ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

名作を読みませんかコミュのジャン・クリストフ  ロマン・ロラン  268

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 ジョルジュはコレットのもとを去ると、同情の念に駆られてクリストフのところへ舞いもどった。

 彼は前々からコレットの不謹慎な言葉によって、グラチアがクリストフの心中のいかなる地位を占めてるかを知っていたし、時とすると――(青年は敬意を欠きがちなものである)――それを面白がることもあった。

 しかし今彼は、かかる死亡がクリストフに起こさせるべき悲しみをひどく痛切に感じたのだった。

 そして彼のところへ駆けつけて行き、彼を抱擁し彼に同情したかった。

 彼の情熱の激しさを知ってただけになおさら――先刻彼が示した静平さに不安の念をいだかせられた。

 ジョルジュは呼鈴を鳴らした。

 何にも物の動く気配がなかった。

 彼はまた呼鈴を鳴らして、クリストフとの間に約束してる特別の仕方で扉《とびら》をたたいた。

 肱掛椅子《ひじかけいす》の動く音がして、ゆるやかな重々しい足音の近づくのが聞こえた。

 クリストフは扉を開いた。

 その顔はあまりに落ち着いていたので、彼の腕の中へ飛び込むつもりだったジョルジュは立ち止まった。

 どう言ってよいかわからなかった。

 クリストフは穏やかに尋ねた。

 「君だったのか。何か忘れ物でもしたのかい。」

 ジョルジュはまごついてつぶやいた。

 「ええ。」

 「はいりたまえ。」

 クリストフはジョルジュが来る前からすわっていた肱掛椅子《ひじかけいす》のところへ行ってまたすわった。

 窓ぎわで椅子の背に頭をもたせて、正面の屋根並みや夕映えの空をながめた。

 ジョルジュには構わなかった。

 ジョルジュはテーブルの上に物を捜すようなふうをしながら、ひそかにクリストフのほうを見やった。

 クリストフの顔は静まり返っていた。

 夕陽《ゆうひ》の反映が頬《ほお》の上部と額の一部とを照らしていた。

 ジョルジュは物を捜しつづけるようなふうで、隣の室――寝室――へはいっていった。

 先刻クリストフが手紙をもって閉じこもった室だった。

 手紙はまだそこに、身体の形が残ってる敷き放しの寝床の上にあった。

 床《ゆか》の敷物の上には一冊の書物が落ちていた。

 開かれたままでそのページが一枚皺《しわ》くちゃになっていた。

 それを拾い上げてみると、福音書であって、マグダラのマリアと園を守る人との邂逅《かいこう》のところだった。

 彼はまた元の室にもどってき、様子を作るため二、三の物をあちこちへ動かし、身動きもしないでいるクリストフのほうをふたたびながめた。

 自分がいかに同情してるかを告げたかった。

 しかしクリストフがいかにも晴れやかな顔をしてるので、彼はどんな言葉もみなそぐわないのを感じた。

 彼自身のほうがむしろ慰安を求めてるほどだった。

 彼はおずおずと言った。

 「もう帰ります。」

 クリストフは振り向きもしないで言った。

 「ではまた。」

 ジョルジュは外に出て、音のしないように扉《とびら》を閉めた。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

名作を読みませんか 更新情報

名作を読みませんかのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング