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GRACE小説部コミュのb

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b

自分がどうしてここにいるのかわからない。



覚えているのは、灰色の猫の緑色の瞳。
嘘みたいな緑色だった。キレイとか、美しいとか、そんな言葉が似合う色ではなくて、複雑な感情を混ぜ込んだような、嘘みたいな色。
吸い込まれそうだった。
いや、もう自分はとっくに、溶け込んでいたのかもしれない。



緑色の目の猫は尻尾を緩くくねらせて、小さくニャーと、鳴いたのだ。それからだった。

自分は招かれるように、猫の後を歩いた。

猫は時々振り返り、確かめるように緑色の目を自分に向けたりした。時々、立ち止まったりもした。


尻尾はゆっくりと動いている。そこだけが違う生き物だった。しかし尻尾は、確かに猫の一部だ。
猫が足を速めると、姿を潜めて垂れる。


尻尾はネコの感情を表す部分だったな、と頭のどこかでつぶやく。

そんなことくらいだったと思う。あとは不思議なほど、何も思っていなかった。



静かに過ぎていく、自分と猫だけの時間。



何度目かに猫の尻尾が緩くくねり、猫が振り返った頃、緑色の目は自分をまっすぐに捉えた。猫は再びニャーと鳴いた。
鳴いて、一点を見つめている。



その視線を自分も辿る。

辿った先にあったのは、

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一軒の古びた建物だった。


その佇まいはお世辞にも褒めるところが無いようなもので、全体を覆い隠すように高く草木が生い茂り、錆びた門扉や破れたトタンが、人の気配が消えて久しい事を感じさせる。

家屋としての役割を遥か昔に終えたであろう、見事な廃屋だった。



猫は一直線に歩みを進め、その壊れた門扉の隙間に慣れた様子でひらりと飛び込み、また振り返る。

まるで自分をここまで導いて来たような顔だ。



行くべきか、行かざるべきか。


自分は仮にも一般社会に生きる、普通の人間だ。

他人の家に無断で入るのは、その一般的な常識の範疇から外れる事だと知っている。


だが、人間以外の生き物にはそんな常識は存在しない。

「躊躇うな」とでも言いたげな真っ直ぐな瞳にはどこか不思議な説得力があり、またあまりに非日常的なこの状況に冷静な判断も出来ず、吸い込まれるように廃屋に近寄った。



ツタの絡まる門扉の前に立つと、「今ならまだ引き返せる」「開けてはいけない」と、現状を俯瞰して見ていたもう一人の自分からの警告が頭に響く。

しかし、降って湧いた目の前の廃屋に対する好奇の心は、最早止められるものではなかった。



どこをどう掴めばいいのかすらわからないような古びた門扉。

適当に手を掛け、軽く揺すってみたが、ひどい錆びのせいか並の力では動かず、押すのか引くのかすらわからない。

だが、大抵の門扉とは引くものだ。

目一杯力を込めて引っ張ると、ギギと嫌な音を立て、ボロボロと錆びを落としながらゆっくりと開いていった。



その豪華な門扉に遮られていたおかげで外からは見えなかったが、苔や雑草がびっしりと敷き詰められた通路、その先にある玄関が目に入る。

古い日本家屋では定番とも言えるガラスの引き戸には、所々割れや欠けがあり、下側にはちょうど猫が入れそうな穴が開いていた。

案の定、猫はそこから中へと消えていった。



見知らぬ場所でガイドに置いていかれ一人取り残されると、例え猫とはいえ酷く不安になるものだ。

それに、門を開いて中に入るまでは誰かに見付かっても言い訳が効くとは思っていたが、玄関から先となると話は別だ。


だが、もう一人の自分も好奇心には勝てないようで、諦めたように沈黙していたし、今更戻ろうとも思えなかった。



いつの間にか高鳴っていた鼓動に気付き、深呼吸で落ち着かせる。



覚悟は決まった。


猫に倣って真っ直ぐに、扉に手を伸ばした。


その日もいつもと同じように夕暮れ時に目を覚まし、ネオンが輝き始める時間になるとスーツに袖を通し、すぐさま夜の街へ繰り出した。



店から店へとはしご酒を繰り返し、行く先々で安くはない金額を払う。

戦後には焦土と化していた国が、僅か60年で世界経済の中心に立ち、今では「日本の国土でカナダが買える」とまで言われる、世界一の地価を誇る日本。

その日本の中で、特に高級な店がひしめき合う銀座は、世界でもトップクラスの『飲み屋街』のはずだ。


その飲み屋街で毎晩浴びる程に酒を飲んでる自分は、傍目には余程の大富豪に映っているのだろう。

周りに群がる人間はいつも同じ。
逆らう事もなく、機嫌を取ろう、好かれようとしているのがハッキリとわかる作り笑いを浮かべ、こちらの顔色ばかりを気にしている。

そんな人間を、誰が好きになるだろう。
見てると吐き気がする程だ。

最初のうちこそ、これまで自分を見下していたような人種に媚びへつらわれる事が快感だったが、今ではただの暇潰しでしかない。

それなのに、毎晩毎晩同じ事を繰り返す自分は、一体何がしたいのか。



そうこうしてる間に、今夜も見事なまでに酔っ払った。

ミンクの毛皮に身を包み、香水臭い体でベタベタと擦り寄って来るクラブのホステスに「車代」と言う名目のチップを渡してさっさと帰らせ、待たせている自分の車へと向かった。

通りを数分歩き、路地に入ると見えてくる白いベントレー。
普段なら待ち構えていたお抱えのドライバーがドアを開けてくれるのだが、今日はいないようだ。

運転席を覗き込むと、彼はだらしなく口を開けて居眠りをしていた。



元々は行き付けにしていたバーのウェイターだった。

真っ直ぐな心を隠す事なく表現し、まだ尖った若さや幼さ、秘めた野心やエネルギーが彼の魅力であり、面白さだ。

その荒い若さがこの街では珍しく、また自分を特別扱いせず、普通に接してくれる彼を殊更かわいがっていたので、「社会勉強」と称して数々の飲み屋に連れ回したものだ。


ある日、店に彼の姿がなかった。
マスターに尋ねると、どうやら客と喧嘩をしてしまったらしい。
またその客と言うのが大物の代議士だそうで、先方に示しを付ける為にはクビを切るしかなかったそうだ。

彼が怒ったのなら、悪いのは恐らく相手方だろう。
それくらい信用してはいるが、やはり仕事中に感情を爆発させてしまったのはまずかった。


それを聞いたからには、せめて次の仕事が見つかるまでは援助してやりたい。
だが、いきなり現金を渡すのは変だし、彼も受け取らないだろう。

ならば、という訳で専属のドライバーとして雇う事になったのだ。


並みのドライバーとは比較にならない給料を支払っているつもりだし、なにより仕事に対するプロ意識を育ててやる為にも頭をひっぱたいて起こしたいところだ。
だが、こうも気持ち良さそうな顔で寝られると、起こすにも気が引ける。

自分には用事もなく、どうせ帰っても眠れずに暇を潰すだけだ。

このまま寝かせておいてやるか。


さて、再び暇になってしまった。

踵を反して来た道を戻るか、タクシーでも拾って別の街へ行くか。

考えながら、ふとボンネットに目をやると、猫がダラリと伸びた格好で眠っていた。


灰色で整った毛並みをしており、そこらの薄汚れた野良猫とは溢れ出る気品が別格だ。

場所柄もあるし、どこかの金持ちの飼い猫だろう。

質のよいグレーの毛並みに整った顔立ち、スラッとした美しい肢体。

別段猫に詳しい訳ではないが、その佇まいから察するに野良猫ではないのだろう。


警戒しているような、そうでもないような、まるで値踏みするかのように、緑色の大きな瞳をこちらに向けている。

もっとも、睡眠中突然知らない人に触られたら、と思うと警戒して当然だが。


しかし、ダラーっと伸びたままの身体で顔だけ起こしてそんな目をするものだから、その様が余計に愛らしく見えた。



安らかな時間を邪魔するつもりはないし、こちらに敵意はないのだから、せめて警戒を解いてもらいたいと思い、「敵じゃないよ」と心の中で唱えながら、恐る恐る、ゆっくりと手を差し伸べてみた。


顔の前まで手が伸びたところで猫はおもむろに起き上がり、
爪の先から手首まで、全体を余すことなく入念に嗅ぎ始めた。

その真剣な表情から察するに、かなり厳しくチェックされているようだが、煙草臭いだけの手の匂いを嗅いだ程度で、一体どんな情報を読み取っているのだろう。

猫の生態に疑問を感じつつ、気が済むまで嗅がせてやると、やがて安心したのか、まさに猫の額ほどの小さな額をこすりつけてきた。

どういう理屈かは解らないが、匂いから「敵ではない」と判別したのだろうか。
それとも、心が通じたか。



猫はゴロゴロと喉を鳴らし始め、お腹を出してひっくり返った。



相手が猫であろうと、心で信頼を得られたのなら、それは実に嬉しい事だ。

何せ、人間は格好や財布の厚みで信頼も買えてしまう。

金さえあれば、心なんて必要ないのだ。



久しく忘れていた心を通わせる感覚に、何故か郷愁のようなものが頭を過った。



「すいません、うたた寝をしてしまいました!」


彼が慌ただしくドアを開けて飛び出して来たものだから、リラックスして身体を委ねてくれていた猫もまた驚いて飛び上がり、路地裏へと一目散に逃げてしまった。


何度も謝る彼に「ああ、気にするな」と返答しながら、走り去る猫の背中を目で追う。



たった数分とはいえ、心を許し合った相手に別れの挨拶も出来なかった。

突然現実に引き戻されてしまったような虚無感が残る。



まあ、広いようで狭い街だ、縁があればいずれまた会えるだろう。




そういえば、もう一度飲みに行くと決めたところだった。

気持ちを仕切り直し、分厚い財布をポンと叩いて次の店へと向かった。







――金。

誰よりも真剣に考え、誰よりも渇望していた。



金持ちとまでは言わないが、決して貧乏ではない、いわゆる中流家庭に生まれ、育った。

両親は大学まで通わせてくれたし、飢えに喘いだ事も無い。

金に関する大きな不自由は特に無かったし、大金がないと買えないような物を欲した事もない。


そんな人間が金に固執するようになったのは、学生時代の退屈な時間の産物によるものだった。



経済を学んでいた事もあり、ふと経済の基となる金自体の意味を考えた。

何故、存在するのか。


元々は、物々交換の際に金(きん)のやり取りを楽にするため、金の預かり所(後の銀行)が造った約束手形がその後紙幣となった。

しかし、農業や狩りをして、裸で自給自足生活している人間にとって、金は何の意味も為さない。

また、無人島や戦場など、文明が崩壊した極限状態に於いても同様で、言い換えれば、時と場合によっては価値のない物になる。


それでも、人は金に狂い、金の為に騙したり、殺したり、戦争をしたりする。

何故、欲するのか。


それは、通常の文明社会において金の価値は絶対で、その価値が生きる為の「力」に直結しているからだ。


それは家族を守る力であり、欲しい物を手に入れる力であり、飢えを凌ぐ力でもある。


現代社会の中で生きて行くには、腕力や頭脳は必要ない。

必要なのは金だ。




それからというもの、金を稼ぐではなく、金を増やす事ばかり考えて過ごした。

土地、ギャンブル、株、外貨、投資、開業、特許、先物、あらゆる方法を模索した。

だが、どれも種銭が必要な上にリスクを負わねばならないものばかりで、にわか知識では増やすどころか減ってしまう可能性の方が高い。


何かいい方法がないかと日々考えながら過ごしている内に、良くも悪くも純粋だった彼の心は、自己の洗脳によって「金」に囚われていた。



ある時、偽札を造る犯罪組織のニュースを見た。


衝撃的だった。


紙切れをお札にする。
これこそまさに錬金術だ。


お札と言えど所詮人間が造ったもの、複製だって出来るはず。

偽札を造るのが大犯罪である事は重々承知しているが、調べてみる価値はありそうだ。




金の僕となったこの時の自分には、善も悪も、正も誤も無くなっていた。



6畳一間の部屋は、学生が青春時代を過ごすためだけに作られたような、壁も薄く、立地も悪い安アパートの一室だ。

それでも親の保護下にある以上、感謝の気持ちはもちろんある。


学生の本文は勉強にあるそうだが、最近の勉強と云えば「紙幣」についてばかり。

贋札を造ろうなんて大犯罪、どんな不良に育つより余程親不孝だろう。

しかし、走り出した以上、手綱を緩めるつもりはまったくなかった。


取り急ぎ、複数の図書館からあらゆる資料を集め、策を練る為の準備を始めた。



調査を開始したその日の内に、福沢諭吉が描かれた「D号券」と呼ばれる1989年現在の壱万円札は、C号券と呼ばれる聖徳太子が描かれたそれと比べると偽造の対策が格段に進歩しており、並の努力程度では複製はまず不可能だろうという事がわかった。


しかし、未だ少量ながらも流通しているとはいえ、既に発行されていないC号券を刷るよりも、長期的な目で見れば、やはりD号券を刷る以外の選択肢は選べない。

となると、差し当たって問題なのは、強化された偽造対策によってより複雑になった透かし、凸版凹版複合印刷、磁器印刷、インク、紙の材質、いや、その全てが問題だ。


造るからには完全なコピーを目指してはいるが、なんの後ろ楯もない個人事業には当然限界がある。

まずは優先順位や、出来る事と出来ない事を見極めて、どこまでオリジナルに忠実なコピーを造れるかが、成功と失敗の別れ道だ。

見本は手元にあるし、時間もたっぷりある。

じっくりと下調べをして、出来る事を一つずつ、ゆっくりとやろうじゃないか。







――眩しい。


部屋のベッドの上で、昨夜開いたブラインドを再び閉じなかった事を後悔しながら、頭まで布団の中に入り、丸くなっていた。


昨夜も飲み過ぎたせいで喉が焼けるように渇いていたが、布団から出たくないので我慢する。
…が、尿意を催してしまったら諦めるしかない。


意を決してのそのそと起き上がりトイレへと向かい、無事に用を足した後に次はキッチンへ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グラスに移して一気に飲み干す。

ほぼ毎朝、この一連の動きから始まっている。


一息ついたところで、ぼんやりしていた頭が徐々に動き出し、昨日一日の記憶の整理を始めたのだが、昨夜の出来事の中にどうにも思い出せない部分がある。


それもいつもの事だ。

思い出せない程度の内容なら忘れてもいいはずだ、と自分を納得させ、今日これから起こる出来事の一部も、明日の朝には忘れているのだろうと自嘲する。




酒場で出会う全ての人に言われる。

こんな生活を続けていても、先に幸福はないだろうと。


そんな事はわかっている。

酒を飲まず、気持ち良く目覚める朝がもし来るならどれだけ素晴らしいだろう、と毎朝思う。


だが、彼を思い出さない日は、あの日から一度としてない。

その寂しさや苦しみは、飲んで解放される以外逃れる方法がないのだ。




ソファに腰を下ろし再びぼんやりとしていたが、ふと気付けば今日もまた、出勤時間が刻一刻と近づいていた。


玄関を開けると運転手が、よく磨かれた車に映る自分の姿を、まるで自分の車でも見ているかのように満面の笑みで眺めていた。


時折見せる子供っぽいこの男の一面が、自分にとっては微笑ましい。


近づいていくと,こちらに気付き、しゅっと体を引き締めて車のドアを開けた。





仕事に向かう朝は、運転手とは、必要最小限の会話しかしない。

何か聞いてくるという事もない。




車は高層ビル群に入る少し手前の道路脇に止まった。


「今日は少し遅くなるかもしれない、その時はポケベルに連絡を入れる」

とだけ言い残した自分が、
ビルの中に入っていくのを確認すると、
運転手は車で元来た道を走って行った。



自分もビルの中を真っ直ぐ通り抜け裏口からまた違う路地へと抜け、駅のトイレへと向かった。



着替えが終わるとコインロッカーの荷物とスーツの入った鞄を入れ替えてスモークの効いた車に乗り込んだ。


車に乗ると同時に、暗い車内で、荷物の中からブラックライトを取り出して、渡された数十枚のD号券にブラックライトを当てた。


1993年からD号券には特殊インク印というものが押されるようになりブラックライトを当てるとハンコの文字が光るようになったのだ。



入念にすべてのD号券を調べ終え一枚を除く全てに満足していると、一件の建物についた。


以前この建物は、印刷会社だったらしいが、倒産とともに社長が自殺、その後十数年買取手の見つからないままだった建物を2年前まで数人で安く借りていたが、今は建物を買い取って仕事をしている。


噂では当時、幼かった息子と母親が姿を消しているらしいが本当のところは知りようもない。




建物に入り待合室の様に使っている所定の場所まで行くと、待っていた髭の濃い男が話しかけてきた。




髭の男との話が一通り終わり、私はD号券を一枚だけ机に残し待合室をでた。

背中越しに髭の男の顔を見ると
初めの自信に満ちた顔が嘘のように
肩を落としていた。

しかしながら、一枚のD号券を見る目は
まるで獲物を狙う獣のように鋭くまた、
ギラついて見えた。

その顔を見て安心した私は
部屋の前を後にした。
駅に戻ってスーツに着替えなおすと、
私は列車に乗り込んだ。
私は少しだけ眠りに着くと
列車はゆっくりと山奥のトンネルへと吸い込まれていく。
トンネルを抜けると見渡す限りの広い海が広がっていた。

軽い眠りから覚めた私は、
観光で来ていたらきって
楽しく過ごせただろうと
少しだけ窓の外を眺めていると

深めの帽子をかぶって大きなボストンバックを抱えた女性が相席して来た。

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