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なつみ館(仮)コミュのふく (2012ver.)

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『ふく』

舞台中央にサス。

千「3年も前に別れた彼女のことを、僕は未だに引きずっていた。
他の女の子を見ても彼女のことを重ねてしまって、あれ以来ずっと一人身だ。
時々、彼女の夢を見る。付き合っていた頃の楽しい思い出、彼女の仕草、笑った顔。
全く、未練がましい男だと思う。昨日も友人と飲みに行ってお説教を食らった。
「おいおい、いつまで引きずってんだよ。いい加減新しい女作れよ」って。ダメなんだ。
  彼女の事がどうしても忘れられない。そんな会話をしたもんだから、また彼女の夢を見てしまった。
  朝起きてベッドの横を見ると、見知らない招き猫が転がっていた。またどこかから拾って来てしまったのだろう。
  酔った時の悪い癖だ。僕はその招き猫を家に置いておくことにした」

  暗転

  明転

  舞台前中央に福が座っている。頭には猫の耳、腰からは尻尾が生えている。鬼気とした表情で一心不乱に左手で招きまくる。
だんだんエスカレートしていき、観客を威嚇したり、狂ったように左手を振りまくる。

そこに千が帰ってくる。

千「ただいまー」

福狂ったように招く。

千「おい、何やってんだよ!」
福「…………」
千「ストップ。ストーップ!」
福「なんだ、千か。どうした?」
千「どうしたじゃないよ。何やってんだよ君は」
福「何と言われてもな。私はただ待ち人を招いているだけだが?」
千「招いているって、そんな顔じゃみんな逃げちゃうよ」
福「そんな顔とはどんな顔だ?」
千「さっきの変な顔だよ」
福「変な顔とは失礼だな。これでも私は一生懸命やっているのだぞ」

変な顔で招く。

千「その顔!その顔!」
福「むむ、うるさいぞ、邪魔をするな。だいたい私は千の為にこうして働いているのだぞ?」
千「それは……ありがとうだけどさあ」
福「だろ?ならば問題ないだろ」

変な顔で招く。

千「待て。逃げる、逃げるから」
福「何が逃げるというのだ?」
千「だから、招こうとしてる人がだよ!」
福「ふん、注文の多い奴だ。それで、今日は会えたのか?」
千「……いや、会えなかったよ。やっぱり仕事帰りの短い時間だけじゃね」
福「そうか」
千「ごめんな、気を遣わせちゃって」
福「何を言っている、約束したではないか。私がお前と彼女を再び巡り合わせるとな。ゴミ捨て場に捨てられていた私を拾ってくれて、
こうして家に置いてもらっている恩返しだよ。安いものさ。ただの招き猫に過ぎない私にできることといったらこれくらいだからな」
千「ありがとう、福」
福「ふく……?」
千「ああ、君の名前だよ。いつまでも名前がないと不便だろ?」
福「そうだな。福か、良い名だな。福を呼び寄せる私にぴったりの名前だ」
千「違うんだ。それもあるけど、君にも福が来て欲しい、そう思ってつけたんだ」
福「私に、福?」
千「うん。僕の幸せを願ってくれている君にも、幸せになって欲しいって、そう思って」
福「千……ありがとう、気に入ったよこの名前。ありがたくもらっておく。私は千という名前もすきだぞ」
千「そうかな?僕は昔からこの名前をよくからかわれてきたから。変な名前だって」
福「そうか?私はとても綺麗な名前だと思うけどな、千」

微笑む千。

福「千と彼女を絶対に会わせてやるよ。約束だ」
千「ああ、ありがとう」

福は狂ったように再び招き始める。
苦笑する千。

千にサス。

千「その招き猫は彼女と同じことを言った。僕の名前が、とても綺麗だと。僕も彼女が口にする『せん』という響きがとても好きだった。
ちょっとしたすれ違いから別れてしまった僕ら。けじめをつける為にお互いに携帯から連絡先を消した。それでも覚えている彼女の番号。
別れてからのこの三年間も、ずっと彼女のことを想い続けてきた。何度も電話をかけようと思ったけど、勇気がなくてやめた。
それでもやっぱり会いたくて、話をしたくて、僕は電話をした」

電話を耳に当てる動き。

千「でも、繋がらなかった。電話番号を変えたのだろう。僕と彼女の接点は完全に絶たれた。別れたあの日以来、僕は彼女がどこで何をしているのかも知らない。
何度も忘れようとした。でも、できなかった。僕にとって彼女の存在は、それほどまでに大きかった。
僕は、もう一度彼女に会って、自分の気持ちに区切りをつけたいと思った。もう一度告白して、振られても構わない。
ただ僕は、もう一度彼女に会わないと前へは進めないような気がしていた。だから僕は、拾ってきた招き猫にお願いをした。
もう一度、彼女に会わせて欲しいと。お安い御用だと自信気に笑ったそいつに、僕は「福」という名前をつけた。福が家に来てから、彼女の夢をあまり見なくなっていた」

全照。

福が左手首に氷のうを当てている。

そこに千が帰ってくる。

千「ただいまー。福、どうしたんだよ!」
福「べ、別になんでもない。ただ少し張り切りすぎてな」
千「張り切りすぎてって……」
福「そうだ、張り切って招きすぎただけだ!」
千「変な日本語」
福「う、うるさいぞ!」
千「いつもありがとうな、僕の為に」
福「ふ、ふん。私は約束は守る主義なんだ。そ、そうだ千は知っているか?左手を上げている招き猫は人を招いて、右手を上げているやつはお金を招くんだ。
ちなみに手を高く上げていると遠くの福を呼び寄せて、低いと近くの福を呼び寄せる」
千「へえ。福は物知りだなあ」
福「ふん、これでも私は招き猫を生業としているからな。この猫耳は伊達ではないぞ」
千「招き猫って職業だったんだ」
福「言葉の綾だ」
千「綾かなあ」
福「さっきからなんだ、人の揚げ足とりばかり」
千「人じゃないだろ」
福「ほら、そういうのだ。だいたい最近私の扱いが酷くなっていないか?」
千「そうかな?」
福「そうだ。慣れてきたからといって酷いのではないか?」
千「うーん慣れてきたっていうよりは、気が置けなくなってきたっていうか、まあ心を許してるってことだよ」
福「そ、そうか。別に褒めても何も出てこないからな」
千「……ん?今褒めたか?」
福「言葉の綾だ」
千「綾じゃないよ」
福「綾だよ」
千「言っとくけど、使い方違うからね」
福「な……私は招き猫だぞ!人間の言葉など知るか!それ以前に私が普通に話していることに驚くだろ」
千「うん、まあ最初は驚いたけど」
福「もっと驚け!」
脅かすポーズ。
千「あ、うん」
福「驚け!」
千「うん」
福「驚けよ!」
千「驚かないよ。なんかちょっと化け猫みたいになってきてるじゃないか」
福「招き猫のお化けだぞー!」
千「知ってるよ」
福「お化けじゃない。失礼だな」
千「じゃあなんなのさ」
福「え?だから、普通の招き猫だと言っているだろ」

千福が言っていることに矛盾を感じて顔をしかめる。

千「え?……うん。いや、普通じゃないよ、色々と」
福「むむぅ、馬鹿にして」
千「してないよ」
福「している!」
千「してないって」
福「ふん、言っていろ。お前はまだ私の本当の実力を知らないんだ。聞いて驚け、私はなんと人とお金と遠くの福と近くの福を同時に招くことができるマルチな招き猫なんだ」
千「それはすごい。是非見せて欲しい」
福「見ていろよ」
両手を使って招く動作。ゆっくりとした犬掻きのような動き。
千「すごいや。なんていうか、犬みたい」
福「犬じゃない!」
千「早送り」

スピードを上げて招く。

千「スローモーション」

ゆっくり招く。

千「一時停止」

止まる。

千「おもしろいなこれ。早送り」

早く招く。

千「もっと早く」

もっと早く動く。もう何がなんだかわからない動き。

福「遊ぶなー!」
千「ああごめんごめん。あまりにおもしろくて」
福「馬鹿にしやがって……」
千「でもちゃんとやってくれるのが福のいいところだよね」
福「むむぅ」
千「あ、それの使い道思いついた」
福「ん?」
千「ちょっと同時招きやってみて」
福「こうか?」

両手招き。
その前に千が背中をもってくる。まるでマッサージ機のよう。

千「ああ〜きもちいい〜」
福「お、お前!」
千「もっと早く」
もっと早く動く。振動音。
福「うぃ〜ん」
千「はあ〜きく〜」
福「って、何をやらせるか!」
千「自分だってのってたじゃないか」
福「くぅ〜、遊ばれている。完全に遊ばれている」
千「あはははは」
福「笑うな!」
千「ごめんごめん、なんだかすごくおかしくて。こんなに笑ったのは久しぶりだよ。ありがとう、福」
福「何がだ?」
千「ううん、手がこんなになるまでがんばってくれて」
福「ま、まあ、私にはこれくらいしかできることがないからな。……今日は、どうだった?」

千首を横に振る。

福「そうか、すまない。私が不甲斐ないばかりに」
千「そんなことないよ。福は十分にがんばってくれてる」
福「ダメだな、私は。福を呼んで人を幸せにするのが私の使命なのに。これでは職務怠慢だ。私には、いる価値がない」
千「そんなことない。もしかしたら僕はもう、十分に幸せなのかもしれない。福が側にいてくれるだけで、すごくうれしいよ。だから自分に価値がないなんて、言うなよ」
福「そうか……すまない。……ありがと」
照れる福。
千ふっと笑みをもらす。
千「よし、それじゃあおやつにしようか」
福「おやつ!?本当か!?」
千「ほんとだよ。福が好きな苺大福があるんだ。昨日買って冷蔵庫に入れといたんだけど」
福表情が凍りつく。
千「確かこのへんに……あれ?ないな」
福ゆっくりとその場から離れる。
千「福、どこにあるか知らない?」
福「さ、さあな。私は知らないぞ。白い箱に入った4個入りの苺大福なんて」
千「福、お前まさか……」
福一目散に逃げ出す。
千「福!」
福「し、仕方がないだろ。は、腹が空いていたのだ。私が苺大福が大好物なのは知っているだろ」
千「僕の分も食べて……。福!」
福「すまない!」
千追いかけるが捕まらない。
福はける。

千にサス。

千「福が家に来て、毎日が楽しくて仕方がなかった。ちょっと変わった、言葉を喋れる招き猫。福と一緒にいると、僕の願いも忘れてしまいそうになる。
彼女に会いたい。でも、彼女に会うという僕の願いが叶ってしまったら、福は僕の元からいなくなってしまうんじゃないかって、そんな予感があった。
だから僕は、彼女に会う事が少し怖く思えてきた。僕は彼女の事が好きだ。でも、福と一緒に過ごすこの時間も、僕にとってかけがえのないものになっていた。
酔っ払って拾ってきたただの招き猫が、僕にとって特別な存在になり始めていた」

暗転

明転

舞台上には福が一人。

中国拳法のような動きで招く。

福「あたー!招き拳!あたたたたー!ふぁちゃ-!お前はもう、死んでいる!っておーい!ダメだよなー。死んだら意味ないよなー」

いろんな方向に左手を振って招く。

福「あ、みんな、ありがとう。来てくれたんだね。苺大福持って来てくれたんだね。うわーい、これでお腹いっぱいだあ。これが今流行の招き猫詐欺。
こう苺大福を持った人をピンポイントで狙って招き寄せて、おいしい思いをする招き猫にしかできない技」

その場に倒れて悶える。

福「……って、詐欺じゃないし。全然詐欺じゃないし……。そういう便利な能力じゃないし……。キャラもなんか変わってるし……」

変な動きを始める。

福「私が考案した新しい招き術。こういう動きをすることによって相手を油断させて、招き寄せる技。……油断て。油断させるってあんた。
こんな動きしたら逃げるよなー。なー。私はさっきから誰に話しているんだ!」

変な動きをしながら奇声を発する。

福「あああああ〜あああああ〜あああああ〜。かもんレッツゴーいえーい。かもーん、待ち人かもーん。よう、よう、かまーん、いえい」

そこに千が帰って来る。

千「ただいまー」

声が聞こえたと同時に福は舞台の隅に素早く移動し、正座。

千は福の方を見ることなく奥にはける。
千がいないことを確認して福が再び動き出す。

福「かもーん、レッツゴー、いえーい」

そこに千が戻ってくる。踊る福を見てすごい顔。
しばらくして福が千の存在に気づく。気まずい間が流れてゆっくりと踊るのをやめる。

千「……福、一応訊くけど、何やってるの?」
福「別に、何も」

言いながら舞台の隅でゆっくりと正座。千とは反対の方向を向く。

千「ん?え?何今の」
福「さあ、なんだろうな」
千「ええー」
福「頼む、何も言わないでやってくれ」
千「ん?う、うん」

千にすがりつきながら、

福「お願いだ!後生だから、今見たことは忘れてくれ!」

泣き出す。

千「そんな、泣かなくても」
福「私は、私は……ああー!!」
千「そんなに恥ずかしかったんだ。言っとくけど、「お前はもう死んでいる」とか全部外に丸聞こえだったからね」
福「いやーーーー!!!!!」

地面をはいつくばりながら恥ずかしさに悶えたり後悔したり。ものすごくへこむ。

千「大丈夫?」
福「大丈夫ではない。もう立ち直れないかもしれない……。千は意地悪だな、家の外で聞いていたのか。帰って来たならすぐに部屋に入ればいいだろうに……」
千「いやあ、そうしようと思ったんだけど、福の声があまりに楽しそうだったもので、つい」
福「ああああ……恥ずかしいよう、恥ずかしいよう」
千「今日はいつにもまして気合入ってたね。こないだの一人大サーカス招きもすごかったけど」
福「ああああ!」
千「こう、一人空中ブランコとか言って蛍光灯にぶら下がって空中でくるって一回転しながらこうやって招くの。蛍光灯から落ちた埃がすごかったなあ」
福「それも見られてた……ああああ……恥ずかしいよう……」
千「苺大福買って来たよ」
福「ふむ、そうか。いつもすまないな」
千「立ち直り早いなー」
福「いつまでもひきずっていても前には進めない。ずっと後悔ばかりしていても何の生産性もないからな。私は反省はしても後悔はしないんだ」
千「強いなあ……」
福「だから今度から、誰もいないのを確認してから、やる。ううっ」

泣く。

千「やっぱり引きずってるんじゃん」
福「それで?」
千「え?」
福「今日はどうだったんだ?」
千「ああ」
福「会えたのか?今日はいつにも増してがんばって招いたからな。知り合いの知り合いくらいには会えただろ」
千「いや、全然だよ。第一、俺と彼女に共通の知り合いとかっていないし。仕事が終わってからの少しの時間だけで会えたらいいな、なんてのがやっぱり考えが甘かったのかな」
福「そうか……」
千「なんか、ごめんな」
福「なぜ謝るんだ。約束を果たせていないのは私の方なのに」
千「福は悪くないよ。だって福はこんなにがんばってくれている。悪いのは俺の方。きっと縁がなかったんだよ。だって、福がこんなに一生懸命やってくれてるのに……。
仕事もまた忙しくなってきたし、これはもう諦めろってことなのかな。はははは……」
福「ふざけるな」
千「え?」
福「ふざけるな!お前、本当にそれでいいのか!?お前の気持ちはその程度のものだったのか?三年間、ずっと想ってきたんだろ。
約束したじゃないか、絶対に会わせるって。私は千に、幸せになって欲しいから、だからがんばっているのに。
だったら私はなんなんだ、(こんな恥ずかしい思いまでしながら)がんばったのに。千の為にがんばったのに。簡単に諦めるとか言うな!
もうこれは千一人の問題じゃないんだ。千と、私と、二人で約束しただろ。約束を破るのか、お前は。諦めるのか、お前は!好きなんだろ、彼女のことが!
だったら諦めるな!彼女に会ってけじめをつけるって、前に進むって言ったじゃないか!許さないからな、勝手に諦めるなんて、許さないからな。
千が幸せにならないなんて、そんなの、私は絶対に許さないからな!」
千「……ごめん、福」
福「……く、くそ。別に泣いてなんかないんだからな!」
千「ありがとうな、いつも俺の幸せを願ってくれて。本当に、ありがとうな」
福「うるさい。私は私の使命を、約束を果たそうとしているだけだ!別にお前の為なんかじゃないんだからな!」
千「ああ、それでもいい。それだけで十分だ。ありがとう。十分に勇気をもらったよ。福がいるから、僕はがんばれる。
僕は少し、臆病になっていたのかもしれない。怖かったんだ、彼女に会うのが。彼女に会っても、僕は前に進めないんじゃないかって。
でももう大丈夫。僕は、がんばるよ。だから、福も、がんばってくれ」
福「ふん、当たり前だ。それよりも、千も心変わりなんてするなよな」
千「誰に向かって言っているんだよ。僕は諦めが悪い男なんだ。伊達に三年間も片思いしちゃいないさ。福、これからもよろしくな」
福「ああ、約束は守るさ」

千にサス。

千「僕は決心を決めた。先のことが怖くて何もできないなんて、そんなのは嫌だ。そんなのは違う。だったら、今できることをしよう、そう思ったんだ。
それからというもの、僕は少しだけ睡眠時間を減らして外を歩く時間を増やした。それからもう少しだけ睡眠時間を減らして、福と話す時間を増やした。
僕が働いている間、外で彼女を探している間、福は僕の家で一生懸命に左手を動かしていた。僕たちは、諦めないことを決めた」

歌(未定)が流れ始める。
全体が暗くなり、福と千にそれぞれ照明が当たる。照明は二人を追う。(ピンかサスの切り替えによって。)
ここから無声演技。

上手前で福は一生懸命に左手を動かして招く。
下手後ろで千は街を歩きながら人混みの中から彼女を探す。
二人が舞台中央に集まり照明も合わさる。二人で大福を食べながら談笑。

千下手奥でパソコンに向かい仕事をする。
福上手前で変な動きで招く。
千が疲れた感じで目尻を押さえる。ふと福のいる方に視線を送り、再びパソコンに向かう。

千舞台奥の壇に上がり、彼女を探す。壇上全体に照明が当たる。
外は寒く、時々身を縮こませたり息で手を温めたりする。
福は懸命に招く。時々狂ったように動く。
舞台の隅でひっそりと招く福。
まるで福を探すかのように彼女を探す千。
ふと福が千の方を見る。しかし二人の視線が交わることはない。

全照。
帰ってくる千。福は喜んで駆け寄り、手を引く。
踊りを伝授。二人で笑い合う。

音が突然止まる。
千にサス。

千「僕たちは笑った。もう一生分笑い尽くしたんじゃないかって思うくらい、たくさん笑った。そして、その日が来た」

  暗転。
  SE雨の音F・I。
  照明F・I。少し暗い。
  舞台奥に千が出てくる。傘を差している。
  彼女を探す素振り。ゆっくりと歩き回る。

千「こんな日にさすがに出歩かない、か。……よし、福にお土産の苺大福でも買って、帰るか」

  ふと顔を上げると舞台前に相合い傘をしたカップルが出てくる。
  仲が良さそうな男女は千の探していた彼女と、見知らぬ男性。
  固まる千。ゆっくりとカップルは千の横を素通りしていく。仲の良さそうな会話や笑い声がわずかながらに聞こえてくる。
  しばらくして振り向く千。傘を力無く落とす。彼女の背中を見つめる。千と彼女に照明が当たる。
  カップルはける。
  雨音が強くなる。

  暗転。
  明転。同時にSE、C・O。
  舞台中央であぐらをかいた千。頭にはタオル。俯いて黙りこんでいる。
  傍らでそれを見つめる福。何度か話しかけようとするがしかし、掛ける言葉が見つからない。

千「いいんだ。こういう展開だって、ちゃんと予想してた。伊達に三年間も片思いしてないって。
  あんなにかわいくて、明るくて、優しくて、いい子をいつまでも男がほっとくわけないもんな」
福「千……」
千「すごく幸せそうだったよ、彼女。そうか、新しい恋見つけたんだな。よかったよ。なんだか、ふっきれた。ようやく踏ん切りがついたよ。
  ああ、よかった、これでやっと彼女のことを忘れられる」
福「……すまない」
千「なんで謝るんだよ、福は約束を守ってくれたじゃないか。ちゃんと彼女にめぐり合わせてくれた。やっと僕は、前に進める」
福「だって、私は、千を幸せにするって、約束したのに……」
千「いいんだよ。ありがとう。福のおかげで僕はやっと、前に進める……僕は……う、うう……」
涙を流す千。
千「仕事が忙しくて、全然会えなくて、彼女は、それに耐えられなくて……まだまだたくさん話したいことがあったのに……僕は、僕は……。
  大切な物が大切だって、失ってから気づくってのは、本当なんだな……。そうか、幸せになったのか。よかった、本当によかった」

  福、千を抱きしめる。

  BGM歌(未定)が流れ始める。

福「側にいるから。私がずっと側にいるから、だから泣かないでくれ。私は千を幸せにすることができなかった。だけど、これからは違う。
  ずっと、ずっと一緒にいて千を守るから。絶対に寂しい思いをさせないから。一人になんてさせないから。幸せにするから」
千「ありがとう、僕も、福の幸せを祈っているよ。福の幸せなら、僕は幸せだよ」
福「私はもう十分に幸せだよ。千がいる、それだけで十分だ」
千「僕もだよ。福、君がいてくれるだけで、僕は十分に幸せなんだ」

  立ち上がる千。手を差し伸べる。
  手を取って立ち上がる福。

千「これからも、よろしくな」
福「ああ、これからもずっと一緒だ。ずっと」
千「約束だからな」
福「ああ、約束は守るさ」

  握手を交わす二人。
  ゆっくりと照明が落ちていきながらクロスで音が大きくなる。
  完全に暗転すると、ふっと音が消える。
  照明C・I。

  握手をしたままの状態で千が立っている。
  福はいない。代わりに千の足元には招き猫の置物が転がっている。

千「大切な物が大切だって、失ってから気づくってのは、本当なんだな……」

  その場に崩れ落ちる。

千「ずっと側にいるって言ったじゃないか!約束だって言ったじゃないか!僕を幸せにするんだろ……そう言ったじゃないか。
  なんとか言えよ!福!おい!こんなのあんまりなんじゃないか?人に希望だけみせて、勝手に消えてなくなるなんて、そんなのずるいと思うよ!
  こんな思いをさせるくらいなら、どうして僕の前に現れたりしたんだよ!そりゃ拾ってきたのは僕だけどさ、こんなことになるなら最初から喋らなければいいだろ!
  普通の招き猫の振りをしていればよかっただろ!どうして、こんな……ずっと一緒だって言ったじゃないか……」

  間

千「馬鹿みたいだ。僕は何を熱くなってるんだ。ただの招き猫に何を話しかけているんだよ。気でも狂ったか?
  たかが失恋したくらいで、ひどい妄想だよ、こんなの。こんなの……馬鹿みたいじゃないか」

  招き猫を拾う。投げようとする。でもやめる。ゆっくりと下に下ろす。

千「僕の名前が、綺麗だって言ってくれたんだ……」

  間

千「約束は守るさ」

  暗転。と、同時に明転。

  はっしっこに福と他の招き猫が数匹。

福「うわー、盛り上げようと思って仲間連れて来たんだけど、なんか入りづらいなこれー」

  暗転。


  おしまい。ちゃんちゃん♪


  カーテンコール。曲『幸福論(悦楽編)』

  暗転。――幕

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