連帯オール沖縄・東北北海道コミュの安倍政権　ジャーナリズムを問い直す・後半　　　原　寿雄　

（承前）

「ジャーナリズムの使命は歴史の瞬間を記録し、それを広く知らせることである。ジャーナリストは現実に手を加えてはならない。ジャーナリストには取材しようとしている現実を変えてはならない責任がある。カメラマンは禿鷲を追い払うべきであったという意見があるが、私はそうは思わない。命を救うことは彼の仕事ではない。それどころか、子どもが死んで、禿鷲がその肉をついばむとしたら、それを見届けるべきである。非常に残酷に聞こえるかもしれないが、それがジャーナリストの役割りなのだ。映像や記事を持ち帰り、世の中がどんなに厳しい現実にあるかを知らせることがジャーナリストの仕事なのだ」
５、日本の原発ゼロ政策に米核戦略から強い圧力
日本は「原発ゼロ」の政策まで米軍の核戦略に妨げられている。その事実を深刻に考える。１２年９月、野田政権が「３０年代原発ゼロ」の閣議決定を米の圧力でつぶされた時、日本の主権は米国に侵害されていることを実感した。
米による日本の主権侵害は、安保条約に基づく在日米軍の扱いで露骨に見せつけられてきたが、エネルギー政策でも日本が独立国でないことを確認させられた。１９６０年の歴史的安保反対デモから半世紀後、自主的に生まれた反原発デモの規模と持続性は、参加者が意識すると否とを問わず、実は日本政府が隷属する米国への抵抗デモだったと言えよう。
　「原発の軍事的意味」は新段階を迎えている。１１年９月７日の読売社説は「原発の抑止力」の重要性を主張した。当時の自民党石破政調会長も、同じ見解をテレビや雑誌で展開した。１２年６月２０日の原子力規制委員会設置法制定に伴う原子力基本法の一部改正では、自民党主導の付則の中で「わが国の安全保障に資する」との文言を使い、原始力基本法第２条の『平和目的に限定』の条文は、事実上削除されたも同然の扱いとなった。
　核武装合憲論は１９６０年代から内閣法制局長官も認めており、法律的には憲法9条よりも原子力基本法が原発の軍事利用を不可能にしてきた、と評価されていたものだ。その縛りが消えた事実を、韓国メディアは『核武装への布石』と警戒を強め、衆参両院の実質審議僅か4日というスピード改正の内容について国会のホーム頁にも載せていない点を指摘するニュースも出た。物理学者を含む世界平和アピ－ル七人委員会は改正の撤回を求めたが、政府が非核3原則の保持を言明したこともあってか、日本のマスコミは余り厳しく問題視しなかった。中央紙の読者でこのニュースを知らずに過ごした者も少なくなかった。
私は東京新聞で知った。後に共同の詳報を読んでニュースの重大性を確認した。同じ文言による法の変質は08年の宇宙基本法改正でも見られた。宇宙研究開発はそれまで平和目的に限定されていたが、改正後早期警戒衛星が導入された例を七人委は指摘している。日本のロケット打ち上げを各国が注目するのも、　
ミサイルに直結するからである。
　原発の軍事利用に踏み出す可能性が強まるという重大テーマで、国民的論議が起きなかったのは何故か。報道意識の劣化のためと言えよう。しかも１２年１２月総選挙で自民党が圧勝、右派リーダーの安倍元首相が返り咲き、石破幹事長とのコンビを組む自民最右派政権の時代を迎えた。米国が反対している限り日本核武装は現実の課題にならないだろうが、原発やロケット開発の自由化は、武器輸出3原則の規制緩和の動きと重なって、日本を軍事強国に戻そうとする過程に違いない。
「２０３０年代に原発ゼロ」を決めた民主党野田政権の｢革新的エネルギー・環境戦略｣は閣議決定できなかった。１２年９月２２日の東京新聞は「閣議決定回避　米が要求」を一面トップで報じた。訪米の内閣府政務官、首相補佐官らが米側に原発ゼロ方針を説明した時のやり取りを現地取材したスクープだった。朝日、毎日などが追いかけたものの、その後、深く追及してはいない。日本国内に原発ゼロに反対する強い声があることにかこつけて、米からの圧力は軽視された。独立国の主権にかかわる問題である。政府も報道機関も、米への隷属意識が慣性化してしまったというほかない。その後の世論調査でも反原発が多数派を維持しているのにー。
米国は日本の核政策について、①日本の核武装に反対　②被爆の非核国として日本はＮＰＴ＝核拡散防止条約の推進に適役　③原発は日米技術協力で世界市場への販売促進―を基本にしてきた。米ロ中仏英の五国以外に核兵器を保有させないため、核廃絶を掲げる日本の役割を重視、利用してきた。その見返りに、核兵器を持たない国のうち日本だけに核燃料の再処理を認めてきた。核兵器作りに転用の可能性を否定できないプルトニュームを、日本はすでに４０トン超も保有と伝えられる。長崎型原爆４０００個分という。
一方、対中国の核戦略上も日本の原発の存在意義が高まってきた。日本が原発ゼロに進めば、核兵器や原発をさらに発展させようとする中国の脅威が増大し、アジアへの影響力を強めるだけでなく、米主導の国際的な核管理体制を弱体化する―とワシントンは警戒しているようだ。ドイツは自由に主権を行使、福島原発事故後の２０１１年５月に「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」の報告を受け入れ、メルケル首相が１0年以内の原発ゼロを宣言した。
Ⅲ、主権侵害の典型「日米地位協定」を黙認するマスコミ
「日本の主権回復と完全独立への道｣の追求は、新聞・放送にとって今や避けて通れない最大緊急のテーマである。中でも在日米軍をめぐる日米地位協定は、明治時代の不平等条約改定に匹敵する国民的課題と考える。在日米軍の法的地位を定めた日米行政協定は、１９５２年４月２８日発効のサンフランシスコ講和条約と同時に発効し、６０年安保改定後に地位協定と改称した。だが、「米軍が治外法権を持ち日本国内で基地を自由に使用するという実態はほとんど変わっていない」と孫崎亨元外務省国際情報局長は近著「戦後史の正体」で批判している。　　
講和交渉の米国務省顧問Ｊ・Ｆ・ダレスは米側の基本方針として、「日本国内に『われわれが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる』権利を確保する」ことを求め、その通りの協定が実現した。これは本質的に占領下と変わらない米軍特権を、そのまま地位協定に引きついでいる。
元琉球新報論説委員長で沖縄国際大学大学院の前泊博盛教授は、長い取材経験の集積をまとめた編著「日米地位協定入門」で、在日米軍に与えられた治外法権的な特権を六つに分類している。私なりに要約するとー
①米軍の財産は捜索、差し押えなどできない。②航空法の適用除外で米軍は必要な空域を飛行できる。③米軍基地への出入は米軍の自由、出入国管理法は不適用、だから在日米軍関係者数は不明。④基地には米軍の排他的管理権。事件事故も自治体の基地内調査を拒否。⑤犯罪米兵の引き渡し拒否など裁判の米優先権。⑥基地は返還時の原状回復義務免除。汚染物などの除去義務免除。
外国軍隊の駐留にこれほどの特権を認める日本は、独立国家と呼ぶことができるだろうか。独立国が領土を外国軍に貸すことの重大な意味・価値について、歴代日本政府は過少評価し過ぎている。「日本からお願いして駐留してもらっている」とでも誤解しているのか。確かに最初の安保条約には日本国内の反乱鎮圧も駐留米軍の目的に含まれており、６０年の改定で削除されている。米軍の日本駐留は本来、独立後に講話条約とは別に改めて交渉すべきだった。それを武装占領軍の支配下で交渉、調印させられたのが不平等協定の源である。　　　
琉球新報、沖縄タイムスなど基地の地元マスコミは、米軍人の犯罪事件のたびに、地位協定の改定を強く要求し続けている。しかし日本政府は、沖縄に対する差別意識に基づく本土マスコミの鈍感さに寄りかかりながら、現状に眼をつぶり、「運用で対処する」という米軍の主張のままである。沖縄の祖国復帰とは何だったのか？本土ジャーナリストたちは、いまからでもはっきりと答えを出し、地位協定の改定キャンペーンに乗りだすべきだと言いたい。１３年５月１５日、那覇では学者たちが琉球民族独立総合研究会を設立している。
Ⅳ、安倍政権とマスコミの力関係
安倍右翼政権はこういう情勢下に出現した。１２年末の総選挙で自民党が大勝、13年７月の参院選で衆参両院とも改憲発議に必要な三分の二の議席を改憲派が占める可能性も生まれてきた。アベノミックスの景気回復策は国際的にも注目されている。だが、歴史に逆らう安倍政権の前途は平坦ではない。改憲派リーダーたちの歴史認識に対する内外からの反発は根強く、13年初以来、米英独など欧米の主要紙誌による安倍政権の国家主義体質への警戒論が続いている。国内では、まず改憲発議条件を現憲法９６条の三分の二から過半数に緩和しようとした安倍案が、憲法学者をはじめとする世論の反対に遭って与党公明党まで動揺、足踏みしている。　
安倍首相は、日本軍による侵略を依然認めようとせず、Ａ級戦犯を合祀する靖国神社への麻生副首相ら２００人近い議員の集団参拝とともに、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　各国の警戒感を強めている。米議会調査局は報告書を発表、「安倍首相と閣僚による歴史問題に関する言動は、日本と周辺諸国の関係を揺るがし、米国の国益を損ないかねない」と警告した。同じ改憲派の日本維新の会の橋下徹共同代表は「従軍慰安婦は必要だった」「日本だけの問題ではない」と居直り発言で、内外から厳しい非難を受け、孤立化を深めている。
参院選で衆参のねじれが消えれば、安倍政権は年来のタカ派政策を次々と実現する道が開ける。原発は世論に抗して早期の再稼働を目指し、防衛予算は増額され、新防衛大綱づくりの論議では先制攻撃力の必要論も根強い。集団的自衛権発動の合憲解釈を急ごうと内閣法制局長官の交代も狙っている。１３年２月にはカリフォルニアの米海兵隊基地で、日米共同の尖閣奪還作戦“アイアン・フィスト“が２回行われた。この動きに注目したニューヨーク・タイムズの国際版は、オスプレイを背景に展開する自衛隊などの写真２枚を載せて大きく報じた。
教育改革もソフトないじめ対策を手始めに、愛国精神の養成をはかる教育再生に傾いて行く。民主的な個人の権利よりも、国民としての義務を強調した道徳教科や教育委員会の解消、教科書の検定も厳しくなろう。
安倍首相は「日本の前途と歴史教科書を考える若手議員の会」の事務局長をはじめ日本会議議連、神道議連など自民党内右派の諸組織で活躍してきた。２００１年１月にＮＨＫが慰安婦問題の民間法廷番組を放送した当時は、内閣官房副長官の要職にあり、ＮＨＫ幹部から事前に番組の説明を聞く形で政治的圧力をかけ、改変を実現させた人物である。
０５年にこの介入を特ダネで報じた朝日に対して、自民党は取材拒否に出て朝日政治部と対決した。やがて「朝日の記事にも不十分な点があった」という形で秋山耿太郎社長が収束を急いだ背景に、取材ボイコットの圧力が大きいと私は感じた。同時に「朝日政治部は政権党との力関係でこんなに弱いものか、そんなはずはない」と考えていた。
しかし、１３年５月１７日号の「週刊ポスト」は「安倍晋三と朝日新聞の『不適切な密月』」を特集、朝日の“変節”を取りあげた。朝日が自民党のボイコットを受けて以来の関係修復をはかり、木村伊量新社長と安倍首相との会食などで和解が実現し、朝日の安倍批判が軟化したという記事である。５月３日の憲法記念日をめぐる朝日社説などで特別の変節はうかがえなかったが、もし「週刊ポスト」の記事が大筋で本当なら、ジャーナリズムの自由と独立にとって重大問題である。「政治部ニュースは大メディアのアキレス腱か？」という疑問を深めざるを得ない。
安倍首相は今後、首相が持つＮＨＫ経営委員会トップの人事権を利用して、日本最大のメディアである公共放送を管理しながら、朝日・毎日・東京新聞や地方紙など護憲・原発批判派に対して、誘導と対決の硬軟両面作戦を進めるだろう。メディアを選別して情報提供に格差を付ける戦術も検討されよう。
その焦点の一つが秘密保全法になる。すでに読売・産経は賛意を表明している、同法は、国の安全と外交上の秘密保持だけでなく公共の安全、秩序保持を掲げており、スパイ防止法（秘密保護法）に治安維持法を加えたような総合取締まり法となる。１２年８月の有識者会議報告書は「情報公開の対象にならない情報を秘密に指定するのだから」とジャーナリズムの自由に問題はないかのようにいうが、無責任な見方である。秘密担当者は厳しい「適正評価」を義務付けられ、家族、親せきから友人知人まで調べられる。個人の思想信条などプライバシーは保障されない。秘密指定に疑問を抱く良識派は排除され、官庁人事は秘密保全を軸に行われる危険性もある。結果は役人全体に対する緘口令となる。自由な取材・報道は第二次大戦後最大の危機を招きかねない。　　
「秘密保護法は国際的な常識」とグローバルスタンダード（国際基準）が強調されるが、米軍からの要請で日本は０７年に軍事情報包括保護協定（ＧＳＯＭＩＡ）を結び、米と同じ秘密保持レベルを義務づけられていた。　
安倍政権は当面、参院選の世論工作にマイナスとなりそうな政策はすべて棚上げしている。新聞・放送は、衣の下に鎧を着た安倍政権の一見ソフトなパフォーマンスに世論が惑わされることのないよう、真の狙いを事実に即して的確に指摘すべきである。同時に安倍政権の日本主義は、米の体内にやどる寄生虫のようなパラサイト・ナショナリズムであり、常に米の国益が優先する。その現実を厳しく追及しなければならない。「安倍は確固とした信念の民族派などではない。アメリカとも適当に巧くやりたいオポチュニストだ」という論も聞かれるが、政治家としての評価はこれらら定まる。楽観視すべきではなかろう。
Ⅴ、アジアの平和とジャーナリズムの責任
中韓の新政権は安倍右翼政権の出現を日本右傾化の新局面と受け止め、日本に侵略された歴史事実の厳しい認識を改めて求め、対日強硬姿勢を続けている。北朝鮮は核兵器保有に直進、ミサイルの目標に日本の米軍基地を名指して脅迫、核の先制攻撃まで公言した。
もし日本のメディアが歴史認識はじめ尖閣・竹島問題や北朝鮮の挑発に対して、これまで以上にナショナリズムを煽るようなことがあれば、武力衝突の事態に発展しかねない。対立する国同士のナショナリズムは相乗作用で激しくなる。相手国マスメディアのナショナリズム高揚には、辛抱強く耐える度量を持つのが、民主主義の先輩を自任する日本メディアの態度となるべきだろう。
領土の主張は対立を続けながらも性急な解決を求めず、共通の利益になる事項を探し求める話し合いを優先させるべきだろう。７８年、日中平和条約調印後来日した鄧小平副首相が示唆したような、後世に期待する尖閣棚上げ策は、ＧＤＰ世界2位を誇り、江沢民が主唱した中華民族の復興を掲げる習近平新体制では、難しい。　
中国は１８４０年のアヘン戦争以来，欧日の帝国主義に侵略されて香港、台湾を奪われた。その中国が今や世界の中心に返り咲き、国家主席自ら「中華民族の復興・団結」を強調している。これは屈辱の歴史と決別し、「二度と国辱は受け入れない」という宣言である。この決意を見誤ってはなるまい。
役人の汚職腐敗、貧富の格差拡大、共産党一党支配への批判増大など、習体制の抱える課題は多い。人心統一を狙って対外緊張に関心をそらすナショナリズム高揚も必要となろう。対外強硬論の先頭に立ちやすい軍部の動きは特に警戒を要するが、遅れを取り戻そうとする中国の軍事力増強を、すでに十分に強い軍事大国である米とその同盟国が非難するのは、道義的とは言えない。
世界は安倍政権を右翼と見て警戒するものが少なくないが、フィリピン外相は「日本の再軍備歓迎」を表明した。中国の脅威に対抗して、米主導の中国包囲網も現実味を帯びつつある。安倍政権は話し合いと包囲網作りを並行するというが、これでは米国に追随する旧来型の覇権外交にほかならない。日本のジャーナリズムは東アジアの平和保持システムを積極的に追求、構築することで、アジアの平和確立に責任を持つべき立場にある。改憲、原発保持にいよいよ積極的な読売・産経も日経も、反対・批判の立場をとってきた朝日、毎日、東京や地方各紙も、偏狭なナショナリズムに陥ることなど、あってはならない。
「憲法9条は自衛隊に対する最高のシビリアンコントロール」という表現に共鳴しながら―　（２０１３年５月３１日記　）　　　