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NY-宮城県人会コミュの3月11日 宮城県で被災しました その?

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マイミクのマイミク、茶助さんの許可を得て、日記を転載させていただきます。
茶助さん、ご協力ありがとうございます。

*****

僕は大学病院の病棟でパソコンオーダーをしている最中だった。
後輩と並んで仕事をしていたときに、最初の揺れを感じた。

大きな縦揺れだ。

ご存知だと思うが、地震の揺れは縦揺れが先に伝わり、遅れて横揺れがくる。
小さな地震であれば、縦揺れは感じないことも多い。

地震の多い僕らの地方に住んでいると、
まず最初の縦揺れの大きさで次に来る本格的な横揺れがどの程度か
ある程度想像がつく。

そのとき感じた縦揺れは大きかった。
最近ではなかったような縦揺れ。

その直後に後輩の携帯がけたたましく鳴った。
地震警報だ。

「あーこれくる!やばい!」
とストレートな後輩は口に出して言った。

僕もそう思った。

数秒後に横揺れが始まった。

横揺れと言っていいのか。

「がんがん揺さぶられる」感じだった。
この建物は「免震構造」のはずなんだが、そんなことを忘れさせるような強いダイレクトな揺れだった。

当たり前のように戸棚や机のものが落下し、壁に寄りかかっていないと立っているのも不安だった。

後輩も、「わー」とときどき声を出しながら、壁にもたれかかっていた。


そんな僕らを横目に看護婦さんたちはすごかった。
座っていた人たちもすぐにあちこちの病室に散らばっていく。
まだ歩くのも大変なのに、心配な患者たちを見回りに走っていた。

長い時間だった。

全然終わらない揺れ。

震度7クラスの揺れが、ずっと続いている。

普段なら、長くて10秒程度で終わるのが地震だが、
そのときは永遠に続くのではと思うくらいひどい大きさの揺れが続く。

30秒くらい揺れていたのだろうか。

なんとか落ち着いてきた。


重症患者や病室の確認。
大きな被害はなかったので、透析室に降りることにした。

もちろんエレベーターは止まっており、14階から3階へ歩く。
たくさんの人が階段を使って上がったり登ったりしていた。

病院で働く人々はみな冷静だった。

僕が階段で降りる頃には、どーっと押し寄せてくるかもしれない外来救急患者のために、
点滴台を1階に運ぶ作業も行われていた。


・・・・・

そんなことより我が家は大丈夫だっただろうか。
免震構造の病院があのくらいの揺れ。
耐震構造(地震で倒れたりはしないが、揺れを直に受け取る)の我が家は大変なものだろう。

あの時間からすると、妻と娘たちは長女のヤマハ教室に行っている時間か。
その建物は新しいからきっと大丈夫だろう…
そんなことを考えながらも、携帯で連絡がとりあえるはずもなく、
頼むから何とか無事でいてくれ。と祈るしかなかった。

とりあえず自分の周りの業務に従事した。


・・・・・

妻と娘は、実は我が家にいた。
怪我一つなく無事だった。
しかし、我が家の中は大変な状況。
ありとあらゆる物が落ち、テレビも落ち、戸棚が開いて食器が割れ、冷蔵庫も開いて物が飛び出た。

うちの両親が近くに住んでいるので、母親が歩いて様子を見に行った。
両親の住むマンションは免震構造で、被害がほとんどなかったようだ。

長女は、小さなテーブルの下に隠れて、1本の脚をぎゅっと握りしめていた。
怯えてしまって、なかなか出てこようとしなかったらしい。
なんとか落ち着かせて、みなで両親の家に移動した。

・・・・・

電気も水もガスも何もない生活。

それでも非常時のために買っておいた水などの蓄えがあったため、
当面の生活は問題なかった。

しかし、今後のことを考えると、周りの店が開くはずもなく、
食料も水も、次女のオシメも、次にいつ手に入るか分からない状況。
非常時なんだと、改めて認識する。

追い打ちをかけるように、福島の原発問題。

僕らはいい。
娘たちに影響がでないかどうか、とても心配だ。

食べ物も飲み物も十分にあげられない状況も、いつまで続くのか先が見えない。
子供たちに恐怖や不安を与えてしまっていないかと考えると余計につらくなる。


僕は特別怖い思いをしたわけではない。
家族もみんな無事だった。

それでも、この非常事態や、今後の自分の仕事内容を考えないわけにはいかず、
心の隅には、不安やストレスがどんと横たわっていたのだろう。

何気ないACのコマーシャルをみただけで、じーんと涙が出てきてしまう。

・・・・・

大きな問題がなかった僕でこんな状態。

実際に怖い思いをしたり、家族や親戚が行方不明だったり、家が被害にあったり、
そういう方たちがどれだけの恐怖と不安とストレスを感じているかと思うと、やりきれなくなる。



地震から1週間くらい経った頃、まだ全然落ち着いていない時期。
なんにも全く解決していない時期。

その時期にやっていたテレビ番組。

「ドキュメント〜震災後100時間」
だっただろうか。


ふざけんなと思った。

まだまだ振り返る時期ではない。
お茶の間でゆっくりテレビをみながら、「衝撃映像」を楽しむ時期でないのだ。

ほんとの被災地の人たちが、テレビを見れない環境にあることがこのときは幸いに感じた。



知りたい情報、必要な情報は、全然メディアからは流れない。

「衝撃映像」を流したいだけなんだ。

テレビをみた被災地のほとんどの人が、そう感じたに違いない。

*****

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