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水源禅師コミュの水源禅師法話集4 四

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http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=59635486&comm_id=5396321 の続き。

●恐れをなくす

【参加者】
昨日の話の中で、ニッバーナ(涅槃)に行くには自分を愛せなければいけないと。で自分を愛するということは、恐れをなくすということだと。恐れをなくすためには坐禅が有効だと言う事をお話されましたが。
【水源師】
「Be not afraid(恐れるな)」には二つの方法があります。一つには、森に何があるかがハッキリわかっている時には森に入っていく時に恐れがありません。もう一つの方法は誰かに道案内して連れて行ってもらうことです。道案内というのは、カソリックではキリスト様になるのです。こっちでは、お釈迦様、観音様でも良いのです。あと一つは、瞑想によって、診断で一つ一つ見ていくと。結局、「観自在菩薩、照見五蘊皆空」と言ったでしょう。結局、そのときに全部見てしまえばね、恐れることは一つもないと。なぜそれが発生したかといえば、それをやるときに知識ではなく、愛の実践です。愛の実践というのは、弱いものをいじめない。これは誰でもしているけれども、弱いものがいじめられていても黙っている。これは愛の実戦ではないのです。また、かかって行く事でもないけどもね。

 今、若い人たちが奴隷のように働かされて、派遣社員で首を切られて行く所もない、これはもう人類に対する罪悪ですよ。困った時にだけムービー・スターのようにパチパチとやってと言うことではなく、それを発生する前に止めなければ。だから、結局、大きな愛が社会の下にないから、そういうことに苦しんでいるのです。ましてそれなくしては、それこそさっき言った自分だけがニッバーナと言う考え方になってしまうから、そういうニッバーナもありません。
【参加者】
 先生が言われたのは、愛を育てていくためには、坐禅がある。もう一つは、キリスト様なり、観音様なりがいらっしゃる。お聞きしたいのは、愛の心がそれほどない人が坐禅をしてもうまく行かない。そうすると、愛を育てるためには、さっきメッタ(慈しみ)とおっしゃられましたけれども、メッタにしても出るときと出ない時とがある。それをどうやったら波を少なくして行くことができるでしょうか。
【水源師】
 それは普段からの実践です。例えば妹がいたら、「やあ妹よ、ちょっと美味しいものがあったから買ってきたけれど、これ食べるか」とかね。それからお母さんがいたら、「お母さん、これお母さんに合いそうな財布だから買ってきた」とか。また友人が、今苦しくて誰にも話せないような状況だったら、「ちょっとお茶でも飲もう」とか優しくしてあげること。
 それは、そういう風に見えた時は自分なのです。実は他人ではなくて自分なのです。それだから、自分を愛せということは、そういうことなのです。だから、どこでも転がっています。大きいことをする必要は一つもない。例えば、「お父さん、今日給料が入って、スーパーでちょっとしたもの買ってきたけれども、一緒に飲みましょう」、それだけですよ。 何も100万円出して、海外旅行させて、これは親孝行だと。とんでもない話。ちっともそれは役立たない。普段からのちょっとしたことが大切です。そういうことではなくても、周りにいる友人とか、親しい人がね、何か苦しそうだなと思ったらちょっと行って、「今日はおいしいものを食べようか」と、これが実践なのです。それが愛を育てていくこと。それなくして仏教は、ないのです。幾ら難しい解説書を、偉い人が何か分かったようなことを言っているけれども、ハッキリいって分かっていません。こう言うと喧嘩になるけど仕方がない。本当だから。

【参加者】
仏教の中で、母親の存在はどういうものなのでしょうか。というのは、母親から愛情をとても受けていて、病気の時に看護してもらったりとかそういうことがあったので。
【水源師】
それは幸運ですよ。これはまあ、観音様になりますね。この世には、あなたみたいにそういう恵まれた方もおられるでしょうけれども、そういうことに一度も接したことがなくて、見ることもなく、辛い思いをしておられたのが、ゴウタマ・ブッダなのです。その辛さはどれだけ辛いか、幾ら妹さんが見てくれたと言っても。だからゴウタマ・ブッダは、愛をよく分かっているのです。だからさっきから言っているように愛と言うのはここが本当です。

 もう一つ言いましょう。ゴウタマ・ブッダが、この世に出る前に、前世は、6000年前に、カトマンズの第3王子でした。その時に、最後の菩薩行を終える時だったのです。その時に、三王子がカトマンズの山にピクニックに行ったわけです。その時に虎がね、母親の虎が、もう骨が出るぐらいに細々として、5匹の赤ちゃんにお乳を与えることができなかった。 それで、菩薩がお兄さんに、「この虎を助けるにはどうしたら良いのですか」と。兄さんが、「生きた動物を殺して食べさせたら、すぐにお乳も出るし、赤ちゃんの虎も助かる」と言ったわけです。「でもここには生き物もいないし、すぐに死んでしまいそうだから、この場で自分の体を虎に食べさせる人はいますか」と、このうえでそういうことをする人は誰もいない、と。そして菩薩は、二人のお兄さんと一緒に帰って行ったわけです。
  しかしこの時に、菩薩は、5匹の赤ちゃんが死んで行く、その苦しみを強烈に分るから、何とかして救いたいと。その時に、「お兄さんちょっと自分は用事があるから」と言って、虎のいるところに帰って行ったわけです。それで母親のトラに自分の腕を食べてくれと差し出したのです。でも虎は、力もなく横たわっているだけだし、それで自分の腕を切って血を出して、その血を舐めさせたらしいです。それでその血を舐めてその栄養で力がついて食べたらしい。それでお兄さんたちは、弟が帰って来るのが遅いと言うことで戻っていって見たら、そこで食べられていたと言うこと。
そうして帰って行ってそのことをお母さん、女王に報告したら、女王は半狂乱になったわけです。自分の第三王子、天使のような王子をなくしたと言うその時の痛さはどれだけのことでしょうか。そしてその後残った骨を拾ってね、そこにストゥーパを作ったわけです。それが今でもカトマンズの郊外にあります。それで、今度は菩薩が、天からお母さんに夢で、「お母さん心配するな」と。「自分は何の苦しみもなく、今天国にいるから」ということを夢の中で言ったらしい。

 このときの5匹の赤ちゃん虎が、サルナートで一生懸命修行して、最初の阿羅漢になった5人であると言うことを聞きました。最後の菩薩行です。だから菩薩行というのはそう簡単ではないのです。そしてお釈迦様が成道を果たして、1200人の比丘、比丘尼を連れてそのストゥーパに向かって、その時お参りしたのです。自分の骨に。それでそれを、ナモ・ブッダとつけました。だから言葉一つ一つにすべてすごい物語があるのです。
【参加者】
 ナモ・ブッダってカトマンズにあるあの聖地ですか。
【水源師】
 そうそれです。
【参加者】
今のお話で、愛ってすごい強いものなんだなって思いました。先生の話を聞いていると、すべてに気が楽になってきます。頭では、「ここで修行をちゃんとしなきゃ」と思っていても、なかなか怠け者なのです。大して泣きも笑いもしないようね人生を歩んでいるなと思いながら、それでもちゃんと生きられないという、怠け者というか、どうやったらもっと強くなれるのかなと思っているのですが。

【水源師】
 多分人以上に努力された方のように私には見受けられます。まして、今回こういう話を聞けると言うことは、皆さん非常に高徳を持って生まれた方なのです。前世で高徳を持って今ここに集まっておられます。だからまあ、これからも長いのですから、ボチボチと自分を愛して、機会があれば皆さんと仲良く瞑想会で坐禅されて行かれれば、きっと良い高徳があります。また皆さん知らないけれども、瞑想している時に体かニミッタを出しているのです。見える見えないは別として。心が落ち着くから、ニミッタと言うのは心のエネルギーなのです。
 ここに沢山の精霊とか、ペータ(餓鬼)が来るのだけれども、こういうものたちにたくさんの恵みを与えているのです。これが、その方たちにとっては、食料なのです。ですから、そういうことを覚えていて、何かあったらきっと助けてくれますから。ですから瞑想するときには、足のないそういうものたちにも、慈悲を感じて、ニミッタを出してください。

●在日二世、三世

【参加者】
 去年の法話を読んで、先生が在日韓国人の二世だと言うことを知りました。私も在日韓国人の三世なのですが、子供の頃から悩んでいたことがあります。法的地位も韓国人ということで日本に生まれて、おじいさんは炭鉱労働者として拉致に近い形で連れてこられたのですけれども、私の生まれたところは、部落差別があったりとか、差別が厳しいところでした。それで日本の文化の中で育って、自分はほとんど日本人なのですけれども、韓国の人からすると違うと言われるし、誕生会何かがあったときには、この子は呼ばないということが当た前に行われているような環境の中で育ってきて、いまだに自分は何者なのだろうかという、自分の中で納得が行かない部分があります。いまだに解消しきれていないのですが、それを先生の場合はどのようにして克服してきたのでしょうか。
【水源師】
  本当に御苦労様でございます。実は私もあなたと同じ環境に育って、実によくあなたのことが分ります。実はそれが肥やしになって、こういう風に一切の壁がなくなって、修行には非常に役立ったのです。そして確かにあなたは韓国に行けば、イルボンサラム、日本人なのです。日本では韓国人。で、アメリカに行けばあなたはジャパニーズ。こういう風に、日本には戦前の戸籍法があって、実際のあなたは日本人なのです。なぜかと言ったら、あなたがアメリカへ行って、何か犯罪を起こしたら、送り先は韓国ではなくて日本なのです。
 それを日本政府が隠して、喧嘩させればうまく統制できるのです。そういう風な、デバィデット・コントロール、(分割統治)、イギリス方式を使っているのです。だから結局、そこの中で立ち上がれば、ますます政府は、どっちもコントロールしやすいと。そういうことで、非常に苦労されていますけれども、ここでしっかりと、仏道に励めば、そういうことは自然に解消して行きます。
 それはフリクション(軋轢)です。軋轢ですけれども、結局アメリカの奴隷はアフリカから連れてこられ、両親とも引き裂かれ、働かされたところは農場で、働くときには逃げられないように足の指を全部切られ。そしてその時にリンカーンが、奴隷解放と言って、南北戦争で勝った暁には、全黒人を自由にして畑を皆にやると言うけれども、いまだに約束は守られていない。
 そういうことを乗り越えて、日本に住んで、日本を愛して、日本の神様を愛して、日本の同胞皆さんを愛して、一緒に歩んで下さい。そういうことは本当は関係ないのです。
差別する人が悪いのであって、差別される方は何も悪くはない。分りますか。だから、あなたは実は恵まれているのです、ハッキリ言って。私もそれに気がついて、大変な恵みを受けたのです。だからすべての壁がとれて、修行もますますうまく行ったわけなのです。
 だから韓国の方とも一緒に修行しました。日本の方とも一緒に、パオで修行しました。過去にそういう体験があったからこそ、できたのです。宗教の極限は、結局差別された人が最高の位に上がるのですよ。なぜかと言ったら、ジーザスは私生児でした。私生児を産んだ女は、石で投げられて殺されるのです。イランでは姦通したと言って石で投げられる。子供を作ったらもっと大変です。そういう風に、お父さんがいないところで、どれだけ差別されて、家庭の中で生きてきたか、家庭内外一切で。それであっても人類を救う、そこから非常な力をもらうのです。

 こう言えば何か体制を保護するようだけれども、私は体制とは関係なく、人間を考えて言っているのです。今ここでしっかりやった場合には、必ずやすごい栄光が待っています。この世で待っているし、また、次の世でも待っています。だからまあ、差別するのだったらすればいいし、全く関係ないです。自分だけしっかり歩めばね。これこそ永遠に生きるのです。
 金の靴を履いて、メルセデスベンツに乗って、良いビルディングを持っている。これは全部空虚、誰も尊敬しません。あなたが立派に一歩一歩、道して人間らしく歩いていった時に、話をしただけでも、ああ、この方は大変な偉い方だと。
 私が自民党の偉い方の秘書に韓国で会って、「お前何でそんなに在日を差別するのか」と。そうしたら、「いやすいません。私はそんな気持ちはひとつもないけれども、アメリカから押されて、こうしていじめなければ自分がやられるのです」と。日本の方も実は皆そうなのですよ。社会的にそうされているから、その風に負けてやっている、というわけなのだから。だから私の母は、二世三世の法的問題で法務省に行って、役人のトップを女性で囲んで、真っ裸にしたのですよ。そしたら役人は裸で逃げて行きました。そんなものなのです。かといって、警察が誰も捕まえることもないし。

 だから正しいことをして行けば、神仏に守られて良いことが起きます。特にそういう状況で、人のために尽くし行道して行けば、すごい光を発するから。もしそれが嫌だったら、大世界があります、私みたいに。カナダやアメリカが。でも、苦しいですよ。日本で生まれたら、ここで皆さんと仲良く、この仏国日本を作ってください。それが最高に優しくて良い方法です。外国に行けば何でも素晴らしい良い生活ができると思ったら、とんでもない。文化も違う、日本以上に違うし。私は韓国へ行ったって、韓国語は分からないし、習慣も分からないし、準日本人ですよ、向こうでは。
 本当に軋轢で苦労されていますけれども、この軋轢も肥やしとして、その悪世の中から蓮は出てくるのです。分かりますか。本当にそうなのです。あなたは最高のチャンスをもらっているのです。嘘ではありません。私が体験しましたから。

● 職場でのストレス

【参加者】
職場でのストレスについて聞きたいのですけれども、ストレスというのは、仏教的には、どういうことなのかと言うこと。職場で、上の者から強い怒りというものを受けてそれで疲れてしまうのですけれども、そういう衝動に負けてしまう弱い心だからそうなってしまうのか。先生が言われたように、良い心を受けることによって、心が進歩していくのか。
【水源師】
それは結局アクサラ(不善)の環境で生きているから、アクサラな力に負けてしまうから、そういうことがストレスとなります。その時にクサラ(善)の心でそれを外すのです。嫉妬とか、不合理な軋轢的なことでやられるでしょう、その時に、それをまともに受けない。なぜかと言ったら、例えば、猿があなたに一生懸命吠えたら、その時あなたは猿と喧嘩しますか。だからその時は、だいたい人間の形をしているけれども、心は人間の心では
なくて、ほとんど動物的なのです。
体験的な話では、私の友人がアフリカに行った時に、鹿が目の前に通ると人々はハンティングにくるわけです。アフリカだから、心は、アフリカの動物の心で生きているわけです。ところがその人がアメリカへ来たら、今度は、オバマ大統領のようにコロッと変わる。 だから心は何でも変わるし、どういう風にでも変わるのです。だから動物に生まれれば、今度は動物の行動をとるのです。魚に生まれれば、魚の行動で、心はそのままあります。なぜかと言ったら、私は蟻と会話した時に、「ああ、一寸の虫にも五分の魂があるのだ」ということがハッキリと分かりました。だからストレスを解消するというよりも、あなたが猿になって喧嘩したらそれは疲れると思いますよ(笑い)。あなたは猿ではないから。 猿の心で生きている人は、全然分からずに、疲れないでしょう。全然感じないから。だ
から相手にしないことですね。本当に、生きる環境によって、人間は変わって行くのです。人間と思い込んでいるけれども、全然違うのです。ただ人間の形をしているだけの時もありますから。悪魔にもなれるし。
【参加者】
例えば、禅定のような強い心を受け続けると、それだけで自分は変わってくるのでしょうか。
【水源師】
はい変わります。私のところに沢山の白人の方が修行にきます。私の波動を受けて、今まで15年間瞑想したけれども、何も起こらなかったけれども、たった数週間で全部変わってきます。坐る時に、良い波動を受ける状態にあれば、本当に変わります。だからお釈迦様と一緒に瞑想すれば、それは変わるでしょう。

●傲慢さをなくすには

【参加者】
傲慢の話がありましたけれども、私も小さい時から勝ったら優越感、負けたら嫉妬して、自分を卑下したりとか、今も仕事上で結構あるのですけれども、そういう中で、傲慢さを
なくすのは、難しいと思います。それを弱めていくには、どうしたらよいのでしょうか。
【水源師】
基本のことは、本当に愛があればね、傲慢な心は出ません。負けた人もかわいそうだなと。私は中学校のときに、一度私の父が、私に家庭教師をつけると言った。私はそれを断ったのです。なぜかと言うと、お金のない人が、一生懸命やっているのに、私はお金の力で優位に立つと、こういうことは、したくなかった。また、トップにもなりたくなかった。まあ人にバカにされない位の成績で続いていました。それはなぜかと言ったら、私がなぜ拒絶したかといったら、もし私が貧乏に生まれて、一生懸命勉強しているのに、他の人は家庭教師をつけられて、トップになったら、これは不合理じゃないかと。それよりは、自分の力で、自分のできる範囲でした方が良いのではないかと。そういう風にやってきました。 ということは心の中に、弱いものをいじめてはいけない、金の力で。結局愛の実践ですね。小さい時から、私はさっきも言ったように在日ですから、弱いものがいかに苦しんでいるかということを目にしているから、まして私は弱いものをいじめることはできない。その教えをもらいました。そういうことです。だから、結局、愛の実践ですよね。

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