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言論の自由を尊重する政治コミュコミュの光はΩである

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神は「光あれ」と言われた。すると光があった。(創世記)


我々が光について知っている事は、光は粒であり、波であるということだ。

数学的には、粒は自然数で数えられる。

波は、数学的にはサインカーブだろう。サイン45度は、1/√2 だ。√2 無理数だから、波というのは無理数の領域に属するものなのだろう。

つまり、こういうことだ。粒子であったり波であったりする光は、有理数だったり無理数だったりする。光は有理数と無理数の超えられない壁をやすやすと越えていく。

数学で似たようなものを探せば、連続体仮説に出てくるΩだろう。Ωはアレフゼロとアレフとの間に有るらしい。つまり、有理数と無理数との間に有るということだ。

有理数と無理数との間に有るΩなら、光のように有理数だったり、無理数だったりできるかもしれない。つまり、光はΩである。

光がΩだとすれば、我々人類は光を完全に理解する事を諦めなければならないだろう。Ωは人間には理解できない数だから、光も人間には理解できないのだ。

もしそうだとすれば人間は大自然の前に謙虚にならねばならない。光という最も基本的なものすら、人間の理解を超えたものなのだから。


我々、人間は、大自然の大いなる尊厳を十分に守ってきただろうか?

アフリカでは野生の象の群れが、ゴミ捨て場のゴミを食べているそうだ。ゴミ捨て場で餌をあさる象など想像したくも無い。

キリンも絶滅危惧種に指定されたそうだ。アフリカ人が悪いとは思わない。アフリカの人達は、何万年も野生動物と共存してきた歴史がある。

アフリカに限らず、人類による自然破壊が進んだのは近代のことだ。だから、どうすれば良いのか?私に特段のアイデアが有る訳ではないが、少なくとも、大自然に対して、もっと謙虚になり、大自然の大いなる尊厳に対して畏敬の念を持つべきだろう。

人間は大自然に対して傲慢になってはいけない。大自然の事など全て分かっているなどと思ってはいけない。むしろ、ほとんど何も分かってなどいないのだ。

大自然に対して人間が傲慢にふるまう時、人間は大自然から強烈なしっぺ返しを食らうだろう。例えば、大津波に襲われた福島第一原発のように。

分かっている事を学ぶより、分からない事を学ぶのはもっと重要だ。それは人間を謙虚にさせるだろう。

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