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GRACE小説部コミュのGRACE単独小説「真夜中の光」

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抜かりはない。
目標の死亡を確認した後、一呼吸置き、部屋を後にした。


音をたて明滅する頼りない蛍光灯が照らす、ひんやりとしたカビ臭い階段を鳥村は一歩一歩、ゆっくりと降りた。

酷く憂鬱だ。


それでも夜の新宿にはいつもと変わらぬ活気に満ちていた。
往来を行き来する、数えきれない程の人間、それらが生み出す喧騒、ネオン。

そんな逞しい生命力が溢れる街の往来を、駅へ向けてゆっくり歩いた。

道すがら、ビルの隙間の天井のような夜空を仰ぎ、ぼんやりと月を眺めている内に、フッと体の力が抜ける。

ようやく体の緊張が溶け、安堵感を覚えた。
いや、正確には焦燥感から解放された、と言うべきか。

鳥村は、自分の仕事が大嫌いだった。



依頼の詳細が聞かされないのは毎度の事だ。

依頼主は、この界隈の掃除屋の元締め、兼窓口である岩井に掃除を依頼する。
その依頼を、岩井の抱える数名の実行人、つまり殺し屋に振り分けるのだ。

鳥村もその実行人の一人だった。

ターゲットと言っても顔も名前も、殺される理由すら知らされず、ただ時間、場所、特徴、流れだけが伝えられる。
全ての流れは岩井にセッティングされており、後は実行するのみ、それが実行人としての彼の仕事だった。

今回の仕事は

今夜19時27分に新宿区西新宿のKYビルディング301号室に行き、鍵を開け入室した後、室内左奥で電話中の、眼鏡をかけた中年男性を始末する。

それだけだ。


「仕事前に飲むんじゃねーぞ」

ラグビーで鍛え上げられた岩井の肉体は、50代にして衰えを知らず、肌は黒光りしている。

「…わかってるよ」

「トチりやがったら、タックルだからな」

「わかってるって」

鳥村は過去、飲みの席で岩井と些細な事から言い争いになり、興奮した岩井の、ラグビー部仕込みのタックルを食らって失神した事がある。
車で轢くぞ、と宣言されているようなものだ。
岩井には逆らわないほうがいい。

投げ渡されたターゲットの部屋の鍵を持ち、逃げるように事務所を出た。


コメント(6)

殺し方の指定がなかったので、数ある武器の中からサイレンサーを付けた小口径の銃を一丁選び、鞄の中に放り込んだ。

中にはホラー映画さながらの、えげつない殺し方を指定してくる依頼主もいるが、苦しませるのは鳥村の性に合わず、痛みも苦しみも最小限に抑えるのが彼のやり方だった。
指定がないのは有難い。



目的のビルの前に立ち、下から上までを見上げると、お世辞にも「ビルディング」とは呼べない程老朽化が進み、見る者を暗い気分にさせるような、粗末なものだった。

只でさえこれからする事を考えると憂鬱なのに、このビルをみて、更に気が滅入る。顔をしかめながら、埃っぽい階段を上がった。
最悪の気分だ。


予定通り、定刻十五秒前に301号室の前に着き、十秒前に扉に鍵を差し込む。
ゆっくりと音を立てないように…ではなく、躊躇せず一気に差し込み、一気に回す。

こういう事は「静かに」よりも「素早く」を優先しなければいけない。
相手に考える隙を与えない、彼の経験から出た結論だ。


右手に銃を握り、扉を開け、室内へ入る。
3メートル程の廊下を奥へと進み、部屋に入るのとほぼ同時に室内左奥にいる目標を捕捉。
名も知らぬ中年の男が、受話器を持ったままこちらを振り返り、状況が理解できない、と言った顔をこちらに見せる。

チラリと時計に目をやる。定刻の19時27分ジャストだ。
一切の感情を消して照準を合わせ、躊躇わずに引き金に掛けた指に力を込めた。

プシュン、プシュン、プシュン

サイレンサーを付けた銃から、彼に向けて眉間に一発、胸に二発、鉛玉が静かに、立て続けに撃ち込まれる。
即座に電源が切れたようにガクリと頭を落とし、目から光が消えた。

ニ〜三秒の間、動いているのは手から離れ落ちて振り子のように揺れている、受話器だけだった。
その向こうの話し相手は岩井だろうか。

状況から見て即死はまず間違いないが、それでもターゲットの死亡を必ず確認する事になっている。
それから、退室。
ものの数秒の出来事だった。



鳥村自身、一般人と変わらぬ程度の知識や常識や道徳を持っているので、殺人が大罪である事も、自分の仕事が真っ当でない事も当然理解している。

これまで葬ってきた数々のターゲットの中には、幼い子供や若い妊婦、わざわざ殺さなくても間も無くお迎えが来るであろう爺様も居た。

それでもやらなければならない。

指示があれば全国各地に飛び、一切の感情を捨てて与えられた仕事をこなす自分は、社会的に見れば狂った無差別大量殺人犯だ。
いや、実際その通りなのだが。

自分とは似ても似つかない犯人像、目撃談や、芸能人の頓珍漢な分析で騒いでいるワイドショーを、定食屋で日替り定食を食べながら目にする事もあったが、自分はそこで言われているような狂人でも殺人鬼でもない。

やらなければならない理由がある間は、罪悪感を感じないよう、心を殺して仕事をこなすしかないのだ。

無間地獄に落とされる覚悟ぐらい、とうの昔に出来ている。

だが、仕事の直後だけは、自分が終わらせた命に対する罪悪感を黙らせる事が出来ず、圧し潰されそうになるのだ。



事務所に戻るとすぐに、使用した銃を岩井に手渡した。

弾丸以外は全て解体し、強力な剥離剤に漬けて証拠になりそうな物全てを溶かし、裏で繋がっているスクラップ屋へ、バラバラにした部品を他のゴミに紛らせて放り込む。

木を隠すなら森 とはよく言ったもので、膨大な量の鉄屑の中で、バラされた銃の部品を特定して探し当て、組み立てられる人間などそうはいない。
実に単純な方法だが、ただの一度も問題が起きた事はないので、これで十分なのだろう。

実行部隊としては、面倒な後処理の心配がいらないのが唯一の救いだ。

「問題はなかったか?」

毎回、必ず聴かれる質問だ。
こちらも毎回同じ答えを返す。

「ないよ」

「そうか、お疲れさん」

言い終わると同時に、サランラップに包まれた札束が3つ、手渡される。

報酬はスイス銀行に、なんて訳はなく、当然証拠の残らない現金手渡し。
どう言う経緯で自分の手元に回って来た金なのか、想像する必要もない。

「飲み過ぎるなよ」

事務所を出ようとする自分の背中に岩井が声を投げかけて来たが、振り返らずに手を上げて返事をした。



仕事の後は、バーボンを一本開けるまで絶対に帰らないと決めていた。
それも、銘柄は『ブッカーズ』だ。

スモール・バッチ・バーボンの最高級品で、味は勿論最高級、樽出し直で加水せずに瓶詰めしている。
アルコール度数はヴィンテージにもよるが大体62〜64度、いくら酒好きでも勢いよく一本飲めば間違いなく酔い潰れる代物だ。


この習慣は、馴染みのBARから徒歩5分の我が家にさえ辿り着けず、路上を汚し、終いには寝てしまう事も多々ある悪習だが、嫌な事を忘れる為に自然と身に付いた、言わば儀式のようなものだった。


キィ、と音の鳴る古びた扉を開けると、バーテンダーが「いらっしゃいませ」と笑顔で声をかける。

「おう、ブッカーズあるか?」

「ありますよ。今日はブッカーズの日ですか」

「あぁ、部長にこっ酷く叱られちまってな。気分直しだよ」

「もう今年入ってから2回目ですよ?しっかりして下さいよ」

笑いながらそうやり取りする。
当然部長なんてものは存在せず、バーテンダーは自分を商社のサラリーマンだと思ってる。


既に飲っている常連客に会釈をしながら、ジャズが流れる店内を横切り、カウンターの一番奥、いつもの席に座る。

おしぼりを受け取り、煙草に火を灯したら儀式の始まりだ。


「自分は指示された通りに動き、引き金を引いただけ」

そう頭の中で自己弁護の言葉を繰り返し念じながら、目の前に出されたストレートのブッカーズを浴びて現実から目を逸らす。

早く酔え、と自分に言い聞かせながら飲み始めるが、駆け付け3杯も一気に飲めば、気が付いた時にはほろ酔だ。

夜が深まる頃には、他の常連客やバーテンダーと共に下らない話に興じ、先程までの憂鬱な気持ちがまるで嘘のように、大笑いしているのだった。
目を覚ますとそこは、自宅マンションのエントランスに造られた植え込みの中だった。


半分程しか開いていない目を必死にこじ開けながら起き上がる。
頭も体も鉛のように重たい。

昨夜の記憶とポケットの中を探りつつ、時計に目をやると午前7時15分。
閉店時間の3時に店を出たとしても、4時間前後は寝ていた計算になる。

まあ、仕事の後の泥酔状態なら珍しい事ではないが、オートロックを解錠したのなら自宅まで上がればいいのに、何故ここで寝ていたのか全く思い出せない。
改めてブッカーズの威力を再確認した。

しかし、いくらオートロックの内側とは言え、外で寝てるのに時計も財布も盗まれていないなんて、本当に平和な国なんだな。
殺し屋の癖に、そんな事を考えながらエントランスから自室へと向かった。


都心部一等地の高層マンションを、最上階までエレベーターで上がる。
そこだけ見れば格好良く映るだろうが、エレベーターホールから一番奥の自室まで向かう足取りはヨタヨタとおぼつかず、情けないものだ。



玄関から一目散に冷蔵庫へ向かい、ミネラルウォーターを取り出すと息継ぎもせず一気に流し込んだ。

飲み過ぎで脱水状態のカラカラに焼けた身体が、待ってましたと歓喜の雄叫びをあげているこの瞬間こそ、何よりも生きている事を実感させてくれる。

この世で一番美味しいのは飲み過ぎた翌日の冷たい水だと、常日頃から口癖のように語る鳥村だが、それはこの感動を知っているからこそだ。


満足するまで甘露水を啜ると、次は脱衣場に直行する。
植え込みの土や葉っぱが付着した服を脱ぎ捨て、洗濯機に放り込むみ、パンツ一枚のまま今度は必要最低限の物しか置いていない殺風景な居間を素通りし、寝室のベッドにドサッと倒れ込んだ。
慣れた行動だけに、無駄の一つも見当たらない洗練された動作だ。


目を閉じて深く深く一息、ようやく安堵感を得る。


半目でぼんやりと天井を眺めながら昨夜の失われた記憶を整理しようとするが、浮かんでくるのは思い出したい記憶ではなく、早く忘れたいと心から願っている仕事中のダイジェストだった。

せっかくの安堵感が台無しになる程気が滅入ってしまったが、考えないようにしようとすればするほど、それに囚われてしまうものだ。


だが、それでもここ最近の仕事後の落ち込みは、昔に比べれば大分落ち着いてきたように感じる。

初仕事の後などは三日三晩眠れず、何人殺しても永遠に慣れる事はないと思っていたものだが、この仕事を始めてもうすぐ6年だ。

20人以上は殺しているだろうから、いい加減人を殺す事に慣れてしまったのかもしれない。

又は、自分の感情を誤魔化すのが上手くなってきたのか。

どちらにせよ良いことはないだろう、と冷静に自己分析を済ませ、再び目を閉じた。
依頼の無い日は予定が一つもない。

人並みにサラリーマンと呼ばれる職に就いていた頃は、休みの時間は一秒でも長く欲しいと願ったものだったが、この稼業に転職してからというもの、予定がないというのが何より辛い時間になった。

ただボーっとしているだけでは有り余る時間を消化出来ないので、何かしらの趣味を持とうと模索した時期もあったが、潤沢な資金を使って「趣味」と呼べそうなものを手当たり次第に試してみたものの、楽しいと思えるものは何一つ無かった。

理由は簡単、自分が殺し屋だからだ。

法治国家に在籍している以上、人を殺して回るような罪人は、本来ならば罰を受けなければならない。
しかし、自分は受けるべき罰を躱しながら、さらに罪を重ねて生きていかなければならない。

そんな人間が趣味を持とうなど、挙句にその資金が殺人の報酬では、到底赦される訳もないのだ。


いつからともなく、無意識のうちにこんな考え方になっていた自分には、とても趣味を楽しむような図太い神経は持ち合わせていなかった。


とは言え、有り余る時間を瞑想して過ごしていたら、ほんの数日で発狂してしまうだろう。

紆余曲折の自問自答の末、『楽しまないように時間を消化する』という実に都合の良い妥協点を作りあげ、今ではそれなりに予定のある日常を送れている。

午前中はスポーツジムで汗を流し、午後からは小説や映画の新作や過去の名作を一日に一作鑑賞。
夜は酒場に行き、眠くなるまで飲む。

罪人にしては都合の良過ぎる妥協点だ。


しかし、いつ依頼の電話が飛んでくるかわからないストレスが、平穏に見える日常でも頭の片隅について回る。
おかげで、心はいつも上の空だ。

小説も映画も酒場での会話も、内容は殆ど覚えていない。

結局、どんな言い訳を述べたところで、楽しむ事は出来ないのだった。
ルーティンワークとなった行動は、自動操縦のまま体が勝手に動いてくれるので、頭は何も考えなくなる。

日々さしたる違いもなく、ただ一つの感動もない。
通勤と同じようなものだ。

ただ毎日必ずこなさなければならない、というだけのモチベーションならば、誰しもそんなものだろう。




その日も目覚めと共に、変わらぬ日常がスタートした。


いつものように、寝呆けた頭をコーヒーで醒まし、まずは散歩がてらスポーツジムへと向かう。

夏の強い陽射しを全身に受け、蝉の声を聞きながら10分も歩けば到着だ。

いつもの受付嬢に挨拶し、会員証を渡して中に入る。
ロッカールームで手早くジャージに着替えたら、まずはウォーキングマシンからだ。

速度は7.5km/h、早歩き程度にセットして30分、体が解れたら、次は器械トレーニングに移行する。


通い始めた当初にインストラクターが組んでくれたメニューの中で、この器械トレーニングが最も辛かった。

筋力アップを図る明確な理由がなければ、わざわざ全力で取り組む必要も、苦しむ意味も無い。
運動不足を補う程度なら、もっと楽に出来る事が他にあるはずだ。

しかし、元々時間を潰しにきただけだったので、嫌々だろうとやるしかない。

こんな気持ちで始めたものだから、当初は嫌で嫌でしょうがなかった器械トレーニングも、今となっては完全に自動操縦で出来るようになった。

こうなってしまえば、「苦しい」という思考も湧かなくなり、自動でメニューをこなしてくれるから有難い。


仕上げにプールでゆっくりと2000m程泳ぐと、ちょうど昼時だ。
サッとシャワーを浴びて、外に出た。

ここまではいつもの通り。

この後もいつものように何処かで食事をして、本とレンタルビデオの両方が揃っている某店に向かうつもりだった。


今日は何処で食事をしよう。
今夏はまだ冷やし中華を食べてないし、今日の暑さならそれもアリかもしれない。
あの洋食屋の看板に書いてあった、トマトの冷製カッペリーニもいいな。

頭に浮かぶ二つの選択肢から一つを決めあぐねながらのんびりと歩いていた。


突然、視界が真っ暗になった。

後ろから布のような物を頭に被せられ、声も出せないまま、抵抗も出来ないまま数人の男に抱きかかえられ、車の中へと引き摺り込まれた。


その間わずか5秒、一瞬の出来事だった。


何が起きたのか理解する為に冷静になろうとしたが、目も見えず状況も不明ではとても冷静にはなれない。

ただ、どう考えても不慮の事故といった類のものではなく、また意図的に拉致したのならば、自分の仕事が必ず関係しているだろう。


ワンボックスと思しきその車は、扉が閉まり切る前に急発進し、自分はといえば、布を被せられたまま後ろ手に縛られ、今度は足を縛られ始めている。

この状況では「やめろ」だの「離せ」だの、声に出して暴れたくなるのが人情というものだが、やめろと言われてやめるぐらいなら初から拉致なんぞしないだろうし、言うだけ無駄なら言わない方がマシだ。


「鳥村だな」

大人しくされるがままの自分に、ここまでで初めて口を開いた連中のリーダー格は、確認の為の質問を投げ掛ける。

聞いた事のない声だ。
面識はないのだろう。

鳥村で間違いない事は当人達もわかっているだろうし、これはこちらの反応を見るための質問だろう。
それならば、黙秘を貫き通してやる。


しかし、黙っていても返事を促されるでもなく、暴行を受ける訳でもない。

結局、その最初の一言が最後の一言となった。


車内の床で後ろ手を掴まれたまま倒れた状態で、車の震動やサスペンションの挙動を全身で感じながら走る事一時間、車は止まり、ほどなくして扉が開いた。

実際はもう少し短いかもしれないが、状況によって長く感じた分を差し引いても一時間は走っただろう。

何処まで連れて来られたのか。
都内から一時間走れば、神奈川、埼玉、千葉、ギリギリ山梨までも考えられる。


まるで荷物でも運ぶように数人に担がれ、何処ぞの建物内と思われる床に転がされた。

遠くでボソボソと喋る声が聞こえたが、視覚を失い鋭敏となった聴覚を持ってしても聴き取れる程ではなく、ハッキリした人数もわからない。

今後訪れるであろう不幸な未来に辟易しながら次の行動を待ったが、意外な事に連中はガラガラとシャッターを降ろして、走り去ってしまった。



見知らぬ土地の見知らぬ建物の中で、布を被され拘束され、置き去りにされた。

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