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名作を読みませんかコミュの「桜の園」  チェーホフ  8

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ラネーフスカヤ ご苦労さん、ヤーシャ。
        それにわたし、なんだってお午《ひる》なんか食べに行ったんだろう。
        あなたご推奨のあのちゃちなレストラン。
        音楽つきだかなんだか知らないけれど、
        テーブル・クロスがシャボンくさかったわ。

        おまけに、なぜあんなに沢山のむことがあるの、ええリョーニャ?
        なぜ、あんなにどっさり食べたり、しゃべり散らしたりすることがあるの?
        今日もあのレストランで、あんたは散々またおしゃべりをして、
        それがみんな、とんちんかんだったじゃないの。

        七〇年代がどうしたの、デカダンがどうのって。
        しかも相手は誰だったの?
        給仕をつかまえて、デカダン論をなさるなんて!

ロパーヒン   なるほど。

ガーエフ    (片手を振って)
        わたしのあの癖は、とても直らんよ。
        とても駄目だ……。
        (癇癪《かんしゃく》まぎれにヤーシャに)
        なんという奴《やつ》だ、しょっちゅう人の前をちらちらしおって……

ヤーシャ    (笑う)
        わたしゃ、旦那《だんな》の声をきくと、つい笑いたくなるんで。

ガーエフ    (妹に)
        わたしが出てくか、それともこいつが……

ラネーフスカヤ あっちへおいで、ヤーシャ、さ早く……

ヤーシャ    (ラネーフスカヤ夫人に巾着をわたす)
        ただ今まいります。
        (やっと噴きだすのをこらえて)
        はい、ただ今……(退場)

ロパーヒン   お宅の領地は、金満家のデリガーノフが買おうとしています。
        競売当日は、大将自身が出馬するという話です。

ラネーフスカヤ どこでお聞きになって?

ロパーヒン   町で、もっぱらの評判です。

ガーエフ    ヤロスラーヴリの伯母さんから、送ってよこす約束なんだが、
        いつ幾ら送ってくれるつもりか、それがわからん……

ロパーヒン   幾ら送ってよこされるでしょうかな?
        十万?
        それとも二十万?

ラネーフスカヤ そうね……。
        一万か、せいぜい一万五千、それで恩にきせられて。

ロパーヒン   失礼ですが、あなたがたのような無分別な、世事にうとい、
        奇怪千万な人間にゃ、まだお目にかかったことがありません。
        ちゃんとロシア語で、お宅の領地が売りに出ていると申しあげているのに、
        どうもおわかりにならんようだ。

ラネーフスカヤ 一体どうしろと仰《おっ》しゃるの?
        教えてちょうだい、どうすればいいの?

ロパーヒン   だから毎日、お教えしてるじゃありませんか。
        毎日毎日、ひとつ事ばかり申しあげていますよ。
        桜の園も、宅地も何も、別荘地として貸しに出さなければならん、
        それを今すぐ、一刻も早くしなければならん。
        競売はつい鼻の先へ迫っている、とね!

        いいですか!
        別荘にするという最後の肚をきめさえすれば、
        金は幾らでも出す人があります、それであなたがたは安泰なんです。

ラネーフスカヤ 別荘、別荘客。
        俗悪だわねえ、失礼だけど。

ガーエフ    わたしも全然同感だ。

ロパーヒン   わたしはワァッと泣きだすか、どなりだすか、それとも卒倒するかだ。
        とても堪《たま》らん!
        あなたがたのおかげで、くたくたです!
        (ガーエフに)
        あなたは婆《ばば》あだ、まるで!

ガーエフ    なんとね?

ロパーヒン   婆あですよ! (行こうとする)

ラネーフスカヤ (おびえて)
        いいえ、行かないでちょうだい。
        ここにいて、ねえ。
        後生だから。
        何か考えつくかもしれないもの!

ロパーヒン   今さら、なんの考えることが!

ラネーフスカヤ 行かないで、お願い。
        あなたがいると、とにかく気がまぎれるわ。

        (間)

        わたし、しょっちゅう、何かあるような気がしているの。
        今にもわたしたちの頭の上に、家《うち》がどさりと崩れてきでもしそうな。

ガーエフ    (沈思のていで)
        空《から》クッションで隅《すみ》へ。
        ひねって真ん中へ……

ラネーフスカヤ わたしたち、神さまの前に、あんまり罪を作りすぎたのよ……

ロパーヒン   なんです、罪だなんて……

ガーエフ    (氷砂糖を口に入れて)
        世間じゃ、わたしが全財産を、
        氷砂糖でしゃぶりつくしたと言っているよ……(笑う)

ラネーフスカヤ ああ、わたし罪ぶかい女だわ。
        まるで気ちがいみたいに、方図もなくお金を使いまわす癖がある上に、
        借金するほか能のない男にとついだんです。
        その夫は、シャンパンがもとで死にました、
        お酒に目のない人でしたからね。

        そのうえまた不幸なことに、
        わたしはほかの男を恋して、一緒になったの。
        すると、ちょうどその時、
        これが最初の天罰で、真っ向からぐさりと来たのが、
        ほら、あすこの川で、坊やが溺《おぼ》れ死んだことでした。

        そこでわたしは、外国へ発《た》ったの。
        発ちっぱなしで、もう二度と帰ってはこまい、
        あの川も見まい、とおもってね。
        わたしが眼《め》をつぶって、無我夢中で逃げだしたのに、
        あの人は追っかけてきたの、情けも容赦もなくね。

        わたしがマントンの近くに別荘を買ったのも、
        あの人があそこに病みついたからで、
        それから三年というもの、
        わたしは夜《よ》も日もホッとするひまがなかった。

        病人にいびり抜かれて、心がカサカサになってしまいました。
        とうとう去年、借金の始末に別荘が人手にわたってしまうと、
        わたしはパリへ行きました。

        そこで、わたしから搾《しぼ》れるだけ搾りあげた挙句《あげく》、
        あの人はわたしを捨てて、ほかの女と一緒になったの。
        わたし毒をのもうとしました。
        われながら浅ましい、世間に顔向けならない気がしてね。

        ところが、急に帰りたくなったの、
        ロシアへ、生れ故郷へ、ひとり娘のところへね。
        (涙をふく)

        神さま、ああ神さま、どうぞお慈悲で、
        この罪ぶかい女をお赦《ゆる》しくださいまし!
        この上の罰は、堪忍《かんにん》してくださいまし!

        (ポケットから電報を出して)
        今日、パリから来たの。
        赦してくれ、帰って来てくれ、ですって。
        (電報を引裂く)
        どこかで音楽がきこえるようね。
        (耳を澄ます)

ガーエフ    あれは、ここの有名なユダヤ人の楽団だよ。
        ほら覚えてるだろう。
        バイオリンが四つに、フルートとコントラバスさ。

ラネーフスカヤ あれ、まだあるの?
        なんとかあれを呼んで、夜会を開きたいものね。

ロパーヒン   (耳をすます)
        聞えないな。
        (小声で口ずさむ)
        「金《かね》のためならドイツっぽうは、ロシア人化《ば》かして、
         フランス人に変える」
        (笑う)
        いや、きのうわたしが劇場で見た芝居といったら、
        じつに滑稽《こっけい》でしたよ。

ラネーフスカヤ ちっとも滑稽じゃないのよ、きっと。
        あんたは芝居なんか見ないで、
        せいぜい自分を眺《なが》めたほうがよくってよ。
        なんてあんたの暮しは、不趣味なんでしょう、
        よけいなおしゃべりばかりして。

ロパーヒン   そりゃそうです。
        正直のはなし、われわれの暮しは馬鹿げています。

        (間)

        うちの親父《おやじ》はどん百姓で、アホーで、わからず屋で、
        わたしを学校へやってもくれず、酔っぱらっちゃ殴りつけるだけでした、
        それも棒っきれでね。
        底を割って言えば、わたしもご同様、アホーで、でくのぼうなんです。
        何一つ習ったことはなし、字を書かしたらひどいもんで、
        とても人さまの前には出せない豚の手ですよ。

ラネーフスカヤ 結婚しなくちゃいけないわ、あなたは。

ロパーヒン   なるほど。
        そりゃそうです。

ラネーフスカヤ うちのワーリャはどう?
        いい子ですよ。

ロパーヒン   なるほど。

ラネーフスカヤ あの子は百姓のうちから貰《もら》われてきて、あのとおりの働きもんだし、
        第一あなたを愛していますわ。
        それにあんただって、とうからお好きなんだし。

ロパーヒン   そりゃまあ、わたしも嫌いじゃありません。
        いい娘さんです。

        (間)

ガーエフ    わたしを銀行へ世話しよう、と言ってくれる人があるんだがね。
        年収六千というんだが……。
        聞いたかね?

ラネーフスカヤ 柄《がら》でもないわ!
        まあ、じっとしてらっしゃい……

        (フィールス登場。
         外套をもってきたのである。)

フィールス   (ガーエフに)
        さあさ、旦那さま、お召しになって。
        じめじめして参りましたよ。

ガーエフ    (外套を着る)
        お前には閉口だよ、爺《じい》や。

フィールス   あきれたお人だ。
        今朝だって、黙ってふらりとお出かけにはなるし。
        (彼をじろじろ眺めまわす)

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