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名作を読みませんかコミュの吾輩は猫である 夏目漱石 2

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 吾輩は猫ながら時々考える事がある。
 教師というものは実に楽《らく》なものだ。
 人間と生れたら教師となるに限る。
 こんなに寝ていて勤まるものなら猫にでも出来ぬ事はないと。
 それでも主人に云わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は友達が来る度《たび》に何とかかんとか不平を鳴らしている。

 吾輩がこの家へ住み込んだ当時は、主人以外のものにははなはだ不人望であった。
 どこへ行っても跳《は》ね付けられて相手にしてくれ手がなかった。
 いかに珍重されなかったかは、今日《こんにち》に至るまで名前さえつけてくれないのでも分る。

 吾輩は仕方がないから、出来得る限り吾輩を入れてくれた主人の傍《そば》にいる事をつとめた。
 朝主人が新聞を読むときは必ず彼の膝《ひざ》の上に乗る。
 彼が昼寝をするときは必ずその背中《せなか》に乗る。
 これはあながち主人が好きという訳ではないが別に構い手がなかったからやむを得んのである。

 その後いろいろ経験の上、朝は飯櫃《めしびつ》の上、夜は炬燵《こたつ》の上、天気のよい昼は椽側《えんがわ》へ寝る事とした。
 しかし一番心持の好いのは夜《よ》に入《い》ってここのうちの小供の寝床へもぐり込んでいっしょにねる事である。

 この小供というのは五つと三つで夜になると二人が一つ床へ入《はい》って一間《ひとま》へ寝る。
 吾輩はいつでも彼等の中間に己《おの》れを容《い》るべき余地を見出《みいだ》してどうにか、こうにか割り込むのであるが、運悪く小供の一人が眼を醒《さ》ますが最後大変な事になる。

 小供は――ことに小さい方が質《たち》がわるい――猫が来た猫が来たといって夜中でも何でも大きな声で泣き出すのである。
 すると例の神経胃弱性の主人は必《かなら》ず眼をさまして次の部屋から飛び出してくる。
 現にせんだってなどは物指《ものさし》で尻ぺたをひどく叩《たた》かれた。

 吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘《わがまま》なものだと断言せざるを得ないようになった。
 ことに吾輩が時々同衾《どうきん》する小供のごときに至っては言語同断《ごんごどうだん》である。

 自分の勝手な時は人を逆さにしたり、頭へ袋をかぶせたり、抛《ほう》り出したり、へっついの中へ押し込んだりする。
 しかも吾輩の方で少しでも手出しをしようものなら家内《かない》総がかりで追い廻して迫害を加える。

 この間もちょっと畳で爪を磨《と》いだら細君が非常に怒《おこ》ってそれから容易に座敷へ入《い》れない。
 台所の板の間で他《ひと》が顫《ふる》えていても一向《いっこう》平気なものである。

 吾輩の尊敬する筋向《すじむこう》の白君などは逢《あ》う度毎《たびごと》に人間ほど不人情なものはないと言っておらるる。
 白君は先日玉のような子猫を四疋産《う》まれたのである。
 ところがそこの家《うち》の書生が三日目にそいつを裏の池へ持って行って四疋ながら棄てて来たそうだ。

 白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等猫族《ねこぞく》が親子の愛を完《まった》くして美しい家族的生活をするには人間と戦ってこれを剿滅《そうめつ》せねばならぬといわれた。
 一々もっともの議論と思う。

 また隣りの三毛《みけ》君などは人間が所有権という事を解していないといって大《おおい》に憤慨している。
 元来我々同族間では目刺《めざし》の頭でも鰡《ぼら》の臍《へそ》でも一番先に見付けたものがこれを食う権利があるものとなっている。
 もし相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えて善《よ》いくらいのものだ。

 しかるに彼等人間は毫《ごう》もこの観念がないと見えて我等が見付けた御馳走は必ず彼等のために掠奪《りゃくだつ》せらるるのである。
 彼等はその強力を頼んで正当に吾人が食い得べきものを奪《うば》ってすましている。

 白君は軍人の家におり三毛君は代言の主人を持っている。
 吾輩は教師の家に住んでいるだけ、こんな事に関すると両君よりもむしろ楽天である。
 ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。
 いくら人間だって、そういつまでも栄える事もあるまい。
 まあ気を永く猫の時節を待つがよかろう。

 我儘《わがまま》で思い出したからちょっと吾輩の家の主人がこの我儘で失敗した話をしよう。
 元来この主人は何といって人に勝《すぐ》れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。
 俳句をやってほととぎすへ投書をしたり、新体詩を明星へ出したり、間違いだらけの英文をかいたり、時によると弓に凝《こ》ったり、謡《うたい》を習ったり、またあるときはヴァイオリンなどをブーブー鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。

 その癖やり出すと胃弱の癖にいやに熱心だ。
 後架《こうか》の中で謡をうたって、近所で後架先生《こうかせんせい》と渾名《あだな》をつけられているにも関せず一向《いっこう》平気なもので、やはりこれは平《たいら》の宗盛《むねもり》にて候《そうろう》を繰返している。
 みんながそら宗盛だと吹き出すくらいである。

 この主人がどういう考になったものか吾輩の住み込んでから一月ばかり後《のち》のある月の月給日に、大きな包みを提《さ》げてあわただしく帰って来た。
 何を買って来たのかと思うと水彩絵具と毛筆とワットマンという紙で今日から謡や俳句をやめて絵をかく決心と見えた。

 果して翌日から当分の間というものは毎日毎日書斎で昼寝もしないで絵ばかりかいている。
 しかしそのかき上げたものを見ると何をかいたものやら誰にも鑑定がつかない。
 当人もあまり甘《うま》くないと思ったものか、ある日その友人で美学とかをやっている人が来た時に下《しも》のような話をしているのを聞いた。

 「どうも甘《うま》くかけないものだね。
  人のを見ると何でもないようだが、
  自《みずか》ら筆をとって見ると今更《いまさら》のようにむずかしく感ずる」
 これは主人の述懐《じゅっかい》である。

 なるほど詐《いつわ》りのない処だ。
 彼の友は金縁の眼鏡越《めがねごし》に主人の顔を見ながら、
 「そう初めから上手にはかけないさ。
  第一室内の想像ばかりで画《え》がかける訳のものではない。
  昔《むか》し以太利《イタリー》の大家アンドレア・デル・サルトが言った事がある。
  画をかくなら何でも自然その物を写せ。天に星辰《せいしん》あり。
  地に露華《ろか》あり。飛ぶに禽《とり》あり。
  走るに獣《けもの》あり。
  池に金魚あり。
  枯木《こぼく》に寒鴉《かんあ》あり。
  自然はこれ一幅の大活画《だいかつが》なりと。
  どうだ君も画らしい画をかこうと思うならちと写生をしたら」

 「へえアンドレア・デル・サルトがそんな事をいった事があるかい。
  ちっとも知らなかった。
  なるほどこりゃもっともだ。
  実にその通りだ」
 と主人は無暗《むやみ》に感心している。
 金縁の裏には嘲《あざ》けるような笑《わらい》が見えた。

 その翌日吾輩は例のごとく椽側《えんがわ》に出て心持善く昼寝《ひるね》をしていたら、主人が例になく書斎から出て来て吾輩の後《うし》ろで何かしきりにやっている。
 ふと眼が覚《さ》めて何をしているかと一分《いちぶ》ばかり細目に眼をあけて見ると、彼は余念もなくアンドレア・デル・サルトを極《き》め込んでいる。

 吾輩はこの有様を見て覚えず失笑するのを禁じ得なかった。
 彼は彼の友に揶揄《やゆ》せられたる結果としてまず手初めに吾輩を写生しつつあるのである。

 吾輩はすでに十分《じゅうぶん》寝た。
 欠伸《あくび》がしたくてたまらない。
 しかしせっかく主人が熱心に筆を執《と》っているのを動いては気の毒だと思って、じっと辛棒《しんぼう》しておった。

 彼は今吾輩の輪廓をかき上げて顔のあたりを色彩《いろど》っている。
 吾輩は自白する。
 吾輩は猫として決して上乗の出来ではない。
 背といい毛並といい顔の造作といいあえて他の猫に勝《まさ》るとは決して思っておらん。

 しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に描《えが》き出されつつあるような妙な姿とは、どうしても思われない。
 第一色が違う。
 吾輩は波斯産《ペルシャさん》の猫のごとく黄を含める淡灰色に漆《うるし》のごとき斑入《ふい》りの皮膚を有している。
 これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。

 しかるに今主人の彩色を見ると、黄でもなければ黒でもない、灰色でもなければ褐色《とびいろ》でもない、さればとてこれらを交ぜた色でもない。
 ただ一種の色であるというよりほかに評し方のない色である。

 その上不思議な事は眼がない。
 もっともこれは寝ているところを写生したのだから無理もないが眼らしい所さえ見えないから盲猫《めくら》だか寝ている猫だか判然しないのである。
 吾輩は心中ひそかにいくらアンドレア・デル・サルトでもこれではしようがないと思った。

 しかしその熱心には感服せざるを得ない。
 なるべくなら動かずにおってやりたいと思ったが、さっきから小便が催うしている。
 身内《みうち》の筋肉はむずむずする。
 最早《もはや》一分も猶予《ゆうよ》が出来ぬ仕儀《しぎ》となったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分のして、首を低く押し出してあーあと大《だい》なる欠伸をした。

 さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない。
 どうせ主人の予定は打《ぶ》ち壊《こ》わしたのだから、ついでに裏へ行って用を足《た》そうと思ってのそのそ這い出した。
 すると主人は失望と怒りを掻《か》き交ぜたような声をして、座敷の中から「この馬鹿野郎」と怒鳴《どな》った。

 この主人は人を罵《ののし》るときは必ず馬鹿野郎というのが癖である。
 ほかに悪口の言いようを知らないのだから仕方がないが、今まで辛棒した人の気も知らないで、無暗《むやみ》に馬鹿野郎呼《よば》わりは失敬だと思う。

 それも平生吾輩が彼の背中《せなか》へ乗る時に少しは好い顔でもするならこの漫罵《まんば》も甘んじて受けるが、こっちの便利になる事は何一つ快くしてくれた事もないのに、小便に立ったのを馬鹿野郎とは酷《ひど》い。

 元来人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している。
 少し人間より強いものが出て来て窘《いじ》めてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。

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