踏み坂に向かう。
https://www.tottori-guide.jp/tourism/tour/view/996
全長１４４６．２メートルという長さもすごいけど、とにかく約４５メートルというその高さがテレビのＣＭで紹介されて話題となった。大型船が下を通過できるようにするための高さだが、ここを通過するときはちょっとしたジェットコースター気分が味わえる。鳥取県側の緩やかな勾配を登りきると眼前に大きな湖が姿を現す。

橋の向こうが島根県だと聞いた人は誰もがこれが有名な宍道湖かと思ってしまう。でも、これは宍道湖ではなく中海だ。宍道湖の方が全国的に有名だが、実は中海の方が面積も、深さも上である。ただ、この２つの湖はつながっていて、川の淡水が宍道湖に、日本海の海水が中海に流れ込み、互いの水が混ざり合って共に汽水湖となっている。いわば兄弟姉妹のような関係といっていい。

湖畔を車で走る時の景色の良さは圧倒的に中海の方に分がある。とにかく湖畔の中海堤防道路からの景色が素晴らしい。
https://jafmate.jp/drive/driveroute_20230820.html
全国７位、汽水では５位の広大さを誇る広大な湖を間近に見ながらのドライブは爽快なことこの上ない。

松江市へのアクセスには鳥取県の米子空港と島根県の出雲空港がある。米子空港はＡＮＡ、出雲空港はＪＡＬが使っているが、実は松江市内への移動時間にはそんなに違いはない。だからどちらを使ってもいいのだが、私は島根大学に赴任し、初めて松江を訪れたときに目にしたこの景色に魅了されて基本的に米子空港を利用するようになった。最初の頃は空港連絡バスやレンタカーを使っていたのだが、空港の目の前にある駐車場が無料だということを知り、東京で暮らしていた美緒を松江に送り、以来空港と大学，そして大学の宿舎の移動を手伝ってもらうことにした。

空港から大学へ移動し、講義や教授会等の仕事をしている間は大学の駐車場で待ってもらい、一通りそれが終わると大学から宿舎に移動し、そこで一晩過ごしてから翌朝再び大学に向かい、講義を終えるとそこから空港まで移動し、別れる。そんな生活をするようになって１０年という歳月があっという間に過ぎ去った。

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今日もいつものように大学から移動し５時半過ぎに宿舎に到着をした。築４０年というところだろうか、国立大学の宿舎というのはいわゆる官舎と同じで、四角く、５階建てで、１階の階段入り口に金属製の郵便ポストがある。各々の部屋のドアは錆防止のペンキが塗られた金属製。間取りは和室３部屋に板張りを加えた３ＬＤＫで、トイレの便器には蓋がなく、風呂場の湯沸かし器は取っ手を押しながら回すとカタンと音がしてガスに点火される。住んだことのある人にはすぐわかると思うが、古い公団が正にこういう設備で、昭和の時代にタイムスリップしたような気持ちになる。家賃月額１万２０００円、美緒を停めている駐車場代は月額２０００円という破格の安さはたまらない魅力ではあるが、ここに住む教員は毎年着実に減っている。

借りている区画に美緒を停め、郵便ポストにたまっていたチラシを手に取ると１週間ぶりに部屋に入る。室内にあるのは冷蔵庫、電子レンジ、こたつとソファ、そしてルンバだけ。無駄に広い３ＬＤＫが空しい。荷物を置くと、ルンバを作動させ、再び外に出でる。夕食をとって帰ってくる頃にはルンバが掃除を済ませくれているだろう。

宿舎の隣には大きな地元のスーパーがある。日中は地元の買い物客が多く利用しており、そこの大きな駐車場の一角にカウンターだけの小料理屋「澪」がある。

開店の６時にはまだ少し時間があったが、提灯には明かりがともり、のれんも出ていたのでくぐって引き戸を開けると、誰もいない店内の客席に腰かけていた澪と目が合った。
「あら。お帰りなさい。」
と涼しい声を発して立ち上がる、その立ち姿がまた凛としていて美しい。そして、お帰りなさいという言葉がなんとも嬉しい。

「今日のおすすめかい？」
いつもの席に腰を掛けつつ，さっきまで彼女が客席に座って書いていた黒板を見ながら話すと彼女は静かに微笑みながら頷いた。

小松菜と油揚げのお浸し
しじみの酒蒸し
クレソンサラダ
厚揚げの味噌焼き
大山鶏のわさび焼き

どれも奇抜なものではないが澪の作る料理は実に旨い。料理の腕ももちろんだが，たぶん水もいいのだろう。どの食材も地元のものなので，その食材が育まれた水で調理をするのが一番いい，私は勝手にそう思っている。

てきぱきと割烹着を身に着けると澪は黒板を店内にかけ，カウンターの中に移動して，
「生ビール，また２つでしょ」
と笑いながら声をかけてくる。

私はいつも最初にビールを２杯頼む。まず１杯目を一気に飲み干してしまい，然る後に２杯目をお通しと共に楽しむという段取りだ。

生ビールを待つ間におしぼりで手を拭いながら店内を見渡す。築４０年くらいだろうか、この店は，さすがに古さは否めないが掃除は行き届いており，丁寧に手入れをしながら使われている。空いた酒瓶を入れるケースなど，余計なものは目の届かないところに置かれているので、カウンターに座った客はおのずと、磨かれた調理場で，使い慣れた道具で手際よく調理する澪の姿に見入ることになる。店の隅々にまでさりげなくとも細やかな気配りが感じられる。

私と同じアラ還と呼ばれる年代の澪はそういう女性だ。
普段１人で飲む居酒屋だと井川遥のハイボールの広告の近くに座って相席気分で飲むのだが，この店ではそんなものはないし、そもそも必要がない。

もともと夫婦でやっていた店らしいが、その夫と５年前に死別してから澪が1人でやっている。常連客にとって澪は憧憬の対象だが、彼らは店の片隅の写真の中で微笑んでいる夫のことも、それがどれほどいい男で、いい夫婦だったかも知っている。だから変な下心は持っていない、持っていてもそれは出さない。少しでも出そうものなら他の常連客が許さないのだ。

いつものように生ビールを一気に飲み干してからお通しのみょうがときゅうりの和え物をつまみながら２杯目を呑む。といっても、このお通しはやはりビールより日本酒が合う。ビールなんて酒じゃないんだから肴がもったいない、さっさと日本酒を飲め、そういわれている気がして隠岐の島にある唯一の酒蔵の隠岐酒造の「高正宗」をいただく。

隠岐酒造の定番は「隠岐誉」なのだが、いわばそれの廉価版として地元でしか流通していない銘酒だ。これが１合４５０円で飲めるのだから東京で日本酒を飲むがバカバカしくなってくる。

軽く香りを楽しんでから少し口に含み、味わってから飲み干す。豊かな風味が口の中に広がるが、喉ごしは水を飲んだようにすっきりとしている。すかさずみょうがときゅうりを口に放り込むと酒と肴の風味が調和し、幸福感が全身にしみわたっていく。実にうまい。その食材が育まれた水で調理をするのが一番いいと書いたが、そうして調理された肴は、その土地の水で仕込まれた酒と共にいただくのが最高にうまいと思う。

「今日で前期の講義も終わったから、しばらくここの料理もいただけないなぁ。」
「あら。もうそんな時期なのね。次はいつ頃になるの。」
「教授会があるのは来月の半ばだったかな。水曜日だよ。」

と伝えると、心なしか表情が少し曇った気がしたが、澪はすぐに笑みを浮かべるとクレソンサラダを出してくれた。

「クレソンといえばさぁ。」
「鴨とクレソンの鍋でしょ。失楽園の。もう、必ずその話をするわね。」
映画「失楽園」で心中を決意した役所広司と黒木瞳が最後に食するのが鴨とクレソンの鍋だ。
「あれは美味そうだったなぁ。」
「私はあの鍋のお出汁が何かが気になってね。」
「あぁ、確かに、鴨とクレソンだったら何の出汁が合うだろうねぇ。」
などと話しているうちに小一時間が過ぎた。今日は客足も鈍いようで、他の客が来る様子もない。

「今日はもう閉めちゃおうかな。」
と澪がいうので、
「え、もう？まぁ、たまにはそういう日もあるね。じゃあ、あとは焼きおにぎりとシジミの味噌汁、それでお勘定してもらえるかな。」
というと、澪は、割烹着を脱ぎながら、
「もう少し、いいでしょ。」
と言ってのれんを片付けると、冷蔵庫から「『月』山」のワンカップを持ち出し、
「少し少し付き合って。」
と隣に座り、
「お願い。」
と静かに言いながらワンカップを開け、私の猪口と乾杯をしクイッと一口飲むと、小さな吐息をついた。いつもカウンター越しに見ている澪の横顔は少し新鮮だった。鼻筋が通っていてなんとも美しい。

ほかに客がいない日もあったがこんなことは初めてなので戸惑いつつ、とりとめもなく続いた話はやがて店の棚に置いてある写真集「The Family of Man」に及んだ。

ＭＯＭＡの写真部門ディレクターをしていた写真家エドワード・スタイケンが企画した写真展を基にした写真集だ。人が生まれ、育ち、家族とともに過ごし、また結婚して新たな家庭を築き、やがて死ぬ、幸せな日々も、戦争による悲惨な日々も、人の生きざまのすべてが、６８か国、２７３人の写真家によるモノクロ写真によって描かれている。壮大な映画を見ているような気になる、写真集の最高傑作だ。
https://www.goldwin.co.jp/tnf/special/window/yoshitaka_haba_book1/

私も２冊持っているが、まさか島根のこの店でお目にかかれるとは思わなかったと話したら、澪も大好きなのだという。気が付くと一緒に頁をめくってはお互いが感じたこと、その背景にある自分の経験を時を忘れて語り合った。
すべての写真について語り合い、１１時を過ぎるころには私も澪もいい気分になっていた。

席を立ち、トイレから戻り、差し出されたおしぼりを受け取りながら
「そろそろ帰るよ」
と言いかけたところで澪が私の胸に倒れ込んだ。こんな華奢な体のどこにこんな力が、と思うような強さで、抱きつく、というよりしがみつく、そんな感じだった。

「どうした。こんなところを見られたら出入り禁止になっちゃうよ。」
動揺しながらこちらも澪の肩に手を回しそう語りかけると、
「もう、いいのよ。」
という少しくぐもった声が聞こえてきた。

その意味が分からなかった私は、澪が単に酔っぱらっているものだと思っていた。黒髪からいい香りがする。でも、正確には澪の髪ではない。乳がんを患い、抗がん剤治療を受けている澪が使っている医療用ウィッグだ。かすかに感じるイングリッシュペアー＆フリージアの香りは、私がクリスマスに贈ったジョー・マローンのヘアミストに相違ない。

ウィッグにヘアミストなど必要ないのかもしれないが、私も前立腺の小さな癌と共生しているので、自覚症状もないのに身体が蝕まれているかもしれないという恐怖もよくわかる。せめて香りくらいは楽しんでくれたら、そう思って昨年のクリスマスに贈ったものだ。

使ってくれていたのかと思い、背中に手を回そうとしたところで、澪は突然体を離すと私を見つめた。目が合った澪の黒い瞳は少し潤んでいた。その刹那に理性が飛んだ私が吸い込まれるように顔を寄せる。澪は静かにその黒い瞳を閉じた。

あぁ、これで本当に出入り禁止だ。

そんな言葉が頭に浮かんだ

***********

翌朝、宿舎を出て、約束どおり宍道湖をドライブしていこうと駐車場で待っている美緒に近寄る。
「昨夜はお楽しみだったようだけど、あの女、黙って出て行っちゃったじゃない。ちょっとひどくない？」
「仕方ないよ。常連の中にはここの住人もいるから、誰かに見られたら大変だし。」

この調子じゃ機嫌が悪いかと思ったが、エンジンをかけるといつもと変わらない走りだった。この時既に美緒は何もかも知っていたのかもしれない。

宍道湖の湖畔を走り、出雲市に向かい、死別した妻に詫びつつ出雲大社では澪との縁を祈った私だったが、１か月後、再び泊りがけで松江を訪れた私がいつものように「澪」に行くと、戸は固く閉ざされていた。そこに画鋲で留められた紙には、几帳面な手書きの文字で

閉店しました。

と書かれてあった。その紙がはたはたと風に揺れる空しい音が今でも忘れられない。

１年後の春、大学の仕事が終わり、私は宿舎を引き払った。引っ越しのあいさつをしに上の階に行ったときに、やはり「澪」の常連だった医学部の教授から、あの日から１週間後に容態が急変した澪は病院に運ばれ、１週間の入院の後にそのまま息を引き取ったと聞かされた。すでに転移をしており、半年くらい前から本人は覚悟をしていたそうだ。挨拶を終えて去ろうとする私に、定年も間近のその教授は、

「澪さん、先生のこと、よく話してたよ。やっぱり東京の人は品がよくて素敵だって。教授会の日を楽しみにしていたよ。」

と語ると寂しそうな笑みを浮かべた。

宿舎を去ると、私は美緒と共に３泊４日の長旅をのんびり楽しんで東京に戻った。美緒とは今も一緒に暮らしている。運転する時間は減ったが回数は増えたので、年間の走行距離はあまり変わっていないかもしれない。

「一度助手席に座ってみたいって言ってたんだよなぁ。」
「いやよ。女を乗せるならレンタカーでも借りてちょうだい。って、言いたいところだけど、あの人なら許してあげてもよかったかな。名前もよかったし。」
美緒とは今もたまにそんな会話をしている。

ジョー・マローンのイングリッシュペアー＆フリージアのヘアミストは今も私の愛用品だ。髪ではなく手に吹きかけ、１人暮らしの部屋でその香りを感じながら「The Family of Man」を開き、あの日の会話を反芻するのが週末の日常になって久しい。