ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

後藤又兵衛基次コミュの貴方が又兵衛を好きになった瞬間!

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
さぼり気味な管理人ですいません><
でも、人が増えてることは毎日チェックしてますよー。
そして又兵衛が好きな人が60名ぐらいですが
こんなにいてとても嬉しい限りですね!
周りには又兵衛の事を知ってる人なんて誰もいませんからね(笑

さて、自分の好きになった瞬間というか理由は
元々は兄貴の影響で真田幸村が好きだったのですが、大阪の陣で陰ながら大阪方で活躍をしていた話をコミュのTOPにもある大阪の陣絵巻というサイトで知り。
なおかつゲームになりますが「信長の野望」で地味に能力が高く青い兜に惚れたからです(笑
そこが入りで、それから色々調べれば調べるほど
又兵衛の事が好きになりましたね〜。
いつか大河ドラマで後藤又兵衛か又は黒田家でもいいのでやってほしいと思う今日この頃です(笑

コメント(5)

はじめまして。
自分は中学生の時に司馬遼太郎の『風神の門』を読み、全くの脇役での登場ながらその圧倒的な生き様に全身に稲妻が走り抜けるような衝撃を覚えました…。それ以来、後藤又兵衛の生き様は自分の生きる指針となりました。30歳を過ぎて思うのは、だいぶ自分の生き方そのものが後藤又兵衛に似てきているのではないかということです。他人に厳しく、理想は高く、結構無鉄砲で、経済観念に乏しい…。それでも損は覚悟で『滅びの美学』を胸になんとかやってます。前世などというおこがましいこたぁ言いませぬが、前世で少しぐらい関係があったのでは…もしかして守護霊さま?なんてなことを勝手に妄想しているつまらぬ男でございます。
 戦乱の世も終わり、武士として己が才能を発揮できる最後の場と読み切って負けると解った大阪城に入城、華々しく討ち死にして死に花を咲かせたその生き様に感動しました。
武蔵さん

後藤又兵衛が大阪方に属したのは、旧主君であった黒田長政が「奉公構い」に処した上にまだ又兵衛に対し怒りが収まらなかったのか何度も刺客を送り込むも失敗に終わり大阪にてひっそりと家族で暮らしていた所を、長政の手の者が子供を拉致したそうです。豊臣秀頼は、自身の城下に又兵衛という豪傑が住んでいる事と黒田長政が執拗に又兵衛を苦しめている様を知り秀頼自身が黒田長政に対し今は自分の城下に暮らす者である。拉致した又兵衛の息子を返しなさいと命令を出したとか。流石に、この段階ではまだ、豊臣家は黒田家の主家と同じゆえ逆らえず返したそうでその豊臣秀頼の恩に報いる為の大阪方へ味方する事になったという説があります。
初めまして。ekekと申します。

司馬遼太郎さんの『城塞』の以下の場面を読んでからです。

織田有楽(と大野修理)が、評定である、と諸将を呼びつけておいて、一方的に
”命令”した事に対して、
「これでは評定ではあるまい―と後藤又兵衛はばかばかしくなった。
 若いころの又兵衛ならこういう場合、即座に怒号して床をたたき、有楽の非を鳴ら
したであろう。が、又兵衛は壮齢を遠く過ぎ、卑劣や臆病という人間の現象に対して
寛大な心をもつようになっていた。
この又兵衛の人柄について、又兵衛に付属し、終生かれを敬慕した籠城牢人の
長沢九郎兵衛という者が書きのこしているところでも、

 とにかく又兵衛どのは人を叱るということがなく、度量の大きさと優しさは非常 な
 ものであった。

という意味のことがのべられている。」

(『城塞・中巻・新潮文庫、平成二十一年八月三十日、七十一版、444頁から446頁より)

・・・豪傑なだけでなく、優しく仁徳もある、という所に惹かれました。


司馬さんは、きっと又兵衛が好きだったのでしょうね。戦場往来・豪傑で個人的戦闘力
も強くて、統率力・指揮能力もあって、戦術能力もあって、その上、優しくて仁徳があっ
て・・・。『城塞』では、自然と大阪城内の人心が集まる様な人物に描かれています。

司馬さんの作品では、上記のhardcoreblack19さんがお書きになっておられる「風神の
門」の他に、「軍師二人」、「売ろう物語」の短編、そして「関ヶ原」にもちょこっとですが
登場しています。「軍師二人」は先の長沢九郎兵衛の「長沢聞書」を参考資料にして
いる様で、なかなか魅力的な又兵衛が描かれていると思いました。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

後藤又兵衛基次 更新情報

後藤又兵衛基次のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング