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神奈川【市民と野党と労組】連帯コミュの「川崎では42年間も役人出身の市長が続いてきた」か??

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福田紀彦候補者は、「川崎では42年間も役人出身の市長が続いてきた」と何度も主張する。
それが事実か検証してみた。
なぜ42年間か?42年前とは、2013−42=1971
つまり伊藤三郎氏が革新統一市長についてから今年までの42年間を指していることがわかる。
詳細は下記に記した。

福田紀彦氏は伊藤三郎・高橋清市長・阿部孝夫の3人を役人とよぶ。
伊藤三郎は市役所に就職し、技術吏員を振り出しに職員組合委員長、川崎市労働組合連合会委員長、自治労神奈川県委員長を歴任した。たたきあげの労働者である。市役所に勤務しているひとを役人と呼ぶ福田氏の感覚を疑う。

では高橋清市長はどうか。
彼は小学校教員であった。有能なので川崎市教職員組合委員長も教育委員会理事や民政局局長もつとめた。「役人」なのか?

阿部孝夫市長はどうか。
大学の教授も勤めているが、れっきとした自治省官僚であった。

福田紀彦氏は、12年間と42年間とを錯誤している。
市役所職員と永田町官庁街のれっきとした自治省官僚とを、味噌も糞も一緒にまぜて混乱している。
論理的に分析して発言する資格も能力もやや難がある。






金刺不二太郎市長(1947年〜1971年)
1946年(昭和21年) - 初の民選市長として金刺不二太郎が当選。
(金刺は1946年の市長公選制の施行以来、25年にわたり川崎市長の座にあった。

伊藤三郎市長(1971年〜1989年)
敗戦後の1951年に川崎市役所に就職。技術吏員を振り出しに、職員組合委員長、労働組合連合会委員長、自治労神奈川県本部委員長等を経て、1971年の川崎市長選挙に日本社会党・日本共産党の推薦を受けて出馬し、7期目の当選を目指していた保守系の現職・金刺不二太郎を破り、初当選を果たす。
1971年(昭和46年) - 第2代の民選市長に伊藤三郎が当選し、革新自治体の一員となる。当選以降、公害対策や福祉政策が評価を受け、公明党や民社党も市議会で与党勢力に加わり、1987年の川崎市長選では自由民主党推薦の永井英慈(のちに衆議院議員)を破り、5選を果たした。しかし、5期目の任期途中の1988年には、川崎市助役への1億円利益供与疑惑に端を発するリクルート事件が発覚し、関係者への解職処分を行った。翌1989年10月、任期途中に川崎市長を病気辞任。同年の市長選には、1987年の市長選で伊藤に敗れた永井が再び出馬したが、伊藤市政の下で川崎市助役を務めた高橋清が永井を破り、初当選した。
1997年10月16日、心不全により川崎市内の病院で死去。77歳。

高橋清市長(1989年〜2001年)
1989年10月、伊藤市長が任期途中で病気辞任したため、社会党、共産党、社民連の推薦を受けて11月19日に実施された川崎市長選挙に出馬。民社党・進歩党の推薦、自民党の支持を受けた永井英慈を破り初当選を果たした[1]。1952年津久井郡中央小学校で教員生活をはじめた。1955年当時の上司に勧められ川崎市立古市場小学校教諭に転じ、教頭にもなった。1974年日本教職員組合(日教組)傘下の川崎市教職員組合の委員長、職員局長を経て、1983年に伊藤三郎市長(当時)の下、助役に就任。
2001年の市長選に4選を目指し、社民党推薦で出馬したが、当時76歳で12年つとめたことから高齢・多選批判が強く、民主党・自由党・無所属の会・保守党推薦、公明党支持で出馬した阿部孝夫に敗れ、政界を引退した。なお民主党は、支持組織である自治労は高橋を支援したが、県連は神奈川県第9区(川崎市多摩区・麻生区)選出の松沢成文衆議院議員(後に神奈川県知事)らの主張で阿部を支援した。

阿部孝夫市長(2001年〜2013年)
2001年(平成13年)10月21日執行の川崎市長選挙に無所属(民主党・自由党・無所属の会・保守党推薦、公明党支持)で出馬。現職の高橋清市長ら4人を破り、初当選を果たした。投票率は、36.76%。
2003年(平成15年)7月、全国2例目の多選自粛条例を川崎市議会で可決させ、制定した(ただしこの条例は、制定時の市長のみ有効のものである)。
2005年(平成17年)10月23日執行の川崎市長選挙で再選を果たす。投票率は、36.32%。
2009年(平成21年)10月25日執行の川崎市長選挙に無所属(連合推薦)で出馬。元神奈川県議の福田紀彦(民主党推薦)、元川崎市議の原修一(自由民主党川崎市連推薦)、市民団体役員の岡本一(日本共産党推薦)ら3人の候補者を破り、3選を果たした。得票数は、阿部:145,688票、福田:117,456票、原:66,462票、岡本:60,698票。投票率は、36.09%。
2013年(平成25年)9月11日、川崎市議会定例会で、多選自粛条例に基づき、4選出馬はせず引退することを表明した。















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