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水源禅師コミュの水源禅師法話集5 二(2010年10月16日法話)

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水源禅師法話 10 月 16 日
(転載:菩提樹文庫 http://bit.ly/jPaVnR)

○人間の動物化

 さっき民族とかそいう言葉を非常に明快に説明されました。非常に素晴らしいことです。実は仏法ほど差別のない宗教はないのです。なぜかと言ったら、蟻一匹でも殺さない。ましてや動物、人間は殺しません。それほど生命というものをしっかりと見極めた宗教なのです。ですから、ここにあの人は黒いとか、あの人は白いとか、あの人は金持ちとか、そういう一切の差別的な心が発生する訳はないのですね、純粋にやったら。たしかに、人間は動物化され易い、動物の真似をしたい。だから、お釈迦様が畜生道に堕ちるなというのは、現在私達が生きていることを言っているわけなのです。

 何を“動物化”かと言ったら、南の国のある島で、非常に強い大国、アメリカさんですね、その島をコントロールするためにテレビを与え、車をあげ、それから家も造ってあげ、、なんでもどんどん与えたわけです。その前に、その島の人は言うことを聞かなかった。何故かと言ったら、島自体で魚を取って自然の中でお金の掛からない自給自足の体制があったのです。そして、その島の人たちになんでも与えるから、次の世代の人たちが一斉に段々昔のことを忘れてそれに慣れてしまった。今度は、与えられたものを維持するために、紙のお札を得るために働かなければならくなった。それがないと生活ができないという状況になってしまいました。それが動物化です。「お金が無ければ生きて行けない。どうしよう」とか。

 そういうことをまずやるのですね、他の民族を支配する時は。でなければ、徹底的な暴力、それで動物化させる。何故かと言ったら人間であれば行為を何故しなければならないか考える。動物化した場合には象さんでも、馬でも、牛でも、一人の人間で千頭の牛とか、百頭の馬を簡単に扱えます。だから、お釈迦様が言うのは畜生道に堕ちるなというのはこのことなのです。人間であれよと。

 人間に生まれるということは実に難しいのです、実際は。あなた方も、私も日本に生まれましたけれども、次の世で日本に生まれるという保障は一切ないのです。本当に無いのです。二回続けて同じ国に生まれるということは稀でございます。ましてや仏教国とかそういうところに生まれるのは非常に難しいのです。私はチベットをずーっと三回まわり、全中国を回り、モンゴル、ブータン、ほとんどの仏教国を回りました。で、気がついたのは昔から国の人間を動物化したなら、自分と同じ形した同じ苦労を過ごしたものは仲間だけれども、ちょっとでも形が違ければワァーッと喧嘩する。そいうことで、本当の宇宙の叡智に届くのは非常に難しい。

今日の新聞の中に入っていた素晴らしいパンフレット、その中に神宮寺のお盆法要ということでこの中にゴーギャンの絵があるのです。私が今から何十年前かな、三十年前ですね。三十数年前だけど、ゴーギャンの絵を見て私はハッとしました。いったい私はどこから来て何処に行くのだろう。若いときから綺麗な御嬢さんからどんどん年を取って最後には老いて美しさが無くなった。ゴーギャンが明確に絵に描いてあるのです。その後にゴーギャンが犬を連れて一方方向で歩く、それが私の最初の公案でした。

 結局、この大宇宙での旅がたった100年と言う、とっても短い旅の間ですけども、お釈迦様は6年で本当にサンマーサンブッダ(正覚仏陀)に。人に教えることが出来る仏陀ですね。たった2500年前に出て、今仏法が実は最高潮の時なのです。で、大宇宙のThe Great Chronicles of the Buddha 南方仏教の経典読んだ時に一阿曽祗劫に一人も仏陀が出ない時も有るのです。今この1劫の中に20小劫がありますけれども、コーナーガマナ・ブッダ、カクサンダー・ブッダ、カッサパ・ブッダ、ゴータマ・ブッダ、弥勒仏陀と5回も出るということは、実は宇宙の素晴らしい花なのです。花は散ることによってその美しさが分かる、一瞬のさくらの様に。そう簡単には出ないんです。 で、今最盛期の時に貴方達は生きています。特に仏国にこうして仏教を守っている、こういう栄光を貴方達は受けています。たださっき言った様に、動物化されたが故に今の人は非常に苦しんでいる。実に畜生道に堕ちるということは、さっき言った様に動物化、英語ではzoo policy(動物化)と言います。これは、ローマ帝国が過去ヨーロッパを支配した時に、それをやったのです、征服するために。それが延々と続いて、今のアメリカは結局ローマ帝国のコピーですね。policyから何から、攻めた方式から。400年前ウィリアム・アジソン(三浦安針)、フリーメイソンが完全に日本を手玉にとってこういう状況でありますけども、日本は仏法ということで今も守っています、神道の方も。

 何故かと言ったらまず、他の国の人を制圧する時は精神界をやるのです。カンボジアでもフランスが来たときには、最初にお坊さんを殺しました。お坊さんは実際に空を飛べるのです。今でもミャンマーではコロッタという人が1046歳です。その弟子は800歳、第二の弟子は700歳、カピア(付き人)は300歳。全部空を飛びます。バングラデッシュでは坊さん300歳。夢みたいな話ですけれども、本当の話です。それで、そいう精神界の人が倒れた時に、普通の人は働いて家に帰るだけで、ちょっと考える時間がない。 結局、zoo policy(動物化)によって精神界の人が倒れた時に、その国は大変な災難が起きます。皆さんは、大きな家、それから車、それから何、何、何と…。金、金、金、で縛られています。明日どうしようかという心の悩み、家庭の悩み、それによって起こる病気の悩み。人間は実際病気するようには出来ていないのですよ。ちゃんと、瞑想した場合には病気になりません。人間はだれでもそういう力を持っています。それに難病も克服できます。私の生徒がお医者から6ヶ月しか生きないと、本当に死ぬ状態でアナパナサティの簡単な瞑想で6年生きています。本当にそれだけの力があります。私がちょっと一緒に瞑想したら、骨髄癌の人が3回チェックして骨髄癌が消えているのです。

 心は非常に凄いもので、恐れが無くなった時に非常に不可思議な力を出します。だから、カトリックの最大の素晴らしい教えは「恐れることを恐れるな」。もう一つ、Peace be with you 「平安であれ」。この二つ。愛といいますけど、メッタ、ジーザスが2000年前カシミールにいて、チベット仏教のシャンカール・ゴンパにいてメッタ(慈しみ)とサービス(奉仕)これ仏教なのです。それを中東に持って行きました。だから、最初のクリスチャンと今の聖書は実は全然異質なものなのです。 最初の方のクリスチャンでも、前世もあり、来世もあるということは、その時はみんなそれが正常だったんです。それを、皇帝コンスタンティヌスがzoo policy(動物化)で、一回の人生にしておけと。後は無いということにしておいて地獄に落ちるか、天国に上がるかということでローマ帝国がzoo policy(動物化)で人間をコントロールした訳ですよ。しかし、本当に過去世はあります。観ることもできます。未来も観れます。自分の未来も。ヴィパッサナーによって。

○智慧と愛

 そういう過去の教義で今のクリスチャンが成っているもんですから、今西洋は大変です。心が嵐の中に居ます。だから、その嵐が今こっちにドーッと来ていますけども、日本は古来から1000年、1500年、法隆寺からずーっと心の真髄。聖徳太子様から、親鸞様から、実に素晴らしい心がここに残っているので、中々倒れることができない。今こうして恩恵
を今受けています。いかに、人間であるということが難しいか。それがお釈迦様がちゃーんと導いて次の世にこの智慧、智慧というのは愛がなければ知識だけで、知識というのは非常に恐ろしい。いいこともあれば悪いことも平気でする。原子爆弾みたいに。またコンピューターも良い方向に使えばいいけど、大体は悪い方向に使ってしまう。ここには愛がないから。仏教は愛が無ければ仏教じゃないのです。そのことを仏教者は分かって下さい。まず自分を愛して下さい。責めるのではなく。
 では、愛とは一体何か。今までは教えられていない実に簡単なことなのです。昔は、お父さん、お母さんのそばで小さい時に横に寝たでしょう。愛を燦燦と受けているのです。それが今zoo policy(動物化)、畜生の工作によって家族はバラバラ、切断、切断、で昔は簡単に分かった愛も分からなくなってしまっている。だから、私はよく「まず自分を愛してみなさい」と言います。突然、愛とはどいうことですかと。実に簡単が失われてしまった。この愛によって慈悲が分かります。愛が分からなければ慈悲は分かりません。そういう風に心は成り立っています。ですから、ブラフマヴィハーラ(慈悲喜捨)という瞑想法ではメッター 愛、カルナー 慈悲、ムディター(喜)、ハレルヤのベートーベンの第九、それがムディターで、その後で大平安、自由のウペッカー(捨)が分かります。ただ、平和、

 平和というけど、それ空論になるだけです。 そいう本当の仏の素晴らしい教えを分かるには、最初にお話された、「この国だけ、この民族だけ」と言った時は、まったく逆のことで、とてもじゃないけどもお釈迦様の素晴らしい真の道は難しい。ましてや、親鸞様が説いた極楽浄土まず不可能に近い。本当に私が(観た)観音様、観自在菩薩は宇宙の菩薩です。ダーッと降りてきてその時に、阿弥陀様がサーッと上がって、私を阿弥陀の国に連れて行ってくれました。何故かと言ったら、私がヴィパッサナーやるときに、天界それから地獄界、一切の宇宙を観る行があるのです。メッターの行でザーッと。

 で、私が観たところ、阿弥陀の国が観えなかった。何故だろう?で、日本に来る前には、はっきり観せてもらいました。それはそれは素晴らしい所で、そこに往けば必ずや涅槃に入れます。居るだけで修行しなくても甘露の雨で、一切の汚れが取れていく。ただただ喜びと慈悲が湧いて来る。見るもの聞くもの全てピュアです。こういう風に結局親鸞様が、もしこれによって地獄に堕ちても良いと言われた。これは素晴らしいことで、もし本当に「私がこれをやって一切の責任は取る」と言ったときに地獄は消えてしまうのです。逆にそれを避けて言い訳なんかしたら、またグルグル廻されます。 仏教というのは非常に素晴らしいもので、私よりちょっと先に行を済ましたミャンマーのお坊さんが雑談している時に、「私は地獄から出て来たんだ」と。「まあ良く出て来たな、そういう地獄の底から」、「そうなんだ」と。「何故出てきたか?」と言ったら、「私は一劫前、カッサパ・ブッダの時に女三人焼き殺した。私は金持ちでね」。やきもちかなんかあったんでしょう。「じゃあ、地獄はどうだったか?」、「ただただ熱い、熱いとそれだけ覚えている」と。「じゃあ何で出られたか?」、「その時何故かカッサパ・ブッダにダーナした」と。それで地蔵様はこの地獄を一切空っぽにすると。だから少しの理由でもあったら、上げてしまうんだけれども、一劫の間「熱い、熱い」と。だから地獄には堕ちたらだめですよ。堕ちなくてもいい方法が一杯あるんだから。と言うことをお釈迦様が説いてくれた訳です。
 戒を守るとか、そしてダーナします。しかし、ちょっとそういえば、「魚食っちゃだめだ、何しなきゃだめだ」とか、そうではないのです。お酒は飲んじゃだめだ…。実は、お釈迦様が説法しているときに、二十人か、三十人の女の人がお酒を飲んでどんちゃん騒ぎしたから、それで酒飲むなということで、ほどほどにして疲れを取るときには薬酒として飲んで寝る。働いている人は体もきついしね。そいうことであって、極端に考えないほうが良いのです。また、野菜だけ食べれば、精進してニッバーナに入るということでもないのです。

お釈迦様は一言もそいうことを言わなかった。後で、1500年前に中国の皇帝が「肉を食べるな」と。「殺生したものを食べちゃだめじゃないか」と。でも、その皇帝が少林寺のお坊さんに助けられたから少林寺のお坊さんだけは、ロバの肉を食べても宜しいということになったのです。南方では、与えられたもの、肉であろうが何であろうが宜しいと。それは、ほどほどにということで、体を壊しては修行ができません。それから心の悩みがあったら修行もできません。

  それで、私がトロントで今やっていることは、心のつっかえを取ってあげる。病気であれば、病気のつっかえを取ってあげる。商売で悩めば、その商売の悩みを取ってあげる。それによって初めて精進の道に入れるのです。それが私の仕事でございます。そいうことをカナダのトロントでやっています。仏教の経典も無いから日常の悩みを取ってあげて、
そして経典はバイブルの一説を取ってそれを応用しています。何故かといったら、1950年代にナイル河のほとりで「The Secret Teachings of Jesus(イエスの秘密の教え)」という経典が発見されて、それを読んだときにまさに禅問答でした。そいう風に深い真理は一致しています。
 まあ、バラバラと話しましたけども、これくらいにして、後は何でも、自由に気楽に質問して下さい。

コメント(1)

空を飛んでるお坊さんがいるとか、何百歳ものお坊さんがいるというお話は隠喩とか精神界のこととして受けとめればいいのでしょうか?

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