世界的な報道写真家ロバート・キャパは、もちろん日本に来る前から有名であった。写真家としてだ。しかし、現在のようにまるで「写真の神」のような存在ではない。たった20年間の活動中に撮影した限られた写真が、何度も紹介され、日本では、興行としての写真展までが定期的に開催されている。そんな写真家は、写真の歴史のなかでロバート・キャパだけだ。 「ロバート・キャパ最期の日」に書いたが、キャパが日本に来た1954年4月、実はキャパのことなんて、日本人は誰も知らなかった。 撮影をするとファンがついてきた、とか写真展は長蛇の列だったというのは、キャパが死んだ後のつくり話だ。 なぜなら「ちょっとピンボケ」は日本では出版されていない。 なぜキャパがいつのまにか「写真の神」になったといえば、それは日本からベトナムに向かい、地雷に倒れたことだといえる。 そのことによって、招待した人の一人、親友であったキャンティのオーナー川添浩史らが、思いをこめて、すでに絶版になっていた、「SLIGHTLY OUT OF FOCUS」を翻訳したのだ。 それが「ちょっとピンボケ」だ。それから50年以上、日本では「ちょとピンボケ」は報道写真家、いやジャーナリストの読むべき一冊、バイブルとして出版し続けられている。 英語版の「SLIGHTLY OUT OF FOCUS」は、50年以上前に絶版になり、2000年にようやく復刻している。 ということは戦争写真家の戦場だったベトナムで、戦争写真家は皆、ロバート・キャパを尊敬していると口をそろえるが、海外の写真家のほとんどは、キャパの「ちょっとピンボケ」は読んでいないのだ。 キャパが死に、その後、永遠と行き続け、何度も写真展が開催されていたのは、唯一日本だけということになる。 翻訳された一冊の本が、一人の報道写真家を生き続けさせたというわけだ。 現在のキャパは、日本が育てたというのはそういう意味だ。