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歴史を楽しく学ぶ会[江戸編]コミュの密書の行方(^O^)

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幕府代官『江川坦庵(えがわ たんあん)』は、「江川家御用留」とよばれる史料のなかに、平八郎の密書発見の経緯について 子細な記録を残しています(^O^)人差し指
密書は、2月18日、反乱の前日 江戸へ向けて 大坂の飛脚問屋を発送されます(^O^)
密書は 一旦、江戸に届きます(^O^)電球
ですが、およそ2週間後の3月2日 大坂に返送されます(^_^;)
この2週間に密書が、どんな状態にあったのか(・◇・)?
全く記録が ありません(^_^;)
返送の理由は、「届先江不相達」とだけ 記されていました(^_^;)
しかし、このあとの密書の行方には 1人の男が、重要な役割を果たしていました(^O^)
男の名は、『清蔵(せいぞう)』 駿河国の無宿人(むしゅくにん)、当時30歳(^_^;)
3月2日に大坂へ向かった密書は、途中で飛脚が病気になったため 川崎宿から、別の飛脚に託されます(^_^;)プレゼント
3月4日、箱根から三島に向けて 飛脚の『藤蔵』が密書を運んでいましたが、昼九ツ頃、持病の“せん癪(しゃく)”を起こします(>_<)
そこに 偶然、通りがかったのが 無宿人『清蔵(せいぞう)』でした(^O^)
顔見知りの間柄だったことから、『藤蔵』は、『清蔵』に手紙メールの配達を依頼します(>_<)
ですが、託された『清蔵』は 伊豆山中の林に さしかかった所で、荷物プレゼントを開封してしまいます(>_<)あせあせ(飛び散る汗)
開封したものの、金目のものがなかったため 清蔵は、密書を そのまま 林のなかに 捨ててしまい、逃走してしまいますε=ε=┏( ・_・)┛
密書が発見されたのは、3月5日、平八郎の反乱から 2週間後の早朝のことでした(^_^;)
密書発見の知らせをうけた『江川坦庵』は、内容の重大さに驚き 下手人探索を開始し、翌朝には 清蔵を捕らえます(^◇^)┛
江川坦庵は、密書の形態や内容を 書き写し 清蔵を厳しく取り調べ、密書の行方に関する調書を作成し 幕府へ報告したんです(^O^)メモ
清蔵は、字が読めず 密書の内容は理解出来なかった(^_^;)
しかし、事の重大さにおののく幕府の厳しい追及をうけ 牢の中で、死亡してしまいます(^_^;)

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