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悪夢の書架コミュのフォルテとアンダンテ

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童話のつもりで書いたのですが、やっぱり小説になってしまったという相変わらず悪意を盛り込みまくりなわたくし。
非常に軽い物語なので、お茶でもしながら読んで下さい。

コメント(5)

 とある国がありました。
 大国というほどでもなく、かといってそんなに小さくもなく、土地はそこそこに肥えて作物も良く育ち、牧畜も盛んです。特に、葡萄がよく収穫されるのが特徴という程度の、平凡な国です。
 東西に流れる川があり、小さいけど綺麗なお城は美しい湖に囲まれていました。

 この国の王様には二人の息子がいました。
 兄の名前はフォルテといい、王様の寵愛を特に受けていました。何故なら、とにかく勉強が良く出来たからです。見かけもキチッとした黒髪で背も高く、立ち振舞いも実にはきはきして、見ていて気持ち良くなる様な青年で、早くから政治や経済に関心を持ち、時には王様の側近を驚かせるほど知識が豊富でした。そしてまた民への気配りも抜かりなく、国民は未来の王様として大きな期待を寄せていました。

 弟のアンダンテはまるで兄に似ていませんでした。髪の毛は見事な金髪。薔薇さえ霞むほどの美貌の持ち主で、いつも複数の女性と浮名を流し、帝都に出かけては悪い友人と酒を飲み、好きな観劇に夢中になる怠け者でした。もちろん勉強は大嫌いで、教師を見れば難癖をつけて追い返し、いつも気怠そうにしていて、暇があれば寝てばかりいました。ただひとつ、本を読むのだけは大好きでした。ただし、政治や経済の本ではなく、龍を退治する勇者の話とか石の室の中に眠る財宝を探し出すような、そんな他愛もない物語が大好きでした。

 ある日、王様は大臣や側近を集めて会議をしました。
「皆に集まって貰ったのは他でもない。フォルテとアンダンテのことだ。知っての通り、あのふたりは儂の側室の中の二人が同じ日に生んだ息子たちだ」
 大臣も側近も表情を曇らせました。いつかこの日がやって来ると覚悟していたからです。
 この国は他に貴族や縁戚というものがなかったので、代々王様は跡継ぎを絶やさぬよう、側室を持って王妃を置かず、王家の血が絶えぬようにしておりました。少々変わっているようですが、この付近の国では珍しいことではなかったのです。
「儂は昔から体が弱い。死ぬ気はないが、王家の血筋を正しく残すことが使命じゃ。二人とも来月には成人する。それまでに跡継ぎを決めておきたい」
 大臣たちは一様に、何をいまさら、という顔を見合わせました。
 農業大臣が言いました。「恐れながら王様、それは談義をするまでも無い話。フォルテ様に決まっております」
 治水大臣が言いました。「フォルテ様はまさに国王になるために生まれてきたお方です」
 ところが王様は手をかざし皆を鎮めました。
「それは解る。しかしじゃ。儂としては遺恨を残さない何か公平な競争をもってして両者が納得がゆく方法はないかと諸君に問うておるのじゃ」
 大臣も側近も、戸惑いながらも確かにその通りだと頷いき合いました。そうだ、遺恨を残してはならない。この国の泰平を願うなら当然のことだと納得しました。
 経済大臣が言いました。「政治と経済の試験をしたらどうでしょう」
 法務大臣が言いました。「それではあまりにもアンダンテ様が不利なのは明白。納得しないでしょう」
 そうだそうだと各大臣は言いました。
 農業大臣が言いました。「それではどれほど国土のことを知っているか試験すればどうでしょう」
 治安大臣が言いました。「それもまたフォルテ様があまりに有利なのは明白。解決にならないでしょう」
 大臣たちは一様に頭を抱えました。
「では、どうすれば良いのでしょう」
 そこで、いままでずっと黙っていた商業大臣が言いました。
「では、この国がこれからどうすれば豊かになれるか、より幸福に暮らすにはどうしたらいいか、考えさせ、開陳させるというのはどうでしょう。民の幸せを考えるのなら、それが一番よろしいのでは」
 一同は声を揃えて、おおと、どよめきました。
「それなら不公平ではない」
「おお、それならアンダンテ様も納得されることだろう。素晴らしい思いつきだ」
 王様もこれには満足そうに手を組みました。
「では、この旨を息子たちに伝えよ。次の満月の夜が息子たちが成人する日。宴を開き順に語らせようぞ。商業大臣、見事であった」
こうして会議は終わりました。

 知らせを聞いた兄のフォルテは、すぐに馬を用意させ、国の東から順番に民に会い、話を聞いて回りました。また、賢者と呼ばれる古老や学者に会い、教えを請いました。もちろん、城の書架にある各国の歴史書を読み返し、あらゆる専門書を夜を徹して読み耽りました。
 また、諸国に使いを出して書簡を送り、諸国の農業事情や交易を調べさせ、自ら遠く帝都まで赴き、商業の動向を調べ集めと、八面六臂の行動を続けました。それはもう、努力の限りを尽くしました。

 弟のアンダンテは相変わらずでしたが、自室に散乱した物語の本を寝転びながら目を通し、羽ペンを取って書簡に何やら書き記すと、使いを出しました。そしていつものように女たちを呼び寄せ、その素晴らしい美貌で甘い言葉を今までになく魅力的に語り、女たちをうっとりさせて床を共にしては眠るのを繰り返しました。それにも飽きると、自室に戻り、大きな羊皮紙に何か大きな絵を書いて、細かくいろいろな事を書き記しています。それが終わると広い華麗に花が咲き誇る庭園に出て、深く青い空を見上げながら、何か考えている様子で寝そべり、やがてまた眠ってしまいました。次の日も同じように、次の日も同じようにして過ごしました。

 さて、その満月の日はこの国の未来を祝うかのように晴れ渡り、月は黄金の円盤のように輝いています。国民のほとんどは仕事を休んで、お城のそばの円形劇場に集まってゆきます。
そこでは城の料理人たちが腕によりをかけてカナッペや軽い食事を作り、誰にでも分け隔てなく与えました。やがて、大きな花火が轟音とともに夜空を虹色に染め上げると、大きなかがり火が円形劇場の舞台を照らします。国民が注目する中、王様が厳かに現れると、地面を揺るがす如く大きな拍手がそれを迎えます。
王様はしばらく手をかざして国民を鎮めると、こう言いました。
「皆に祝福を。今日はわが息子たちが成人するめでたい日じゃ。そして、跡継ぎを決める時でもある。皆心して息子たちの話を聞いてやって欲しい」
 王様はそういうとさらに大きな拍手の中をゆっくりと歩き、脇にしつらえた豪奢な椅子に座りました。
次に、商業大臣が舞台の中央に歩み寄ると、小さな羊皮紙を取り出して読み、咳払いをひとつしました。
「これより、『この国がこれからどうすれば豊かになれるか、より幸福に暮らすにはどうしたらいいか』をフォルテ様、アンダンテ様の順に述べてもらう。どちらが相応しいかは公平に、投票をもって行う。投票所は左手にフォルテ様の投票箱、右手にアンダンテ様の投票箱が用意されている。特に字のかけぬ者のために、同じ重さの石を用意した。投票が終わったら、ここにある秤で比べ、決定する。皆心して務めるように」
 再び万雷の拍手が沸き起こりました。これは公平だ。素晴らしい考えだ。さすがは王様だと、民衆は口々に賞賛の声を惜しみませんでした。
 最初に、左袖からフォルテが歩み寄りました。堂々と胸を張り、その足取りは力強く、立ち振舞いはまさに未来の国王に相応しい貫禄に満ちています。国民はその逞しさに感嘆し、思わず拍手を捧げました。
フォルテは舞台中央に立つと、脇に抱えた羊皮紙の本を開きました。それはフォルテが全力を尽くして書き上げたもので、表紙に紅い子牛の皮が施され、フォルテの自信を際立たせていました。
 そして、フォルテは朗々と良く響く力強い声で語り始めました。
「まず、治水を始めます。この地には東西に川が流れていますが、斜面の上は水不足です。そこで上流に堤を作り水を蓄え、角度を緩やかにした水路を整備し、斜面は平らに整地して畑とし、十分な水を流して耕地を拡大します。これによって穀物の生産量を伸ばします。また一部は新しい穀物生産の実験も行います」
 これには農民が大きなどよめきで答えました。
「次に、我が国の特産である葡萄、カベルネ・ソーヴィニオンはワインにするのに最適の物である事がわかりました。ワインの製造工場を建築し、熟成の室を北の斜面を掘って作り、我が国が世界に誇る商品として出荷します」
 国民はこの思い付きには驚いて、一層の拍手を贈りました。
「そのためには流通をより整備する必要があります。我が国は西側は問題がありませんが、東側の山岳地帯を抜ける道がいささか困難です。それに、東側には帝都もあります。ワインの輸出と雑貨の輸入のための動脈として、これを整備します」
 これには商人たちが大喜びしました。
「また、貿易には拠点が必要です。帝都を中心に大使館を設置し、各国との情報交換と商談のためにこれを有効に運営することが必要です。これらによって、我が国は貿易国として生まれ変わります。また、我が国は景勝地としても優れています。湖沿いに他国の人が安心して静養できる施設を作り、広く我が国を知って貰おうと考えています。」
国民はフォルテの賢明さに感心して、声も出ませんでした。
「最後に、我が国は教育が他国に比べて立ち遅れています。学校を作り、他国の教師を招聘して、子供達により優れた教育を与えましょう。また、信仰も厚くし社会を安定させるために法王を選出して、教会を建立し、人に優しく、神に感謝する国家を目指しましょう。」
フォルテは赤革の本を閉じると、毅然として言いました。
「以上が、私の考える『この国がこれからどうすれば豊かになれるか、より幸福に暮らすにはどうしたらいいか』の回答です」
国民は一礼し堂々と退出するフォルテを歓声を持って送りました。

 国民の拍手が鳴り止んで、しばらく経ちました。しかし、なかなかアンダンテは現れません。国民は次第にざわめき、中にはアンダンテは舞台に出てこないのではないか、フォルテへの敗北を認めたのじゃないか、などと言う声が聞こえた始めた時、舞台の右手から、見慣れない男が丸めた大きな羊皮紙を持って現れました。
 その足取りがあまりに機械的なほどしっかりしていましたので、誰もそれがアンダンテだと気がつきませんでした。
それもそのはずです。薔薇を思わせる美しい金髪は短かく狩り揃えられ、群青色の制服を身に纏っていたからです。そして、同じ制服をきた大柄の男が付き添っていました。
 アンダンテは舞台の中央に立つと、しばらく俯いて無言でした。やがて唐突に顔を上げると、その端正な顔を国民に向けました。それはまるで別人のような、鷹を思わせる鋭いもので、眼光は深く輝いていました。
「……我が国は、数百年の長きにわたり、世界を統治して来ました」
 アンダンテの言葉に、国民は唖然として息が詰まりました。
「我が国の精鋭なる軍隊は、遠く西海岸まで、すべての国を包囲し、征服しておりました。しかも国民が、そして国王も重臣も、もちろん国民にもそれに気付かずに、平和に暮らせるよう、最大の配慮を尽くしてまいりました」
 国民は魅入られたようにアンダンテを見つめています。これが、あのぐうたらで無能なアンダンテであることが信じられませんでした。
「諸国が、そして世界が、争いもなしにこれ程の間何もしないで平和で居られたのは、全て我が国の軍隊と諸国に浸透した常駐部隊の功績です。世界の歴史を知っている人ならば、人は戦わないで、血を流すことなく生きられない事を知っています」
 アンダンテは片手を大きく上げて振り下ろしまし、より大きな声で言いました。
「人は人を殺す事で生きて居られる動物なのです。国民の皆さんは殺すより殺される事を望みますか?生きるより死ぬ事を選びますか?違いますね、そうでしょうとも。だから我が国には強力な軍隊が必要だったのです」
 経済大臣がたまらず叫びました。
「我が国には軍人になるような国民も組織もないし、ましてそんな軍事費も持っておらん」
 アンダンテは意地悪そうに笑いました。
「当然の疑問ですね。ところで、国民の皆さんは南方の精霊の谷、アレグロをご存知でしょうか。アレグロの隠された岩盤に描かれた紋様を知っていますか?」
 ひとりの古老が立ち上がり言いました。
「知っておるとも。わしのひいじいさんが、あれは古代の王が隠した莫大な宝と失われた技のありかを教えるものじゃと言ったが、まさか」
アンダンテは右手の指を鳴らした。「そう、その通り」
「我らの祖先は紋様の解読に成功しそれを見つけ出しました。四頭だての馬車を百台も使わなければ運べないほどの黄金。風呂桶に一杯の宝石、そして禁じられた古代の技を」
 アンダンテは静かに指を古老に向けて突き出しました。すると、傍にいた大男が杖のようなものを古老に向け、轟音を放ちました。古老の胸から大量の血が流れ出し、古老は紙屑のように倒れ伏しました。
「この杖も『禁断の技』のひとつです。最も小さな力ではありますが、ご覧の通りです」
 アンダンテは手袋をした両手を埃を払うように叩きました。
「アレグロの紋様には、ある伝説もまた書き残されていました。それは『龍の書』と呼ばれ、それはピチカートの滝の裏にある鉄扉のなかに隠されていました。ところで、南西にある急峻な山に四方を囲まれ、誰ひとり近寄れない場所がある。その名前をご存知か。」
 国民はもう、恐怖に首まで浸かり、身動きもできません。
「わらべ歌にもあるではないですか。古い歌にはいろいろな秘密が隠されているものです。そう、それはある盟約により、龍を自在に操る書物です。今すぐにでも128頭の『戦闘龍』を呼びましょうか?嫌ですか?そうですよね」
 静まり返った国民を背に、アンダンテは王様を振り返りました。
「父上がくだらない事を考えるから、こんな事になるんですよ。人を試そうとする時には、命を賭けることです」
 ずっと蒼白だった王様の顔色が紫色になり、白目をむいて椅子ごと横倒しに倒れました。鞄を持った医師が慌てて駆け寄りますが、王様はぴくりとも動きません。
「さて、以上で『この国がこれからどうすれば豊かになれるか、より幸福に暮らすにはどうしたらいいか』という愚問の答えとします。命が惜しければ、国民の皆さんは口を噤んでいることをお忘れなく」
踵を返してアンダンテは大男を従えて舞台の右袖に歩き去りました。

「ああ、緊張したなあ。でも、気分はさっぱりした。もうあのフォルテの馬鹿野郎とも合わなくて済む。これからは帝都暮らしか」
自室に帰ったアンダンテは征服を脱ぎ捨てていつものだらしない服装に戻っていました。
 大男はくすくす笑って、先の焦げた杖を放り投げて、自分も興行師の服装に着替えました。
「帝都の玩具屋で花火を買うのは仕事柄珍しくないが、力のある見栄えの派手なものは探したよ」
「あの爺さん、上手くやったな」
「腐っても元売れっ子俳優だ。殺され役ばっかりだったけどな」興行師は笑います。
「とにかく、王位継承が決まらないで王が死んだか、重病になった場合、決められたまとまった金が入る。それだけあれば、十分だ」

 その時、アンダンテの部屋のドアがガタンと蝶番ごと破れ、全ての大臣たちがなだれ込んで来ました。全員が見たことも無い鉄でできた機械を持って、アンダンテと大男を囲みます。その立ち回りは訓練を重ねた澱みないものでした。
 一歩遅れて、本当に穴だらけになって血の塊となった老人を農業大臣が床に放り投げ、どさりと重い音が響きました。そして、全員が深い緑色の軍服を着ていました。
 つかの間の静寂の中、やはり深緑色の制服を着て、金や銀の筋の入った階級章を身につけた長身の男が床を鳴らして入って来ます。
それは凍ったように冷徹な表情を浮かべた兄、フォルテでした。
「……世の中には隠さなくてはならないことがある。喋ってはいけないこともある。わかるな、アンダンテ」フォルテの片手には、やはり小型の黒い機械が小さな口を開けてアンダンテを狙っていました。
 アンダンテは震えた声で「物語から、適当に考えたんだ、本当なんだ。演技は、ここにいる友人に習った。それよりこれはどういうことなんだ?兄さんは何者なんだ。大臣たちも」
フォルテは小さく舌打ちをして言いました。
「嘘をついてもいけない。子供の頃から散々教えたのにな。残念だよ、アンダンテ。せっかく上手くやってきた長年の計画がご破算になってしまった。これからは残念ながら鉄と血の世界に逆戻りだよ、アンダンテ。残念だが、お前は第一級の犯罪を犯した」
 フォルテの右指に、それはそれはゆっくりと、力が加わってゆきました。

おわり

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