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連帯オール沖縄・東北北海道コミュの首里城 雄姿もう一度 火災1週間 県民会議設置へ

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2019年11月7日 東京新聞夕刊
火災で正殿(中央)などが焼けた首里城。主要施設が焼けた惨事から7日で1週間となる=6日
 沖縄県の玉城デニー知事は七日、県庁で記者会見し、火災で主要な建物が焼失した首里城(那覇市)再建に向けた方策を検討するため、県民会議と庁内に専門の組織を設置する考えを表明した。県民会議は、行政と民間によるメンバーを想定している。専門の組織は復旧・復興に向けたロードマップ策定などを進める。玉城氏は「部局横断的にスピード感を持って対応する」と強調した。

 首里城で正殿などが焼失した火災から七日で一週間。首里城公園管理センターは五日から首里城入り口付近の敷地を一般開放し、観光客らが訪れている。地元の住民や関係者は「落ち込んでばかりではいられない」と気持ちを新たにしつつある。七日朝。首里城近くの交差点で小学生の通学を見守っていた民生委員の国頭(くにがみ)玲子さん(67)は「喪失感は大きいが、次の世代のためにも再建してほしい」と首里城を見上げた。

 公園の休憩施設「首里杜館(すいむいかん)」で総合案内を担当している女性スタッフは「観光客の方から『頑張って』と励まされる。本当に勇気づけられる」と感謝していた。

◆再建の経験 きっと力に
首里城復元で設計統括責任者を務めた経験を語る中本清さん=1日、いずれも那覇市で

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 「首里城は沖縄県民の心のよりどころ。皆で力を合わせて再建したい」。一九八六年からの首里城復元事業で設計統括責任者を務めた県建築士会前会長の中本清さん(71)は、沖縄の象徴を再びよみがえらせる決意を語る。復元時、木材の調達に奔走した経験から、建築資材の入手が課題との見方も示す。

 首里城は太平洋戦争末期の米軍の攻撃により焼失したが、正殿など主要部分は沖縄の本土復帰二十年の九二年に復元された。戦後復興を願う先輩らの意志を継ぎ「子どもたちが歴史を身近に感じられる場にしたい」との思いを胸に、今回の火災で焼失した正殿や北殿、南殿の設計を担った。

 沖縄戦で多くの史料が失われ、残った文書や写真を基に図面を作成した。漆の塗り方や彩色を含め「本物にこだわった」。設計と建設にはそれぞれ約三年を要した。当初は正殿を木造とすることに、火災や台風への不安を訴える意見もあった。一方、琉球国王が儀式を執り行った建物を忠実に再現するよう求める声が強く、木造と決まった。

 正殿は柱が多く、長さ十メートル、直径一・五メートル程度の大木が百数十本必要で、調達は難航した。木材の調査で八五年に訪れた台湾の山で、建材に適したヒノキを発見。台湾側は森林保護のため輸出を規制していたが、交渉を重ねて許可を得た。

 台湾から船で約四百立方メートルもの木材を運び、一年乾燥させてから製材した。各地で環境保護の意識が高まる中、「今回も調達は簡単ではないだろう」と懸念。「焼けた瓦の撤去や設計、木材調達の打診に三年はかかる。復帰五十年の二〇二二年に着工できたらいい」と分析する。

 火災があった日、朝日に染まり始めた丘からたなびく黒煙を目にし「夢を見ているのか」と思った。喪失感はあるが、防災面を強化し、新たな史実や木造技術を取り入れて復活させたいと願う。「設計資料はそろっている。再建に向け、若い人たちの力になりたい」

コメント(1)


かっしゃんさん
ニャンさん

厚くお礼申し上げます。

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