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歴史を楽しく学ぶ会[江戸編]コミュの江戸庶民の、金銭感覚(^O^)

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「宵越(よいご)しの銭は持たない」といえば江戸っ子気質(かたぎ)と、よく言いますね♪〜θ(^0^ )江戸には、全国260余藩の江戸詰(えどづめ)の藩士と、大名の参勤交代に付き従う家臣団 さらに将軍の直臣団(じきしんだん)である旗本・御家人とその家族がいました(^O^)武家人口は江戸の全人口の半分の50万人もいたんですよ(^O^)地方から来た藩士の多くは単身赴任者で、日常生活や物見遊山でお金を使い 町人の懐(ふところ)を潤しました(^O^)初鰹(はつがつお)などの初物を嗜好(しこう)する風習も見栄っ張りな消費癖の現れで、やがて江戸は一大消費都市となります♪〜θ(^0^ )また、度重なる大火で普請が絶えず、「江戸っ子の 生まれ損ない 銭を貯め」と川柳にもあるとおり 人々は「宵越しの銭」を持たずに暮らすことができました(^O^)実より名をとる見栄っ張りな江戸っ子の気質は、こんな事情から生まれました(^O^)
>「天下の台所」大坂は、流通中心地で町人が多く 彼らは見栄を張らず始末にこだわりました(^O^)始末は「始=収入」と「末=支出」の計算が合うことで「ケチ」でなはなく「シブチン」に似て、無駄なお金を使わないことをいい、名より実をとる気質です(^O^)初物に目もくれず、旬の物を嗜好する堅実な消費生活が身上です(^O^)大坂では、大商人でも質素な衣服を身に着け、駕籠(かご)にもあまり乗りませんでした(^O^)江戸時代は自分の持つ財産を頼りに商売をしていたので、商売人は質素・倹約に努めて日頃からお金を貯めておく必要があったんです(^O^)
>当時、理想の商家は「主人大坂、女房は京都、番頭は近江、蔵番は長崎、小僧は江戸」とされ、始末が最も得意なのは京都の女性と評価されていたことがわかります(^O^)

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