半蔵門かきもの倶楽部コミュの第九十七回　大邦将猛　作　栗橋のイナゴ　（テーマ選択『夏休み』）

埼玉県久喜市栗橋に僕の実家がある
父と母は金の卵世代と呼ばれた世代で
それぞれ東北と四国から
義務教育が終わるや否や東京に出てきて結ばれた。

最初都営住宅に住んだのだが
そのころの物価や価値観でとても都内にマンションや一軒家を立てることかなわず
毎日片道一時間半をかけて遠く都内に往復して
埼玉の田舎に一軒家を建てた。

今戻っても相変わらずのド田舎で
駅から少し離れると水田が広々とあり
コンクリートで蓋がされてない川に
アマガエルや殿様カエルが見つかる。

水田のところどころに墓があって、
昔、寺の檀家にもなれないような百姓だった家はこうやって
寺にお布施を取られずに仏様を祭ったようだ。
それでも供養はしっかり
地回りの坊主どもに頼みもしない経をあげられて
金をとられ代々暮らしてきたような土地だ

僕が都内から埼玉に引っ越してきたときは小学校４年生の夏休みのときだった
東京の北区に住んでいたが、日常生活の空間に水田をみることはなく
引っ越しで電車にのってきたとき車窓から見える景色に新鮮な驚きをもって
「父さん、田んぼがある！」
そんな風にさけんだ。

駅の近くの家だけどそのころはそれでも水路は一メートル以上の小川が張り巡らされ
下水を流すわけにいかないから、し尿処理車が各家庭を回るような土地だった
そのぶん川はきれいでザリガニ・タニシなどは手でつかんでいつでも家に持って帰れるほどいた。
気を付けてみればゲンゴロウなどもみつかったし、自転車でいける遊べる林にカブトムシも見つかった。ゲンゴロウやカブトムシはなかなか見つからないから見つけたやつはヒーローになれる。（夏休み後二学期に僕はさっそくヒーローになった）

都営住宅にいたころから本は好きでいろいろ読んでいたが
田舎で広い家に住んだのもあり、好奇心旺盛な僕を見て
親が良かれと思ってか子供用の大判の図鑑を１０数冊揃えてくれた。

いろいろなものがあったが虫とか動物というものをなんども読み返し、ぼろぼろになってたのを思い出す。写真だけでなく様々な解説がおもしろく穴が開くほど読んだ。
音楽だとか美術とか乗り物とかほかにもいろいろあったのだがそちらはあまり見ずにとにかく生き物をみていた。
自分の意思をもって動くいきものに魅せられていたのだと思う。

食卓に上がるエビとザリガニが近しい生き物だということを意識したこともなかった
子供は無邪気なのかよくものを立ち止まって考えないというか
普段食べてるものが生きていたものだということを意識しておらず
遊びの中で触れる生き物たちが一種のおもちゃで食べ物は食べ物と感じていた
ザリガニや昆虫がいきいきと動く姿に魅せられていたのもあり、またそれらがともに節足動物であることも
あってザリガニだって背中に甲殻があってここが開いたら羽が出てきて空を飛んだりしないか・・・
そんなことを夢想していた。図鑑を正確に読んでいたらそんなことはあり得ないとわかるのだけど彼らに自由に動き回ってほしかったんだと思う

自転車でもいけるところはせいぜい数キロ四方のその栗橋という土地に確かに僕は宇宙を感じていたのだ。

２学期がはじまったが僕にとっての夏休みは続いていた。なにもかもが珍しいのだ・・・
あろうことか小学校の校舎は木造で、（翌年校庭の反対側に鉄筋の校舎が立つ予定で実際工事中ではあったが）
木の床を雑巾がけしてた。
家庭科の実習室に足踏みミシンがあり、こうすれば電気がなくても暮らせるなと感心した
音楽室にはほこりをかぶったバッハだとかハイドンとかかれた音楽家の肖像画（油絵だろうか・・思い出せない）があって
これまた足踏みオルガンがある
機械仕掛けのいろんな教材があって、家庭科ではガスでコメを炊く要領を教わり（忘れたが）
母が子供の時の記憶でこれからは計算ができなきゃ生きていけないからとそろばん教室に通わされた

トイレは木造校舎の端にあり石の床と木製の便器、水洗といえばそうなのだが利用後上の蛇口をひねるしくみだった。
大用のは使う気にもならないほど汚れてて
今思えばおそらく戦前からこんなだったのだろう
運動会にむけてみな必死に楽器を仕込まれる・・・・。オタマジャクシの読めない僕はでかい体で頭悪そうに鈴をリズムに合わせてたたいてた
トランペットだの買わされて吹ける友達がうらやましいと思ったが
異様なほど演奏と行進の練習して（勉強そっちのけだ）
戦争があった時代はこんな風にみな同じ動きをさせられてたのかな・・・と東京との違いをおおいに感じていた。

Ｋという友達ができた。親は公務員で家は近所だ。代々そこなので親戚も近いとこにたくさんいる。
頭がよくて運動もできたのでそのあとすごくモテるやつになった。
家に上がると一階の広間には大きな仏壇があって、東京で感じたことのない家の雰囲気だった
飯をくわせてもらいイナゴの佃煮というのをいただいた。
もちろん図鑑でみたことも実物もたくさんみたものだった。
佃煮というとノリしか知らない。
甘辛く食えないことはないがイナゴ自体はあえて食わなくてもというくらい節足動物の硬さが感じられて口に
刺さるようだった・・・・
なんのためにこんなものを食うのだろうと思ったら
「つくってるのみせてやるよ」とK

仏壇の部屋に通されて、そまつな木綿の袋の口のところに竹がついてて
その先はねじってあるが
袋がぴくぴくと動いている
「なにこれ？」と僕は聞いた。
ほんとうに見当もつかないという感じで聞いた。

「なかにイナゴがたくさん入ってる。」
「なぜこんな風にほっとくの」
「餓死してフンを出し切るのを待ってから洗って煮るんだよ」

僕の中でおもちゃと食い物がつながった。
むりやり食わなくてもというまずさがさらにその後味を悪くさせた・・・

生き物を食うのは当たり前だ・・・・うまいものもまずいものも肉だ。

「こんどイナゴとりにいくか？」
Kに僕はどう見えただろう。
デブの僕は青白くはならないが小学生の子供が友達の深層心理までみてとることはあるまい。
「なんでおれたち生き物くわないといきてけないんだろね」
「どうしたんだ？」

虫を捕まえまくって、どんな生き物にも手を伸ばすのでよく知られてたから
イナゴ取りはさぞかし喜ぶと思ったようだ。

その日は家に帰って、肉が食べれなくていつもは残す野菜ばかり食ってた
夢ではなく、起きてるときにくらい袋に詰められて全裸の人間が食べ物も与えられずし尿を垂れ流し餓死するところを想像した
もっとはるかに大きな生き物が洗って煮ればうまいんだよなとか・・・言うんだろかね。

おもちゃと現実がつながって、子供の目で大きく見えた世界がある意味小さくなった
栗橋という宇宙を超えて、日本や世界の国々で人が食うために生きてる大きいのに小さくて醜い世界を僕はそれ以来生きることになった。

そうやって僕の夏休みは終わった。