連帯オール沖縄・東北北海道コミュの安倍政権　ジャーナリズムを問い直す・前半　　　原　寿雄　　

　安倍政権　ジャーナリズムを問い直す　　　　　　　　　原　寿雄　　
Ⅰ、分裂・劣化で弱まる権力監視
日本社会は３１１の受難の中で、戦後最右翼政権による平和憲法廃棄の挑戦を受けている。安倍自民党政権は、「日本を取り戻そう」というスローガンで戦後民主主義からの脱却を図り、本質は歴史に逆行する反革命と理解すべきだろう。安倍総裁のリードで１２年４月成文化した自民党新改憲草案は、天皇を元首に、いまの平和憲法９条２項の「戦力不保持・交戦権の否認」を削除、自衛隊を国防軍として内外での軍事活動の自由と強化を目指す。一言でいえば軍事に強い戦前型の日本づくりをねらっている。
自民改憲案は統治者の専制権力を縛るための近代立憲主義に反し、天皇はじめ国務大臣、国会議員ら公職者の憲法遵守義務を消して逆に主権者国民を規制する。基本的人権の保障について「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」という条件が付く。基本的人権の中でも一番重要な言論・表現・結社の自由の条項も、この条件付である。これでは明治憲法と同じく、随時法令を作って表現活動まで規制可能になり、政府の運用解釈が広がり、人権は保障されない。日本主義の教育改革や、社会保障に代えて家族の助け合いを強調する家族主義復活色もにじむ。
当面の安倍戦略は参院選で自民党が大勝して改憲勢力が三分の二の議席を占め、衆参両院ともに改憲発議を可能にすることを目指している。そのため金融・財政の大幅緩和と公共事業への大規模バラマキによる景気回復を急ぐ。折から尖閣・竹島の領土問題と歴史認識や北朝鮮の核武装をめぐる緊張が高まり、安倍政権はこの情勢を軍事力強化と改憲の好機ととらえている。
新聞・放送界はデジタルネットに揺さぶられ、消費税アップは欧州並みの特例免除工作に頼って反対しなかった。民主党政権の「原発ゼロ」方針が米の圧力で潰されても追及せず、原子力基本法改正で　「平和目的に限定」に代えて「安全保障」が加えられても黙視するなど、メディアの権力監視力の劣化が目立つ。ｉＰＳ細胞をめぐる読売と共同通信の大誤報は、オンライン・ニュースの速報優先競争のなかで起きた。
こんなに弱体化したジャーナリズムで、タカ派安倍政権にどこまで対決できるだろうか？改憲、原発、ＴＰＰをめぐる、マスメディア内の社論分裂も強まり、日本ジャーナリズムは戦後最大の歴史的な危機にある。
Ⅱ、３１１報道で露呈したジャーナリズムの問題点
２０１１年３月１１日に起きた東北大震災と福島第一原発の事故は、現代日本ジャーナリズムの問題点を集中的に露出した。
１、大本営発表報道と少数意見の無視
地震、津波、原発の危険性は専門学者たちが予測、警告していたのに、新聞、放送は軽視、黙殺してきた。こんどこそ、この教訓を社会もジャーナリズムも肝に銘じるベきだ。震災防止はできなくても、減災は可能である。現代の天災は半ば人災、特に原発は全く人災ではないか。東電もその事実を認めている。
ジャーナリズムの原則である｢少数意見の重要性｣を改めて確認し、少数派への対応を根源的に改める必要がある。少数意見はバランスを取るための紙面の飾りではない。多角的な真実追求に不可欠だからこそ、ジャーナリズムの原則とされてきた。マスコミはその本質を忘れて安全神話を信仰した。多数派の常識を1時間かけて取材するなら、少数異端は５時間かけて取材すべきだ、と言いたい。少数意見を尊重しない社会に未来はない。
大災害が起きてからの事後報道の空しさを改めて思い知るべきだ。３１１から４月にかけての報道ピーク時には、放送、新聞など計２０００人超の取材陣が連日、被災地に展開した。せめてその１％２０人でも、事前に少数専門家たちの警告を調査報道でキャンペーンし、国、東電、自治体に防災対策を迫っていたら、原発を含むあれほどの惨事は避けられたに違いない。
過去形のアフター・ジャーナリズムから未来に向けたビフォア・ジャーナリズムに、人も金も動員すべきではないか。社会部は、踏切事故死の記事に「かねて付近では危険な踏切と言われていた」というような数行を付けて済ましてきた。その罪の深さを考えよう。
地震の権威である神戸大石橋克彦教授は９７年１０月、岩波の「科学」誌で｢原発震災｣と名付け、地震国日本の原発の危険性を特別に強調していた。当時の朝日への投稿はボツにされた。京大原子炉研究所の小出裕章助教らのように、“万年助教”の冷遇を受けながら警告を続けてきた学者も各地にいた。京大6人衆と呼ばれた小出助教らは、０８年に毎日放送のテレビ番組「なぜ警告をつづけるのか　京大原子炉研究所”異端”の研究者たち」でも、原発の危険と廃止を主張していた。専門家の警告の声を社会に知らせた数少ない貴重なこの番組に、関西電力からスポンサーとしての強いクレームが来た。
原子力学者の大部分は電力会社の代弁者となって｢原子力ムラ｣を作り、マスコミも仲間入りした。唯一の被爆国日本が原子力の平和利用を国策とし、革新的な原子力学者の大勢も疑わなかった。「原発こそ唯一の被爆国日本の特権だ」と主張する学者もいたほど“核の平和利用”がブームだった。１９５５年、新聞週間の標語は「新聞は世界平和の原子力」だった。ジャーナリズムが時代の波に乗って多数派世論に同調し、批判的第三者の役割りを放棄してしまう危険性は，原発でも明白に検証できる。
工場公害が社会問題化した７０年代以降、続発した原発の事故は批判的に報じられた。米のスリーマイル島事故もソ連のチェルノブイリ惨事も大きく問題化したが、原発廃止論には進まなかった。国策に迎合するジャーナリズムの本性は、１９４５年後も戦前、戦時中と変らなかった。
　福島事故の記者会見報道に｢大本営発表｣の批判が強まったのは、第２次大戦中の軍によるウソの発表と報道を、日本社会が思い出したからだ。原発情報は東電が独占管理し、政府もその情報を選別しながら事故をなるべく小さく見せようとした。「パニックが起きるのを避けるため」という。放射能の流れを予測するＳＰＥＥＤＩシステムの情報は、米国にすぐ知らされながら、国内では事故後１１日間も公表されず、被災者は原発から北西方向の飯館村などを安全視して避難した。そこは放射能が流れた最悪のホットスポットだった。
　朝日の戦争報道を厳しく自己検証した上丸洋一編集委員は、連載のまとめ本「原発とメディア」の終章「満洲国と原子力　新聞ジャーナリズム二度目の敗北」に書いている。「『神州不滅』というフィクションは日本が降伏するまで生き延びた。『安全神話』は、なおも生き延びようとしている。ジャーナリズムに三度目の敗北は許されない」―。
戦争の反省は原発に生きなかった。国策＝国益論への従順な体質、みんなで渡れば怖くない同調慣性と電力会社からの買収工作に、マスコミは敗北した。
２、危険な取材とコンプライアンス・ジャーナリズム
原発事故翌日の１１年３月１２日、第1号機が爆発した。共同通信は福島県内にいた記者たちに県外への避難を指示、間もなく「その必要性なし」と取り消した。同様な動きは他メディアにもあり、朝日は住民より１０キロ遠い３０キロ圏外への避難を指示、現場から疑問が出て編集幹部との間に論議が起きた。
責任者が放射能禍を心配して避難を指示するのは当然である。９１年の雲仙普賢岳の噴火では、火砕流撮影で逃げ遅れたカメラマンら１６人が亡くなった。このとき現場との情報伝達システムを注意深く作っていたＴＢＳは、一人の犠牲者も出していない。殉職の１６人は「迫力のある写真を現場に求めたマスコミ競走の犠牲者」であり、惜しまれてならない。
危険を避ける判断はデスクや部長、編集幹部が責任を持つ。問題は南相馬の桜井勝延市長から「住民が多勢残っているのに、報道人が先に逃げ出すとは何事か」と批判された点だ。実際には取材していた記者も幾人かいたようだが、この批判もまた当然だ。なぜ急いで避難するのか、その理由と情報を市役所や住民に伝え、報道機関としての判断を報じてから避難すべきだったろう。重要な情報伝達の社会的役割りを果たそうともせずに逃げ出すのは、公的情報の私的利用、と非難されても反論できない。
背景には最近の報道各社内でスキャンダルが頻発、その対策に法令順守のコンプライアンス・キャンペーンが進められてきたことも無縁ではない。その結果、全般に自主規制という名の消極的な取材態度が強まっていたからだ。私は放送批評懇談会の「ＧＡＬＡC」誌(２００７年８月号)で「コンプライアンスはジャーナリズムを滅ぼす」と警告したが、少数異見で終わった。
　危険な現場取材のルールが未確立ではないか。先ず取材者に拒否権があることを確認する。これは人間としての基本的権利だ。その上で、志あるジャーナリストが「危険を冒しても報道したい」と申し出たらどうするか。これにはデスクや部長らが｢あいつなら大丈夫だ｣と確信が持てる人物を選ぶ手続きが必要だろう。もちろん防護策を十分講じ、危険地での対応も訓練できればする。万一の場合の保障も必要である。
９１年のイラク戦争直前、日本の外報部長会は全員引き揚げを決めたが、ＮＨＫでは記者の一人が「こういう取材をしたいために私はジャーナリストになったのに」と部長に迫った。その結果、ＮＨＫが真っ先にバグダッド取材を復活した。２０１２年に「あさイチ｣番組のレギュラーから解説委員長になった柳沢秀夫記者である。
日本にはジャーナリスト・ユニオンがない。各職種を含む企業労組なので安全を優先、ジャーナリストとしての志を二の次に考える傾向が強い。ジャーナリズムはそれでいいのか、労使交渉のテーマにすべきだろう。
危険な取材については、沖縄タイムスの毒ガス取材を思い出す。ベトナム戦争中のこと、米軍基地に毒ガスがあるーとの米紙報道で大騒ぎになり、ＶＸガスなど1万３０００トンを７１年１月、太平洋のジョンストン島に移送することになった。米軍は報道人に防毒マスクを用意した。沖タイでは記者の中から「沿道の住民は無防備なのに報道人だけマスクをつけていいのか」との声が出て、議論の末、マスクなしの取材になった。私はバンコク駐在から帰国後に後輩が駒澤大學の紀要レポートにコメントを求められ、考えさせられた。沖縄タイムス３０年社史はこの経過を記録、取材班は日本ジャーナリト会議奨励賞を受賞していたが、私の結論は「やはり冒険過ぎる」と答えた。
２０１２年夏、シリアの戦闘を撮影中に撃たれて死んだフリーの山本美香記者や、戦場写真で有名なロバート・キャパが１９５４年、「生と死が五分五分なら俺は又パラシュートで降りて写真を取るよ」と対仏独立戦争中のベトナムに行き、地雷を踏んで亡くなった例とは、事情が違う（Ｒ・キャパ著「ちょっとピンぼけ」訳者の一人川添浩史筆「亡きキャパ」から）。
ジャーナリストは「いつでも生きて取材、報道する」をモットーとすべき職業人ではないのか？リスクの選択はジャーナリスト個人の生き方の問題に帰するが、私には「五分五分でリスクを選ぶ」べきだとは思えない。「勇気ある報道のプロは、報道＝記録のために生き残らなければならない」と考える。
　原発事故報道ではＮＨＫのあるクルーが専門家の積極的協力を得て、３月１６日に福島第一原発から２．４キロまで近づくなど避難指定地域に入り、土や植物を採取し分析した。その番組「ネットワークでつくる放射能汚染地図」は注目され、被災者から歓迎されて多くの賞を受賞、後続番組も数本作られた。　
政府の規制に反しても住民に必要な報道はする、という姿勢こそジャーナリズムというべきだろう。本来、政府は報道陣の取材を認めるべきだった。メディア側から政府に要請しなかったのか、そうだとすれば恐るべき惰性と言わざるを得ない。この取材で誰にどんな害を及ぼしたというのか？ＮＨＫ内部では関係者が注意処分を受けたと言われるくらいトラブルになり、放送は１１年５月１５日にやっと実現した。大人しくコンプライアンス・ジャーナリズムに留まっていたら、この番組は生まれなかったろう。真実追求のためにはときに法を犯しても突き進むーそういう衝動を生むのが報道人の仕事と心得たい。法廷で情報源を守って罰金刑に服した朝日記者は、今も尊敬されている。
３、「被災者に身を寄せて」の功罪
被災者に寄り過ぎた報道姿勢が歴史的な記録を歪めてよいのか、との疑問も消えない。「被害者の身になって」は事件事故報道の原則となり、震災報道にも適用される。だが、その結果、２万人近い死者・不明者が出た大惨事なのに、新聞紙面の写真もテレビの映像にも、ほんの一部を除いて遺体は全く出てこない。カメラマンたちのなかから「あまりに悲惨なシーンでシャッターを押すのをためらった」との声も聞かれたが、紙面や番組に出さない遺体の映像は、最初から撮影しない者も相当いたようだ。地元放送局のカメラマンから「当然のようにそう言われた」と被災地を視察した知人の大学教授からも聞いた。
仙台の河北新報では、南三陸町の３階建てビルで津波に呑まれた住民の７枚連続写真をボツにした。共同が住民から入手した配信で、屋上に避難した３０人ほどの町職員たちが津波をかぶり、無線塔によじ登ったり、フェンスにしがみついたりしていたが、やがて１０人ほどに減ってゆく衝撃的なシーン。武田真一報道部長は「地元紙として関係者や遺族の心情を考えて」載せないことにした。「いくら悲惨でも事実を伝えるべきだ」とのデスク陣の声を背に、苦渋の決断だったようだ（河北新報社著「河北新報のいちばん長い日」）。
２００１年９月１１日、ニューヨークの世界貿易センタービルに民間機で激突し３０００人近い死者が出たテロ事件の時も、空から降ってくる犠牲者のテレビシーンが「子供に衝撃的すぎる」と、ＡＢＣなど米各局が放映を自粛した。当時私は、ＢＰＯ(放送倫理・番組向上機構）の放送と青少年委員会委員長として子供への配慮に同意しながら、歴史的記録が一般的に見られなくなることがあってはならない、と考えていた。どんなショッキングなシーンでも歴史的記録は公開されなければならない。社会は歴史に目を閉じてはならない。
｢被災者の身になって｣に傾斜しすぎると、情緒的になりやすい。目をそむけたくなるような悲惨さ、むごたらしさは現代史の現実そのものであることを、社会は知る必要がある。被害者が嫌がっても報道を優先すべき場合がある、と私は考えてきた。地元紙の編集者として被災者や視聴者の心情に配慮するのは人間性として自然なことである。そう思いながら、それでもなお「現実の実相を社会に知らせ、社会が深刻に考える、そこから真剣な論議が起き、再発防止策も生まれる。忘れられない歴史の一コマとして印象強く人びとの記憶にも残る。それがジャーナリズムの仕事ではないのか？」と自問自答してきた。これも結局は個人の選択に帰することだろうが、歴史の記録者・ジャーナリストを天職と選んだ限り、嫌なものは見たくないという“社会の甘え”に常にやさしく応じるのは、間違いではないのか？との思いが消えない。
４、人命救助か報道優先か
　２０１２年秋、札幌の北星大学から報道倫理の特別講義に呼ばれた。担当教授の元北海道新聞記者から予め、３１１報道について学生の中に「報道ヘリはなぜ救助を優先しないのか」との疑問が根強いことを知らされていた。そこで当時のニュース映像を見ながら話を進め、すさまじい津波の惨状を撮影して一刻も早く社会に知らせようと必死になっているヘリの報道陣に、「それでも救助を優先すべきだと言えるかどうか？」と尋ねた。
　被災状況を早く社会が知ることで、それぞれの分野の対策準備が進められる―と、先ず状況を知らせるニュースの重要性を強調した。屋上から助けを求める人たちをヘリで救助するには、それなりの訓練が必要であり、誰でも簡単にできることではない点も付け加えた。帰宅後送られてきた感想文には「報道の大切さが分かった」「報道ヘリが救助しないのを批判的に見ていたのは誤解だった」との声が少なくなかった。メディア側は読者、視聴者のこの種の誤解を解くためにもっと努力すべきだ、と私は痛感した。
　関連して南アフリカのカメラマン、ケビン・カーターの「ハゲワシと少女」に触れたい。北アフリカのスーダンの砂漠地帯で、砂地にしゃがみこんだ飢えた少女を後ろから狙うハゲワシのワンショットが、９３年３月のニューヨーク・タイムズに載りピューリッツアー賞を受賞した。だが「カメラマンはなぜ救助しなかったのか」の声が世界的に起こり、その渦中でカーターは理由不明のまま自殺した。ジャーナリズム界は人命救助か事実の記録優先かで論議を続け、ＮＨＫは柏倉康夫記者らが訪米、生前のカーターらに取材し放送した。その時の模様が柏倉著「マスコミの倫理学」に書かれている。　
　それによるとカーターは、現場の飢餓状態に打ちのめされるほどの強いショックをうけ、少女のワンショットを撮った後、ハゲワシを追い払い、少女は近くの国連食糧センターの方向へ歩き出したという。センターへの到着は確認されていない。この書の中で私が最も考えさせられたのは、コロンビア大ジャーナリスト学部のステファン・アイザック教授の次の見解である。真のジャーナリストは人間性を超越しなければならないのか？という難問だ。