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【S.S.G特設会場】コミュの【コレクション9『天秤の乙女』】

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ノコギリを用意するべきだった。それが人間をバラした感想。

料理の一つもしないくせに、包丁一つで人間を解体しようなんて、まったく考えが甘かった。それでも家中探した結果、それが一番鋭利で大きな刃物だったのだから仕方がない。間違いない選択だと思ったのだ。
実際に彼女の首に当てて力を込めたら、まるでプリンをスプーンで掬うみたいに、抵抗もなく肌に埋まって内部へと侵入していった。あまりの手ごたえの無さに背筋を冷たいものが駆け上がる。うら若き乙女の柔らかい肉体を切り分けることも、温かい鮮血を浴びることも、刺激にどうにかなっていた脳にはえもいえぬ感覚だった。イクラを潰すのに似た頼りない音が、指先を伝い耳に届く感触には気が狂いそうだ。いや、狂っているのだろう。
これなら作業は楽に進むと思ったけれど、切断する段階になるとそうもいかない。刃が骨を断てないのだ。首を刺したら途端に死ぬと思っていたのに、彼女は苦しそうにうめき声を上げて一向に息絶えない。見開かれて飛び出してしまいそうな眼が恐ろしい。切り口から流れ出て、あっという間に床を真っ赤なカーペットに変えてしまった血溜まりに、もはや声を上げて笑うことしかできない。彼女の途切れることのない悲鳴と、自分の笑い声が二重奏を奏でる。
「切り落とせない! 切り落とせない!」
半狂乱になり、逆手に握った道具を何度振り下ろしても、何度突き立てても、最後の一本でどうしても上下に分かれてくれない。周りの肉を念入りに切り分けて、露出した白い骨は体重を乗せた踵で踏みつけ、へし折るしかなかった。

その感触を忘れることはないだろう。

この村でバラバラ殺人事件の被害者が発見されてちょうど一年。バラバラとはいっても身体に損傷はなかった。ただ、いくら探しても頭部が発見されず、犯人が捕まっていないこともあり、事件はその異常性と謎を強調されることとなる。
真相は闇の中、それでも明確なこともある。被害者は地元の高校の制服を纏っていた為、首の無い胴体から人物がすぐに特定されたのだ。
被害者の名は小松乙女(こまつ おとめ)、15歳の少女だった。

 ■開幕『帰郷』
最高気温38度。バス停の屋根付きベンチで男が陽を避けていた。その膝には一抱え程の箱が乗せられている。
「あっしは案外と夏が嫌いじゃアないですね。体が生まれ変わるっていうか、鍛錬の季節ってェ言いますかね…」
言いながらも、暑さに溶けかけている男がベンチから腰を上げる様子は無い。
「ただこう暑くちゃア、ジジババ共がたくさんおっ死んじまう。それが心配なんでさア。…ああ、でもねェ、若い娘の露出が多くなる、そいつはたまりませんがね」
独り言を続ける陰気な風貌の男は、「キヒヒ…」と下品に含み笑った。通り過ぎていった女学生たちは口々にその気味の悪さを侮蔑する。
「なんですって? …ああ、その心配は徒労ってもンでさ。今回の見世物の主役はねェ、お嬢以外にはありえませんよ」
病的に目つきの悪いその男の名は、椿丸侘助(つばきまる わびすけ)。箱と会話をする男。

 ■第ニ幕『小松乙女』
幸村真一(ゆきむら しんいち)はスタンド使いである。彼は超常の力を持って、誰に指示されるでもなく自分の信念に従い、『そうでない者を脅かす異能者』を、独自の判断で討ち倒す日々を送っている。いわば正義の味方である。
真一は、去年の夏に首無しで発見された小松乙女の墓参りに訪れていた。剣術の師範代である彼は、道場の移動に伴い都会へと引っ越していた為、墓参りは里帰りを兼ねることになる。彼の他に乙女の墓の前で手を合わせているのは、彼女の両親だ。
「先生、わざわざ遠い所からおいでくださって、娘も喜んでいると思います」
一年が経過しても両親の心に安らぎが訪れることは無い。乙女を無残にも殺した犯人は捕まっておらず、その双子の妹、八重(やえ)までもが消息を断ったままなのだから。
「八重さんが一刻も早く帰ることを、心よりお祈り申し上げます」
真一と八重の間に面識は無いが、姉に瓜二つで演劇部に所属していることを、乙女から聞かされていた。
「不思議な双子でしてね、姉が病気で寝込んだ時は妹がテストで良い点数を取ったり、妹が不調な時は姉が陸上で良い記録を出したり、まるで天秤みたいな関係でした。それでよく、お互いに相手の健康を恨むような喧嘩ばかりしていたものですから、仲が良かったのか悪かったのか……」
そんな双子が同時にいなくなったことに、両親が何か因果的なものを感じているのは当然のことなのかもしれない。
「生真面目だった乙女さんがふざけ合えるのですから、それは仲が良かったのでしょう」
真一と乙女は恋仲であった。しかし彼は指導者的立場であり、乙女は学生であったがゆえ、その逢瀬は両親にすら内密に行われていた。

コメント(5)

離れて一年目の故郷は何一つ変わらない。ただ、何所を歩いても今は無き恋人との思い出が蘇る。彼女が彼の道場に出入りするようになってからは、師弟関係を理由に行動範囲も広がった。誰かに見付からないかと緊張している歳相応のうろたえた表情や、対照的に剣を振るう時の凛とした眼差しも。頭の先から爪先まで品性の通った、今時珍しいくらいに立ち振る舞いの美しい少女だった。
真一は懐かしさに押され、乙女と出会った中学へと足を運んだ。夏休みの校舎は夕刻を過ぎると閑散としていた。校庭で練習をしている部活動も、ボールを終えなくなる前に撤収を開始した様子だ。
「お久しぶりです」
「おお、先生。元気にしてたかい?」
校庭に設置された道場の鍵を借りるため、顔馴染みの用務員に挨拶をする。暇を持て余していた独身男は話し相手の登場に気色ばむ。真一の近況などを駆け足に尋ねると、最近村に現れた気味の悪い男の話を始めた。
「どんな風に気味が悪いんです?」
「それがよ、何に使うのか分からない、そう、こんくらいのヘンテコな箱を持ち歩いてんだと」
「ああ、その人なら僕も見かけましたよ、停留所で。暑さにやられているようでした。声をかけたんですけどね、平気だと言っていたので」
「あんなもんはボールか人の首くらいしか入らんゆうて、生徒達が噂してんのよ」
それは暗に首の見付かっていない小松乙女を指しているのだろう。しかしそんなはずは無い。人間の首が一年もの間原型を保っているはずがないのだから。それでも尚、腐って溶けた生首を大切に持ち歩いてる人間がいるとするならば、あまりにも具合の悪い話だ。
「得体の知れない物を子供達は、すぐ都市伝説にしたがりますからね。警察が職質をかけて箱を開けさせれば、杞憂に終わるんじゃないかな?」
「それがよ、警察は見かけるなりとっ捕まえたらしいんだわ、あの顔は犯罪者に違いねえってな」
「それは……、あまりに横暴ではないですか?」
真一は少しだけ箱の男に同情した。
「けっきょく、中身は空っぽだったんだと」
確かにあの箱は目立っていたし、悪評を流されても仕方の無い、気味の悪い笑顔を貼り付けた男ではあったが、もし彼の箱にやましい物が入っているなら、昼間から人目に付く場所をうろついたりはしないだろう。
「何故、空の箱なんかを持ち歩いているのだろう?」
真相を聞いた真一の頭の中には、一つの疑問が浮かんでいた。

やっとのことで長話から開放され、真一は道場へと移動する。そこは去年まで生徒達に剣道を教えに来ていた場所だ。そのとき出会った、やけに勘のいい女生徒が小松乙女だった。
正座をして上座に礼をすると、しばしの黙祷。立ち上がり、打込み練習用の人形へと向き合う。
「【ブレイド】」
脱力した左腕から降りてきたように、真一の掌から刀の柄が生えた。それを右手で掴んで一気に引き抜く。一閃したのは一振りの刀。練習用の人形が鉄製の台ごと両断され、床に転がっていた。真一が抜いた刀は、まるで豆腐でも斬るように音も無く人形を通り抜けた。それこそが彼の持つスタンド能力。【ブレイド】は対象の硬度を無視し、全てを切断する刀なのだ。
実物の刀を納めるのと同じ所作で、掌に【ブレイド】を納刀していく。動作が終わると、真一はまるで糸が切れたようにその場に蹲った。床を数的の水が打つ。何度も頬を拭う。けれど嗚咽が漏れ、ついには涙を止めることを諦めた。恋人が無残な遺体となって発見されてから一年、穏やかでいられないのは彼女の両親だけではない。
「乙女……ッ」
それは失った恋人への強い愛執を含んだ溜息のような、宛の無い呼びかけだ。その一方通行のはずの呼び掛けに、無いはずの返事が帰ってくる。
「先生」
それは感傷ゆえの幻聴か、聞き馴染んだあの少女の声。真一は弾かれるように振り返った。
「どうして泣いているのですか…、哀しいのですか? どこかを、痛めたのですか?」それとも……。
そこには紛れも無く、最後に見た夏服姿の小松乙女が立っていた。

 ■第三幕『小松八重』
待ってくれ、これはいったいどういうことだ……? ついに自分は頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「…いったい、今までどこで、何をしていたんだ?」
真一は半信半疑のまま、優先すべき質問を投げかける。もしかしたら双子の妹、八重が悪戯に姉の振りをしているのではないか? そう疑いながら、「もしも彼女が本当に生きていたなら」そんな期待をしてしまう。
「家出です。私の子供じみた行動で心配をさせてしまい、大変ご迷惑をおかけしました」
「家出だって? 事件のことは……、君は殺人事件の被害者ということになっているんだぞ!」
「知っていますが、それは何かの行き違いではないでしょうか。現に私はこうして目の前にいるのですから」
「ならば被害者はいったい誰なんだ? 君は犯人を知っているのか?」
最も重要なのはそこだ、乙女か、八重か、それとも他の誰かか、
「そんなことは、どうだっていいじゃないですか。私は見ての通り生きています。私が誰かに殺された、もしもそれが事実なら、先生には心当たりがあるのではないですか? それを解明することに意味があるのならば言及するべきだと思いますが、今となってはそれは無意味です」
乙女の手にはいつの間にか日本刀が握られていた。それを手にした素振りは無かったし、此処にそんな物は無いはずだ。それはまるで真一の【ブレイド】のように、突然姿を現した。
「真剣勝負です。先生が勝ったなら、私は全ての真相をお話します。ただし、私が勝った場合は、そのまま先生の命を頂戴します」
「命を頂戴しますか……」
能力を悪用するスタンド使いを真一が退治しだしたのは、乙女の死が『能力に愉悦を感じるスタンド使い』による犯行だと、疑った背景があるからだ。いわば恋人の仇討ち的な側面もある。その為の【ブレイド】に対し、いま彼女が真剣での勝負を挑んでいる。
「つまりは、全てを知るチャンスな訳だな」
真一は【ブレイド】を構える。相手のそれは実物の刀のようだ、比べて【ブレイド】は振れたもの全てを断つ剣。対等な勝負ではない。それでも、腕前を見れば彼女が本人かどうか、師匠の自分には判る自信がある。そして、構えを見た瞬間には、彼女が乙女でないことを見破っていた。
「君は、八重さんだね?」
「チッ、さすがに勉強不足か…」
正体を看破されたことに開き直ったのか、八重は乙女を真似ることを止めた。同じ顔、同じ体格とはいえ、武道の修練を積んで美しい所作の身に付いた姉を、よくもここまで真似たものだ。演劇部の面目躍如といったところか。
「ついでに質問にも答えてやるぜ。姉貴の首を切り落としたのは、このあたしだ!」
言うと同時に斬りかかる。妙だ、真一は訝っていた。妹の八重とは会った事がないが、ここまでイカレた少女だなんて印象は無い。
「何故だ! 何故、お姉さんを殺した!」
そんなにまで姉を憎んでいたのか? 姉が死ねば自分に何か幸運なことが起きると錯覚でもしたのか?
「てめーには言っても無駄だね! とりあえず姉貴と揃いで首、飛ばしとけッ!!」
八重の剣捌きに姉のように神懸った鋭さは無かったが、センスはあるのだろう。立て続けに斬りつけてくるそれを、ただ避わし続けることは不可能だ。真一は覚悟を決める。八重はスタンド能力を得たせいで特権意識を持ち、人の命を弄ぶ、悪のスタンド使いに堕ちたのだ。
「ならばお前は、痛みを知る必要がある!!」
【ブレイド】を振り上げる。八重が刀を振り下ろすより早く凪いだそれは、彼女の右腕を肩口からいとも容易く切断した。
「アァァァッ!! 畜生がッ!! 侘助ぇぇぇッ!!」
勢いよく打ち上げられた八重の腕が空中に溶けて消えた。
「お呼びですかい?」
道場に上がってきたのは、停留所で見かけた男。手には今朝と同じく箱が抱えられている。
「始めまして先生。あっしは椿丸侘助。ケチなチンピラですが、どうぞお見知りおきを」
『その男の抱えている箱には、首が入っている』姉の首を切り落としたという八重、連れ立って現れた箱の男に、用務員が言っていた言葉が鮮烈に現実味を帯びる。
「お前もスタンド使いか…、俺に何の用だ?」
「いえね、先生はその斬れない物は何もねェってご大層なお力で、あっしら悪党を退治して回ってるってェ聞いたもンでして」
「誰かの仇討ちか?」
「ええ、そんなところで……へへ。とは言っても、正直そっちは彼女らの用件で、あっしは単純に先生自身を見てみたくて参上した次第」
「悪党が俺の前に立てば、ただでは済まんぞ」
「人間のことを善人だとか、悪人だとか、そんな風に区別するのは馬鹿げたことですよ。人というのは魅力があるか、さもなければ退屈か、そのいずれかですからね」
「どけ、侘び助!」八重が口を挟んだ。「そのゴミクズ、細切れにして校舎裏の畑に撒いてやる」
致命傷を与えたはずの女が変わりない調子で会話に割り込んでくる。根元から切り落とした腕が、いつの間にか再生していた。「……!?」不測の事態に真一は身構え、今にも喰らい付きそうな八重を侘助が引き止める。
「落ち着いてくだせェ、今回の主役はお嬢じゃアねェ」
「クッ…、解ってるさ!!」
不満を訴えながらも、八重は素直に引き下がった。
「さあ、感動の再開といきやしょうか」
侘助が抱えている箱の蓋を剥がす。真一は息を飲んだ。空っぽのはずの箱には、腐食しているどころか汚れ一つ無い綺麗な状態の『生首』が収められていたのだ。
『小松乙女の生首』が、
「あはははっ! あとは姉貴とヨロシク殺ってくれ!」
八重の姿が足元から空中に溶けるように消える。そして代わりとばかりに、侘助は箱から取り出した乙女の首を床に置いた。
「手品でも始まったみてェですかい? ええ、お約束ですが、こいつには種も仕掛けもございやせん。……お嬢、行けますかい?」
真一は薄ら寒さに背筋が凍った。声が聞えたのだ、地面に置かれた生首が、「行けます」と答えた。そして音も無く首が持ち上がっていく。地面から体が生えてくるように首を持ち上げ、それは生首ではなく一揃いの人間になる。
「先生、ご無沙汰しております」
八重の打ち付ける面のような強さとは違う、貫くような点の眼の強さ。そこには確かにあの日の小松乙女が存在していた。「椿丸さん、剣を」彼女の言葉に応えて、八重の時と同様、何も無い空中に刀が出現する。

 ■第四幕『箱の中身』
「乙女、なのか……?」
言葉が口を付いたが、真一はそれを信じない。乙女も八重も存在しない。全てはこの男の仕業だ、殺された恋人の幻覚でこちらの動揺を誘っているのだろう。八重が消えたのも、斬った腕が再生したのも、全てはこの男の能力による幻覚に違いない。
「真剣勝負を」
「姑息な真似を、俺はそんなことでうろたえたりはしない。何度でも返り討ちにしてやる」真一は構えた。目の前の乙女が幻覚かあるいはスタンドの化けた姿か、どちらかで対応も随分と変わってくる。スタンド能力を暴かなければ、相手のペースは崩せない。
刹那、真一の体から冷たい汗が噴き出した。ありえないことに、目の前の剣士の構えは完璧で付け入る隙を見つけられなかったからだ。一歩でも進めば斬られる、一歩下がっても斬られる。身じろぎ一つせず均衡を保つことだけが、唯一許された防御行動だった。だからといって負けた訳ではない。相手が先に動いたなら、勝利は我が手に転がり込む。突然それほどの域に場を引き上げられたのだ。
この極限の緊張を、過去に数度味わったことがある。いずれも相手は小松乙女だった。忘れていた。そして再び思い知らされた、彼女の恐ろしいまでの天賦の才。しかし動揺に集中を解く訳にはいかない。箱の男がケタケタと薄気味悪く笑う、それはこちらの心中を見通しているようだ。真一はそれに臆さず、逆に自分を奮い立たせる為の材料へと変換した。
突き動かされるようにして、真一が先に床を蹴った。硬直による我慢比べの虚をついたとは言えない、この距離ではどう切り込んでも足りない。剣を振りきった真一の肩口を狙って、後の先を取る乙女。しかし勝利を手にしたのは乙女ではなく、真一の方だった。真一の初手は踏み込みが足りない。だがそれで良かったのだ。彼の狙いは乙女自身ではなく、その刀だった。乙女の実力を鑑みればその選択肢は無い。だが真一の刀は全てを断つ剣、触れただけの乙女の刀が中ほどから二つに断たれる。距離感を誤った相手を迎え撃つはずだった武器を破壊された乙女。しかし彼女に下がる道は無い、退けば出来た間合いに付け込まれる。前に出た所ですでに武器は無い。真一は下がる動作で振り下ろした剣を切り上げ、少女の胴を斜めに薙いだ。真っ二つになった乙女は、八重のようにその場から消滅した。
「勝った……ッ!!」
その勝ち名乗りが勝負の熾烈さを物語る。そして勝負を制したはずの真一は崩れ落ち、夥しい量の血が流れ出る腹を押さえていた。半分になった刀で、乙女はほとんど互角の傷を真一に負わせていたのだ。
「さすがお嬢、まさかあそこから前に出て『対の先』を取るとはね。先生、条件が同じだったら完全にあんたの負けでしたぜ」
剣を断つという凡そありえないことが実現できなければ、真一は切り込むことすら出来なかった。そして最後に踏み込んできた乙女は、すでに下がる動作を済ませていた彼の間合いを完全に外していた為、通常の刀では絶対に斬れない距離だった。それを両断できたのは、触れた物すべてを断つ【ブレイド】の能力によるものだ。優劣は明らかだった。
「貴様…目的は、なん…だ…?」
「へェ、あっしの【ブラックボックス】は四次元ポケットでね。中にしまった物を新鮮に保存できるんでさ」八重も乙女もその中に保存してある。「趣味でスタンド使いを捕まえちゃア、そん中にコレクションしてるンですが、拘りが二つありまして、一つは人殺しであること、二つ目は九人以上は集めない」
「…何故だ?」
「単に九って数字が好きなんで。いいスタンド使いに出会ったら、一人解放して、入れ替えるって寸法でさア」
「そのコレクションに加える為に…、俺を試したんだな…?」
「ええ、さいですとも」
一時の猶予も無い。何とかこの男をやり過ごすか倒すかして、傷の治療をしなくては死んでしまう。同時に、この男に見染められて保存状態にされれば、急場を凌げるのではないかという考えにも到った。
「乙女を倒した俺を、お前のコレクションに加えるんだな?!」
「運命とは、最も相応しい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ、ってね」真一の首が宙を舞った。「先生、あんたは退屈すぎらア」
侘助が【ブラックボックス】から新たに取り出した刀で、真一の首を叩き落としていた。慣れたで片付けるには、あまりにも鮮やかな一刀。
「自分より弱い剣士はいらねェわな、キヒャハハハ!!」
用は済んだとばかりに侘助は手ぶらでその場を立ち去った。
暗く静まり返った道場に転がる、腹を割かれ首を失った幸村真一の胴体。その横には、彼の首を詰めた箱が添えられていた。

空の箱を持ち歩いてる理由は一つ、これから何かを入れる為に決まっている。

 ■終幕『天秤の行方』
停留所では小松八重がバスの到着を待っていた。裾を翻しスカートの中に風を送り込んだりしながら、どうにか暑さを凌ごうとしている。その後ろには、ベンチに項垂れてピクリとも動かない侘助がいた。
「あっしはね、こう見えて夏は嫌いじゃアないですねェ……」
「説得力ねーぞ」
「偽りありやせんって」
侘助は体を傾け、八重の尻を覗き込もうとしていた。
「ったく、ぜんっぜんバス来ねーな」
目的を遂げた八重と、異空間に保存された乙女の首は、侘助に付いて故郷を離れることにした。今更姿を現す訳にはいかないし、夏休みの道場をいつ誰が使うかは分からないが、大騒ぎになる前に姿を眩ましておきたい。
「この暑さじゃア、ナマモノの足は速いに違ェねえ、早く発見されるといいんですがねェ」
「想像したくもねえ……」
剣術に絶対の自信を持つ男がいた。その男は指導に出向いた学校で逸材と出会う。その少女は男の道場に通うようになり、凄まじい速度で技を吸収していった。八重は詳しいことは知らされていないが、姉が精神的な危機に瀕していることは肌で感じていたし、何とかしなくてはと思ったときには手遅れだった。
幸村真一の辞書を引けば、立場を脅かす少女を妊娠させ剣術から遠ざけたことは『愛』と、道場を都会へと進出させるのに邪魔だった子供を中絶させたことは『事故』と、自分の突出した力を堪能する為の殺しは『正義』と記されている。後悔どころか疑問に至りさえもしない。それこそが誰からも好かれた、彼という人間なのだ。
「頭がオカシクなった乙女を殺すの、超しんどかったんだ」
どうしようもなかった。ほっておいたら自ら命を断ってしまうだろう姉を正気に戻す方法は、双子の共有するスタンド【バランス】と、侘助の【ブラックボックス】の力を合わせる以外には思いつかなかったのだ。
「普通それを実行には移さねェ」
「でもさ、元気な乙女にはもう二度と会えない。それは少し寂しいけどな」
侘助が好んで集める能力者は常に訳ありだ。その訳を爆発させる時を彼は楽しむ。
「あたしら、もう最大のイベントは終わっちまったけど、これからも面倒みてもらっていいのか?」
彼に頼らなければ姉の首の鮮度を保つことは出来ない。
「お嬢達はあっしのお気に入りなもんで、簡単に手放しゃしませんよ。芝居もなかなかでしたが、あの箱の使い方、あれは最高にエゲツねェ」
能力も気に入っていたが、物語を楽しむことを至上の悦びとする侘助にとって、演劇の作演出を学んでいた八重の演出癖は御誂え向きの才能だ。
「とにかく、手ぇ借りちまって悪かったな」
「気にすることはありやせん。あっしは面白いもんが見れれば、そいつが最上なんで」
バスが来たので侘助は重い腰を上げた。

「人がありのままの姿で語る時、その本音とは遥か遠いところにいる。仮面を与えよ、人は真実を語るだろう…、てねェ」

今日もいつものように、次はどの箱を開けようか、そんな事を考えていた。


コレクション9『天秤の乙女』 END

 ■カーテンコール『能力者紹介』
・椿丸侘助(つばきまる わびすけ)
能力名は【ブラックボックス】、異空間への扉を自由に開くことが出来る。空間内の時間は止まっており、そこに仕舞った物は永久に風化することは無い。

・小松八重、小松乙女(こまつ やえ、こまつ おとめ)
【バランス】はマイナスをゼロにするスタンド能力である。二人で共有している為、片方の力が落ちているときはもう片方に還元されていた。片方が死んだことで一人分の力がまるまる浮いた為、八重はそれで乙女の体を補っている。八重の意識が存在しないとき、乙女の意識も補われる為、二人同時に存在することができない。よって、乙女の再現には侘助の協力が不可欠である。

・幸村真一(ゆきむら しんいち)
【ブレイド】が触れたものはそれが何であろうと全て切断される。本体の技量と合わせて防御不可能な攻撃は、シンプルでありながら非常に強力だ。
始めに決まったのは『復讐劇』であることと【バランス】の能力。ロクブルが漫画を描くなら女の子を描かせないと勿体無いので、主人公は姉妹に。あと漫画を想定してジャンルと起承転結の明確な構成、魅せ絵を作りやすいようにも配慮しています。せっかく労力を使うのだから、ロクブルが外で宣材に使えるように二次色を極力排除。
姉妹の設定は能力に合わせた物に。復讐は計画的であるべきなので、シナリオ(計画)がある時点で八重は演出の才能を持つことに、乙女は殺陣(役者)の才能があることに決まります。この物語は復讐『劇』となり、そこで『観客』という発想に繋がり、観客の目的は楽しむことだと、侘助のキャラクターが産まれたわけです。復讐は『善悪の所在が曖昧』なので、それを仕掛けにして消化不足や物足りなさを無くし、謎を残しつつ、厚みのある作品に仕上がったのではないかと思います。

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