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【S.S.G特設会場】コミュの【少女の本】

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「待て!待てっつってんだろ!このボケ!!」

追い回す声が雑木林の中で響いた。既に陽は落ち、様々な種類の木々が鬱蒼と生い茂るそこには月明かりは届かない。
足元を覆う蔦が少女の邪魔をする。低い位置に腕を広げた枝は、まるで首を刈る時を待っているかのようだ。不意打ちのように啼く鳥の声に急き立てられるように少女は走る。

「観念しやがれ!こんな所まで逃げやがって!」

不意に足がもつれ、派手に転がった。刃のように鋭い葉が容赦なく肌を切りつけ、頬にも赤い筋を描く。
それどころではない、逃げなければ。そう思う暇さえも許されず、地面に投げ出された足を踏みつけられた。

もう逃げられない。お終いだ。いや、まだだ。コイツを叩きのめせばいい。そして逃げる。できるか?いや、やるんだ。やれなかったら俺は終わりだ。大丈夫だ、できる。相手は乳くせぇガキじゃないか。俺の敵じゃねぇ。ついでに犯すか?ボコボコに腫れ上がった顔で泣き叫ぶメスガキのを見下ろす、あの快感!クヒヒヒヒィーッ!!

追い立てられていた“男が”地面を転がり、“少女の”拘束から逃れた。
だが、次に彼の視界を占領したのは少女の拳骨であり、それを認識する間もなく、呻き声すらも上げることなく昏倒させられた。
体重を思い切り乗せた一撃を男に叩き込んだ少女――マリア・マリアベル――は、男が意識を失ったのを確認すると、どこからともなく『一冊の本』を取り出した。

「ネクロノミコン」

それは精神の具現。超常の力。マリア・マリアベルの『スタンド』。



Original Stand Battle SSG 『少女の本』



マリア・マリアベルという少女を表現するのは、そう難しいことではない。

彼女は美の神に愛されているかのように美しい。
肩の辺りまで伸びた艶やかな黒髪、長い睫毛や高い鼻、控えめな唇などが絶妙のバランスを保っている整った顔立ち。
どちらかと言えば華奢な方に分類されるだろうが、適度に肉付きの良い体、白く透き通るような肌。
18歳という年齢からすれば整いすぎているプロポーションは、それでもこれからの成長を期待させる。自然に締まっているウエスト、キュっと上がっているヒップ、すらりと伸びる腕、そして曲線美という言葉を体現しているかのような脚。
更に頭脳明晰、運動神経抜群といった具合で、才色兼備もかくや、というほどである。

そんな彼女は中央街で定食屋を営む夫婦の一人娘であり、彼女とその店の名を知らない者はいない。今日もマリアは店の手伝いに精を出し、一人でホールを切り盛りする。

「ね、キミ可愛いね。仕事は何時まで?終わったら食事でもどうかな?」

時刻は19時少し手前。両親がキッチンから差し出す料理を両手に持ち、マリア次々と料理を運んでいた。
声をかけた男はなかなかの色男で、女遊びに慣れているような風体だった。清潔なシャツと嫌味のないアクセサリーを身につけ、ほどほどに伸びた髪もキチっとセットされている。
声をかけられたマリアは、それが聞こえていないような素振りで次々に料理を運び、新たに入ってきた客の注文を取っていった。

「俺さ、この街に着いたばかりなんだよね。だから、案内も兼ねてもらえると嬉しいんだけど?」

それでも男はめげずに声をかける。近場に座る客たちは、その口調や服装を見て「随分な遊び人だな」と囁き合う。この街に来たのも、きっと女遊びが過ぎた結果、逃げてきたのだろう。
そしてマリアの噂を聞きつけ、この店に足を運んだに違いない。食事や街の案内などとはよく言ったものだ、本当の目的はマリアをその毒牙にかけようと企んでいるのだ。

「ね、どうかな?絶対に損はさせな…」

「黙れカス」

「…損はさせないからさ、この街の案内を…」

「黙れってんだよ、その耳は飾りか?」

黙れ、と言われたのに話しかけ続けた彼に悪気はなかった。こういったナンパは押し引きのバランスが重要だ。経験上、それを疎かにすることは有り得ない。
黙れと言われれば黙るべき。そう分かっている彼がそれでもマリアに話しかけたのは、その言葉がマリアのものであると信じられなかったからだ。

「チャラ男について行って、私に何の得があるってんだ?
 この街のことを知りたいならテメェで歩き回って調べやがれ。
 百聞は一見にしかず、って言葉知らねぇのか?このロリコン野郎」

「な…!?このガキ……」

「そのガキに色目振りまいてんのは何処のどいつだボケ。
 大体、定食屋の看板娘に向かってメシに誘うってのはどういう了見だ?
 ウチより旨い料理を出す店なんかありゃしねぇよ、喩えそれが国王専属の料理人だろうが同じ事だ」

コメント(5)

店内に嘲笑と、「そりゃそうだ」という声があちらこちらで上がった。
他の客は見せ物を見てるような気分だろうが、赤っ恥をかかされた彼はそれどころではない。それらの視線にも腹を立て、テーブルを揺らし立ち上がった。
丸いテーブルに飾られていた一輪の花が花瓶ごと床に落ち、ガラスの割れる音が店内に静寂をもたらす。

次の瞬間、彼は股間を押さえて床に突っ伏していた。蒼白になったその顔を、マリアは容赦なく踏みつける。

「店の備品を壊すんじゃねぇよ」

そう言いながら彼の股間を強かに叩いた右手を拭い、ズボンのポケットから覗いていた財布を奪い取る。そして彼が注文した料理の代金と花代、花瓶代だけを抜き取り、財布を返した上で店の外に放り投げた。
固い地面に投げ出された彼は低く呻いたが、さっさと店の中に戻ってしまったマリアには聞こえない。
そしてマリアは今あったことなど無かったかのように、平然とした顔で店の手伝いを続ける。
慣れている他の客たちは、それぞれに視線だけのやり取りで叩き出された不埒な客を哀れみ、思い思いに注文した料理に舌鼓を打った。

マリア・マリアベルという少女を表現するのは、そう難しいことではない。たった一言、≪恐ろしい≫それだけで充分だ。

そんな≪恐ろしい女≫マリアだが、普通の生活をしているためにごくごく平凡な事件に巻き込まれたりする。
例を挙げるならば、毎日の店の買出しの帰り道に
風船を手放してしまって泣いている少女に出会ったり、

「手を放したのはお前だろ?泣いたって風船は戻ってきやしねぇよ、通行の邪魔だ、どけ」

狭い路地に連れ込まれる女性に助けを求められたり、

「そんな格好で出歩いてんのが悪い。一発ヤられてこい」

カツアゲされている少年を見掛けたり、

「おい、そいつ靴下に幾らか隠してるぜ」


ドォン!


「誰も動くんじゃねえぇぇぇ!」

バスジャックに偶然乗り合わせたり、だ。
犯人は二十歳くらいの青年で、キャップ帽をかぶり黒のTシャツにみすぼらしいジーンズ、紐の切れたスニーカーを履いている。
バスの先頭で車掌の頭部に拳銃を突きつけ、

「中央警察署に行け!」

要求を済ませると一番近くにいた老婆を人質に取った。

「いいか!俺の邪魔さえしなければ危害は加えない!
 警察に着いたらすぐに開放する、もうしばらく我慢して欲しい!」

青年は車掌の後頭部に銃口を向けながら叫んだ。乗り合わせた乗客は少なく、一番の被害者は車掌であることは疑いようがない。
少ない乗客は皆、しばらくの我慢だから、と口を噤んだ。

「断る」

ただ一人、マリアを除いて。

「誰だ!この状況が分かってねぇバカは!」

「私だ」

「げ!マリア…」

声の主がマリアであることを理解した青年は、一番奥の七人掛けのシートの真ん中で腕を組み、白いワンピースが湛えた清楚という恩恵を無駄にするように胡坐をかくその姿を見て怯んだ。
彼はマリアと同じ学校に通っていた幼馴染で、短い期間だが特別な関係だったので互いをよく知っている。

「よう。誰かと思えば…面白そうなことをしてるじゃないか、ピース・ピアニシモ。
 私にも一枚噛ませろよ」

「なんでここにマリアが?」

「買い物帰りだ。私しか買出しに行ける人間はいないんでな。
 できれば挽き肉が傷む前に家に帰りたい」

「なら先に家に寄って…」

「おいおい、その耳は飾りか、取っちまうぞ?
 私は“一枚噛ませろ”と言ったんだ。
 大体、お前が行き先を勝手に変更したせいで乗客全員が被害を被ってるんだぜ。
 挽き肉よりも先に傷みたくなかったら、さっさと何をしようとしているのか話せ」

青年、ピース・ピアニシモの表情は蒼白となり、他の乗客たちの顔はそれに輪を掛けて青白くなり、そして運転手は全てを諦めてヘラヘラと自分でもよくわからない笑みを浮かべる。
自分の目の前に正座させたピースから、胡坐をかいたまま事情を訊くマリアは徐々に口角を上げていった。

中央街の警察署は常時50名ほどの警察官が警備をしている。
警察署を囲む形で配置された彼らは警察官の中でも腕っ節の強い精鋭たちで、犯罪者の脱走やそれを手助けしようとする悪党を阻む。
警察署の造り自体も塀が高く、それはさながら刑務所のように外部からの眼を遮っていた。
門は南に正門があり、東西と北に一つずつ。北門は常に閉鎖されていて、特別な事情がない限りは開かれない。

その最上階にある署長室の主モーリス・モラトリアムはふんぞり返って昼食を摂っていた。
長い間権力をかさに着た生活を続けた彼は、多分に漏れず豚のように肥えていて、昼にはまだ時間があるというのに空腹に負けて分厚いステーキを口に運んでいた。
そんな彼の机の電話が喧しく騒ぎ立てる。
彼にとって至福の時間とも言える食事を妨害され、腹を立てながら受話器を取った。

「しょ、署長!大変です!」

「それは私の食事を邪魔するほどの用件なのかね?
 下らん話だったらキミの首をすっ飛ばすぞ!
 警備長と言えど代わりは幾らでもいるんだ!」

「早く、早くそこから!
 うわぁぁぁ!!駄目だ!総員退避!退避だ!!」

「おい!私の話を聞いているのか!?おい!!」

まったく、と忌々しく呟いてモーリスが受話器を置こうとしたその時、突如として警察署が揺れた。
その衝撃にモーリスは地震か?と疑った。だが、それにしては随分と揺れる時間が短い。
キン、と音を立てて皿から落ちたナイフを見遣り、1階に内線を繋いだ。

「おい、今の揺れは何だ?地震か?」

「………」

「おい、聞こえているだろう!応えないか!
 署長である私の命令が聞けないのか!?」

「聞こえてるよ、そうそうブヒブヒ喚くな」

「な!?貴様ァ…誰に口を利いているのかわかっているのか!?
 所属は何処だ!今日付けで懲戒免職にしてやる!」

「豚に名乗ることに意味はないな。
 それよりさっさと降りて来い。
 貴様に用のある人間がいるんだ、5分以内に来いよ」

「ふざけるな!何故私が出向かねばならん!そちらから来い!」

「そうか。後悔するなよ」

その一言を最後に電話はガチャリと切れた。
怒り心頭し禿げ上がった頭に血管を浮かべたモーリスは受話器を投げつけ、半分ほど残ったステーキを机から弾き飛ばした。

「何者か知らんが…
 この中央警察署長モーリス・モラトリアムに歯向かったことを後悔させてやる!」

投げつけた受話器を拾うことすら億劫になる体のモーリスは電話をハンズフリーに切り替え、警備訓練室に内線を繋ごうとしたが、


バツン


その瞬間に室内の灯りは全て消え、電話のディスプレイも光を失った。
停電か?とも思ったが、大張りの窓から見下ろす道路では信号機がしっかりとその任務を遂行していた。

「ぐ…おのれ……」

つまり、中央警察署の電力供給を何者かが断ったことになる。
誰がそんなことをしたのか?それは考えるまでもない。

「良い度胸だ…
 入ってきた瞬間に蜂の巣にしてくれる!」

モーリスはショットガンを手に持ち、机から弾丸をばら撒くようにして取り出すと、怒りに震える手で扉へと銃口を向けて構えた。
現在でこそ鈍重な体だが、現場に出たことがないわけではない。叩き上げというわけではないが、元々の銃の腕は悪くないのだ。そうでなければ署長の椅子に座ることはできない。

そして、不意にドアノブが音を立てたその瞬間、モーリスは扉に向けてショットガンをぶっ放した。
続けざまに二発、三発と打ち込む。ガァン!という炸裂音が部屋に反響し、薬莢が絨毯を焦がし、硝煙の匂いが立ち込めた。

「私を馬鹿にするからこういう目に遭うのだ、身の程知らずめが…
 さて、後始末はどうするか…
 死人に口無し。気狂いが部屋に侵入、私は正当防衛のためにショットガンンで応戦した…とするか」

木っ端微塵となった扉を見据えショットガンを放り投げたモーリスは弛んだ顎の肉を撫でながら独りごちた。

「死人に口無し、か。いい言葉だな」

澄んだ声にモーリスの手が止まった。再びショットガンを構え、扉を睨みつける。
一つしかない出入り口は吹き飛び、扉の分だけ見通しの良くなったそこにマリアは姿を現した。
ひしゃげたノブや扉の破片を避けて、ワンピースの裾を翻し堂々と立つ。

「貴様…たしかマリア・マリアベルと言ったか……」

「あぁ、そうだよ。中央警察署長様に覚えてもらえてるとは光栄だな」

「犯人は貴様か!」

モーリスはマリアの頭部に照準を合わせ叫ぶ。
自分のプライドと所有物である警察署を蹂躙した侵入者は排除しなければならない。

「違うな、犯人はこっちだ」

マリアが親指で示したそこから、ピースが顔を出した。
キャップ帽は脱ぎ捨て怒りと焦燥を浮かべた顔でモーリスを睨みつける。

「…?誰だ、貴様?」

「あんたは俺を知らない、それは当然のことだろうな…
 だがホープ・ピアニシモは知っているだろう!?
 3年前にあんたの汚職を掴み、スクープする直前に殺されたホープ・ピアニシモという記者に心当たりはないか、モーリス!!」

ピースはそう叫ぶとモーリスに銃を向けた。怒りからか、それともようやく辿り着いた興奮からか?その両方であるかもしれない。
銃を持つピースの手は震え、父親を殺された事実を口にしたことで溢れた出した感情が今にも堰を切ってその青い目から零れ落ちそうだった。
「知らんな」

だがピースの感情に反して、平坦な口調で返ってきた言葉は冷たかった。

「何を…!
 とぼけるな!3年前の冬だ、俺の親父を殺し…」

「知らんと言っているだろう。
 そこの小娘のような有名人ならばともかく、市民の一人一人まで覚えておけるわけがなかろうが。
 …用件はそれだけか?それだけのために私の手を煩わせたのか?
 まったく…これだから馬鹿どもは……」

ピースの言葉を遮ってモーリスは嘆息しつつ額に指を当てる。その様子を見てピースは崩れ落ちた。
父の死に不審を抱き、探偵の真似事をして調べ回った。そのために学校を退学し、僅かな蓄えをやりくりし、父の死で抜け殻のようになってしまった母を支えながら生きてきた。その母もつい三日前に息を引き取った。
やりたいことは沢山あった。知った顔が恋人を連れて街を歩き、友人同士で連れたって遊び歩いているのを見て羨むこともあった。
将来の夢を投げ捨て、苦しい生活に耐え、青春を代償にし、やっと辿り着いた真実。
しかし父の仇は、そのことすら知らないと言い放った。覚えていないのではなく、知らない。
モーリスはホープを葬ったことを、その存在すらほんの僅かも気に留めることはなかったという事実。

自分の懸けた時間と努力は何だったのか?ピースは目の前が真っ暗になり、全ての感覚が抜け落ちていくのを感じた。
がっくりと膝を着いたそこに涙が落ち、ジーンズの色を僅かに濃くする。

「さて…それでは死んでもらおう。
 扉の修繕費も請求させてもらうから、そのつもりでな」

モーリスがショットガンを構え直す。銃口はピタリとピースの項垂れた頭部へと照準を合わせた。
震えなど微塵もない。権力で錆付いた心は、不埒な侵入者を排除するために充分な力を持っている。

「死ね」

ドン!という音と共に放たれた弾丸はピースの頭部を肩ごと吹き飛ばした。
隣に立つマリアのワンピースに血の飛沫が彩りを加え、頬にも赤い斑点をつける。

「さて、次は貴様だな、マリア・マリアベル。
 美しい少女をこの手にかけるのは気が引けるが、まぁ仕方がないことだ」
 
「死人に口無し、って奴か?」

「その通りだ」

「果たしてどうかな?」

いつの間にかマリアの手には一冊の『本』が現れている。
手馴れた様子でページを破り取り、

「ネクロノミコン」

ピースの未だ痙攣している体へと落とした。
血が滲み、赤く染まっていくそれが何になるのか?どうせ何もできはしないと見切りをつけていたモーリスはそれを見つめた。

「さて、死人に口無し、だったか?これでどうだ?」

ガシャン、と銃が音を立てて机に落ちた。その音すらもモーリスの耳を素通りした。

「ピース、どんな気分だ?」

「いや、なんか…気持ち悪ぃ……
 吐きそうだ…けど、面白い顔した豚がいるな」

ジグジグと音を立て、【ネクロノミコン】のページからピースの体は復元した。
飛び散った血液はそのままに新たに体が創られ、死ぬ直前のピース・ピアニシモとしてその場に在る。

「お…おあぁぁぁぁ!!」

世間話をするかのような体でいた二人を見て、モーリスはショットガンを拾い上げた。
何が起きているのか分からない。吹き飛ばしてやったんだ、確かにあのガキの頭を吹き飛ばした!

「何なんだよこれはぁぁぁッ!!」

モーリスは歯をガチガチと鳴らしながら叫ぶ。一気に憔悴してしまったその顔は青白く、目は窪んで頬はこけたかのように引き攣っていた。
全身から大量の汗が噴出し、引鉄に当てた指がぬるりと滑る。

「目の前で見ただろうが。生き返った。それだけだ」

「そんなことがあってたまるか!!貴様はそんな…生き死にを自由にすることができるとでも言うのか!!?」

「あぁ?んなこと言ってねぇだろうが。
 テメェの眼は節穴か?抉っちまうぞ」

柔らかい絨毯が敷き詰められた室内にマリアは足を踏み入れる。
自然に、街中と変わらないその歩みはモーリスの恐怖を煽った。もう彼には何もかもがわからない。
全てが現実味を失い、確かであった何もかもが崩れ落ちていくような気がした。
マリアが近付いていく。既にショットガンに触れることのできる距離まで歩みを進めていた。
不意に、【ネクロノミコン】を持つ手と逆の手を持ち上げた。その手がモーリスの顔面にひたりと触れる。

「やめろぉぉぉッ!俺をどうする気だこの魔女がぁぁぁっ!!?」

反射的にショットガンで払い除け、照準を合わせることすらせずに引鉄を引いた。
無茶苦茶な体勢で撃ったせいで反動に負けて転がったが、至近距離であったためにマリアは確実に胴を吹き飛ばされる。
「喚くんじゃねぇよ、この豚野郎」

それが、マリアに着弾していたならば。
弾は【ネクロノミコン】に遮られ、触れたそこで『止まっていた』。

「私のネクロノミコンは全てを可能にするんだよ。全能の力だ。
 死者を生き返られることができるのに銃弾くらい止められねぇわけないだろうが」

倒れたモーリスの顔面近くにドスン、と足を下ろして見下す。
モーリスは言葉にならない声を上げながら、必死に逃げようとするが腕にも足にも力が入らない。恐怖のあまり失禁し、涙を流し、涎や鼻水なども垂れ流しになっている。

「チッ、根性のねぇ男だ。
 とりあえずこれでも喰え。飲み込め!」

マリアは半開きなったモーリスの口に【ネクロノミコン】の一ページを突っ込んで飲み込ませると、途端に興味を失って背を向けた。
その背後でモーリスは倒れ、机にガツンと頭をぶつけたが起きる気配はなかった。

「殺したのか?」

「馬鹿言うな、私を殺人犯にでも仕立て上げる気か?
 気を失っただけだ、肝っ玉の小せぇ男だな」

ぐい、と頬の血を拭い、マリアはピースの正面に立つ。

「お前の方がよっぽど肝が据わってるぜ、ピース。
 さすが、一人で警察署に突っ込む覚悟を決めただけのことはあるな」

「そりゃ、ありがとよ。それより、全能なんだろ、その本。
 だったら空飛ぶとかすれば一気にここに来れたんじゃないのか?」

「それは無理だ。ネクロノミコンは全能だが全知じゃない。
 私自身の知識や経験がないと何もできない。
 生き返らせるってのは知識じゃどうにもならないが…まぁ、あの時は無我夢中だったからな」

「あぁ、言い難いなら言わなくていいよ。あと、その髪…どうしたんだ?」

「あ?あぁ、こういうもんなんだよ、気にするな」

肩まであったマリアの髪は、うなじが露わになるほどに短くなっていた。

「ネクロノミコンは私の精神を具現化したもので、私自身だ。
 当然、欠損があれば私もその影響を受ける。こんなのは日常茶飯事だ、気にするな」

「勿体無いな、せっかくキレイな髪なのに…」

「髪は女の命だからな。
 命を削ってやったんだ、感謝しろよ」

「あぁ、ありがとう。本当に感謝しているよ。
 …それじゃ、頼む」

微笑んだピースに対して、マリアの表情は無かった。ただ淡々とライターを取り出し、ピースの手に火を点ける。
ピースの手はたちまちに燃え、それは一気に広がった。炎が全身を包み、黒くなっていく体。
やがて燃え尽きたそれは、元の形のまま立ち尽くす灰となった。マリアは軽く手で触れ、その灰を崩す。
柔らかに散ったそれを振り返らず、だが手に着いた灰を払い落とすこともせずにマリアはその場を立ち去った。


***


翌日、街はある話題で持ちきりだった。

「バスジャックされたバスが中央警察署に突っ込んだってよ」
「乗客は座席シートを無理やりひっぺがえしてクッションにしたらしいぜ」
「中央警察署のシステムは役に立たなかったんだってな。犯人が電力供給を最初に断ったとか」
「そんなことより署長のモーリスだ、いきなり自分の悪事を洗いざらい吐くなんて、何があったんだか」
「犯人は行方不明だってな…気軽に外歩けねぇなー」

「おら、ここは飯を食う所でダベるとこじゃねぇぞ!
 飯食わねぇんなら出て行きやがれ暇人ども!」

「あぁ、悪かった、悪かったよマリア。それよりまた髪切ったんだな、なかなか似合うぜ。
 …そう怒るなよ、美人の方が怒ったとき怖ぇんだから…ランチセットくれ、これでいいだろ」

「最初っから注文しやがれ」

フン、と鼻を鳴らしたマリアは伝票を持って調理場へと入っていき、

「父さん…またかよ、あれほど火の取り扱いには気をつけてくれって言ってるのに……
 母さんは大丈夫だな、くれぐれも気をつけてくれよ?」

【ネクロノミコン】を発現し、かつて失った両親を再生した時と同じように『再生』した。
美しい髪は今日もまた短くなり、空気に溶けるようにして消えていった。
【少女の本】を手にとっていただきありがとうございました。

無職だった頃に書いたこの作品は、モチベーションの低い作品です。
主人公のマリア以外は全てがモブキャラと言って良いでしょう。

作品にとって最も大切な、テーマがこの作品にはありません。

端的に言って薄っぺらい。そしてそれを補うだけの力が今のヨコヲにはない。
だから、とにかく読み手に優しい作品を、と心がけました。
文章量、表現、描写、改行から句読点に至るまで、薄いからこそまとめ上げて整った作品にしよう、と。

特別なことではありません。むしろこれができない人はいません。

ただ、それを意識して行うということ。確認しながら描写と表現を形作るという作業はとても楽しかった。
文章を書くということの楽しさと、自分の姿勢を再確認できた。

ネズミさんありがとう。
それまでの仕事の苦痛と、それから解放され、時間の余る環境に浸かってしまっていた俺を戒めることができました。

それから、アンケート方法や感想等、全力で協力したムトウさんをはじめ、皆さんありがとうございました。
成長しないなら人間として死んだと同然なので、次回はもっと良いものを書いて皆さんを唸らせます。

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