北米や英国で売っている英語版はタイトルが The Secret in Their Eyes なんですね. スペイン語と英語では代名詞所有格の性数変化が違うので仕方がないところではあるんですが, eyes の所有者は they でいいのか? という抵抗を感じてしまって, 何となく買う気が起こらないんです. いや最終的には they で合ってる気もするんですが, いちおうミステリー映画でもあるわけで, 誰の瞳だかわからない sus ojos を their eyes と訳しちゃうのはどうなんでしょう? タイトルの時点でネタバレすることになってはいないか? と.
この点で日本語は上手い. いや日本語訳は普段から his とか her とかいちいち訳さないですけれども, この映画に関しては訳さないのが正解だと思います. ただ, ものの所有者の性や数がわからないとか, 主語がしばしば省略されるというのは, 日本語とスペイン語が "偶然" 持っている共通点であって, 英語とスペイン語はもっと多くの点で共通しています. 直訳で済んでしまうんだなあと感じるところも多かったです.
この映画の脚本は物凄く芸が細かいと思っていますが, なかでも感心したのが駅での別れのシーン. イレーネが nosotros と言いかけてから vos y yo と言い換えます. 恋愛映画としては堅物のイレーネが一人称複数形の集合的な "私たち" から男と女を意識する "あなたと私" に変化したことを象徴する台詞です. 同時に現代史の映画として, 軍事政権樹立に向かう時代に誰もが感じたであろう "我々アルゼンチン人はどうなってしまうのだろうか?" と劇中の男女2人の運命を見事に交錯させた台詞であったと僕は思っています.